5 猫、探る
《三月八日木曜、夜明け》
坂下の酒亭二階。
「うにゃ」
「猫みたいな声出すな。猫ぁおれだし。 仕事これから行くからな」
「うにゃ」 寝てる。
「存分に寝てろ。戻るまで危ないとこ彷くなよ。それと、尻しまえよ」
猫が出掛ける。
じじいが黙礼で送る。猿は死体のように寝ている。
☆ ☆
朝まだき、ギルドの広間。
人の姿まばら、猫は一匹。
「(めだたんよーに、めだたんよーに)」忍び足の猫歩き。
今日はクラバットも薄柳色で大人し目にゃ。
受付の大女が新しい求人票を張り出す作業中だ。変な目鬘着けた女。
そこいらの男よりも頭ひとつか、下手すると二つか高い。
だが躰も手も足も細いし、肩は撫で肩たおやかに柳腰。
腕の動きは鞭のよう。足の運びは狼のよう。
百人? 二百人? もっと? こいつ何人殺してる?
尻娘は初対面でお漏らししたが、おれも総身の毛が立つわ。危険信号赤信号。
突然振り向いて素手で首跳ねられそな恐怖感。おれも目鬘かけてテヘペロ誤魔化そう。
でも、ギルド正職員だもんな。現役の殺し屋なわけない。安心?
それとも、お猿の言ってた魔人? 髪は黒いけど微妙に栗色ぽい。違うよね。
読み上げ小僧が脇で待機を始めたな。そろそろ人が集まって来た。
貼り終えたら受付開始だぞ。今のうちに横から求人票見とくか。いや、その前に便所。
☆ ☆
坂下の酒亭。
お猿がもう、しゃんと起きてる。短刀で髭剃ってる。じいちゃん小さな石板に何かメモしてる。あたし? も少し寝よう。
「嬢ちゃん起きたか。朝飯食うか?」
跳ね起きて、
「行く行く」
急な階段を下りると炊事場の脇。広間の隅になる。亭主、肉の塊を茹でている。
「茹でるんかいの」
「今日は『晩餐の木曜』だからね。いつも昼くらいから客足が絶えねえ。こうやって塊りで幾つも茹でといて、出す前にサッと焼き色付ければ客ぁ待たさず騒がせずって寸法さ」
「いま何できるー?」
「パイ温っためるか、パン粥だな」
「茹で麺は?」「尻撫でて良けりゃ作るぞ」
芋袋抱えて入ってきた女房に亭主、尻蹴られる。
☆ ☆
探索者ギルドの大広間で猫が悩む。
「あの『龍殺し』が動くって、ギルド本気にゃん。でも募集がやたら低賃金。子供の使い並みだぞ。これで人来るか? なんでここまでケチるかって、これも一つの情報か・・でも応募こないと聞き耳立てれないし、どうする? 報告夕方だから気長に待つ。うん、それしきゃ無い。でも、飯食ってる間に応募人来たら?」
飯のことで悩んでいた。
「来たよー」と、尻娘。
「ごゆっくりだにゃ」
薄桜色のチュニックが男物ほども短かくて、ニーハイ脛衣の上から派手に太腿が出てる。あくまで尻を出したい娘だにゃ。
「お前って、その下にゃんか穿いてる?」
「ちゃんと、パンツはいてるよー。見る?」
「って! 見せるかぁ普通」
「これ運動着だから見えて問題ないしー」
「男だったら下着穿くとこだから下着と思うにゃん」
「わかってないなあ。女の下着は人に見せるもんなんだよ」
滅茶苦茶なこと言ってるぜ理解不能、と斗に呆れて居ると、
「ちっちっち。観察足りてないよ。斥候は目利き目配りが命でしょ! よく世間を見てご覧よ。どこの着飾ったお嬢さんだってアウターの方が裾丈袖丈短いよ。レイヤードで着て胸元も裾先も、ワンピからシェミーズのレースがモロ見えしてるじゃん! ブリオー振袖からシャンセの筒っぽ出てるじゃん! お姫さまだってシュルコット・オヴェールのぱっくり開いた脇からお尻もっこり見えたりすんだよ」
「だからってパンツ見せるか?」
「あたし見せてないしー」
「そんな短いチュニックの裾ひらひらさせてたら、どのみち誰か拝見するにゃん」
「荒事ある日はレギンス履いてるしー」
「世界で一番ガサツな女傭兵だって尻出さないにゃん」
「それって暑いからって丸出ししてて内腿怪我すっと血が止まんないからだよー」
「うにゃー」言い負かされた。
「ニンゲンの常識って良くわかんにゃいぜ」
