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ドラ猫の憂鬱  作者: 英泉
9/25

9 あと九人死ぬ

《三月八日木曜、宵の口》


 カイウスの宿、軒先。

 石畳を四角に切っただけの炉に、丸木を四つに割った丈の薪が燃えて、暖と灯り。

 店先で椅子代わりの空樽に腰掛けて、

「ご亭主よ、っためずでい。具入りの薄餅か腸詰の薄皮饅頭とか無いかの?」

「ほい」と亭主。

 あ、それ、お酒に合いそ。 ・・て・・、

「お坊さん、いまって復活祭までお肉食べちゃいけない戒律じゃない?」

「それ、還暦までの戒律じゃわ。儂、免除」

「ゆるい!」

 亭主がすぐ酒と料理を持ってくる。


 アサド師、料理をいくつも両手で握って差し出し、

「おおい! ちびども。食え食え」

 見ると浮浪児が何人か、建物の隙間の地べたに蹲ってた。

 あ、生臭そうでもお坊さんだな。うん、今後はお坊さまと呼ぼう。

 子供がわらわら寄ってくる。

 なんか笑ってる亭主もいい奴みたい。

 炉の周りに座り込んで子供たち楽しそうだ。


「あれ、君ってもしかして昼間、丘の上のお寺にいた?」

「いたー」「いたよー」

「おねえちゃんも いたー」

「ぱんつ はいてない おねえちゃん いたー」

 こいつだ! 間違いない、こいつ! あたしのお尻に指突っ込んできた悪ガキ!

 ここで遭ったが百年目、げんこで頭蓋骨グリグリしてやるっ!


「ぱんつ はいてない」

 しまぁぁった。こいつらの角度から丸見えじゃん。


「こりゃ、ちびども。左様う云うことは口に出して言うでい」

「えー? なんでー?」

「聖なるものに出逢うたら、妄りに口に出す可きでい。感謝の心で手を合わせ」

「なもかんぜお」

「なもなも」

 拝まれてしまった。


「これ、年嵩のお主! 親父のとったくらい弟分達に節操をさとせや」

 あれ? お坊さまの視線の先に誰も居ない。


 一瞬間を置いて皆が「はーい」と返事。

 あれ?

「ばいばーい ぱんつない おねえちゃん」

 哀れまれた?

 手を振りながら小走りの子供がひとり。あと二人が何もない空間を見上げて、手を差し上げながら歩いていく。あれ? まるで二人の間に、もすこし背の少し高いもう一人がいて、三人で手ぇ繋いでるような仕草なんですけど?

 あれ?

 お坊さまが小さく手を振る。

 子供三人も、ちょこっと振り返って笑顔。

 あれ? いま四人目がお辞儀したような・・気が・・


                 ☆ ☆

 公文書館前の路上。

 猫がまだ後悔していたにゃ。

 腹減ったし。

 じいさん倅と会えたか? 連絡取りたいし。

 一旦引いて坂下に行くか?

 あ、来ちゃったな。仕方ない。


「軍曹殿、軍曹殿」

「貴様は、屯所に居た者だな?」

「斥候の猫であります。敵戦力について追加情報!」

「有難い」

 あ、こっちが上位選抜チームね。

「『龍殺し』の同伴者1名はデキムス卿を超える脅威の可能性あり、他2名は未知数なれど十分なる警戒を要す。以上」にゃ。

「二手に分かれたが敗着か」

「伍長殿の班にも尾行者2名を目視確認。我が方以上の戦力で迎撃される可能性大」にゃ

 十三人ふた班に分けて、こっちが格上なら彼が分隊長だから、たぶん軍曹。別班を率いたのが伍長さんにゃ。一言もウソつかなくても、おれが屯所に属してる斥候兵と思う。

 状況聞いた軍曹「うっ」と詰まって、

「本班は、引き続き伏兵として待機しつつ敵状を窺う。すまぬが第2班の状況、可能ならば知らせてくれ」

「奮励するであります」にゃ・・

 ・・「僭越ながら自分はかつて教官に、無理な上官命に殉ずるより生き延びて再起を期すが軍人の本分と教えられたであります」

「痛み入る」

 敬礼された。


 みんな、できれば死なないで戦線離脱して欲しいにゃ。

 なんで彼らに賞金懸かって、あの心得が安全なとこに居るのにゃ。


                 ☆ ☆

「やっとられん」

「警視、参事会終わったんですか?」

「延々やっとる。濠の浚渫利権絡み、決着つかん。議決権の委任状書いて出てきたわ」

「オルトロス街区かなり不穏です」

「目を離すな」

 少し躊躇して「・・それから・・」

「・・最後の最後、打つ手が何も無くなったら、コンユラの連中の中で、カトルスという男を探せ。そして、わしが手をついて頼むと伝えよ」

「カトルス? 情報に有りません」

「連中の人混みの中でその名を連呼せい。嫌な顔をした男が、それじゃわ」


 戸口の従僕らしき若い男に、

「ルカは戻ったか?」

「いいえ」

「戻り次第知らせよ。何を措いても」

 

