23 大炎上
時系列同時進行のアナザーストーリー
「ドラゴンスレイヤーの憂鬱」
が進行中です。
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同じ事件を別のパーティ視点から記述しています。
《三月十日土曜、日没》
城内、厩舎前広場。
鉄仮面女史と云う綽名の女中頭、珍しく焦燥の表情で馬車屋根荷台に仁王立ち。脱いだエプロン其処いらの竿に結わえ、牙門旗さながらに掲げている。
歩兵急送用の軍用馬車を改造した数台が村に下げ渡され、女中ら登城の足だ。
馭者皆な手綱を握り締め、内曲輪の門を凝視。
女中ら揃いの御仕着せで向い合わせ二列、背の順に整列して三人不足が瞭然。
固唾を飲んで居る。
馬車のタラップに、立っていられない程なのか、顔色の悪い小娘が一人腰掛けている。療養を頼み込まれて村で暫し預かる予定の者だ。
頓て内曲輪の土塁の階段を駆け下りて来る三人。女中頭が軍の旗手宜しく旗を回して督励する。軍隊でもやるしお祭りでもやるが、元は古くからの霊的儀式だった。遅参の三人息急き切って、二人は列へ、一番年嵩の娘は列間を走り抜けて、馬車の屋根から飛び降りて来た女中頭の前で威儀を正す。
「折り悪しく南軍の兵士に呼止められ、急ぎ湯を沸かすよう申し付かって始末いました。御局様が兵を一喝して下さり遁して頂きましたが、ポットが火に掛けた侭で御座います」
「構わぬ。無事で善かッた」
「薬師様を待たず出立せよとのお言葉です」
女中頭、鉄仮面に戻って手振りで出発の指示。
☆ ☆
内曲輪別館。
一階入口脇のラーテンロット家奉公人詰所。
公金出納を管掌するネモの執務机は一番奥まった衝立の蔭。
ネモが、薬師への報酬を町の両替商プロキシモが引受ける手形で支払っている。
「それでは私は輜重車の最終便に便乗して村に帰ります」
「急に呼び出した挙句に薬師どの、すっかり引き止めちまったな。相済まん」
「若殿様まで急にお倒れ為ったでは致方有りませんよ」
「ご容体は?」
「鎮痛の薬湯でお眠りです。薬師に手の打てる領分ではありません」
後半は声を潜めての返答。
「そうか・・」
薬師を送って門外まで同道する。
道すがら周囲に人無きをよく窺いつつ、
「町の紳士方が毒だ! 毒だ! と騒ぎ始めて了ったので、出来もしない治療を申し付かる前に逃げさせて戴きます。あれは絶対に毒ではありません」
「ううん、城勤めの女中たちが帰宅する馬車は出ちまったろう。厩舎前でのんびり輜重車の最終便を待ってたら、復た呼び返されて厄介事に巻き込まれ兼ねぇぜ。俺の家で驢馬とカンテラ貸すから急いだほうが宜い」
「ご厚情、まこと感謝申し上げます」
と、行く手に人影。
「急くが良い。一本道の街道ゆえ、直き追って来よう早馬で呼び戻されて面倒じゃ。して五、六里行ったなら岩陰でも森陰でも良い、身を隠せ。夕暮れの闇に紛れて遣り過ごせ」
「あ、月影の姐さん」
「挨拶は後じゃ。薬師殿の出立を手伝え」
見上げる仕草。中天に早や宵の月。
☆ ☆
「どうすんだよプロ公! 嘘が露見れたら俺ら只じゃ済まんんぜ」
「どうもこうも、俺ら医術者でもなきゃ魔法なんぞも知らん町の商人だ。素人が意見を言っただけ。信じるほうが悪りぃ」
「そんな言い訳、通るのかよ」
「鈍ぃな。若様が禁断の呪法たら縮尻って呪詛返しに自分が罹りましたって言うか? 他人にそう疑われちゃ若様困るから咄嗟に『一服盛られた!』って叫ぶのって、何処が忠義に悖るんだぁ?」
「二の句が継げねえ・・」
「いいか? 騙される奴にゃ二種類ある。馬鹿で騙される奴と、騙されたいから騙される奴だ」
「どっちも馬鹿だろ」
