8 剣戟響かない
《三月八日木曜、夕暮れ時》
探索者ギルド。
まあ地元の人間はギルドじゃなくて「あるて」とか「あるで」とか発音するのだが、同じことである。ただ、一部の者は探索者ギルドのことを隠語っぽく「こんゆら」と呼び習わしている。まあ蘊蓄はいいとして、ギルドの大広間。
日没には城門が閉まるので、夕刻の広間は城外でひと仕事終えて来た協会員で溢れる。寝所を確保する者、一杯やり始める者、成果報告で半金受け取る者。そして受付も混む時間だ。
それが、今日は大変なことになっていた。
バイト一人しか居なかったのだ。
普段でも女性二人しかいない。しかも実は金庫長と協会書記という要職の者だ。時おり典礼主任という初老の男性が加わるが、今日はいない。
金庫長が別室で大口客の応対に当たり、そのまま接待で飲み始めてしまった。協会書記が私用で出かけてしまった。それでギルド長ーー正式にはコンスルと謂うのだがーーギルマスが出て、彼は事務能力が全然なので、慌てて臨時バイトを雇った。
黒髪の彼女である。
有名パーティーの情報係・兼敏腕マネージャーなので、能力的に問題ない。その彼女が困り果てた。
「ギルマスッ! 始まっちゃいます!」
☆ ☆
「ヴィナさんが煽っちゃって、血のカーニバル始まっちゃいます」
「彼女は?」と、貴族的な風貌の中年男性。
瀟洒な衣装に典雅な振る舞い。だが腹が出ている。
「それが、煽るだけ煽ったら、また応接室戻ってお客さんと飲んでます」
「うわぁぁぁ、どうしよう」
「兎に角、ギルマスが抑えて下さい」
「勘弁してよう!」
☆ ☆
「うん! 大丈夫」
尻娘が兵士六人組を尾行していた。
そう。『龍殺し』を尾行してたら、向こうから猫が六人組について来てた。
で、すれ違うとき交代したのだ。だって怖かったんだもん。
受付の姐御は鬼門。
ちょっと田舎で割とまあ、そこそこ良いお家に生まれて、あたし小心なお嬢様と思われてた。それが、本当に危険なモノには過敏に反応する天性の能力だと気づいたのは結構あとの事だった。そして諸行無常、自活せにゃならない境遇になってギルドの門を叩いた時、面接官があの目鬘の姐御。姐御って、そんなに年齢は変わんないんだけど。ほとんど目が見えないのに書記してる不思議な人だ。
とにかく怖かった。危険察知能力が発動してしまった。普通に協会員登録の面接受けてただけなのに。それで一年近くの間、ギルドで「お漏らし娘」の異名で通った。いま相棒の猫に尻娘と呼ばれて動じない神経が鍛えられた日々であったよ。
んで今日に至る。六人組の尾行に交代してもらったー、安堵。
東門の跳ね橋を渡り、市外に出る。
遠くに、だらだら坂を降って行く六人組の後ろ姿。
☆ ☆
猫は後悔していた。
「交代すんじゃなかった」
だって『龍殺し』様ご一行、公文書館に入って調べもん始めたんだもん。
あそこ、法務官とか公証人とか、あと『龍殺し』くらいの名士しか入れないじゃん。ここら役所とか代書人の事務所とかばっか、お堅い一角で買い食いもできにゃいし、じっと道端ぁ蹲って待ちですか。ああそうですか。まあ猫らしいですよ。日没で閉館まで半刻くらいの我慢か。眠いわ。
☆ ☆
探索者ギルド。
ギルマスは考える。
大広間の喧騒にアテられて冷静さ失っちゃ駄目ダメ。
ぼくって本来、超ばっちり頭脳派だもんね。なんとかなる。大丈夫。
ここんとこ連日、ゲルダン元兵士が市内で問題起こしてる。
それだぁ。
「諸君! 市内に潜伏しているお尋ね者の所在情報が入った話は聞いたね?」
「応!」「応!」
「しかーし、残念ながら市内で武装して強襲は出来なーい。先にぼくらが凶器準備集合罪なっちゃう。そこでだ!」
「そこで!」「そこで!」「そっ・こっ・でっ!」
「今日は聖木曜日だ。おめでたい松明行列やるぞー」
「おー」「おー」「行列おー」
「最近ゲルダンの元兵隊おっきな顔して、こないだも夜警さんが殴られたじゃないか」
「ぶー」「ぶー」「ぶー」「ぶー」 一同、足を踏み鳴らす。
「この町で、一等一番怖いのは誰だ?」
「オレたち」「オレたち」「オッレたち!」
「オレたち」「オレたち」「オッレたち!」
「今夜の行列の女神には、みんなのアイドル、ヴィナちゃんが出るぞお」
「生足! 生足! 金庫番のおみ足! おッみッ足!」
(すまん、ヴィナくん。人身御供だ)
皆、歌う。
「アウリスの浜に風が吹く。
生贄捧げよイリオン陥せ! して末永く記憶せよ。