 出掛ける。


                 ☆ ☆

「さて嬢ちゃん、儂って昨夜プフスブル発って丸まる百里歩き詰め。途中野宿で仮眠チョイしかなんで、もう休むわい。案内の約束、明日早うで良いかな? ご亭主に言うておくから、好きなもん頼んで食べとくれ」

「はいよっほー、街道であったおねいさん」「はいよっほー」

 背中ばんばん叩かれる。黒髪少年団だ。

  (あれ? あたし今、全く気配感じなかったよ?)

「びっくりした?」「びっくり?」


「じゃあ、明日またのう」

  「あ、ども!」

「御坊様、またのー」「またのー」 少年団ぶんぶん手を振る。

「日も落ちたし、おうち帰る時間じゃないの?」

「ううん、まだまだお仕事なのだ」

「黒髪お兄さんは?」

「そのへんだ」

「そ、そう」

「おねいさん、もう行く?」「誰か呼んでる」

「え?」

「たぶん」「きっとだ」


                 ☆ ☆

 公文書館は役所街の中。日が落ちて退庁時刻もとうに過ぎると、街頭に灯りの一つも無い。今夜は生憎の空模様、分厚い雲が弓張月の光を蔽って闇夜。

 闇討ちに良い夜だ。

 刺客七人闇の中、自筵包むしろづつみより取りいだしたる長剣を杖に蹲る。

 標的一行は情報通り四人。『龍殺し』は剛勇無双と聞いたが負傷引退とも。こちらは七人、長年共に場数を踏んだ仲間。不意を突けば或いはと希望は捨てては居らないが、顎で使われ死地に立たされ口惜くちをしい。せめて分隊総懸りでと願い出たがにべも無し。

 来る。

「うっ」

  「軍曹?」

気取けどられた・・」

  「!」

隊の皆に緊張が走る。

「魔術か武術か、何とも知れん」


 彼方の空の稲光りのように、微かな星の瞬きのように、薄い浅い殺気のようなものを飛ばして来た。人の気付かぬ限々ぎりぎりに、此方の体が無意識に反応しよう限々ぎりぎりに。その反応を読みおった。あれが人の身で出来る技なのか?


「あの女だ。多分人数も知られた。最早や奇襲は叶わぬ」

 一同固唾を飲む。

「吶喊ですか?」


と、呼ぶ声。

「軍曹殿ぉ! 軍曹殿!」

「猫斥候! 貴公なぜ虎口に戻った!」

「午の方角一里弱に武装集団が接近。兵力我が方の十倍近い。退路を断たれる!」にゃ

かたじけなし。撤退だ」


「良いお客でも悪いお客でも、早く帰るのは有難いお客さんだな、ははは」

 よく響く低音が遠く背後から聞こえた。



                 ☆ ☆

 カイウスの宿。

 星のない、ただ黒い空。

 何故か、黒髪兄が屋根の上に立っている。

 遠くに無数の松明の明かり。北へ。

「あの人たちカオスに見えて、実は誰かコントロールしてる?」と、独り言。

「うん。問題ないか」


 ぐるり見渡して、

「勝てるか自信持てない相手、ふたり?」

 闇夜だが。

 北東のかた見遣って、

「お屋敷街の屋根の上にひとり。ただの索敵かな。見てるだけだね」

 なにか、自分と同じく屋根の上というところ親近感を覚えていたら、

「いま、こっち見た?」

 うん、見てるね。

 レベランス。

  

「北西の方は不思議な人。攻撃性が強いのに静か。淡々と事務的に殺人?」

 こっちには興味ないみたいだね、忙しい?


