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花束の協力者・軍隊アリ

花束が協力を取り付けた相手は個人だけに留まらず、巨大な組織にも魔の手を伸ばす。

弱みに付け込むのはお手の物。

もちろん、アフターフォローも欠かさない。


 雨が降ると思い出す。残してきた者たちと自分が犯した無責任すぎた過ちを。

 それを共に背負った男も思うところは同じようで、あまり晴れない表情を向けてくる。


「いつまでも感傷に浸っているワケにもいくまい」

「ああ、そうだな。行こう」


 雨音が響く部屋を出る。部屋に残されたのは懐かしい日の写真だ。

 一時の自由を求めた代償は決して小さくはない。しかし、彼らは歩まねばならない。

咎められることが無いのが罰だった。この場所の居心地は彼らにとっては良すぎる。

それが彼らの罪悪感を擽ることを良く知っている場所だ。

 逃げることは許されない。

 それが花束に魅入られ、捕らわれた者が背負う義務。








 その日は雨が降っていた。

 夜遅くから降り始めたそれは次の日まで弱まることなく降り続き、川の水がいくらか増える程の量だったと聞く。

 そんな雨の中を来店してきた男たちがいた。


「あら・・・いらっしゃい。お久しぶりね。ニ年ぶりかしら?」


 言ってセセリが迎えた客。

 驚いたのは雨が降っているにも関わらず傘をさしていなかった事。

 雨に降られるがままに水を滴らせてセセリの前に彼らは立っていた。


「体は鍛えていらっしゃるんでしょうけれど、いくらなんでも風邪を引きますよ?」


 言って、店先に客用に用意されている真っ白なタオルを差し出した。

 彼らはそれぞれに小さく礼を言って受け取る。


「待って。奥の部屋を準備させるから。皆さんコーヒーでよかったかしら?」


 来店した客は三人。紺を基調とした生地に袖や襟を金の糸で縁取った服は軍服と呼ばれるものだ。

 奥の個室へと案内しながらセセリは記憶を手繰る。さて、紺色の軍の隊長は果たして何という名前だったか・・・と。








 各都市や街にはその内部の治安維持を主な役割とするフェンリルがいる。基本的に彼らが街から街へと移動することはない。

 彼らとは別に都市や街を繋ぐ街道間の治安や安全を守る組織が存在する。彼らは決まった住処を持たず常に軍隊で移動している。それが【軍隊アリ】。

軍隊アリは大きな組織だ。組織を統率し規律を守らせ、成り立たせるためには厳しい隊則がある。その基本は連帯責任。厳しい隊則に従い、軍務に従事する彼らの数もまた計り知れない。

 いくつにも分かれた隊で行動しており、それを分けているのは軍服だ。色はもちろん、デザインで違いを出していたりもする。

揃いの隊証を付けている隊もあった。その隊証も隊によって特徴的で、襟元にピンで留めている隊もあれば、身体のどこかに隊の証である紋様を刺青している隊など様々だ。

変わったモノで印象に残っているのは隊の全員が眼鏡をかけていたことだろう。

そんな記憶の中から紺色の軍隊、部隊名“紺青”という情報を引っ張り出す。隊長の名は確か・・・。


「メリー隊長はお元気かしら?」


 世間話よろしく、会話の糸口として出した名前。正直、合っているかどうか自信はなかった。

 恭二や蜜流にはそんな賭けみたいなことをよく客の前で堂々とできるものだと呆れられたりもする。

 今回は些か失敗だっただろうか。

 軍隊アリの隊は百にも及ぶ。それは前述のとおりだ。同じ組織ではあるが、各隊の指揮を取っているのは各隊に配置されている隊長だ。隊長の指揮のもとで各隊の隊員たちは行動することになる。当然、その隊長の隊員に及ぼす影響力は凄まじい。神格化されている隊長もいると聞く。

 そんな崇拝する隊長の名前を間違えられるということは彼らにとっては最大の侮辱にあたるわけで・・・。

 内心冷や汗をかきながらもセセリは笑顔を崩さない。


「ええ。息災です」


 元気過ぎて困るくらいだ、という冗談も交えた答えが返って来た。どうやら今回の賭けには勝てたらしい。ホッと胸を撫で下ろしながら客の前へとコーヒーを並べていく。

 隊長の名前を出すにあたって、迷った名前が二つあった。メリーという名ともう一つ、ジェルマンだ。

 部隊名“山吹”。この部隊の隊員は確か山吹色のスカーフを腕や首元、頭など体のどこかに付けていた。軍服は迷彩柄だったと記憶している。

 ジュード・メリーとルイ・ジェルマン。この二人は内外共に公認されるほどに仲が悪いことで有名だった。もしこの二人が率いる部隊が同じ街で鉢合わせ等してしまったならば、一触即発で軍事争いが起こってしまうだろうと言われているほどに、だ。

