軍隊アリの姫
軍隊アリには様々な隊がある。
中でも目を惹く”珊瑚”は女性のみで構成された隊として有名だった。
そんな隊の隊長を務める可憐な少女には秘密があった。
「花束に、依頼があります」
そう言ってきた依頼人は、軍隊アリ“珊瑚”に所属している女性だった。
「何かしら?」
対応したセセリは穏やかな笑顔で彼女の話を聞いていく。
「どうしても納得できないのです」
震える声で彼女はセセリに訴えかける。
「何故、隊長はあんな判断を下されたのでしょう・・・?」
隊長とは軍隊アリ珊瑚を率いるセシリア・ロスのことだろう。“あんな判断”とは、セセリも報告の一端として知らされた事件のことを指しているのだと思われた。
確かにあの一件は当事者たちだけではなく、あの件を知る者にまで衝撃を与えた一件であった。
「隊長が・・・ロス隊長が何故、敬愛する姉君をその手に掛けられたのか・・・!何か、必ず理由があるハズなのです!私は、どうしてもその理由が知りたい・・・!」
切実な訴えにセセリは向き合う。
「ご本人にはお尋ねにならなかったのですか?」
「尋ねました!しかし、多くを語られはしなかった。ただ、規則だったから、としか・・・」
尻すぼみになってしまった彼女の言葉にセセリはただ頷いた。
「依頼内容はわかりました。貴女の事もお聞かせ願えますか?」
むやみやたらに情報提供はできませんので。
その言葉に依頼人は顔を上げた。
「失礼いたしました。自分は、軍隊アリ珊瑚所属、副隊長を任されております。エマ・キースと申します」
赤毛を一つにまとめ上げ、透明なレンズ越しに紺碧の瞳が真っ直ぐにセセリを見つめてくる。
本日は非番でも得ているのか私服姿だった。
そんなエマという女性にセセリは少し意地悪な質問をぶつけてみる。
「貴女はあの事件の真相をどうしても知りたいのね?」
「はい。その通りです」
「知ってどうするの?」
「あの一件で隊長は本当に姉君の処罰を受け入れておられたのでしょうか?誰かに強要された。そう思えてならないのです!私は、あの一件では本当に罰さなければならない者は他にいたのではないかと考えています。本当の姉妹であるのに、あんな非道な判断を隊長がされるなど、私にはどうしても納得ができないのです!だから・・・!」
「貴女が真実を知ることによって、ロス准将が退役に追い込まれるかもしれないとしても?」
「えっ・・・?」
セセリの問いかけにエマが瞳を見開いた。
「どういう、こと、ですか・・・?」
「知らない方がいいこともある。貴女のためにも、彼女のためにも、ね」
これは忠告だ。知ってしまったらもう後戻りはできない。
彼女だけの問題ではなく、一人の少女の今後にもかかわってくる問題だ。選択を誤ってはいけない。
「それほどの案件を、隊長は一人で・・・?まだ子どもだというのに・・・いや、だからこそ姉君を・・・?」
エマの独り言を聞きながら、セセリは内心で苦笑する。本人の耳に入ろうものなら、もう十八だ!と怒り出しそうな内容だったからだ。
セシリア・ロスは史上最年少で軍隊アリに入隊した天才だ。自分にも他人にも厳しく、どんな努力をも怠らない。年若い少女でありながらも軍人の鏡のような人物だと誰からも評価されている。
そんな彼女の元に集った隊員たちは全員が女性。軍隊アリ珊瑚は女性のみで構成された部隊である。
「少し、考えさせてください」
エマは結論を急がなかった。
「ええ、もちろん。またのご来店をお待ちしております」
セセリは笑顔で見送った。
「お久しぶりですね、ロス隊長」
花束に数年ぶりに顔を見せた小柄な少女にセセリが笑顔を向ける。
セシリア・ロス。
部下を一人連れて姿を見せた少女は凛とした佇まいで花束を訪れた。
常に街から街へと移動し、一所に留まることをしない軍隊アリ珊瑚は別の街からこの主都へと移動し、数日前から滞在している。それはセセリの元へと依頼を持ち込んだ珊瑚所属の女性がいたことからすでに把握済みだ。