「御輿も庇護者も失うと知った南の軍人たち、若様弱り目祟り目で絶望の淵の西のお侍。みんな此処ぞと爆発する機ッ掛けが、いま欲しいのさ」
「自棄の自滅じゃねえか其りゃ」
「だぁからギリの際に第三者の俺らが仲裁すんだよ。もう次期伯爵は西谷に決まりだ。奥方救出の手柄を狙う」
「また燐寸喞筒の術か。とんだ魔法使いだ」
「奥方の無事をタネに若様の助命を願い出て、最後まで忠義ヅラしつつ西に乗り換える。仕上げも御覧じろ。瀕死の亡命ゲルダン王女に国譲り状の署名させて、手土産に次期伯爵に奉るって寸法よ。因みにあちらの国璽を管理してる宿老は先刻買収済み」
「おめえ、たくましいな」
「俺ゃあれから二十四年間、斯様やって生き残って来たんだよ」
「ここ まで、ね」と、物陰の暗がりで呟く小さな声。
☆ ☆
ネモの家。
主人、庭で鞦韆漕いでいる。
鼻歌謡って居る。
「いのち短かし、恋せよ乙女」
背後に忍び寄る黒い影。
後ろ頭を板切れでぽかり一撃。
「説得なんて間怠るこしいにゃん」
猫、ネモを背負って去る。
☆ ☆
内曲輪の搦手から手負いの黒衣武者四人が転び出す。
「もと許嫁に刺される気分、格別か?」
「同門剣士と魔弓使い、二人懸りを相手にした。善戦したのを褒めやがれ」と、咳き込む。
「クラウス卿、怪我人を喋らすな。バートの傷は早く谷の医術者に診せんと」
其処へ悍馬に牽かせた軽幌馬車慌しく馳け付け、
「乗れ!」と、手綱握る黒渾成の筆頭侍女殿。
減速す而已で停止せぬ馬車の幌の内に、負傷者四ッたり跳び入って、折り重なる様に倒れ込む。疾駆する過負荷の軽幌馬車、城門を入って来た輜重車と厩舎前で擦れ違い、街道へ。
輜重車がのほほんと停まり、ルッカ・スパダネーロと従騎士レナート・ダ・ポルフィーリが顔を出す。
「ネモ小父さん見えませんね」
と、厩舎脇から人を担いだ猫の姿。潰されそうな有様で息急き切って千鳥足。
従騎士駆け寄って肩を貸す。
「どうしちゃったんです?」
「あだだ・・」
ネモ、朦朧として呻く。
「茹々渋らる間も惜しい。颯ッと拉致るにゃん」
「強硬手段に訴えたかぁ」
「ルカ坊ちゃん! 何故戻って来ちゃってるにゃ」
「ここで会おうと僕が言った。ひとに任せて先に逃げちゃあ男が廃る」
「猫だにゃ」
青瓢箪かと思ったら、やっぱりじじいの倅でお嬢の親父だぜ。
「豈もやまた娘子軍も来ちゃいるまいにゃ?」
「流石に諫止めた」
「本丸で剣戟響いちゃってるぜ。一刻の猶予も無いのにゃ!」
「本丸で? 敵は外からじゃ?」と、若いのが怪訝な顔。
「ギルドと西谷派の混成パーティ少数精鋭が主殿の三階に籠城して、囲んだ方の御曹司派とゲルダン兵が指し切り競り負け気味。この瀬戸際で伯爵は倅に付いたにゃん」
「息子可愛さの情に負けたのけぇ」
一番拙い選択だぞ、とルッカ。
「ゴタゴタを四の五の問答してすぐ癇癪起こす。拳骨で済まなきゃ剣を抜く。剣で済まなきゃ陣を張る。お貴族様の悪い癖にゃん」
「『勝つのは神助のある方だ! 勝てば正義だ正統だ! 神の裁きで決着だ!』って言って手袋投げちゃう脳筋思想だからねぇ」
「でも、イカサマする余地あんまり無いって、侍らしいと思いません?」
「だから俺ゃ、そういう脳筋が好かねえんだよ。周囲の迷惑考えろ」
「ああ、だから本人同士ハリセンで好きなだけ殴り合って、気が済んだら和解しにゃ! で済ますウチらの町がいいぜ」
「結局、俺らら町人は調停が好きだな」
「ルカ小父さん、これって西谷から援軍が駆け付けて来る流れじゃないですか?」
「迸りがバッチリ来るな、こりゃ」
「真平御免だにゃ」
風雲急を告げているが、輸卒は悠長に荷下ろししている。
「今って、一刻を争う状況ですよねえ」
「ああ、尻に火が点いてる」
「つけるにゃん」
