19 春の女神に出逢ったよ
時系列同時進行のアナザーストーリー
「ドラゴンスレイヤーの憂鬱」
が進行中です。
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同じ事件を別のパーティ視点から記述しています。
《三月十日土曜、朝》
「この親切なお兄さんは、お前が尻出して寝てたから、まだ肌寒い庭でずっと待っててくれたにゃん。ちゃんとお詫びとお礼を言うがよいにゃ」
「す、すいませんでした。ご迷惑かけました。ありがとーございました」
同い歳くらいかな、すっごく気まずいよー。こいつまだ美少年ぽいじゃん。
「あの・・見ました?」
「一瞬だけだ」
見たんだ・・
いや、ちょっと話題変えるべきかなーと思っていたらルキアさんが、
「下々の不関知る事かもですが、私どもは御城詰めの西谷の方々が若様の側近と思っておりました。バート様は違うお考えなのでしょうか?」
「傅役に乳母に膳部、馬廻。当家に輿入した先代の大姫小姫に随った俺らの親の世代らは紛う事なき側近だ。親らが先の姫ぃ様に約束致したその儘に、若様姫ぃ様お護りする。だから『若様の側近』とは微妙に少し違うだろ?」
「何をどう護る約束したにゃん?」
「いや、其れがな・・」
「それが?」
「若いみそらで伯爵夫人儚くも美しく逝かれる其のときに、白き御手にぞ触れさせ給う。側近一同皆号泣し末代迄もと約したれど、誰も判切覚えてない」
「そ、それでよろしかったのですか?」
「それ今言っても詮方ない。俺らが親から聞いた話、大同小異と思いきや、其れが皆な皆な結構違う。親世代、存命するは後と三人に、今聞いたれば何とまあ子供の頃に聞かされた話と亦復ただいぶ違う。問い質すれば笑って誤魔化す。俺らの人生なんなんだ」
「ひどくない?」
「美しければそれで良し。一事が万事その具合。其様なもんだよ彼の世代」と、バート殿溜息。
「うにゃー」
「南部人っぽいです」
「各人各様、自分の好きに話を盛っちゃってるって感じー?」
「死んだ親父の性分をいま想い出して鑑みりゃ然り。其の方が面白かろうと舌でもペロリ出して笑いそな奴等」
「いやガルデリの皆様、普通の南部人より更にノリがいいですわね」
「悪い方向に、にゃ」
「(伯爵夫人様・・末期の際に、なんか超常力使っちゃいねえか?)」
お猿、内心訝む。
☆ ☆
城に案内して貰う。
門の脇に側防城塔があって、入口に殺到する敵兵は三方から矢弾が浴びせられる造りになっているのだが、正面の城壁と城塔の間に半身になって躙り入れる隙間がある。
「甲冑着てると通れませんねー」
「左様。本格的なのを着てたら無理だね此の狭間は」
「こんなとこに通用口がーって意外に思うけど、やっぱり見れば判っちゃいません?」
「左様う思うだろ矢ッ張りな。此処って其那やつ誘引き出しては殺す袋小路」
「うー、この城の縄張り作った人、めっちゃ性格悪くありません?」
「まだまだ! 奥はもっと蘞い」
「バートさん楽しそうですね」
と、町娘の素直な感想。
「まあ本当の抜け道も正と作ってあるけどね。死体片付け係用の秘密の隠し出入り口。此処、ここ」
「これって籠るための城じゃなくって、城全体が罠の一種ですぜ」と、お猿唖然。
「な! 其の罠の餌が殿様だ。這奴ぁ至極愉快だろ?」
城壁の中に入っても、屋上やら渡廊下やら、至る所にメルロン狭間があって上から狙い撃ちする仕組みだ。