個室へと通された二人の前にセセリが向かい合って座る。
「本日はどのようなご用件でしょう?」
大体の予想はついていたが、一応の確認のためだ。
「私の不注意が原因なのですが、情けない・・・私の秘密に、迫る者がいるかもしれません」
そうセシリアは切り出した。
「隊内の者に見られてしまいました。姉のことで泣いている姿を」
通常であればそれくらい、と笑い飛ばしてしまえるような内容だ。しかし、彼女の場合は違う。その件について弱みを見せることはあまりいいとは言えなかった。
彼女の秘密に繋がってしまいかねないからだ。
「申し訳ありません。私がもっと気を配ってさえいれば・・・!」
ここで初めて、セシリアと共に店を訪れた女性が口を開いた。
彼女の名前はモニカ・ハリソン。軍の中でセシリアの世話をしている女性だった。
「仕方ないわ。時間外のことだったもの。私の不注意よ」
曰く、その日はセシリアの姉の命日に当たる日だった。姉を思い出し、泣いていたところを隊内の誰かに見られてしまったということだった。
その誰かにセセリは見当をつける。
「なるほど。その誰かを見つけ出したい。そういう依頼でよろしいでしょうか?」
「流石ね。花束はそんなこともわかるの」
セシリアが苦笑する。
「あら、違いましたか?」
セシリアの反応に今度はセセリが苦笑する。
「そんな犯人捜しのようなことは求めていないわ。今日は少し、話を聞いてもらいに来ただけよ。でも、そうね。わかるのであれば聞いておこうかしら」
セシリアの言葉にセセリは頷く。
「先日、この店を訪れた女性がいました。軍隊アリ珊瑚所属の方でしたわ」
そこで一度言葉を切り、セセリはセシリアを真っすぐに見つめる。
「その方が誰なのか、知った後はどうされるのです?」
彼女はセシリアの秘密に繋がる情報を求めて来た。今は迷っている様子であったが、彼女の選択次第ではセシリアに不利益が生じる可能性があることは否定できない。
尤も、花束が情報提供を拒否すればその限りではないだろうが。
セセリとしては、今後ともセシリアとは良好な関係を続けていきたいものだが、依頼人の選定を行うのは花束の上層部だ。
上の命令如何では、彼女にあの事件についての情報を開示することになるだろう。彼女が希望すれば、だが。
「なにもしないわ。私の不注意だもの。でも・・・」
セシリアが瞳を伏せる。瞼の下に綺麗な紫紺が隠れて黒い髪がまだ幼さの残る顔に掛かった。
「そろそろ、モニカにだけ私の秘密を背負わせるのは重荷だとも感じているの」
その者が受け入れてくれるのであれば。
「私の秘密を教えてもいいわ」
あの日。
セセリは実際の現場にはいなかった。
花束にあるのはすべてあの日、あの場所にいた者たちから集めた情報だった。
補足事項としてセシリアと彼女の姉に関する資料も一緒に保管されている。
近々必要となりそうなそれらの資料に目を通し、情報を整理しながらセセリはため息を吐く。
どうしてこの事件は起こってしまったのか。
セシリアが強くあり過ぎた?もっと彼女が周りを頼っていればよかったのか。しかし、彼女の立場と状況を思えばそれは難しいだろうとセセリは考える。
もし、セシリアの事情を、秘密を軍隊アリの上層部が知ったとしたら、除隊、退役を免れることはできないからだ。
しかし、隠し通した結果があの悲劇。
せめて姉妹の距離がもっと近ければ。
どうしてもたられば、もしもの話になってしまう。それを考えたところで起こってしまったことは変わらない。
今後に活かす?何をどう活かすというのか。彼女の姉はもういないのに。
「お疲れ様です」
資料室へと入って来た声に振り返る。
見知った顔がそこにいた。
蜜流だ。
「お疲れ様。新しい情報?」
「えぇ、まあそんなところです」
もう何度も踏んできた手続きなのだろう。新しい情報の登録作業を迷うことなく進めていく。それに暫し魅入ってしまった。
「その件、上は情報の提供を許可するそうですよ」
「え?」
