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ドラ猫の憂鬱  作者: 英泉
3/25

3 猫、雇われる

《三月七日水曜、夕刻》


 でかい妖怪犬の銅像。

 見るからに邪悪そうな顔。

 こんなもん街区のシンボルに立てる奴の気が知れない。

 探索者ギルドのある近辺は、ちょっとガラ悪そうな野郎に混じって露出度の高い若い女達が闊歩してるが、空気が色街と違う。あれは男共と同じ。衣服に触れた生傷が化膿するのを嫌う戦闘屋あるみげりだ。ここは、そういうあたり。

 オルトロス街という。


 約束通りの刻限に「ニヤケ猿」が現れる。純血のヒト族だし顔の何処も猿っぽくないけど、なんで左様そういう通称なんだろか。まあニヤケてるけど。


                 ☆ ☆

「よう。じゃ、行くぜ」と、ちょっと前まで現役軍人だったらしい簡潔な奴。

 行くと、中央公園の噴水端に質素な服装の老人が座ってる。質素な割に頭巾シャペロンりりぴぺの締め方が金持ちっぽい。


「この猫、ダチ。 報告の後に紹介する」と、軽く流し

 報告する。

「で、旦那。明日は絶対こいつの能力が役に立つから、紹介させてくれ」

「儲け口譲るほど信用したお仲間かね?」

 と、金貨1枚。

 周りからは見えないように、おれからは見えるように、猿に渡す。

「適材適所の提案さ。離れてても人混みでも、しっかり会話を聞き取れる能力者だ」

「そうか」

「明日は俺は休む。その次は、明日の情報次第で、誰が出るか提案する」

 こいつ、オルグ上手いにゃあ。さすが元プロ。


「初めまして猫どんや。明日情報を仕入れたら、或る場所で流してから、わしの所へ来ておくれ。危険手当込み込みで金貨2枚払う」

 猫、帽子しゃぽの鳥の嘴みたいな鍔を握って一礼して、

「豪勢だにゃ」

「相棒もぉひとり居るんじゃろ? ほれ、あちらのお嬢さん」

「(げ、ついて来てた!) 爺さんタダモノじゃないにゃ?」

商人あきんども普通これくらいの目配りできんと成功せん」


 老人ううんと唸って。

「そろそろ話しておくか」


                 ☆ ☆

「馬鹿息子が犯罪に手を染めた。何に染めたかは、お猿どんの調べ通りじゃ」

 溜息つく。

「教会筋が動きそうな気配、情報入っておるな? 依頼範囲外じゃから報告に無くて当然のこと。承知承知。そっちは、わし風情よりずっと大きな力が消すじゃろ。懸念はしとらん。じゃが多分もう時間が余り無い。馬鹿息子は次男坊じゃ。さっくり切り捨てて保身に専念するか、多少無理しても倅の助命を図るか。早急に判断材料が欲しい」


「じじい、素直にぶっちゃけたな」

「格好つけとる時間が無い。商売人の勘じゃわい」

「最悪、肉親切りますか旦那」

「店ぇ譲った長男は嫁貰うて孫もおる。次男坊の助平心で壊されそうなら、嬉々と鬼にでもじゃにでも成ろうわい。保身じゃ、保身」

「露悪じじい」


身代しんだい喪なう瀬戸際と心得とる。報酬も金貨1枚2枚とか、しみたれた話で終わらんと思えやい。猫どんには其の耳ぃ活かし、悪党共に近づいて情報集め願いたい。むろん危険手当も弾む」

「『或る場所』ってのは、誘拐犯グループのアジトだにゃ?」

「打てば響く猫じゃのう。例の悪党騎士の行方をば、連中気色ばんで容体なりふり構わず聞き回り情報募っとる。もう隠す気もない風情。どうせ近々引き払うじゃろ。その前に、さっき聞いた情報そのまま持って行って、明日の計画も話して情報屋として売り込め。余禄の小遣い稼いで来やれ」 


