2 猿との邂逅
さっき目の合った客が席まで追いて来て、
「同席、いい?」
☆ ☆
中肉中背、個性のない顔、平凡な町人の服。みそじ一寸前位。裕福そうでも無きゃ貧乏くさくもない。よくいる南部のニヤケた優さ男だが嫌味がサラっと無い。見事に背景に溶け込んだような男が、肉と茹で麺と焼き野菜、両手で幾つも器用に持っている。
尻娘、上目遣いで無言の快諾・・って、お前の警戒センサーにも引っかからない? いや、もしかして・・・
「ご同業さんー?」
そか、そこまで読んだか。尻娘なかなかやるにゃん。
「わかる? 先月まで西グェルディン王国正規軍で斥候伍長やってた。いま失業者。ワイン飲む? 奢るよ」
「金回りのいい失業者だな。ゴチになるにゃん」
「ははは、同郷のツテでヤバ目の仕事そこそこ有ってさ。まあ深入りしない程度に距離置きながら週に半両金貨の一枚や二枚コンスタントに稼いでる。悪くないだろ?」
「肖りたいぜ」
女給がハーブ入りワインの壺を持って来る。
男、密談の声で話す。
「早い話があそこの警吏、二人で密々話してる。猫さんの耳なら聞こえてたろ? 銀貨三枚で聞かせてくれや」
ちょうど此処のメシ代二人前で来たにゃ。
「小銭んなって危険のない話、今後も時どき回すー?」と、尻娘。
「お安ぅい御用」
「お前が可いなら、ちょっと流すにゃ」
掻い摘む。
一昨日に発覚した凶悪犯罪っぽい何かで捜査線上に浮かんだのが、なんと王国発行の正式な入国許可状持ちの裕福な亡命ゲルダン騎士だった。それが内偵始めた矢先、昨夜遅く宿の個室で寝ていてポックリ逝去した。誰ぞに寝首掻かれたものと市警は確信しているけれど、犯人の目星や殺った手口はおろか死因すら未だ五里霧中の未解明。しかも現場は密室ときた。
なぜだか市警は動きたがらず、かと言って被疑者死亡で諦めるでもない。店の主人をや買収してまで探索者ギルドを巻き込んで、協会に独自で捜査させようと、ちょいと只今暗躍中。目下ギルドの典獄に接触、上との繋ぎを頼んだとこまで。
「で、今日中にも仏さんを移送する目処が立ったら警吏たち、今日の仕事は終りって態度ありありでリラックスして飲んでるにゃん。手を引く気がなさそうなのに怪しいぜ。当面ギルドをダミーで矢面に立てて何か企んでるにゃ」
☆ ☆
「ゲルダンの兄さん、これで3ダニロの値打ち有ったかなぁー?」
「ワインも含めて釣りが来る。飲もう飲もう」
乾杯する。
「ゲルダンも大変よねー」
「大同団結してようやく盗賊王国の圧政者倒したと思ったら、連合組むため譲歩しすぎて俺らぁ東王国に潰された。西グェルディンの残党組も盗賊組も、流れ流れて亡命者。明日のお飯食うために、昨日の敵とツラ合わせても腹が減っちゃあ喧嘩する余裕も何もあらしねえ」
「歌うにゃよ」
☆ ☆
「こっちの情報も流しとこう。今は亡き西グェルディン正規軍、地誌兵站部の下っ端斥候兵が飯の種にフリーの情報屋始めて、通称『ニヤケ猿』だ。ヒト族だけどな。この国ぃ来て裏社会に入り込んだ仲間からの情報が俺の強みってえわけ。そっち系の筋者からのネタによれば『凶悪犯罪っぽい何か』ってのは子供の大量誘拐だ。やべえだろ」
「ちょっとそれは人間として加担できないねー」
「おれは猫だけどな」
「昨夜死んでた怪しげな亡命騎士は犯人一味の最強戦力だ。それも用心棒とかじゃねえ。現場の頭領、指揮官だ。俺は、と或る客の依頼で奴の足取りを追って来て、此処まで来たら結構なオチが付いてたわけ。たわけだ馬鹿ゃろ、俺の客が犯人の一味なのか敵なのか、そいつは目下んとこ判らねえ。それで、俺はこう報告する積もりだーー」
