復路の会敵
「敵襲!」騎士の一人が大声で叫びながら、手前の丘から駆け降りてくる。
その声を聞いて、焚火の近くにいて滑らかな鱗にまだら模様も美しくとぐろを巻いていた飛竜のビボウは、グイと鎌首をもたげた。冷たく濡れた眼で、丘の方角を見つめる。
着地している中型の探査ボット、そこからの魔素を浴びながら、夜番の飛竜ビボウと獣人カレンは寛いでいた。
商人たちは、既に馬車の前に張ったテントの中にいて、もう寝入った時分である。
野営地の前方には丘がある。焚火の後方にはテントと馬車が、その奥には川が流れていた。昨日までの長雨で、川は増水して波音が高かった。しかも、風は川から丘の方角に吹いている。これらが敵の接近を許したのかも知れなかった。
「敵だと? 赤外線センサーには反応がなかったが、、、」その言葉を残して、ボットは素早く20mほど上昇すると、強力なサーチライトを丘に向けて投射した。
光が舐めた丘の稜線には! 何と言う事だ。無数の影が群がっているではないか。
「群竜だと言うのか? これほどの数とは!」ビボウが、驚き吠える。
カレンが、すっくと立ちあがった。金色に縞模様の毛皮に、焚火の炎が照り映えている。もう一人いる騎士も、槍を取り上げる。二人は、駆け降りてくる騎士のもとに走った。
幸いにして、敵の接近速度は早くはない。
ビボウは、焚火を背にしてとぐろを巻き直した。これは、テントと馬車を守る位置だ。カレンと二人の騎士は、焚火からやや離れた位置で横一線に並ぶ。これは、魔獣から商隊を警護するときの、いつもの配置だ。ただ、敵の数だけがいつもとはまるで違っていた。
背丈は人と同じくらい、二足歩行で翼を持ち、大きな顎で威嚇してくる生き物たち。群竜が近づくにつれて、ギャアギャアと鳴き交わす声が届き始めた。前方の見渡す範囲が、全て群竜なのだ。こんな大規模な群れは、ビボウにも初めての経験だった。
◇ ◇ ◇
これだけの数だ。こちらから切り込むのは、無謀と言うものだろう。前線に出た三人の騎士は、ジリジリと後退しながら、戦いのきっかけを掴みかねていた。カレンが、背負った両手持ちの大剣をスラリと抜いて身構えた。
迫る群竜の群れが、とうとう三人の騎士と接触した。
カレンが、大剣に闇の波動を乗せて振り回し、敵を刈り倒しはじめた。両翼の騎士も奮戦して、手前の竜を剣で切り伏せ、槍で突き上げる。だが、敵は倒された仲間をただ踏み越えて、粛々と押してくる。
槍を突き込んだ騎士が、竜の尾に叩かれてたたらを踏んだ。そして、たちまち周囲の竜たちに引き倒されそうになる。
この騎士を引き離そうと、カレンが左手を伸ばす。だがその肩に、竜の顎がガブリと嚙みついた。カレンの手が離れた槍の騎士は、たちまち竜の中に見えなくなってしまった。
バシンと音がして、カレンの肩を噛んだ竜が、突然グッタリと脱力した。見れば、頭頂部が吹き飛んでいる。ボットから放たれた重力子ビームの援護だった。
「焚火のところまで退くぞ!」カレンは、肩を噛んだ竜の死骸を振り飛ばすと、残ったもう一人の騎士に声をかける。だがその騎士も、ちょうどその時に、奮戦空しく竜の波に飲み込まれるところだった。
カレンは痛む肩と左手を庇いつつ、飛竜ビボウの元まで駆け戻る。
「私の後ろへ!」ビボウは、駆け寄るカレンをふわりと飛び越えると、着地するや上体をぐるりと巡らせて炎の息を吐いた。飛竜のブレス攻撃だ。
吹き寄せる炎に焼かれて、目前の十数頭がバタバタと倒れた。しかし、群竜は倒された仲間を乗り越えて迫ってくる。
ビボウが、もう一度ブレスを吐いた。また群竜がバタバタと倒れる。これで、少し時間を稼ぐ事ができた。
だが、これでしばらくブレスを吐けない。魔法で点火制御する燃料が、飛竜の体の中に溜まるのには時間がかかるのだ。
カレンが、ビボウの右側に出た。噛まれた左肩を庇いつつ、右手で大剣を振り回して、ビボウに不敵に笑いかける。「これ以上は、進ませない。ここを死守するぞ!」
「こいつらに、生き物としての格の違いを判らせてやりましょう。」ビボウは押し寄せる敵に向かって威嚇の咆哮を放つと、目前の敵を嚙みちぎり、圧し掛かっては潰し、太い体幹で叩いては締め付ける壮絶な肉弾攻撃を開始した。
宙に浮かんだ探査ボットからは、重力子ビームの攻撃が放たれる。リロードに時間がかかるため連射はできないものの、敵の一頭一頭を着実に撃ち抜いていく。
そして、ボットをリモート操作するAI:タローはと言えば、今から15分前 サーチライトで丘の稜線を照らした時点で、瞬時にこちらの数の不利を悟り、ジローに緊急支援を呼び掛けていたのだった。