 そんな事態を引き起こさないように周囲の隊員が気を回し、なんとか今の今までその事態を回避するに至っているという事実もある。

そんな二人の隊長の名前を間違えるなど言語道断。周りが止めてくれと言いたくなるのも頷けるのだが、そんなことはお構いなしにセセリは平然とそんな賭けをしてしまう。案外それを楽しんでしまっているのだから余計に質が悪い。


「今日はご一緒じゃあないのね」


 久しぶりにお会いしたかったわ、という社交辞令も忘れない。


「それは残念。隊長にお伝えしておきますね」


 コーヒーを一口飲んだ隊員が微かに微笑んでそう返してくれる。

 彼の顔は見覚えがあった。だからこそ店先で“お久しぶり”なんていう挨拶ができたのだ。

 彼と初めて会ったのはニ年前。

 あの日も確か雨が降っていた。








 雨の中、人目を忍ぶように来店してきた客がいた。

雨除けのフードを目深に被り、余程服を雨で濡らしたくないのか、マントをきつく体に巻き付けるようにして彼は来店した。

金を積まれ、店を貸し切りにした上に従業員も必要最低限でその日は店を開けた。来店したことを固く口留めされ、誓約書まで交わした程だからよく覚えている。

来店した男は彼の他にももう一人いた。それが誰だかをセセリは知らない。別の店員が対応したからだ。その店員も同じようにセセリが対応した客については知らないはずだ。

そこまでする徹底ぶり。一体二人の男はどこの誰なのか。

しかし、それはあっさりと花束の上層部によってセセリの知るところとなった。


『ジュード・メリーとルイ・ジェルマン。悪くない人材ね』


 酒を部屋の前に運ぶ途中で突如聞こえて来た声が紡いだ言葉。

 もし鉢合わせをしてしまったら、街が一つ消えるとまで言われている二人の男の名前。


「セセリさん?どうかしましたか?」


 思わず足を止めてしまったセセリを不審に思った同僚に声を掛けられ、我に返る。


「あ・・・、なんでも、ないわ・・・」


 わずかに声が上ずったが、同僚は深くは訊いては来なかった。

 内容も内容だが、それを告げた声も悪かった。

 聞き間違えることなんてありえない。花束の上層部に君臨する内の一人、アゲハ蝶その人の声。


(今の一体何?私に何をしろ、って言うの?)


 混乱する頭で必死に考えるが、あの一言以降インカムは沈黙してしまっている。

 今日の接客の相手がその二人、ということが一番考えられる可能性だが、そんな危険な二人が何故一緒にいる?あの噂が本当なら、近い内に戦争が起こってしまう?

 一人で頭を悩ませている内にだんだんと冷静になってくる。


(違う。公にできないことだからこんなに厳重な情報管理が行われているのか)


店を貸し切りにしたことも、誓約書を交わしたことも、従業員を最低限に抑えて徹底的な情報管理が行われていることも全て。

今ここにいる男たちが今日ここに一緒にいたという事実を隠すためのものだ。

 一緒に居てはいけないはずの二人が一緒にいる。つまりそれは、ここまで情報管理を徹底しなければ会えないということ。

 確かに、二人に関して出回ってしまっている噂は事実として周囲に認知され過ぎてしまっている。周囲を不安にさせるには十分すぎるくらいに。

 最早それは当事者たちの弁明の余地もないくらいに有名になりすぎた。

 だからこうしてお忍びで会っている?