猫、一計を案じて
「大変にゃ〜〜〜〜! 希臘火の貯蔵倉に火の手が回ったにゃ〜〜〜〜!」
「ひ!」
輸卒ら荷物放り出して輜重車に駆け寄る。
さすが輸送担当者たち、火薬類の危険度よく解ってらっしゃる模様。車中の酒樽や木箱など蹴出して発車した。
☆ ☆
遠からぬ岩山の頂。
ロベルティ警吏が彼らしからぬ頓狂な声を上げる。
遠目に見えていた御城の側防城塔。その三角屋根が砕けて飛び散ったのだ。残骸がゆっくりと崩落する。
火の手が上がる。
次は瞭然と見えた。燃える巨石が直撃した矢倉、吹き飛んだ。
攻城用投石器とかではない。大小取り混ぜ、何百何千という燃える石が降り注いだ。
即て下から真っ赤な火球が膨れ上がり、御城を包み込む。
「曹長・・あれ、あ・・」
強烈な硫黄臭の熱風が吹いてきて、二人の警吏の前髪が縮れる。
「なにが起こっちゃってるんですかぁぁ!」
☆ ☆
つい今しがた輜重車が駆け抜けた辺りにも硫黄の雨が降り注ぎ、草木すら燃え上がる。必死で馬に鞭くれる馭者の鉄鍋冑のブリムにも灰が音立てて降り懸かる。馬車馬が口から泡を吹く。路傍の大きめの石に乗り上げて、大きく揺れた輜重車が遂に横転する。這い出す乗員這う這うの態。
「うにゃぁぁぁ〜!」
猫の尻尾が燃えている。輸卒が必死で踏み消す。駆け寄ったポルフィーリ従騎士が猫の首根っこ掴み、皆が紙一重で岩陰に逃げ込み、襲ってきた熱風から身を隠す。
御城からは、巨大な焔の塊りが毒々しい真っ赤な茸の様な様相に化って天に立ち昇っていた。
☆ ☆
クラウスらの乗った馬車、だいぶ先を行っていた所為か風が幌を半ば引き千切った程度で済み、それで自然と御城の惨状が皆の目に入る。
絶句。
「あれでは・・誰も助かるまい・・」と、バートが咳き込みながら。
「でもない」と、クラウスが上目遣いに丘の上を見る。一団の人影を認める。
馭者台の侍女殿が「小僧、行ったか」と呟く。
☆ ☆
幸か不幸か、猫に殴られたネモ・コルサの瘤が一行で一番の重症。さっき偶然行き逢った彼の薬師が軟膏を塗る。熱風で炙られた馬は可哀想なことをした。馬丁でもある馭者がうな垂れている。
「うんこ猫! 無事?」
キャリ嬢が灌木掻き分けて現われ、猫を胸乳にかき抱いたので、猫が窒息しかける。
そこへ街道南から一団の騎馬武者が。
「西谷の皆様ですねー? 月影のお局様は?」
一団の頭と覚しき者が応えて、
「御無事だッ。つい今し方お遭いした。奥方様は?」
「わっかりませーん逸れてしまって。あの山上の篝火の辺りに落ち延びて居られるのではと思い、移動を始めた矢先で御座います。執事様とは日没前に別れたきりで、ご所在は見当も付きません」
「左様か直ちに伝令を山上の篝火の許に遣る。奥方様の御坐せば其処を本営と致そうぞ。なあに那の御方様のこと万に一つの事も無けん。我が隊は御城周辺で探索し生存者の収拾に当たる。貴様方らの御一行には薬師が居られると見受け申す。被災で困憊なさる中真ッこと相済まぬ事なれど救護に協力を仰ぎたい。申し遅れたが余は三の砦を預かる男爵Salvatore di Bellini-Gardelli。何ぞ支障事有らば忌憚なく余の名を使われよ」
尻娘の舌先三寸術が格段に進歩してるにゃん。
「お猿から勉強したにゃ?」
「へっへへー」
「こんな状況だ。ほぼ無傷の男手があって、父さんと合流すれば女手も二人。ここは救護班として一肌脱がぬ訳にいかんだろ人として」
「って言うか、さっきの男爵さん部下の騎士二人置いてったにゃ。もう完全に救護部隊に徴用されちゃったにゃ」
「私も広義では医術者の端くれ。出来ることは尽くします」と、薬師。
「うんじゃ、皆と合流目指しますかー」
次回完結