城壁は峻険な谷の入り口を巨石で塞いだ堰堤。登り坂を谷の奥へ行くほど、左右は狭くなる。やがて空隍を跨いだ橋を渡り土塁の階段を登る。これが内曲輪。所々新たしい石積みで補修しているが、古い時代の城の名残だ。中には、城壁ほど古色蒼然たりはせぬが其れでも古臭くて陰気な主殿と、だいぶ今様で洒落た脇殿。奥に塔。その間の集会広場には大屋根が架かっている。
石畳の広場を突き当たりまで抜けると、背の高い生垣に突き当たる。生垣には遠目には見付けにくい曲柄の抜け道があり、奥には三方が小さな果樹園、中央が花園で、さらに奥に塔型の別館がある。
☆ ☆
花園の中央に石造りのベンチがあり、人影。
「あ、春の女神がいる!」
これがあたしの第一印象だったよ。
侍女らしき人は三人いたけど目に入らないくらい鮮烈な印象。
青柳色に透ける薄絹のコッテをふんわり重ね着した上に梔子色と淡い黄檗のシュルコット・オヴェール。透けた色々種々様々に重なり合って人ひとりが一つの花園みたい。白き香肌に絳唇、花弁にしか見えないよ。何故かヴェールもボンネットも付けていない黒髪に繊細な金細工の髪留め照り映えて、長く編んだ房がベンチの腰掛面まで届いてる。
よく見ると細身の体でお腹がぽっこり出てる。妊婦さんだ。
いろんな意味で春っぽい。
ひとしきり言葉を呑んだあと、ようやく侍女さん達に目が行く。二人はお揃いの空色のブリオー。三人目が変わっていて、バートさんとお揃いの男装だ。膝丈の上衣だけ空色の色違い。バートさん上から下まで黒づくめなので分かり難かったけど、アウターの丈は長いのに開襟で短い袖なのかー。あ、いや袖は折り上げてるな。ウェストくッと絞って前に脇差さしてんだね。レイヤードの黒シャツが長袖ハイネックで異国ふうの長いブーツ。
あれ? この変わった細い黒ブーツ、最近ほかで見たな。誰だっけ?
バートさん、一瞬褄先だって踵を落とすときコツンと合わせる変わった礼をすると、
「姫ぃ様、御出座でしたか」
「なぁぁんとなく珍客の気配がしましたのよ。町の様子でも伺おうと思って」
おっとりした口調。
「今朝のネモとの約束で、ラーテン年寄本役の許に案内す途中でした。某一足先に行って来意を告げて別館の軒先で待っておりますれば、御用お済みの砌は追って来るよう四人にお申し付け下りませ。夫れでは」
果樹園の奥に細くてやたら背の高い建物。あれが別館だよね。
「ああ! エーデルバートさん、兄に会ったら、じきバルトロメオが帰って来ると伝えて下さる? ーー」
「御意」
「ーー遺体で」
婉然たる唇から意外な語。
バートさんの表情が一瞬凍りつく。
あたしも一瞬、春の女神がワルキリア*に見えたよ。
*註:Valkyrja(on.),Walküre(de.)
バートさん何も言わず恭しく一礼して辞去する。すぐ春の女神に戻ってるお姫様の座るベンチをぐるり廻って別館へ向かう。今更ながら気付いたことに、男装侍女さん常に少しづつ移動してバートさんとお姫様の間に割り込める立ち位置に居るんですけど、なにこの緊張感。この二人のお互いを見る目、痴情の縺れた険悪さに見えるんだけど、あたしの邪推?
彼の後ろ姿を見送って徐に、
「西グェルディンの地誌兵站部に在籍しておりました通称『猿』でございます」
「元某傭兵団探索方の『猫』であります」にゃ
「『イセヤの後家』でございます」
あれ、また微妙に違う?
「プロクトファンタズマ*です」 あたしも名宣る。
「まあ怖い二つ名! 凄ぉい幻術の遣い手さん?」と、春の女神さま。
(何か間違えた?)