「猫はパンツ履かないくせに」
「そういえば、なんで犬族は褌すんだろうにゃあ」
なんか哲学的な考察になってしまった。
「交代する?」
「いや、メシ買って来て! 片手で食える前線軍糧ぽいの」
ふんふん鼻鳴らして「お前、今朝も茹で麺食った?」
「お猿と旦那は?」
「ニヤケは、ちょっと別件で調べたいこと有るからって。夕方こっち来て合流するって。じいちゃんは一旦お屋敷帰るって」
「結局だれよ、あのじじい?」
「それがさ・・」
「それが?」
「『げばるとりひた*』だった」
「何だ、それぇぇぇぇ! 市警トップじゃん! その次男坊が犯罪組織の仲間?」
「はあ・・」
「それが、場合によったら大金持たせて倅を亡命させる気?」
「いや、言いたかないけどーー」
「言えよ」
「ーーうちら南部人って肉親の情めっちゃ強いからさー」
「んで、部下の若手が暴走して探索者ギルドにリークした結果を警視閣下がワッチしてんのか?」
「まあ、それ、あたしに隠さない辺りも、南部人かなあ・・・って」
「あのにゃ・・」
「何?」
「まず、誘拐犯の実行部隊は、強盗王国からの残党丸抱えにゃ」
「盗賊王国ね」
「その指揮官はラーテンロット王とかの子飼いの危ないやつ。死んだけど」
「うん」
「その今の飼い主が、この町ぃ牛耳ってる大物たちの次男坊三男坊」
「うんうん」
「で、そいつらが揃って 伯爵御曹司ガキの頃のオトモダチ衆にゃんだよな」
「うんうんうん」
「で、御曹司が魔法使いだとか、でないとか」
「うんうんうんうん」
「お前、うん以外何か言えよ! 伯爵家がバックだったらおれら命にゃーじゃん」
「その御曹司がコミュ障ヒッキーで、甥っ子擁立派のが圧倒的優勢なんだって」
「もしかしてお家騒動? 御曹司は母方がガルデリとかの怖い奴らなんだろ?」
「甥っ子は父方がガルデリだそうです」
「骨肉泥沼かよ」
「オトモダチ衆が劣勢の御曹司担いで逆転狙いスタンドプレーって線が濃厚ねー」
「うんうん」と、今度は猫が。
「それを身内に甘い南部人の常。親たちが切れないでズルズルしてるうち、馬鹿息子連中は増長するわ、市警若い衆キレて暴走するわ、騒動ゴロは嗅ぎ付けるわ、危機的状況」
「ギルドからは『龍殺し』が出るぞ」
「ひっ!」
「事態は急加速必至にゃ」
そこへ、中級の下くらいの二人組が談笑しながら近くに座った。
「(んま、現状の情報はその程度だにゃ。じじいに中間報告入れられるなら、入れてといて呉れ)」
「じゃ、ごはん食べてくるねー」
「お前、遅すぎる朝飯たっぷり食ってなかったか?」
「・・あ、行っちまった。おれのメシ買ってくる話、覚えてないにゃ・・」
☆ ☆
やって来た二人組の話が耳に入って来るが、興味も無い。
「結局うちの大将って、ギルドじゃどれほど強いの?」
「まあ上の方じゃないだろ。老いぼれだもの」
「じゃ、誰が一番だ?」
「スレナス兄弟だな」
なんかネタんなるかもだし、一応聞いとくかにゃ。
「『龍殺し』は引退して久しいし、昔ほど強いかどうか」
「じゃ、文句なく『黒髪の悪魔』で決まりか」
と、なんか・・とんでもないのが来る気配。
ずるずると音がする。
小山のような巨体が視野に入って来る。
引き摺っていたのは、重いオーク材製の肘掛け椅子。
どっかと腰を掛ける。
「お前ら、俺のメシは?」
「大将、まだ窓口開いてないっす。朝食の提供は終わりで昼には未だ少し・・」
「押し入ってエールの小樽ひとつ掻っ払って来い」
「えええ、だって」
「行けと言ったぞ、行けぃ!」
どんと卓を叩くと、周囲の椅子が床から少し浮く。二人組飛び上がり、走る。
でっぷり太った老騎士だった。
「騎士ヨハンネス、ご機嫌麗しう」と、突然に初老の男。
ええええっ。いま、ぜんぜん気配なかったぞ! 世の中、化け物いっぱい居るにゃん。
「其れでは、お約束の此ちらを」
懐から片掌に掴み出した何かを、卓にごろごろと。
「(十両分銅金を一掴み! 何個? おわわわ)」
おいおいおい!