希臘は彼の地を支配せよ。
けして異国の奴輩は我らを支配する能わじ。
彼らは奴隷ぞ確と見よ! 我ら自由人! 自由人!」
「おー! おー! おー! 我ら自由人!」
「我ら自由人!」 「我ら自由人!」 「わ・れ・ら・は自由人!」
マグで卓を叩き、足踏み鳴らし、拍子を取って唱和する。
「おー! おー! おー! 我ら自由人!」
「我ら自由人!」 「我ら自由人!」 「わ・れ・ら・はっ自由人!」
喧騒が渦巻く。ついに盾を叩き出す。
☆ ☆
尻娘は思う。今日も自分は幸運だと。
人生なにが幸せに繋がるか、予測なんて出来ない。
今日の昼下がり、お寺裏の崖の上でパンツを脱いで捨ててしまった。
あれは不幸な事故だったよー。
でもそのお蔭で、いま被害が無い。
いや、お洒落サンダルの軍靴は被災したけど、辺りに人目も無い。こうしてきれいな小川の辺りで全部洗って、何もなかったことにできる。「お漏らし娘」の異名が復活することはない。ないのだ。
尤も、あたしが尾行してた六人組に比べたら、誰でも幸運だろうけど。
彼らの運命は決定してたから。
すらっとした黒髪の青年が一人と、十有五に満たない少年ふたり。
ラマティ街道が小さい林を抜ける辺りで、待っていたんだよ、荷馬車停めて。
日暮れも近いこの時刻、あんな場所で休憩してるの、変だよね。
誰でも気づく。
いや、堂々と待たれていたんだね。
六人組は筵に包んでた剣を把って慎重に慎重に距離を詰めた。6対1でも全く油断してない彼らは、確かに一流の戦闘員だったと思う。でも直後に、あたしは戦闘員と戦士の差を見ちゃった。いや、正確には見てない。なんで六人が倒れたのか早すぎて見えてないから。
で、恐怖を感じたのは六人が倒れた時でなく、黒髪の彼が剣の血脂を倒れた男らの服の裾で淡々と拭ってる時でもなく、そう! 彼がこっち見て笑った時だった。
で、今あたしはサンダル濯いでるわけ。
彼が美形で、ちょっとキュンと来たのは事実で、脱力したとき快感もあった。でもこれ認めたら人生終わりそうなので無かった事にするんだよー、な・に・もっ。
荷馬車が追い抜いて行ったとき、彼また莞爾りしてたし、少年二人も手を振ってた。んで、あたしもサンダル持った両の手を振っちゃった。何やってんだろ。日が沈む前に町まで戻らないと。
東の見附。
ここ過ぎると、暫くだらだら坂の登り道を三里と少しで東門に着く。ちょっと時刻やばいかな。
見附の衛兵さんが来る。
斧矛持って衛兵で御座ると威儀正しても、鍔広の制帽の他は私服の上から官給の陣羽織被っただけの出で立ち。縁日の交通整理にでも駆り出されたボランティア青年にしか見えない。
ひと懐っこい笑顔。
「ごめん一足遅かった。今のいま来たおじいさん、上手い具合に通り掛かった荷馬車に頼んで乗っけて貰い、送り出した矢先だよ。一寸もう追い付かない」
「ありがと、頑張って歩く」
「閉門に間に合わなかったら跳ね橋上がっちゃうけど、不寝番の巡回いるから、みつけて相談するといい」
「ありがとー」と、そろそろ小走り。
「あれ? あたし町から来て、ひと悶着見届けて、また一本道引っ返してるよね? すれ違ったおじいさんとか、居たかな?」
☆ ☆
尻娘はまた思う。今日も自分は幸運だと。
刻限過ぎたのにー、なんかモメてて、まだ門が閉まってない。
入市希望者の列に並ぶ。
金盥みたいな鉄兜被った連中と、鍔広帽子に鉢金仕込んだ門衛が押し問答。
「またゲルダンかよっ」って、声出しちゃう。お猿ゴメン。
「あーた市民でしょ! 門衛の兄ちゃんに挨拶してさっさと通して貰っちゃいなよ」
と、ひとつ前に並んだオバちゃん。
「でも、不公平だし」
「あーしも妹に迎えに来てもらうんだったよ。スーっと通れたのに」
近所の村の人で、市内に親類が住んでるらしい。
「あの鉄頭連中ったら、就職できたから雇い主に挨拶に行くのを兵隊の正装でって頑張っちゃってさ。『剣ぶら下げて町中歩いちゃダメでしょ』って言われても、約束の時間に間に合わないから! 間に合わないから! って、早く来ない自分が悪いんじゃないのさ。押し問答してりゃ、ますます遅刻よ。おばかよね!」と、オバちゃんわざと聞こえるように。
兵隊さんコッチ見てイヤーな顔するけど、吠えたりしない。悪い連中でも没いのかな。
「あ!」
黒髪お兄さん出てきた。
笑顔で会釈されちゃった。
わっ、改めて近くで見ると、ますます美形!
