オカマな私でも恋をした
私はいわゆる、『オカマ』というやつだ。最近はトランスジェンダーと呼ばれ始めた。
身体は男の子で、心は女の子。好きになるのは男の子。
電車の中で仲良く喋るカップルを見て、生まれっていうのは不思議だな、と思った。
「マオ、ぼーっとすんな。降りるぞー」
隣に立つ、浅黒い肌の男の子が私を呼ぶ。彼は進という。幼いころからの友人だ。
小学校から高校まで一緒なのは彼だけである。
横浜という土地柄なのか、私の周りの人は数年もすれば引っ越していく人が多いのだ。
進と一緒に電車を降りる。冬の空気の冷たさに身震いし、私は男子用ブレザーを羽織った。
「じゃ、また明日な」
「おう」
進に手を振って別れた。ここからは家の向きが逆なのだ。暗くなってきた路地を一人で歩く。
薄汚れたブロック塀の角を曲がり、そこで私は思わず足を止めてしまった。
見るからに不良な男達が、道いっぱいを占領していたからだ。
迂回しようと後ずさった私に不良の一人が声をかけた。びくりと肩が震える。
「オイ。その制服、○○高校だな?」
「は……はい」
おびえる私を不良が舐めまわすように睨みつけてくる。
「良いだろう。通れ」
トオレ。とおれ。通れ。意味を理解するのに数秒かかった。おそるおそる不良の間を通り抜ける。
が、肩を掴まれた。
「待て」
「え……」
「財布出せ。通行料だ」
「それは……困ります。だって……」
私はそれ以上言葉を続けられなかった。
不良が私を殴り飛ばしたのだ。
「いいから出せ!」
また殴られる。でも渡すわけにはいかない。私の家は貧乏だ。両親が必死に稼いでくれたお金に、不良に渡す分などびた一文無い。
アルマジロのように丸まった私に不良が罵声を浴びせ、蹴りを加える。
なにか、なにかないか。周りに目を巡らせたとき、誰かいるのが目に入った。
「僕の後輩に手を出すな」
聞いたことのないほど、凛とした声だった。
恰好はうちの高校の男子用ブレザー。すらりと背が高く、顔立ちが恐ろしいくらい整っていて、妙に艶やかな格好良さがある。
通報してほしい。目で助けを求めた私に、その人は安心させるように笑った。
助走をつけ、とび蹴りを放つ。ぎょっとする他の不良を投げ飛ばす。
その強さといったらまるで漫画の人物で、気が付けば不良達は皆逃げ出してしまっていた。
お礼を言う私に、先輩は顔を綻ばせた。
「あはは。空手やっててよかったよ。けがは?」
「はい。大したことなかったです。俺、男で良かった」
力こぶを作った私に、先輩は真顔で首を傾げた。
「君は女の子だろう?」
どきん、と胸が跳ねた。
熱くなる顔をぱたぱたと仰ぐ。
「俺、男ですよ。ほら、先輩と同じブレザー着てる」
先輩は私の顔を両手で包んで言った。
「嘘だね。僕には分かるよ。君は女の子だ。僕も同じだからわかる」
先輩も私と同じ、トランスジェンダーだった。でもある意味私とは逆で、身体は女の子、心は男の子らしい。
言われて見れば、なるほど、先輩の体は女性らしい丸っこさがあるようにも見えた。
「その様子だと皆には隠しているんだね」
「……はい。言いたいけど、反応が怖くて」
先輩は確かにね、と言ってしばらく悩み、ぱん、と柏手を打った。
「なら、僕と付き合ってみない? 仲間がいればもっと自信を持てるかも」
「え、えぇっ!? そんな、彼氏なんてできたこと……」
「大丈夫。僕に任せて。……これからよろしくね?」
先輩が甘やかにささやく。きっと今の私は耳までリンゴのように赤くなっているに違いない。
こくん、と無言で頷いた。
○
先輩と付き合ってから、私の人生は華やいだ。
