6 魔女に遭う
「見て居ったのかえ?」と徐ろに、黒衣の女が振り返る。
思わず尻餅ち搗く。 ああ、黒歴史だ、人生の最後まで。
「ああ、今日は短いスカートで良かったな」
あ・・我ながら変なこと言ってるよ。
力が抜けて躰が動かないので見ること位しか出来ないから・・
見れば女、上は喉元下は踝、黒一色のブリオ姿。襟が高いのは珍しい。重ね着かな? 寮監の女史かと云った雰囲気漂う初老の黒髪女。笞でも持てば良く似合う。
「お願いです。あたしが死んだらパンツ脱がせてこっそり捨てて下さい」
「尾籠な」と、ぴしゃり。
「生前にお漏らししてたの、人に知られたくないんです。痛い前歴あるもんで」
黒髪女、憮然と。
「其れなら早さと自分で脱いで、崖下にでも投げ落とせ。下は川じゃ、流れ去る」
黙々と『魔術師』の服を剥いで探る。
出た薬瓶、一本選んで投げて寄越し、
「之れ用心に飲んで置け」
溜息まじり、も一度見ては、
「何時迄弊り込んで居る。トゥニカの裾迄濡れて了う」
「魔法戦って初めて見ましたー」
「孰の何処に魔法戦なぞ有るものか。奴が毒消し飲めぬよう仕向けて裏の崖下から逆風の来るこの場所に誘っただけの事じゃわい。扨てさて奴も今生の最後に魔法の勝負でも為た気になって悔いも無く往生したなら重畳じゃ」
「なんで裸にするんです?」
「妙な薬や道具に仕掛け、世に出て碌な事は無い。綺麗薩張り始末する」
「おちんちん小さいですね」
「童貞じゃ」
崖下に、ごろり蹴り落とす。
水音。
☆ ☆
昼下がり。
「(来た来た、来たにゃん。 やっと来たにゃん)」
ひょろっとしたのが二人ほど。『龍殺し』の出した求人の張り紙見てる、見てる。
あんな激安求人に応募する人いるか、すっごく不安だったぜ。来た来た、いいよ。やっぱり新人、新人だ。うん。求人票持って奥に行く。ナヨナヨ銀髪とひょろひょろ黒髪。ナヨ銀の方が縦長頭ひとつ半、風でナヨってそよぐ感じ。少し腰振って左右に揺れて、水の中泳いでるよに歩いてる。変なやつ。
広間から続く奥の方、衝立で仕切られている更に奥に受付窓口。
尾行尾行。
お、うまい具合に手前窓口が休憩中。奥の窓口へ入ったぞ。手前で休憩が終わるの並んで待ってる顔してれば、ここで立って聞き耳立てて居も怪しまれないぜ。
・・って、新人は注意事項の説明とか長いから、なかなか本題入らないな。
担当は目鬘大女か。
休憩中なのは菜の花色髪の小柄な娘。年の頃なら二十と少し、髪に合わせ檸檬色の微妙に透ける絹のコッテを白のリネンに重ね着、春らしい。齢より少し若作り。『お待ち下さい』の立札立てた受付窓口の奥で悠暢茶など啜ってる。
と、思ったら
「次の方」
えっ? 急に順番来ちまった。
「今、待ってる間にお隣りの導入教育聞こえて来て、おれ法務関係あんな良いレク受けなかったにゃ羨ましいにゃ不公平にゃ」
「うーん、貴方の担当はぁ、んっと、典礼主任でしたねえ」
「にゃ」
「仕方ないなぁ今さら一からレク出来ないしぃ。疑問点絞って質問して下さぁい」
「それじゃ、おれとかの『市民権なし合法居住者』が訴訟喰った時の注意事項から・・」
この金庫番、法務主任兼務だから、これで時間稼ぐにゃん。
「泥棒はぁ、現行犯で死刑です」
それだけかよ!