兵隊さんが、しゅんとした。怖いの、わかるようだ。さすが再就職できる男たち。
結局、兵隊さんは剣帯だけ外して袋に入れることで門衛さんと妥協成立。
世はなべて事もなし。All's right with the world!
街中なので雲雀はいない。
門内に入ると、ちょうど路肩に停めていたお兄さんの馬車が出るとこだった。
馭者台になんと四人。ひとり増えてて狭そう。
灰色のローブ着た大柄で年配のお坊さんだよ。
もしかして、もしかする?
☆ ☆
猫はまだ後悔していたにゃ。
日は落ちて閉館時間。「龍殺し」出てこにゃい。
考えるべきだった。町の名士で貴族だよ。
夢中で調べ物してられたら、公文書館の事務員が「閉館ですよー」って声かけられる相手じゃなかったにゃん。怖いし。
猫の想像通りだった。
事務員は俯いていた。
「ちくしょう、腹減った。館長さっさと先に帰りやがって。なんだよ『お願いねー』って糞婆あ」と、もう自宅にいるだろう義母に毒づいた。
☆ ☆
坂下の酒亭。
室内の明かり煌々。
猿と農民たちが出来上がっている。歌っちゃっている。
七人組は凶悪そうな面構えに似合わぬ行儀の良さで、静かにクヴァース*を飲んでいる。いや、客の中で一番行儀が良い。仕事前に騒ぎは起こさない。ある意味プロだった。まあ他にも理由はあったかも知れない。 *註:ノンアル
農民らは、と或る廃荘園の下人なのだそうだ。
「んでよう、あの少年二人。おっきなお城で殿様のお小姓勤めた経験者で、ディナーにモノホンの宮廷式で御奉仕とか為ちゃったから、もう旦那様ったら領主時代の栄光思い出しちまってよう。お嬢様に『お前だけはちゃんとした貴族の家の嫁に出す』って泣いちまってよ」
「おいたわしや。伯爵許すまじ」
伯爵家隆盛の蔭で蹴落とされ食われた口らしい。
「ハンスさんも従騎士から二等自由農民に落っことされちまったし」
「あんまり落ちてなくね?」と、猿。
「まあ、お嬢様付き女中やっとるウチの娘が首の最後の皮一枚、騎士の血筋のお家に嫁げる身分だわ。旦那様もわしも、次の世代で辛うじて返り咲ける崖っぷちだな。まあ、負けて今さらだ。みんなと一緒に百姓するのも悪かあない」
世の中、落ちるのは簡単だが上がるのは難しいんだよ。落ちた直後の救済措置に乗り遅れると、子々孫々身分は落ちっぱなしだ。この身で味わったから、いっそ人やめて猿にでもなっちまおかって思った俺だけど、な。
などと心中呟く。
下人と和気藹々やってる元従騎士に「あんた身分落ちても未だ世襲地主だろ」なんぞと水を差すほど無粋でも無い。どころか、主君が身分格落ちして自分と同格になっちまったら君臣関係解消するのが世間の常なのに、付き合って格落ちした忠義者は嫌いじゃなかった。
浮浪者っぽい扮装した兵士が店の外から合図する。
出動の合図かな?
七人組が席を立つ。ちゃんと勘定もして、他の客に目礼までして出ていく。
テラス席で、赤。
「(尾行る?)」
「(よしとけ。奴ら腕が立つ)」
白が無言で答える。
「(じゃ、店を出たことだけ報告する)」
「(尾行するなよ。身の安全が優先だからな)」
☆ ☆
幌馬車がギルド馬車口に入っていく。
「協会所属の人だったんだー。初めて会った」
そういえば、弟の方は見たような気もしないじゃないよね。
ギルドの向かいにあるカイウスの宿で、さっきのお坊さんが亭主と話してる。月極めの下宿だ。特別に一泊いいか交渉してる? 決まったようだ。
話しかけちゃえ。
「おじいさん、この町は初めて? 飲み物一杯で案内するよ」
「どっこい此の町育ちじゃ。が、何十年ぶりでの。なに飲む?」
「ハーブ味の甘いワイン」
店の脇に大樽がテーブル代わり。小樽に腰掛ける。
「すごい体格いいね。出家する前は騎士さんとか?」
カマかける。
「出家しても騎士じゃ。修道騎士団いうてな。儂がメイスを一振りすれば異教戦士の大軍が巌に砕ける波濤の様に飛沫を散らしたもんじゃわい」
(おえ、リアル)
「あたし、キュリ。なんて呼んでいい?」
「アル・アサドと呼ぶがええ」
「(おいぃぃ! 元騎士団長さん本人来てまっしたぁぁ! )」
とんでもない人に声を掛けてしまった。
☆ ☆
《註》
トリンクハウス:Trinkhaus、Halle の用途が Trinkhaus
陣羽織:Tabard
けとるはっと:Kettlehat ;少しも薬罐に似ていない。洗面器に似ている。
ぶくすん:Büchsenmeister
めるける:Merker
けるつん:Kerzenmeister
ぷふれーく:Pfleghafte ;本作中では「二等」自由農民。参審自由人の次の階級
でんすと:Dienst