急に振られた話に一瞬ついていけなかった。
ま、セシリア自身が情報開示に同意したんだから、花束が許可を出すのも当然か。そう蜜流が補足する。
「エマ・キース。彼女は悪い人間ではない。むしろ、心からセシリア・ロスを心配し、支えようとしている。エマが受け入れることができるかどうかは彼女次第ですが、俺もその件に関しては思うところがあるんで」
蜜流の言葉にセセリも頷く。
「この件、あの日貴方もあの現場にいたのよね。ロス姉妹はどんな感じだったの?」
「二人の関係はずいぶん前から歪、でしたよ」
「そう・・・」
蜜流の言葉にやはり、という感想が浮かぶ。
兆候は随分前からあったのだ。周囲は気付いていただろうが、姉妹間のことに口を出すのが憚られたのかそれを指摘する者は誰もいなかった。もしくはセシリアの姉が、と思わなくもないが、それは酷だろうか。
そして、あの悲劇は起きた。
「蜜流には兄弟はいるの?」
「ええ。兄と姉が」
「そう、それは賑やかね」
「そういう貴女は一人っ子でしたか」
「ええ。姉妹みたいに一緒に育った親友はいたけどね」
共に資料室を出ながら言葉を交わす。
「兄弟って、こんなに簡単に疎遠になってしまうものなの?」
セセリが示した資料にチラリと蜜流が視線を向ける。
ロス姉妹を指しているのは明白だ。
「さぁ。当人たちの事情にも因る、でしょうが・・・少なくとも、ウチは何時まで経っても口うるさいですよ。ずっと自分たちの子分扱いで、堪ったもんじゃないです」
心底うんざりしたような言い方に思わず笑ってしまう。
「彼女たちもそう在れたなら、今も仲のいい姉妹だったでしょうに、ね」
それが悔やまれてならない。
「お待たせしました」
資料を手にセセリは花束の個室へと姿を見せる。
本日のお相手は軍隊アリ珊瑚所属、副隊長のエマ・キース。
セセリの姿を目にするなり立ち上がり、頭を下げてきた。
「本日はありがとうございます。花束の判断に多大なる感謝を」
そう丁寧に礼を述べるエマにセセリは頷いた。
「そのご様子ですと、ロス隊長ともお話されたのではなくて?」
「はい。しかし、真実は公正な目で見た第三者から語られるのが良いだろう、と。どうしても主観や感情が入ってしまうから、と。ご自分ではお話ししてはくださりませんでした」
そう困ったように笑うエマに微笑み、必要な契約を結んでいく。
「覚悟を決めて本日はお越しになられたのだとは思いますが、最終確認としてもう一度。本当によろしいのですね?」
「はい。どんな真実があろうとも、私は隊長を支えていく覚悟です」
「わかりました。では、此方にサインを。もし、この契約が破棄または、ここに記した約束事に違反が生じたと判断されるようなことがあれば、花束は花束にとって利益の大きい存在、今回の場合はロス隊長を護るために動くことになるでしょう」
それが何を意味しているのか、分からないエマではないだろう。
「わかりました。隊長の為にもどんな真実でも受け入れる所存です」
こうして契約は成立した。
「私もあの日、あの場にはいませんでした。なので、貴女にお伝えできるのは情報としての真実のみです」
セセリの言葉にエマが頷く。
セシリア・ロスに関しての情報開示は彼女の生い立ちから始まった。
セシリア・ロスは新都に住まう母と軍隊アリに所属していた父との間に生まれた。
母は新都で新技術の開発、研究に携さわっている科学者だ。今も健在で日夜新しい技術の開発のために研究に勤しんでいるという。
父は先述の通り、軍隊アリに所属する軍人だった。数年前に亡くなっているが、セシリアが軍役に就いたのは父親の影響が大きかったと言える。
そして、セシリアの家族はもう一人。姉、ローラ・ロス。
彼女もまた、軍役の道を選んでいた。所属する隊はセシリアとは異なってはいたが、交流はあったと記録には残っている。
セシリアは身体的にはあまり恵まれてはおらず、小柄な少女だ。そのためか、訓練生時代には一際努力していたようだ。