「ふんふん」と、尻娘が膝乗り出す。
「ーーこうだ。『奴の身柄は市警の手に。しかし既に死んでて市警は何も掴めてない。遺体と遺品は探索者ギルドへ。市警は何か圧力が懸った模様で及び腰。万策尽きたのか、犬猿の仲の探索者ギルド上手く焚き付けて捜査肩代わりさせる狙いと見た。オルトロス街の連中なら権力者相手でも臆さず捜査に動き始めるぞ』と、ここまで調査完了で金貨1枚頂戴だ。あんたらの取り分銀貨三枚じゃ少ないだろ?」
「そう思うなら、もっと頂戴なー」と、尻娘。煮込んで干した鰊を齧り脂の付いた指先を陶製ジョッキの湯冷しでチョチョイと軽く雪いでは、ぐびりと一口呑み下す。
「俺も情報屋だ。情報で払うわ。俺はこれから客に報告に行く。一緒に来てくれ。俺の口から『ギルドの動きを探るなら、明日はこいつの聞き耳能力の見せ所』って紹介して一発採用確実。一日で金貨1枚はカタい」
「おいしい話だけど、誘拐犯の片棒は厭ぁね」
「それこそ情報売りながら買い手の素性探って、最終的に悪もんの敵に回りゃいい」
「それねえ、客ぅ裏切るのもねえ」
「人間として許せねえモノ裏切るのに良心咎めたら、そりゃ人間としてマズかろ」
「うまいこと言う奴にゃ」
☆ ☆
「市警、なんで及び腰なんにゃ? よっぽどヤバい圧力かかってる?」
「それもあるが、市民から被害届でてねんだよ。誘拐被害者が市民の家族じゃなくて、事件の発生地も市内かどうか不明となると、圧力とか以前に市警にゃ捜査権限有るかどうか微妙」
「原告なくして裁判なしかー」
「確かに市民が訴えなきゃ、なんか現行犯やらかさない限り市警オモテだって動けないにゃ」
「奴隷の違法売買でも始めたら御用、とか手薬煉挽いてたんだろうさ。処が首魁とみて内偵してた騎士が昨日突然行方不明。俺は人探し依頼を特急料金で請けたのよ」
「市警から?」
「まさか。嬢ちゃん考えろ。捜査のプロが人探しバイトに金貨1枚払う訳がねえ」
「ふーん」と、なんか不服そうな声色。
「で、死んじまった騎士が『王国発行の入国許可証持ち』ってのがミソなのよ。下手するとプフス代官所の主管になって捜査官とか来るかもだ」
「この町の人って伝統的に、他所者が覗きに来てごそごそ詮索すんの生理的にイヤがる所あるよねー。代官所の捜査官に徘徊かれるよりギルドで受注させちゃえって狙いな線は?」
「穿ちすぎにゃ」
「亡命貴族の客死なんて『病死、犯罪性なし』で片付けた方が代官所も市当局も楽さ。だから『その方向で落とし所を』って代官所に持ちかける交渉役をギルドにって線は俺も考えた。連中ぁプフスの判事補とパイプあるからな。でも、ギルドの気風って収拾するより煽って爆けるだろ?」
「警吏どもの口調にも、暴いて白黒付けたがってる空気充満にゃ」
「ってことはぁ、圧力って?」
「そう! 上から『余計なことに首突っ込んでないで、仕事たまってるでしょ』的な軽いノリなのか、それともマジヤバいヘビーな干渉なのか、その辺の見極め情報しっかり金になるって気、しねえ?」
「するにゃ」
「誘拐われた子供が市民ンちの子でないとするとー・・近所の村や町? 捜索願とか来てないわけ?」
「伯爵の代官が治めてる村や家臣団の食邑だったら、救済嘆願が伯爵様に行くさ。自治村だってパトロン様に泣き付く。そうなりゃ市警にもお達しがある」
「そうねー。ゲルタン兵隊崩れの野盗だって、ここなら襲っても伯爵が討伐に腰を上げないって見当付けたとこで暴れてるもん。誘拐団もそうでしょ」
「耳が痛ぇ。同胞が相済まん」
「いーのよ。それで夜の見張り番があたしらの飯の種んなるワケだし」
お猿、跋の悪そうに苦笑しつつ、