先輩は優しいし、強いし、イケメンだし、カミングアウトできるだけの心の強さもある。同級生にも好かれていて、こんな完璧超人が実在するのかと驚いた。
浮かれている私を進が「彼女でもできたか」と時折からかう。とんでもない。男が出来たのだ。
そうして月日が経ち、先輩が夏祭りに誘ってきた。もちろん応じる。
「先輩。どうですか? この浴衣」
「かわいいね。よく似合ってる」
くるりと一回転した私に先輩がほほ笑む。
紅と薄緑の番傘も持ってきていた。私は和物が好きなのだ。
出店を冷やかし、打ち上げ花火を二人で眺める。
「……先輩」
「なあに、マオ」
「私、カミングアウトしようと思います。私……女の子でいてもいいんだって、思えるようになりました」
「そう」
自然と目が合う。どくどくと心臓が胸を打つ。
どちらともなく吸い寄せられ、唇が触れる瞬間――怒声が聞こえた。
「見つけたぞ!」
それは、あのとき私を襲った不良の一人だった。
「安心して。こんな人目の多い場所じゃ、向こうもケンカはできないはず」
私の不安を感じ取ったか、先輩が私の頭をなでる。
実際、不良は暴言を言うだけで向かってくる様子はない。
ぶっ殺すぞブスなんて言われても聞くものか。私は世界一格好いい先輩の彼女だぞ。世界一可愛くなってやる。
「くたばれ! 在日が!」
これも私に向けられた悪口だった。だけど気にするものか。
だが、先輩はそうもいかなかったらしい。
能面のような顔をした先輩をなだめる。
「先輩。あんなの、相手にしなくたっていいですよ」
「本当なのか」
違った。
先輩の怒りをこらえた顔は、不良ではなく、私に向けられていた。
「え……」
「君は純粋な日本人じゃないのか」
「は……はい。でも四世だし、国籍は……」
先輩はかっと目を見開いた。ぱしん、と叩かれたのは私の頬だった。
じん、と痛みが遅れてやってくる。
「最低だ」
「せんぱ……」
「最低だっ!」
そう言ったっきり、先輩は走り去ってしまった。
呆然と立ち尽くす私を、不良が嘲る。
終わった。全てが。この一瞬で。たった一言で。それだけで。
認めたくない現実と奇妙な虚脱感が私を絡めとり、へなへなと座り込んでしまう。
「……マオっ!?」
聞き覚えのある声だった。進も祭りに来ていたらしい。
「進……私、私……」
泣きじゃくる私の肩を進がぎゅっとつかんだ。抱きしめんばかりの勢いだ。
「何があった!?」
言うな。きっと進にも嫌われるぞ。そう思いながらも、どうしようもなくあふれ出す感情が、私に口を開かせた。
「先輩に……在日だからって……」
「そっか…」
私は進を突き飛ばした。はっとするが、口はもう止まらない。
目には涙が浮かぶ。子供のようにしゃくりあげて言葉がうまく出ない。
「ご……ごめん……進……。それだけじゃないの。私オカマなの……。進はちゃんとした男なのに……ずっと隠してた……。気持ち……悪いよね」
ごめんなさい。そう言ってその場から逃げようとした。
私の背に進が叫ぶ。
「そんなことない!」
進が歩み寄ってくる。
「知ってたよ、全部」
「嘘だ!」
「嘘じゃない! ずっと待ってたんだ、マオが自分から言ってくれるのを」
私はそこで初めて進の顔を見た。視線が交差する。
「先輩と付き合ってるのも知ってた。正直嫉妬したよ。俺より先に、マオの心の扉を開いたんだから。でもマオが選んだんだからって思ってた」
進が、再び私を抱きしめた。
今度の抱擁は温かくて、優しかった。
「でも……違ったんだな。ごめん。マオはずっと辛かったんだな」
私は泣き崩れた。ごめんなさいとありがとうがごちゃ混ぜになって、赤ちゃんのようにみっともなく泣き叫ぶ。
求めるものは、ずっとそばにあったんだ。