しかし、現在も隊の指揮を執る隊長を任されていることからもわかる通り、その努力の賜物か小柄ながらに身体能力は高く、指揮を執るのに必要不可欠な判断能力も高かった。
訓練学校を首席で卒業し、最年少でどんどんと昇級。隊長を任されるまでになった。
姉のローラはそんな妹を誇りに思う一方で、引け目を感じてもいたそうだ。次第に妹から距離を取るようになっていったという。
それをセシリアも敏感に感じ取っていたのだろう。身内であるローラに対しても厳しく指導していた場面があったそうだ。
それがセシリア・ロスが自分にも他人にも、身内にでさえも厳しい人物だと評価されるに至る所以だ。
そんな妹をますますローラは避けるようになった。
セシリアも次第にローラと再会しても言葉を交わすことがなくなっていった。
その様子は、蜜流が評したように、正に歪そのものだったそうだ。
遠くから妹を見つめる姉とそれをあからさまに無視する妹。そんな歪な関係性を周囲も腫物を扱う様に遠巻きに見ていたそうだ。
姉妹の事だから、家族の事だから、と誰も触れず話題にも出さない。
しかし、悪いことばかりでもなかった。
セシリア・ロスの弱点となるものがなかったからだ。彼女たちの関係性はともかく、一般の者であれば家族や恋人など大事な人物がしばしば人質として取られてしまうことがある。
実際、ローラも軍の人間だ。人質に取られるような事態にはなりはしなかっただろうが、上下関係が存在する場所でセシリアの才覚を面白く思わなかった者も少なからずいたことだろう。
しかし、セシリアの場合は難なく切り捨てる。それが例え身内であっても。そんな妙な確信があったからこそ、それが事実かどうかはさておき、意図せずローラを守ることにも繋がっていた。
そんな中で起きたあの事件。
きっかけは、一人の隊員の隊務違反だったそうだ。
軍隊アリの上層部がその隊員に下した処罰は最も重い極刑。
それがあの日。ローラ・ロスをセシリア・ロスがその手に掛けた日。
事態の展開は急だったそうだ。
そこは、軍隊アリが所有する拠点の一つで多くの隊が移動の途中に立ち寄り、暫しの休息を得る場所。
その日も多くの隊がその拠点に立ち寄っていた。セシリアの隊とローラの所属する隊も然り。
軍隊アリの内部からの情報によれば、セシリアの隊はその日呼び出しを受けて拠点に立ち寄ったとのことだった。
その内容こそが、隊務違反を働いた隊員への処罰の執行任務を命じるものだった。
そして、隊務違反は何の前触れもなく突如として本人に言い渡され、有無を言わさずその場で直ちに実行される運びとなった。
ローラの前に現れた処刑執行人は妹のセシリア。
その事にもその場にいた者たちは驚いた。そして、彼女が何の躊躇いも見せずに刑を実行したことには息を呑んだ。やはり、あの噂は本当なんだ、と。
執行猶予など何もなく、言い残したことを言わせてもらう余地もなかったそうだ。
それでも、最後にローラは一言セシリアに囁いたのだという。
【あなたの姉でいられてよかった】
その直後だ。セシリアが驚きの表情を見せたのは。
「ここまでで、何か質問や疑問点はありますか?」
話を一度区切り、セセリが問いかける。
「いえ。ここまでの話は私たちが把握しているものと相違ありませんでした」
私も、あの場に居たので。
そう、エマが苦笑する。
「では、姉妹の確執にも?」
「ええ。姉妹間のことですから、あの件が起こる前まではどこの家庭でも色々あるんだな、としか思っていませんでした。しかし、隊長は父上と姉君の背を追いかけて軍への入隊を希望したと聞いています。自身よりも情けない姉の姿を見たくないと思っての厳しい態度なのかと思っておりました。しかし、まさか処刑までをご自身の手で、とはやはり信じ難く・・・それに先日、見てしまったのです」
姉君の命日に部屋で一人、泣いておられる姿を。
エマの告白にセセリはやはり、と頷いた。