「狩り場にされたのは『伯爵の庇護下にない自治村』って件になるよなぁ」
「そもそもだにゃ、村長率いる自警団にそんな捜査能力あるもんか。家出小僧が町で遊んでないか尋ね人のハリガミ出してれば上等な口だぜ。あと、迷い猫探しくらいの端た金で人探し依頼出すか」
「その依頼、どこに出すー?」
「あ! そうだにゃ。出すなら探索者ギルドだにゃ」
「でも、あたしたち、そんな求人見たことないよね? こういう小遣銭稼ぎの軽い仕事ってギルドの三日間ルール対策で人気じゃん。三日ゴロゴロ寝て暮らし、安いけど危険の無いお気楽仕事一つ受けたら復た三日寝て暮らす。ヤル気出ない時の黄金コンボ」
「赤貧一直線コースだにゃ」
「でも、見逃さないでしょー?」
「少なくとも三月四日日曜の朝までは無かったにゃん」
「それ以降も出てねえって言ったら?」
「そりゃねー、もし依頼が来てんのに敢えて安直に人探し仕事の求人依頼出さずに抑えてるとしたら、ギルドが何んか只だ事じゃないと睨んでるってことよね」
「てぇわけで、探索者ギルドは市警からのリークに必ず乗って来ると踏んでるわけよ。明日どんな求人が出るか、楽しみだろ?」
「猿さんってば、協会で出てる求人よく把握してるねー。その割に会館で顔見ないなあ」
「情報は足で稼ぐが基本だけれど、基本だけじゃ仕事ぁ出来ねって」
「ふふん」と、尻娘。
「猿さんのお客が伯爵家筋って線はないわけー?」
「あそこなら子飼いの密偵いくらでも居るだろ。フリー雇うかにゃ?」
「ってぇか、あの伯爵なら即刻呼びつけて尋問するか拉致って拷問すらあ。武骨な脳筋権力者だよ」
「なによー、ふたりともぉ。馬鹿な子哀れんでる目で見ないでよ。てーことは、市民から被害届ないって話は市警からの流出じゃん」
「どうだ? おれの相棒は見た目どおりのアホの子ではないにゃん」
なんで猫がドヤ顔よー。
「届けが『あった』情報なら知る人あっちこっち居るかもだよねー。でも『なかった』の知ってるのはゼロ報告あげる市警と受ける参事会。参事会は木曜の例会が明日だから、この一週間の情報はまだ市警から外に出てない。例外は伯爵が管区の判事として市長に緊急報告求めた場合だけ」
「嬢ちゃん結構切れるな」
凶悪犯罪の審理ったら大司教座じゃ商売がら死刑判決とか出せないから、この広大な嶺南地方じゃ国王様の代官こと書記官の伯爵様が判事。もち物理的に無理だから、伯爵法廷の執行官だった伯爵の子分どもに権限委譲し、市長とか村長に据えて裁判管区を分けた。だから、ここの市長法廷の上級審は伯爵のとこなわけ。そのくらい市民なら知ってるわよ。教養ある市民なら。
「えへん」
☆ ☆
「状況を整理するぜ。まず誘拐犯一味がいて、その戦闘力トップがタマ取られた。敵対勢力なのか内輪揉めなのか? 死んだ騎士もそうだが、一味の主流は盗賊王国の残党のようだ。ただ単に国が潰れたのが俺らより一年早いから、ならず者集団ん中で先輩格なだけかも知れんが」
「盗賊王国ってー?」
「いや、親衛隊長が王様殺して奪って建てた国だから、去年滅んだラーテンロット王国のことを民衆が陰で盗賊王国って謗って呼んでただけ。そんで国が潰れてこっち来て、ほんとに盗賊になった残党が多いのは偶然か、そいとも気風がそれっぽいのか俺は知らん」
「猿の兄さんとしちゃ一等手ぇ組みたくない相手なわけね?」
「今の俺はフリーの情報屋だからノーコメント。あの連中、落ち延びて来た『敗軍残党一味』そのまんまだ。力づくの押し込み強盗や誘拐、闇討とかならまだ理解る。密室で暗殺ってのは違う気がする」
「にゃ」
「つまり内輪揉めじゃなくて別勢力のアタックだとー?」