1個が十両だよ、ソルダ金貨で二十枚ぶんだよ。もう金貨の格好してにゃい。
テンビン秤に使う分銅だよ分銅! 兵士が一日半両稼ぐの命懸けだぞ!
その半両って、おれら斥候が一週泥水掻い潜って稼ぐ金だぞ!」
あ、一週は少しサバ読んだにゃ。
「ふん」と、老騎士。
「そのうち一献差し上げ度いと主人が申して居りました
「平伏して感涙に咽んで居ったと伝えられよ」と、踏ん反り返ったままの老騎士。
「大将! 取って来やした」
エールの樽を担いだ従士が来る。
「然者、私めは此れにて」と、空色の衣装を翻して消える。・・・黒髪だった。
騎士と従者の都合三人、真昼間から飲み始める。
騒がしい。
猫は少しづつ尻をずらして少しでも遠くに移動する。
「おお! 稼いだなあ。ツケ、これですぞ」
「おわッ! 亭主!」
料理人姿の男が突然現れ、老騎士に勘定書突きつけ金貨持って行こうとする。
見た顔。通り向かいのカイウスの宿の亭主だ。
醜く争いが始まる。
うるさいんで、隣の卓に移る。
どうしちゃったんだ? おれ・・接近に気付けない奴が次々出る。昨夜も尻娘の尾行見逃したし、鈍ってる? おれ、ダメんなってる?
争奪戦の末、亭主が十両奪って帰って行く。
あ、今度はちゃんと気配が見えるぜ。背の低い筋肉男が来て、老騎士の向かいに座る。
「おう! これ」
腸詰とかチーズとか、ガサツに盛った皿を、どんと置く。
それってギルドの厨房から勝手にくすねて来てんだろ?
こいつら強盗騎士かよ?
☆ ☆
中央広場に、黒檀ふんだん黒一色贅沢仕立の箱馬車が入ってくる。馭者とタラップに乗る従者二人まで揃いの黒衣。
「どこのお大尽さまよ。 ん? 家紋が無ぇ?」と、居合わせた猿が訝しむ。
扉が開く。驚くほど背の高い、さらさら銀髪の美青年が降りてくる。
なんかナヨナヨした優男だが色小姓にゃ背ぇでかすぎ。
振り返って優雅な挨拶の仕草。
応える者、馬車の中の薄暗がりに姿チラッと蒞かせた主人は黒髪の、喩えて言うなら抜き身の新月刀? ぶるる えっ? いけねえ! 急に催した! うわぁ間に合わねえ。どっか小さな路地! 路地!