「そうでしたか。実は、セシリアさんからも相談されていたのです。彼女の秘密に迫る隊員が出るかもしれない、と。事前に貴女がここへいらしていたのでおそらく貴女だろう、とこちらは予測することができました。やはり貴女で間違いなかったようですね」
一度資料を整理し、ここから先に必要となる資料を手元に引き寄せる。
「では、ここからが限られた者にしか知られていない、セシリア・ロスの秘密に迫る話になります」
そう前置きして、再びセセリは真実を開示していく。
セシリア・ロスが軍隊アリに入隊して間もない頃のことだ。軍隊アリの医療班へ相談があったらしい。
“視界が狭い気がする”と。
しかし、彼女はすぐにその症状の訴えを気のせいだったと取り下げた。
特に成績や功績に支障があるような点も見受けられなかったため、それについての精査は行われなかった。現に、彼女の今までの定期的な身体検査の結果にも異常などは見受けられていない。
それについては花束が関与しているのだが、それはまた後でいいだろう。
しかし、確実に彼女はあるモノを失いつつあった。
「気付いていましたか?セシリアさん、目が見えていないんですよ」
セセリの言葉にエマは言葉を失う。
「え・・・?」
「それを周囲に悟らせていない。本当にすごい人だと思います。ちなみに、この事実を知っているのは本人以外に貴女の隊に一人だけ」
「モニカ・・・」
セシリアと共に花束を訪れていた女性だ。
「いつから?」
「彼女が訓練学校を卒業して一年も経っていない頃でしょうか。徐々に視界が狭まっていたそうです。今では靄が掛かった世界で動くものがわかる程度、だそうですよ」
ね?こんな事実が軍部の上層部に知れたら・・・。
「除隊処分は免れない・・・」
その事実をエマが口にする。
「それがセシリアさんの秘密です。人物の判別は主に声で行っているそうですよ。だから言葉を交わさなければ今目の前に誰がいるのか、そんな判別もつかない」
距離があれば尚更そこに誰が居るのかをセシリアが視覚情報として得ることは不可能に近い。
「姉君にもその事実は・・・」
「知らせていなかったようです。おそらく、健在であるお母さまにも」
昇進していくにつれ姉妹が話している姿を見る機会は減っていた。
あの日もきっと、セシリアは目の前にいる処刑対象が自分の姉であるとは思ってもいなかったのではなかろうかと推察される。ローラの最期の言葉を聞いた時の表情にこれで説明がつくというものだろう。いや、姉であるローラにも厳しく当たっていた自覚があったのであれば、そんな言葉を最後に掛けてもらえるとは思ってもいなかった、ということでも説明はつくが。
「でも、呼び出しで・・・命令書!命令書があったハズです!あの日、珊瑚は”漆黒”からの呼び出しを受けてあの場にいました。隊務違反による刑の執行命令について書かれた書類があるハズ。そこで刑の執行対象が姉君であることを隊長は知って・・・」
「読めなかった」
「あ・・・」
セセリの指摘にエマは言葉を呑み込む。
「命令書は確かに存在しているのでしょう。でもそれによってセシリアさんが処罰対象が誰であるのかを知ることは難しかったと考えます」
その命令書を上官の前で読み上げてくれる親切な方がいたのなら話は別でしょうけれど。そう付け足したが、エマの表情は到底納得できているようなものではなかった。
だからこそ、言葉を付け足す。
「あの日のことは仕組まれていた。ロス姉妹は嵌められたのよ」
「嵌められた?一体誰にっ・・・!」
勢いよく立ち上がるエマにセセリはあくまでも冷静に言葉を告げる。
「出世頭が年端もいかない少女ですよ。面白く思わない大人が、いないわけない。そう思いませんか?」
なるほど。そうエマは頷き再び腰を下ろす。
「ちなみに、定期的に行われている軍の健康診断ですが、セシリアさんの結果に関しては花束が手を加えています。それによって一応彼女の除隊は阻止されているという形を取ってはいますが・・・」
セセリは言葉を濁す。この言葉をエマはどう解釈するだろう?