「あるいは背後に雇い主がいて、用済みになったから連中切り捨てられ始めたとかかもな。蛇をまず頭から潰そうって考えるのは内情知ってるやつよ」
「二ツ目はとびきりレア情報だ」
「何かにゃ?」」
「確かな情報だ。札付きの『魔女狩り』屋が最近この町で目撃された」
「『魔女狩り』屋? なんですかー、それ」
「異端審問官の使いだ助手だとか名乗って強請りタカりする悪徳法律屋だ。あんたら知らねえって、河北じゃ少ねえのか? トラブル嗅ぎつけては怪文書流したり民衆扇動したりの騒動ゴロだな」
お猿、ニヤリ笑い、
「で、連中が何に目ぇ付けて湧いたと思う?」
「子供の大量誘拐事件だよね」
「だろにゃ」
「お祭りの屋台に占い婆さんが堂々と魔女って看板出してる此処の土地柄よ。騒動ゴロが魔女魔女煽ったって大した騒ぎは起こせねえ。だが問題は、これで騒動ゴロ潰しの勢力が動くってこと。全てを闇に葬って問題を無かったことにしたい奴らだ。すると犯人側の証拠隠滅と紛らわしい。さても始末の悪いことに、これで実行犯グループと、その分派か敵対者あるいは始末屋。騒動ゴロと、ゴロ潰し。都合4派が出揃うぜ。敵やらはたまた味方やら色んな勢力が動き出して、情報屋様のお仕事ぁ難易度急上昇と来る。客の見極めも含めてな」
「しっかし、なんで誘拐なわけ?」
「さあな。落ち武者部隊崩れだって、性根が真っ当な連中なら傭兵に雇ってくれる主人でも探して、お天道様の下を顔隠さずに生きて行ける道を目指すだろ。ダメな連中は山賊にでもなるさ。街に潜伏して誘拐犯ってのはもっと悪りい。マトモじゃねえ」
「マトモじゃない連中が夜道コソコソ歩いてたら、暗闇に棲んでるこの国の正常じゃない人に雇われちゃったとかの、不幸な出会いかにゃ」
「ありそねー」
「もともと多少なりと群れた状態で手に手に段平携げてこの国へと逃げてくるからなあ。暴力装置って生き方を安易に選んじまうのが、俺ら同胞の不幸の始まりかも知んねえ」
「農村は敷居高いしね。拒否権だけは村人みんな平等に持ってさ、誰か一人でも反対したら村の仲間には入れないんだよ」
「三っつ目。盗賊の王族がこの国に潜伏してるって説。これは情報じゃなくって、この一年根強く囁かれ続けてる説ね」
「それならもっとスケール大きいことすんじゃない?」
「情報で食うって難しそだにゃあ」
心から思う。
「で、『騒動ゴロ潰し』ってのが動き出すってのは、あんたの予想でしょ? 何をどう予測したわけ?」
「そりゃ、この辺りって鬼や魔女の本場だろーー」
「んなわけあるかぁぁ」
「ーーというのは冗談で、南部は異端審問反対派の牙城だろ。『反糾問主義』って教会内派閥の中心でさ」
「あたし、それ・・なんか逆に大ごとの芽な気がすんだけど」
「心配ぇ没え。異端審問反対派の最右翼がここらの管区の大司教様だ。超大物だぜ。そこでモメんなら国が二つに割れる」
「もっと物騒じゃん」
「うーん、ここいら『反糾問主義』派が圧倒的に強いから、却ってゴロ潰しが目立たねぇンかな。あんたら、市警が軽犯罪で罰金取るのも『公開裁判抜きの強権許さん』とか口に出して大声で言っちゃうだろ? 市民みんな意識しないで『反糾問主義』やってんだよ」
「なのかなー」
「実際、うちら河南の方じゃ扇動始めた騒動ゴロが何人も簀巻になって川底に消えてるし、実際はこっちだって似たよなもんだろ?」
「なんか自己矛盾してる気がするにゃ」
「騒動ゴロ潰すだけなら歓迎だけど、捜査側まで口封じされそうで怖いわよね」
「さ・・参考になったにゃ」
☆ ☆