 それがセセリの導き出したその場所の答えだった。

 その日の接客は何事もなく無事に終わった。

 セセリは始まる前と同じ男を見送った。もう一人の姿を見ることはなかった。なぜなら、始まる前と同様に、別の店員が見送ったはずだから。

 しかし、事件は起こる。

 翌朝だったか。世間には公にされていない、事件があった。

 それは今も公にはされておらず、世界は何事もなかったかのように回っている。花束の尽力あってのことだが、それを知っている者も極わずかだ。

 完璧な情報管理のためには情報漏洩を防ぐためにも、事実を知っている者は極少数であった方がいい。

 その時に会ったのが今セセリの目の前にいる男だった。

雨は翌朝まで残っていた。








「・・・まだ、音沙汰はありませんか?」


 男の言葉でセセリの意識は過去への回想から現実へと引き戻された。

 耐えきれなくなったように彼は言葉を紡いで来た。


 それが何を意味するものなのか察して、しかし首を縦に振ることはない。

「残念ながら・・・」


 言って目を伏せる。


「そうですか。すみませんが、引き続き・・・」

「ええ」


 決定的な単語を出すことなくその話題は終わった。

 他の隊員たちの悲痛な表情も目に入るが、セセリがそれに対して触れることはない。

 ただ、心の内で大丈夫だ、と言ってやることくらいしかできない。

 そこから先は他愛もない話題を振った。隊員たちの気を紛らわせるように。

 そうして過ごす間にも雨は勢いを緩めることはなく彼らは雨の中を帰っていく羽目になる。


「ありがとうございました」


 雨の中へと送り出さねばならないことに少しばかり気が引けたが、閉店時間を迎えてしまっては仕方がないだろう。


「しばらくはこちらに滞在している予定です。次は晴れている日に、また」


 そう言って彼らは帰って行った。

 客が全て帰って行った店内でセセリは彼がこぼした言葉を思い出す。

 『まだ音沙汰はありませんか?』彼はそう言った。

 あったとしても、彼らにそれを伝えてやることのできる日は、おそらく来ないだろう。

 全てはニ年前の雨の日から始まった。

 その日から花束は、二人の新たな人材と軍隊アリの二つの隊を意のままにするという利益を得た。

一つ目はお察しの通り、ジュード・メリーとルイ・ジェルマン。その二人を花束に引き入れた。

花束は人材育成のための機関も備え持っている。そこでの新たな教官を欲していた折に目を付けたのがその二人だった。

犬猿の仲と称された二人は元々親友だ。それがお忍びでしか会うことが許されない環境に不満を持たないはずがない。そんな弱みに付け込んだ花束が二人に離隊を唆す。

花束の思惑通り、彼らはその提案に乗って来た。もちろん、それによって生じる他の隊員たちへの不利益を彼らは訴えたが、それに対しても花束は手を回すことを提案。

離隊者に対しての罰則として、軍隊アリの隊則では極刑が定められている。もちろん基本は連帯責任。

二人の隊長を引き抜くと同時に花束は二つの隊にも提案をした。離隊者を出した事実を徹底的に隠せばいい、と。その為の協力を花束は紺青隊と山吹隊に提案。

代わりに紺青隊と山吹隊はいつでも花束の要請に応じるという契約を交わした。

もちろん、二人の元隊長の安否は知らせていないし、むしろ花束の情報網を使って探してやるとまで言ってある。

花束にかかれば二人の元隊長の死を偽装することも可能だったが、それでは二つの隊を意のままに協力させるという利益を得られない。

他の隊員たちにも隊長が生きているかもしれないという希望を与えてやっていた方がいいだろう。

それに、二人の隊長が同時にいなくなったということはお互いの隊員たちは知らないのだ。自分たちの隊長だけが居なくなってしまったと思い込んでいる。

花束がその事実を隠しているし、隊員たちも自分たちの隊長が離隊したなどという不名誉な事実を言いふらさない。

その上、今までの二つの隊が創り上げて来た実績がその事実を隠すことを可能にしていた。

いくら他の隊員たちが口裏を合わせたところで軍隊アリの本体に隊長が姿を現さないというのは無理がある。だから影武者を花束が用意するのだが、さすがに二人同時というワケにはいかない。

しかし、二つの隊は今まで犬猿の仲の隊長二人が同じ街に滞在することのないように徹底してそれを避けて来た。それは軍隊アリの本部であっても周知の事実。

わざわざ面倒事を引き起こすことのないように本部に招集が掛かるのも二つの隊が同時であることは避けられている。

つまり、二つの隊が隊長の離隊を隠すために同時に隊長を必要とする事態が生じることはない。

これにより、花束は【完璧な影武者】を一人用意することで紺青隊と山吹隊に協力しているというワケだ。


「そろそろ軍隊アリの本部に招集が掛かる時期、か」


 今回彼らが花束に来店したのはそれを知らせるためだ。影武者の手配をして欲しいという連絡。


「コノハさんに連絡しておかないと、ね」


 呟いて店の扉を閉める。


「セセリさん!何してるんですか?閉店作業、手伝ってくださいよ!」


 後輩からそんな声が飛んで来る。


「はーい」


 素直に応えてセセリもまた閉店作業に加わった。

 今日は雨の中を帰ることになるかと思うと憂鬱な気分は拭えない。

 大きめの傘を持ってきていてよかったと思いながら、この後出ることになる窓の外に息が零れるのを止められなかった。


読みにくい、矛盾があるなどございましたらご指摘いただけるとありがたいです。

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