ちらりと様子を伺ってみるが、難しい顔をしたままの彼女からその思考を読み解くことは難しかった。
この辺りが潮時だろう。
「さて、セシリアさんに関する情報の開示は以上になります」
セセリは手元の資料を整理し始める。
「え?これで終わり、ですか?隊長を嵌めたという人物は一体?」
「申し訳ございません。開示が許可されている情報はここまでです」
セセリの言葉にエマは納得できないと声を上げる。
「お待ちください!」
「セシリア・ロスに関するあの日の情報は以上です。これ以上は別のお話です」
「追加料金、ということですか?」
エマの言葉にその考えは嫌いじゃないですよ、とセセリは笑う。
「でも残念。追加料金で開示できる情報だとしても軍隊アリに所属する貴女に話せることではありませんし、此方が提示する金額を貴女が払えるとも思えません」
「それは・・・わかり、ました」
渋々と言った様子で理解を示してくれたエマにセセリは満足気に頷く。
「本日の当店のご利用、真にありがとうございました」
そうして丁寧に退店を促した。
「お疲れ様です」
花束に姿を見せた蜜流。
「お疲れ様。今日はどうしたの?」
休憩中だったセセリが端末から顔を上げる。
「仕事熱心ですね。休憩中と聞いたんですが」
「別に。ちょっとした調べものよ」
そう言い訳して端末を置いた。
「それで?」
改めて問えば、蜜流も椅子を引いて腰かけた。
「先日の。少し、軍隊アリ珊瑚に動きがあったので報告を、と思いまして」
蜜流の言葉に律儀だな、と思う。
「ありがとう。それで?」
「エマさん、でしたか。隊を退くそうです」
告げられた言葉に、驚きはない。
「よかったんですか?もともと、彼女への情報開示はセシリア・ロスを支える人材を確保するためだと思っていたのですが」
「退役の意向を了承したのはセシリアさんだろうし、そこは本人たちの決めたことよ。私たちが口を出せることじゃないわ」
「そうでしょうけど・・・」
蜜流はどこか不満そうだ。
それも当然か。情報を開示した結果が、秘密を知った人間の流出とあってはせっかくの情報開示の意味がない。今回の情報開示に期待していた結果を得られなかった時点で花束にとっては損失だと言える。必死に集めて来た情報の流出を集めてきた当人である蜜流が良く思わないのは理解できる。
「種蒔きだと思えば、今回のことにも意味があったんじゃないかしら?」
「種蒔き、ですか・・・あのエマさんという方が今回得た情報をどこまでどう活かしてくれるのかは甚だ疑問ですが」
「私だってちゃんと花束の人間として仕事をしたつもりよ。ただ情報を彼女に伝えただけじゃないわ」
軍隊アリの上層部にいるだろうセシリアの秘密を知り嵌めた人物がいることを匂わせたつもりだし、軍隊アリに所属している人間にはこれ以上の情報を与えることはできない。そう告げたからこそエマは軍隊を抜けたのだろうとセセリは考えている。
「なるほど・・・まあ少しくらいは期待してみてもいいかもしれませんね」
仮にも軍隊アリに属していた人です。
不服そうではあったが、蜜流はそう言って頷いた。
「せっかく蒔いた種だ。早々に摘み取られてしまわないように気を付けないと、ですね」
言って蜜流が立ち上がる。
「軍隊アリに対して此方が有利な状況は変わりありません。もし、また揉み消されてしまうような事態になったら・・・」
今度は容赦しませんよ。
静かな蜜流の宣言にセセリはただ頷いて同意を示す。
「もちろんよ」
あんな悲劇は二度とごめんだ。
店を後にする蜜流の背が心なしか怒っているように見えたのは気のせいではないだろう。
怒っているのはセセリだけではないのだと知って、少し安心した。
矛盾点などありましたら教えていただけると幸いです。
ちなみに前出話の離隊と退役は別モノだと考えています。
離隊:無断で隊を離れている。
退役:許可を得て隊を抜ける。