「さて今日は俺が、貧乏家族の月収くらい一日でちょちょいと稼ぎ、明日あんたらが同じくらい稼げる算段立てた。今日の稼ぎを折半したくらいにトントン打てたと思っていいかな?」
「ま、あんたの今日の一番の稼ぎは、『フェアな奴だ』っていうあたしらの信用じゃないの?」
「言うねえ」
「でもあんた、なぜ自分でギルドに顔出さないわけ?」
「んー、迷信しんじる世代でもないけど、あそこにゃ魔人がいるって噂があってね」
「何それ? 聞いたことない」
「まあ、そういう感じの顔したおっさんなら居るけどにゃ」
「どんな人でぇ?」
「処刑と拷問のプロだった大男」
「いや、違ぇなあ。貴族的な美男で美魔女侍らせて、血のような赤ワイン片手に夜空に向かってクゥワッハハハと笑うみたいな」
「いにゃあよ、そんな人」
「そもそも魔人とか、存在しないしねー」
「亜人が現に居るんだから、魔人だって居るんじゃねえの?」
「あたし、子供の頃ほんとのエルフさんに会ったよ! 歌手」
「それ、舞台衣装じゃね?」
「夢のない猫だわね」
露骨に臍曲げた顔。またコロっと破顔し、
「ドワーフいるっ! ギルドに何人もいるっ」
「それ、只のガッチリ系の人だし。因みに熊人は赤熊兜のマッチョさんにゃ」
「オークはいるよな?」
「豚面兜が制式の某国軍にゃ。大将の兜が猪首面頬だから」
「人狼はいるだろ」
「あれは人が狼マスク被されて追われる田舎の風習。追放刑だにゃ」
「じゃ、街頭を闊歩してるウルフは何なんだよ。実際いるじゃねえか」
「あれ、みんな犬人族。狼族って名乗る奴、大抵ほんとは犬だにゃ」
「えー? 虎族や、獅子族! いっぱい街あるいてるよー?」
「みんな猫にゃん。タテガミは床屋さんの芸術品にゃ」
「すげえリーク」
「猫はいる。これは絶対っ」
「まあ、いるにゃ」
「鬼人と魔女の棲むっていう伝説のガルデリ谷。どっかに実在するんだろ?」
「北西の方に普通に有るにゃん」
「あー、確かにハイソ街のお屋敷に、美女侍らせて夜空にクゥワッハハっぽい美男子貴族が住んでる。魔人の末裔とかの人かな」
「もう、頭痛えにゃ」
「そろそろ食べ放題タイム終わりでーす」と若い女給。
「あ、茹で麺、茹で麺」
南部人らしき客が一斉に立った。
☆ ☆
「じゃ、日没に犬の銅像前で。用心して男二人で行くから、嬢ちゃん今日はこれでな。あ、なんて呼べばいい?」
「あたしはクルス。キュリーでいいよ。こいつは猫のファイケス」
「じゃ、またな」
☆ ☆
帰り道。
「地誌兵站部の斥候兵って、要するに本職の軍偵だにゃ」
「まあ、グイグイ来るのに警戒心沸かせない話術、さすがプロねー。勉強ンなるわ。先月まで正規兵って言っても、だいぶ前からこっちに潜入してたっぽいわよね。少なくとも伍長風情じゃないでしょ」
「で、なんでお前の偽名が尻で、おれが猫の糞なんだよ」
「あんたが尻娘、尻娘って呼ぶから、とっさに思い付いた偽名が口から出ちゃったんだ。ちなみにクソ猫は、ずっと心の中で呼んでた、あんたの名」
「お前なあ・・」
「本名はクリスだよ」
「おれはフェリックスだ」
☆ ☆
《註》
ばうあまいすた:Bauermeister, Burmeister(mhd.)
ラトロ:Latro(lat.)盗賊, =Brigand, Bandit(en.)
ぽーくふぇいす:Pigface Bascinet Helmet(en.),
Casque Bascinet a Face de Porc(frz.)
ばしね:Bascinet
クルス:Culus(lat.) , = πρωκτός (gr.), Con(frz.)
ファイケス:Faeces, =Merda(lat.)