花戦とは、花を投げつけ合って戦う、みやびな決闘である。——勝手に戦ってろ——
花戦とは、花を投げつけ合って戦う雅な決闘である。
今、二人の少女、橋谷灯と高崎峰との間で、花戦が始まろうとしていた。
空き教室に設られた決闘場。
決闘者の二人が向かい合って立つ。
かたわらに置かれた椅子には、立会人のぬいぐるみが座っている。
そのとなりにはうんざりした表情の女生徒が立つ。
彼女は進行役だ。
「では宣告をどうぞ。高崎さんから」
まずは宣戦布告だ。
高崎峰はたくさんの花が刺してある花瓶からタンジーを一輪取った。
「花戦を申し込みますわ、トモちゃん」
タンジーの花を橋谷灯に投げつける。
タンジーの花言葉は、『あなたとの戦いを宣言する』
どんな時に使うんだよこの花言葉。
あ、こんなときか。
橋谷灯は投げられたタンジーを宙で受け止め、横に置かれた花瓶に生けた。
床に落としちゃうと花がかわいそうだからね。
これが花戦のお作法さ。
「次、橋谷さんからの宣告をどうぞ」
橋谷灯は自分用の花束から同じくタンジーを取る。
宣戦布告をやり返すのだ。
高崎峰にむかって投げつける、と思いきや、そうではなかった。
というのも、高崎峰は金持ちのお嬢様なのだけど、これがとんでもないポンコツなのだ。
勉強も運動もできない。
投げつけられた花をキャッチするなんて、とても無理だ。
だから橋谷灯は花を投げずに、高崎峰のそばまで行って直接タンジーを手渡した。
「花戦で勝負だよ、ミネちゃん」
「うふふ、ありがとうございますね、トモちゃん」
高崎峰は受け取ったタンジーを自分の花瓶に生ける。
「決闘中に仲良くしないでくださーい」
げんなり顔の進行役が言う。
「あら失礼」
「はーい」
いつの間にかしっかりハグしていた二人が名残惜しげに離れた。
「では先攻、高崎さんからの攻撃です」
ここからが花戦の本番だ。
「いきますわよトモちゃん。授業中会えなくて寂しかったですわ!」
カタクリを投げる。
花言葉は、『寂しさに耐える』
ところで高崎峰はポンコツだ。投げられた花を受け止めることもできない。そこでこんな疑問が浮かぶかもしれない。
『自分が投げる方は大丈夫なの?』
大丈夫なわけがない。最初のタンジー投げがまっすぐ飛んだのは奇跡の一投だったのだ。
投げられたカタクリは後ろへ向かって飛んでいった。
どう投げればこんなことに。
カタクリは床に落ち……なかった。
距離を一瞬で詰めた橋谷灯が軽々とつかみ取ったのだ。
ポンコツと違って橋谷灯は頭脳明晰、スポーツ万能だ。花がどこに飛ぼうが難なくキャッチできる。
「トモちゃんかっこいいですわ!」
「へへっ」
「ハグハグしないでくださーい。ケッ」
二人が定位置に戻る。
「後攻、橋谷さんの攻撃です」
橋谷灯はサフランを手に取った。
花言葉は、『濫用するな』
どういう時に使うんだよ。こういう時か?
「ミネちゃん、お嬢様権限とか言って私の制服を勝手に着ないでよ!」
高崎峰にサフランを手渡す。
「だって着たかったんですもの」
高崎峰が今着ているのが橋谷灯の制服だ。体育の授業のあと勝手に着られてしまった。
「着すぎだよ。二日に一回くらいにして」
ちなみに橋谷灯が今着ているのは高崎峰の制服だ。お返しに着てやったのだ。
「とりかえっこですわね。うふふ」
「そうだね、えへへ」
「けっ! けっ! けっ! さっさと進めろ」
進行役がナゲヤリに言う。
立会人のぬいぐるみは静かに決闘の様子を見つめている。
高崎峰の攻撃。ツルニチニチソウを手に取った。
花言葉は、『幼馴染み』
「私たちが出会ってから10年になりますわね!」
投げた。真横に飛んだ。橋谷灯が取った。
田んぼにハマって出られなくなっていたポンコツを助けたのが、二人の馴れ初めだ。
橋谷灯の攻撃。ミズバショウを手に取る。
花言葉は、『美しい思い出』
「もうすぐ田んぼ記念日だよ! お祝いしようね!」
ミズバショウを手渡す。
毎月3の付く日は田んぼ記念日だ。
お泊まりでパジャマパーティーなどする。
「次のお泊まりでトモちゃんの着せ替えさせてくださいね!」
アイを投げる。花言葉は『美しい装い』
将来を危ぶまれるポンコツだが、ファッションセンスはかなり高く、なんとかそれで食ってけるといいね!
真上に飛んだアイの花を橋谷灯は華麗にジャンプして天井際で捕まえ、高崎峰の背後に着地する。
高崎峰の後ろ姿に見えたうなじが綺麗だったので、思わず背後から抱きすくめた。
「きゃー」
「おいしいもの作るね、ミネちゃん。一生」
すでに手に持っていたカランコエをにぎらせる。
花言葉は『あなたを守る』
「トモちゃん……」
「ミネちゃん……」
二人いっしょにニリンソウを手に取った。
花言葉は『ずっと離れない』
「グエー!」
進行役の女生徒が死んだ。
砂糖を吐いて死んだ。
けおーん、けおーんと悲しげに、山で狐が泣いている。
「犠牲者が危険な状態。突入する!」
決闘場に衛生兵(保健委員)が突入してきた。
死んだ女生徒をテキパキと蘇生させる。
「ごぶっ」
女生徒がさらに砂糖を吐いた。
「抹茶で中和!」
口に抹茶が流し込まれる。
「吐糖が止まりません!」
「デナトニウムベンゾエート注入!」
世界一苦い物質だって。
スイッチのゲームカセットにも塗ってあるってさ!
吐糖が止まった。
「よし運べ!」
「助かりますかね」
「助けるんだよ!」
女生徒は担架で運ばれていく。
「うんざりだ……うん……ざり……だ……」
うわごとを繰り返している。
「しっかりしろ! 弟の手術は成功したぞ!」
「ゆうくん……」
ホッとしたような表情になり、こわばっていた体から力が抜けた。
「まだ安心できんぞ! 急いでICU(保健室)に運び込め!」
衛生兵はあわただしく女生徒を運び去った。
そんな騒ぎに目もくれず、他に人のいなくなった決闘場で橋谷灯と高崎峰はひたすらイチャイチャしていた。
ぬいぐるみだけが見ている。
花戦には勝者も敗者もない。
被害者はいるけど。
何はともあれ。
これにて、一件落着!
花仇討ちとは、花を投げつけて仇を討つ、雅な仇討ちである。
「昨日のお泊まりはミネちゃんが抱きついてくるからドキドキして寝不足だよ! 報復だ! 花仇討ちにしてやる!」
「あらあら、トモちゃんったら。よいですわ、花返り討ちにしてさしあげます」
二人のモブ女生徒が話している。
「……私、花仇討ちの見届け人やるよ」
「! なに言ってるの!」
「妹の学費がいるの……!」
「でも! あなたの身になにかあったら!」
「大丈夫、ちょっと仇討ち免状を書いて、花仇討ちの様子を見てればいい……だけ……ううっ」
「ああ……神さま、悪魔でもいい、どうかこの子を守って……!」
復讐はなにも生まないね。
被害者は生むけど。
これにて一件落着。
かな?