☆ ☆
丘の上。
「お尻すうすうしますうっ」
「自分の意志でした事じゃ。結果も自分で受け容れよ」
「殺さないんですかあ?」
「小娘ひとり殺しても、殺さないでも変わりない。無駄な面倒為度うない」
「はあ」
「殺して欲しくば吝かでない」
「あ、いや結構。心底」
「ならば早速と引き払う」
瓶やら何やら遺品のマントで廻るぐる巻いて小さな包みが出来上がる。
「ほれ小娘や、お前持て」
「は?」
「昨夜一緒に酒呑んで居った爺いに其れを渡すが可い」
ぐるり廻って抜け道抜けて、木戸を潜ると人の気配。子供たちが沢山いる。
「ここは?」
「孤児院じゃ。今日は木曜、炊き出しの日じゃ。浮浪児共が集まる日じゃ」
見れば、そんな感じ。
「貴女様は?」
「聞いて答える相手か奈様か三日二つ夜は勘考へよ」
「へえ」
尻娘、返事が情けない声になる。
向こう側、建物蔭の薄暗い辺り、年嵩の浮浪児がなんか目配せして消えた。
あれ? 昨日酒亭テラスにいた赤髪君が来た。孤児たちに囲まれてる。もしかして卒業生? なんだかわいわいやってる。上座っぽいとこに痩せた婆さん尼さん姿。もしかして院長とか? マジここ相当ショボくない? 廃墟同然のとこに、やっとこ子供らの素人大工で住まい作ってる感じ。人数やたら多いし。
あれ? あの人いない。しまったわぁぁ。
あや! 子供たち、なんか集まって来ちゃった。
おいぃぃ! スカート捲るなっ。悪ガキ、こいつら悪ガキだぁ」
☆ ☆
おれは正直、驚いたのにゃ。
「(あのナヨナヨ銀髪が隣町から来た捜査官! )」
ひとは外見じゃ判らんもんだ。犬なら直ぐに判るのに。人間様って難しい。
そんなことより情報だ。
「(何なに?)」
隣町から峠を越えて坊主が独りやって来るって? 誘拐事件を捜査中? 何者?
漸く席を立つ気配。さて聞き耳、もういいか。
「そんなわけでぇ、報酬少し安めですが」と、菜の花娘。
「ヤメ」
「え?」「徹夜続き、軽い仕事をと思ったけれど何分ちぃと安過ぎる。寝る」
「はいはぁーい」
見送る菜の花娘、低い声で「ギルド舐めんなよぅ」
猫不覚。尾行付いたが気付かない。
☆ ☆
中心街。
市庁舎に市民ホール。裁判集会のある袋広場。商工会のギルド本部。銀行に大商会。そしてちょっと陰気な一角に市警庁舎。
なんで陰気かって? 近くに処刑台あるから。死刑のじゃないよ。公衆面前でお尻叩くやつ。市民の娯楽? 趣味悪ぅい。
男も女も下丸出しで、お尻ぺんぺんされるんだよねー。血が出ちゃいけない決まりあるから、受刑者そんなに痛くない。心が痛い。まあ一年は顔出して表通りは歩けないねー。殊にそうでない人もいるけど。その、逆に自慢する系のひと。
市警本部の脇の通り。
「(ええっと、合図どうだっけ)」
合図する前に、じいちゃんヒョコっと顔を出す。
「ちょっと! 表に顔出しちゃっていいの?」
「誰もおらんの確認したわい」
体を横にしてギリ入れる建物隙間。妙な所に隠し戸ぽこり。奥にまた鍵付き扉。
迷路通路を抜けたら先は密偵かなんかの詰所だった。人が敬礼する。
「じいちゃん偉そな服!」
「偉いんじゃ!」
個室に入る。
「探索者ギルドは『龍殺し』出す。ツレは不明」
「そうか本気か」
「それから『魔術師ベレンガー』死んだ。これ、遺品」と、出す。
「ぷちっと、か?」
「ぷちっと、だった」
「実は、今日『ぷちっと』二人目じゃ」
「始まっちゃったのかー」
「遺品・・・。なんか厄介そなもの沢山持っとるな。よう回収して呉れたわ。あららパンツも脱がされたか。不憫な奴じゃ。見よ、パンツにも隠しポケットがあるわい。何が入っておるのやら。お前、素手で触っとらんだろうな?」と、烏の嘴みたいなマスク着けて鉗子二本で選り分ける。
「男のパンツとか触んないしー、それと毒消しも貰って飲んだ」
ニーハイ脛衣は濡れなかったと思うけど、じいちゃん彼方見てる間に脱いどこ。
「誰に?」
「『魔術師』殺したひとに」
「いや、それ誰じゃった」
「知らない人だよ」
「だから、どんな人じゃった?」
「背の高い、女の人、黒髪の。おばあちゃんって言ってたら・・殺されてたかな」
「言わんで僥倖じゃ」
「誰?」
「西の方の谷のお人じゃ」
「魔女?」
「そうとも言う」「やっぱり」
「もいちど逢ったら、丁寧にお辞儀だけしてその場を去ね。関わるな。鬼神は敬して遠ざかれ」
溜息ついて、
「それでベレンガー家の倅は?」
「お寺裏の川にドボンしました」「そうか」
「市警どうするの?」
「そもそも市警は知らぬ話じゃ。市外まで流れて行けば大いに結構なにも不実行。運悪く市内で見つかっちまったら遊泳中の溺死事故じゃな」