「必死こいて皆が探してたら、実は自宅で死んでたって、悪い冗談だな。奴等なんで最初に捜さねえんだ? 手前ぇらの大将だろ。寝ぐら知らねえ道理が無い」

「つまり、手下の誰も『大将うち帰って寝てる』とか、ゆめ思わんような状況で失踪しておった。そういうことじゃ」

「その辺も含めて情報引き出して来いって、かにゃ?」

「いや、気に懸からんじゃあ無いが、今日は顔見せ、あす本番じゃ。優先は『オルトロス街がどう動くか』の情報を聞いたあの連中が、何を始めるか? それが早急に知りたい。それを聞いて、わしゃ腹を括る」

「どう括るか、聞いといて良いかにゃ?」

「逃げに入ったら倅を庇う。大枚持たせて外国に逃がす。が、反撃に出たら・・」

 言い淀む。


「じじい。逃げて欲しいんだにゃ?」

「情報に色は付けるな。ありのままでいい。ただーー」

「ただ?」

「ただ、ガルデリの情報が入ったら、それは言うな」


「ガガガ、ガルデリぃぃ!」

「こんな具合にパニックになるからじゃ。他意は無い」

「旦那っ! ガルデリって実在すんの?」

「実在するも何も、この国の有力貴族じゃ。それも知らんで、よく情報屋やっとるな」

「しし知らねえわけじゃねえ。ねぇけど、脳が拒否するんだよ。だって、ガルデリ谷って人喰い鬼や魔人や魔女が棲んでる地獄の谷だって、ガキの頃から聞かされて育ってんだぜ俺ら」

「あながち間違いとも言いづらいが、わし子供の頃じゃ、ガルデリ谷の衆がお猿どんの国に攻め込んで大虐殺やったのは。伝説ってのは、こういう具合に生まれるんだなあ」

「も・もしかして伯爵が人喰い鬼を十匹飼ってるって噂は?」

「多分それ、根っこは同じじゃな」

「うにゃー」

「というわけで、お猿どんの同国人十人いたら五、六人はこんな具合に恐慌起こすから情報集めの邪魔じゃて。ガルデリの話、聞いても伝えるな」

「深く納得だにゃ」


「そういうわけで、お猿どんは猫どんをアジト近くまで送ったら、仕事上がっとくれ。猫どんが上手いこと売り込むのを、わしゃ此処で待っとる。信用して呉れるんなら、あっちの嬢ちゃんと世間話でもして待って居りたいぞ」


                 ☆ ☆

 尻娘のとこに行く。

「あのおじいさんに手を振られちゃった。どうしてバレたのかな。うんこ猫も気付かなかった尾行だったのに」

「誰がうんこ猫にゃ」

「只者じゃなさそうだけど、丸腰で護衛の気配も無しって、どういう人?」

「自分で聞いとけ。ひと仕事してすぐ戻る。その間にお前と世間話したいってさ」


 戻ると、じじいが猿と話してる、ガルデリの事らしいから興味無いので、加わらない。

 紹介する。

「シ・・キャリだにゃ」

「本名は『シ』で始まるのかの?」

「いや、あだ名の『尻娘』と呼びそになった」

「ふぅむ、形は結構いいが安産型ではないのう」

「尻の品評はいいから! じゃ、行ってくるにゃ。キャリ、帰ったら飯食おう」

「飯なら折角じゃ、良い店があるぞ。四人で食わんか。行きがてら道すがらじゃ」


                 ☆ ☆

 市街の北側、いちばん小高い丘の上に寺があって、だらだら登りの参道が石畳敷の広小路。門前の繁華街というよりは若干いかがわしめ寄りの空気。一番立地の良い坂下の角地にあるのは、界隈じゃ一番品の良さそな店。

「それじゃ、嬢ちゃんと食前の一杯傾けて待っとる。危険は何もあるまいが一応言っとくと、悪党騎士が死んだ今、あっちの一味で要注意は『魔術師』ベレンガーじゃ。髪も眉も剃ったデブ大男、特徴あり過ぎだから一目でわかる。ま、今はおらんじゃろ」