猿が慌てて走り去る。
空色の服の執事と擦れ違うが気にする余裕がない。
広場の一角に何故か人気の少ない路地があって、猿は駆け込む。
「ああ」と、安堵。
そこへ「おい!」と怒気を孕んだ声。
振り向くと、凄まじい形相で赤外套の警吏が睨めていた。
「ああああぁぁ」
猿の喉から絶望の吐息が漏れる。
☆ ☆
広場の噴水端に腰掛けた尻娘。左手に屋台で買った茹で麺ハーブ味。
屋台売りじゃ、薄焼き小麦を四つ折りにして上手くカップ状に作り、麺を盛る。
右手指三本で器用に摘まみ、上を向いて大口開けて喰う。
その食い状でか、年頃のいい女なのに声掛けて来る男がない。
食い了えて、カップのパン咥えながら噴水で手を濯いでいると、何か見付ける。
凝視する。
修道士みたいな身形の大男、というかデブ。腰に、なんか坊さんなら絶対着けそうにない装身具。呪具? 体ぶよぶよ体積大きいよ。フードから覗く顔は「(眉剃ってる! キモッ)」間違いなさそ。
「(あれ、『魔術師ベレンガー』だよね)」
尾行るか。
昨夜の酒亭の前を抜け、『魔術師』は石畳の参道を上って行く。
ここは尾行には見通し良すぎるな、と躊躇した瞬間、
「よ! 尻の姉ちゃん、茹で麺食ってくか?」と、亭主。
尻娘が尾行を放棄する。
☆ ☆
探索者ギルド大広間の真ん中で昼から宴会始めてる男らが四人。
「うるさいにゃ」
と、思ったら三人しか居ない。
調理場から従士走り出る。大皿に何か山盛り。それを追って調理長らしき男。
「このやろう!」
包丁持った親方を、白い前掛け付けた徒弟小僧が後ろから抱きついて止める。
「ツケに上乗せだからなぁぁ」
可哀想なギルド調理場親方、老騎士に大枚入ったことを未だ知らなかった。
従士二人歌い始める。
老騎士の向かいの筋肉ダルマは縦に短く横に太い。既に顔が真っ赤。暑いのかショース片っぽ摺下げてオゥケトンも開け、腹の肉瘤六つうち四つまで見える。
「たぶん尻娘がドワーフって固く信じてるにゃ」
酒樽がもう空らしい。
☆ ☆
目先の欲望に一ッ時は負けた尻娘が、尾行再開していた。
「どうせ袋小路だよね。あれ?」
石畳の登り坂の途中に、北西の貧民街の方に降りて行く脇道の階段もある。
「上か、下か・・うん、上」
適当だった。
丘の上の伽藍は廃墟同然。なーにが門前街もあったものか。
然し草茫々の一角に、小綺麗になってる尼寺とかも有る。
「ふうん?」
小首傾げて、何故か寂れた方に行く。
とこどこ天井の抜けた穹窿。枠だけの窓。
裏庭に出る。
日差しはのどか春麗ら。丈の高い雑草も生き生きと、色とりどりの花をつける。
はるか遠くに黒々と北の山々。薄茶の荒地を画する川筋の緑。
見晴らしがいい。
丘の頂上の崖上だ。
そこに『魔術師ベレンガー』が、居た。
黒衣の女と対峙して、唱える呪文は四歩格。
伸ばした男の両の手の指の先から禍々しき紫色の霧が迸る。
怪鳥の様な掛け声響き、引き攣る顔面、強張る背筋。而て仰反る背中と首。
その儘ま瞠と仰向けに、朽木のように斃れ落ちる。
痙攣、痙攣。
やがて辺りは静かになる。
「見て居ったのかえ?」と、女。
☆ ☆
《註》
はれ:Halle
チュニック:Tunic, Tunica(lat.)
ほおず:Hose
すぶりが:Subligaculum
かーとる:Kirtle
ブリオー:Bliaud
シャンセ:Chainse
コッテ:Cote, Cotte
シュルコット・オヴェール:Surcote Oubert
げばるとりひた:Gewaltrichter
ラウブ:Raub, =Raptus(lat.)
オゥケトン:Houketon, =Doublet, Jaque
らうぶりった:Raubritter, Raptor(mlat.)
かろつぁ:Carrozza
くなっぺ:Knappe(mhd.), Edelknabe, = Page(frz.)
ショース:Chausses