「んな春先に泳ぎますか」
「魔術師の修行で冷水浴びるとか何とか、此処より寒い嶺北で現に修道士のやっておる朝のお勤め辺りから、奴の実家の薬局が頭捻って考えて呉れるじゃろうて。懸念無し。自殺じゃ云うたら此れはもう聖なる教会の戒律破り、家門の不名誉一家の恥。葬式ひとつ出せんからの」
「他殺だぁって騒いだら?」
「下手人と名指した相手に悪まれ名誉毀損で決闘裁判挑まれて、下手打ちゃ一族皆殺しじゃ」
「町の決闘裁判、ハリセンじゃないのー?」
「わし、西谷の侍に丸めた羊皮紙で頬っツラ叩かれた男の目玉が飛び出して死んだの見たことあるぞい。いや・・この町でじゃないけど」
「うええ」
「あの人らハリセンで何人殺せるか競争とか、冗談半分でやりかねんと・・いやいやいや妄想は止そう。決闘裁判はあくまで裁判じゃ。立会人も判事もおる。この町じゃ、ンな大人気ないことせんじゃろと信じたい。いや、願う」
「んで、薬局やさんが騒いだら?」
「また『ぷちっと』じゃな」
「また『ぷちっと』ですかー、やっぱり」
「じゃな」
「『ぷちぷちぷちっ』と来ますか」
「だからベレンガー家、そんな命知らずじゃないわい」
「泣き寝入りですかベレンガー家」
「泣かんわ、鼻摘み者の三男坊じゃ」
「小さかったもんなー」
「なんの話やら。そろそろ会議じゃ。晩祷休憩に抜け出す。噴水前でまた会おう」
「あのー、あたし摘んでませんから」
☆ ☆
石畳踏み締めて、猫。
「あんまり気が進まないにゃ」
昨日の軍曹さん良い人っぽかった。わざわざ『言葉遣いに気を付けろ』って言ってくれたのは、今日会う中隊長『心得』って、そういう人って事だよにゃ。正規軍時代に随分やな思いしたっけ。
アジトの前。
「にゃ」
「おう」番兵が尻ずらして通り道空ける。
☆ ☆
やっぱり『心得』オヤヂ、嫌な奴。軍隊式の言葉遣いしたら、猫のくせ生意気って言われた。銀貨三枚投げて寄越した。
今日は少し、一階の雑兵部屋で無駄話する。
「デキムス卿は武勇で知られたおひとと聞いてたにゃ」
「そんなんじゃねーよ。処刑屋だよ。まあメチャクチャ強かったは強かったけど」
「凶獣ってあだ名、ダテじゃないわな。体格もアレだし」
「顔も怖いっすよね」と、若手兵卒。
「心得の野郎、我が世の春来たな。もう偉そうったら無えわ」
やっぱり心得、皆から評判悪い。
「デキムスさん死んだの痛恨だわぁ。心得が顔ぉ踏んづけられ泣いて謝る格好見られなくなって、こんな残念なこたぁ無ぇ」
部下に相当嫌われてる。
「デキムスさん、突然だったよな」
「ああ」
「なして、そんな慌てて探してたにゃん」
「いや、つまんない話だよ金の問題。お偉いさんから高価な宝刀預かってたから」
「盗られてたんだろ? やっぱり?」
「遺品には宝刀とか、そんな高価もの無かったらしいにゃ」
「宝刀が狙われたのかな」
「それ、どんなブツなのにゃ?」
「見たこと無いっす。でも懐に入れてたから、脇差?」
上の階で下士官相手に得意満面、『心得』が演説こいてる声も聞こえる。
儀式で姫さまが健康取り戻したら若様とご成婚? 病気なのかにゃ?
え? 儀式ってもしか、アレで?
伯爵に軍勢借りて奪回って?
隣国の武闘派伯爵の後ろ盾でゲルダンに返り咲く計画なの?
なんか杜撰っぽくない?
組織もショボいし。
でも、伯爵の軍事力から考えりゃ十分イケる話っていうか、いやいや、逆に利用するだけされて、元王女は国譲り状とか書かされて、伯爵が意気揚々とゲルダン併合とか、そっちの方がありそうってか、あるな。あるある。
上から下士官走ってきて奥の部屋に駆け込む。なんか出動命令だ。
奥からぞろぞろ出て来る強そな連中。上の階に上がってく。
やっちゃったよ。じじい残念、望まぬ方向で決定だ。
「ごついの来たにゃ」
「おい、強襲部隊だぜ。出るのか?」
「ここだけの話、村々荒らして賞金首だったのを匿ってるって噂。出しちゃヤバくね?」
「あれで、ここに市当局の手入れ入ったら不味いぞ」
「他にも何か『やらかし』たかにゃ?」
あ、下向いちゃった。
聞き耳立てる。
・・一個分隊二手に分けて、半数はラマティ街道へ。坊主消す・・
半数は『龍殺し』襲撃って大丈夫かその人数で。心得さん無理くにゃいですか?
兵隊さん。あんたら結構強そだけどさ、上が無能だと即死ぬぜ。
ここは怯気た顔でもして、
「おれ、そろそろ帰るにゃ」
「ああ、それがいい」
「俺らも潮時かもな」
猫手で敬礼して辞去した。
☆ ☆
《註》
ばいざせん:Beisassen, = Cohabitatores(mlat.)
じっぺ:Sippe
すつるむ:Sturm