「魔術師ぃー!」

「正体は老舗薬局の三男坊。夕刻じゃから実家に戻って家族と飯食って小市民しとるわ。奴の『魔法』は、袖口に隠し持った小瓶から毒薬を相手の顔にぶっ掛けるだけじゃ。毒霧みたいになって、目口鼻から染み込む。幻覚症状の薬のこともあれば、即死毒のこともある。自分は毒消し服用済み。枯れ尾花じゃろ」

「魔術なんてそんにゃもんか」

「でもガルデリの魔女は実在んだろ?」なんぞと、猿がまだ言ってる。


 行けば坂の途中、右へ鍵の手に裏小路があって昇り急坂沿いの薄暗がりに街娼とかの姿も、ちらほら。

「この先で、兵隊崩れが門番してるからすぐ判る。俺りゃ顔バレするから、ここから戻って待ってるぜ」


 日が落ちて、家々が玄関先に足許灯を置く。

 少し行くと坂の途中、玄関先の階段にゲルダン三人腰掛けて塞いでる建物があった。

 間口一間まぐちいっけん鰻の寝床。ゲルダン難民一般人は貧民街の廃屋とかに集団で居つき、元兵隊は元兵隊でスポンサー見つけてこんな風に群れる。陽気だけど寂しがり屋の南部人っぽくて、悪い連中でも本気で嫌えないのが本音だにゃ。

 階段の三人組に話し掛ける。

「ごっつい大男のお侍の消息、大急ぎで探してるって聞いて来たにゃ」

 左二人が弾かれたように立ち上がって奥に駆け込み

「『デキムスさん情報』来た!」

 皆そわそわしてる。


 奥から軍曹くらいの持つ短剣下げた男が出てきて手招き。

 二階の個室に通される。

「どんな情報でも確かな話なら銀貨1枚、噂話ならびた銭一掴みと触れ回ったが、中身次第で上乗せする。いいか?」

「いえッさ」

「いい返事だ。軍にいたのか?」

肯定的あひるまちば

「聞こう」

 話す。

 ーー溜息。

「明日また来るときまで部下たちに一切口外しない条件で、銀貨もう2枚。明日の夕方から上官がここに詰めるよう段取りするから、続報を寄越すように。次回いくら払うかは上官が決めるが、今日の払いより少なくないのは小官が保証する」

 上の階から女の嬌声と野太い笑い声。

「お仲間さんご機嫌だにゃん」

「恥づかしい限りだ。原隊離れて一年、ここまで綱紀が緩むとは。同役だから嫌味しか言えん」

曹長えいべるさんが真面目なのにゃ」

軍曹つくふらだ」


「明日は中隊長はうぷとまん殿にお目に掛かれるでありますか?」にゃ。

「中隊長『心得』が会う。亡国とはいえ準貴族なので言葉遣いには一応留意されたい」

「いえッさ」

 銀貨3枚貰う。

 思い起こせば初めてギルドに登録した日、持参した傭兵団からの紹介状にゃ「日当銀貨3枚の価値ある斥候」って書いてあったっけ。じじいのれる特急料金そりゃもう嬉しいけどフロックだからにゃ。ちゃんと査定されるのも嬉しいにゃん。

「失礼するであります」にゃ

 軍曹が敬礼を返す。


 一階の兵士たちに会釈する。

「なあ、中隊長どうしてた?」

「当面のかん、機密事項であります」にゃ

 猫手で敬礼して辞去。


                 ☆ ☆

 坂下の酒亭。

 とっぷり日が暮れて、開け放った跳ね上げ窓の明るい中に知った顔三つ。安堵の吐息。


                 ☆ ☆

《註》

あるみげり:Armiger(ita.), -i (pl)

シャペロン:Chaperon

りりぴぺ:Liripipe

あひるまちば:Affirmativa(lat.)

えいべる:Weibel

つくふら:Zugsführer

はうぷとまん:Hauptmann(ge.) = Captain(en.)


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