 また北東に向き直って、

「あれ、最敬礼レベランスしたのに、なぜ不機嫌?」

 暫し視線を泳がせて、

「あ、お酒飲んでる? そうか、御返盃」


 いつの間にか路上。

「あ、来たー」「きたきた」と、弟たち。

「このおねいさんが待ってたんだよ」

「待ってないし」と、尻娘。「もう行かなくっちゃ」

 そそくさ。


「今日はよく会いますねー。弟さん達とお喋りしちゃった。どうぞまた今度」

 スカート裾摘んでご挨拶。ここは早々にお暇しないと。

「気をつけてね。今日はあともう十人以上は死なないと思うけど、用心」

 黒髪お兄さん、さらっと怖いこと言ってるよー。

 一礼して小走り。

 黒髪弟、走ってついて来る。

「おねいさん、今日はパンツ穿いたが吉。待ってて、姉さんの借りて来てあげる」

「ありがとう。ごめんねー、もう行かなきゃ」

「おねいさん、待って」「待って」

 走り去る。

「ああ、行っちゃった」「行っちゃった。あとで困るのだ」


「ほいよ」と亭主差し出す大きな角杯を、受け取る兄。いつの間にか屋根の上。

 北東の方に向き、右手で高々と角杯を掲げる。

「うん。機嫌直った」


                 ☆ ☆

 市街北東の低丘陵南斜面頂付近の一等地。某子爵別邸銅板葺屋根の上に人影。

 折しも雲の絶間より遽かに月光降り注ぐ。

 黒髪長い長身の男。銀台座付瑠璃杯に赤葡萄酒盈盈と、南西に掲げ満悦の面持。

「はは、はっははは」


 階下の窓からり開き、空色の服の執事身を乗り出して、

「旦那様、亦た近所で外聞悪う御在おはします」


                 ☆ ☆

 月の明かりが出て来たが、裏の小路は未だ闇の中。

 赤の警吏の外套マントの上に黒い夜警のそれを重ね着、辺りを窺う男が一人。

 突然、

「ニクラウスさんよぉ」

 声を掛けられ、

「脅かすなご同役。寿命が縮まる」と、声を密めて曹長殿。

「あなたの暗躍がこんな騒ぎを引き起こした! 自覚はあるんでしょうな」

 詰問口調。


「薬が効き過ぎちまったか、一時いっときゃ俺も青くはったが。結果は全てオーライだ」

「スパさん、まだそんな事を! 焼き討ちだったら如何様うする気です!」

「ならねえよ」

「どうして左右そうのう言える!」

「書記姐さんと金庫番、『龍殺し』の旦那にずんぐりクイント。手綱取りの上手が揃ってらあ。デブ騎士と黒髪はお留守番。巧みに配置しやがった。間違いない。ギリギリで抑える算段だ」


組織コンユラが、そこまで計算してやってると?」

 溜息ついて、

「だぁって読み筋だろ? 誰が殺ったか知らねえが、ゲルダン武闘派の断トツ一位が仏さんになって昨日見つかった。今日は黒髪が昼にベラスコ廃荘園で十三人、夕方に市外で賞金首六つ狩って来た。で、日が暮れたら、これだ」

「だから、ゲルダンの拠点を一気に潰す気では!」

 また溜息ついて、

「だーかーら、組織がその気なら、黒髪やデブ騎士繰り出して電撃殲滅戦やるだろって。これ見よがしに松明行列始めたのは、威嚇でシメにするってことだ。ちゃんと一人づつ専任職員付けてるのが、セーブする気な証拠だ」

「それで安心してて、いいんです?」

「請け合いよ。コンユラ連中、ギリギリで鉾を納める。いいか? ゲルダン人は統一組織じゃねえだろ? 一つを徹底的に潰したら、そいつらが何かで一線超えたからお灸据えられたんだと、他の連中は多寡を括るだけだ。こうやって、ぼんやり脅せば全体に効く」

「そうでしょうか」

「あそこの大将、とんだ狸だぜ」


 深読みだった。


「スパさん」

「変に略すな」

「あなたの名前長いですから」「ほっとけ」

「ロベルティ君に悪影響与えないで下さいよ、先の楽しみな若者なんだから」

「おめぇこそ型にハメんなよ」


「ところで、スパさん。コンユラで『カトルス』って名前の男に心当たりは?」

「聞いたこと無ぇ。スパじゃねえし」

「そうですか」

 クイントとカトルス。5から1引くと4だなあと思ったが、口には出さない。

 スパラフィシル曹長は、五郎と四郎が同一人物とか言い出すほど非常識ではないのだ。


                 ☆ ☆


《註》

Quartus, fourth

Quintus, fifth


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