*:正 Proktophantasmist、誤 Proktophantasma
「『イセヤの後家』さん、貴女は研師のコンスタンティンという名の男に遇ったら小心けて」
なんだか意味がわからない。
「こちらはガルデリ子爵夫人です。御目出度を控えて御実家に逗留中の無聊お慰め致したく、二言三言で結構ですから町の様子などお聞かせ下さい」と、男装侍女。執事か護衛役のようだ。
そうかー。彼氏彼女、お家騒動の反対派同士だから態度が微妙なのかな。
でもバートさん、さっき奥方様を姫ぃ様って呼んでたよね。それに、奥方様の口からは「兄」なんて台詞も。もしかしてガルデリから嫁いで来た亡き伯爵夫人のお嬢様がまたガルデリに嫁いだって、彼女? ちょっと血が近すぎない?
お猿が殊勝な顔して、
「奥方様、もしやポンテ・イニョーリ=ウニョーラ(Ponte Ignori-e-Ugnora)の男爵バルトロメオ様にご不幸が遭ったのですか? 昨日お元気な姿を拝見したばかりで有りますのに」
「昨夜1個小隊率いて遠い処に旅立たれました。悪事を働く人ではないから、上の方にでしょうけれど、戦士として殪れたなら重畳。事故ならお気の毒です」
「やっぱり『龍殺し』さんですかねえ」
「それとも黒髪のお兄さんかなー」
「八人の御一行がそろそろ門の近くに来ますわ」と、あらぬ方を見て奥方。
「『龍殺し』は四人組だにゃ」
「お坊さまと黒髪兄弟も四人だよー。合流したのかな?」
「人数はぴったりだにゃ。物見の第一報?」
「いいえ、勘です」と、聞き付けて奥方。
「勘?」
なーんか既視感ある遣り取り。
「お坊様と云うのは、若しや還暦すぎ程の、とぉぉっても大柄の?」
「若い頃はすごーい豪傑騎士だったって噂の方です」
「ああ、遂に来て下すったのですね」
「にゃ?」
「黒髪の方と云うのは?」
「あんた天下一かよぉ! ってほど強い剣士様で、歳の頃なら姫様と同じくらいの若い騎士。黒豹な雰囲気のすっごい美男で、お小姓ちゃんぽい弟二人連れてます」
「それはクラウスが悦びますわ」
いや違うでしょ姫様いま唇ちらっと舐めたしー。妊娠中だから大丈夫って顔したよ春の女神さま。こんな優しそうなのに時々こわい。ガルデリ凄え。
「『龍殺し』の話はいいのかにゃ?」
「有名ですから」と、姫様。
お猿の口数が少ない。
「姫様、彼らは用事の途中。あまりお引き留めしても悪ろかりなんと存じます」
男装侍女が控えめに言上。
「左様うですね。伺いたいことも聞けましたし、皆さんどうもありがとう。尋ね人にも直き遇えますよ。何事も早め早めが吉ですわ」
「有難うございます。奥方様もどうぞお健やかに」
なぜかルキアさんが纏めて、御前を辞する。
☆ ☆
「あー、おっかなかった」と、猿が。
「たぶん俺が逢った人生で二番目くらい」
「ふうん、君はそういう評価か」 玄関前のベンチで寛いでいたバートさんが然り気なく会話に加わって来る。
「ガルデリに生まれるという超常の力のお方ですかね、千里眼的な」と、猿。
「一番が西のお館様だとすると、月影の魔女には遭ってない?」
「あー、それ多分あの背の高いおばあちゃんの事ですよね」
「臀部見世者さん、それ言ったら死ぬよ」
「見霊者だって」
「遭ったとき一同漏れなくお漏らししてるにゃ。怖かったにゃ」
「でも、怖さの方向性が違うていうか、『殺されるかも!』って怖さより、お姫様の放ってた、呑み込まれそうな怖さの方が怖いっていうか、上手く言えねえ」
「ふーん、月影の魔女さんっていうんだー」
「渾名だよ。本名だったか幼名だか、何に因むか知らないが。伯爵夫人の乳姉妹で、筆頭侍女だったお方だ。本宗家に近い血筋の局で一族の中の年長者。結構席次上の人だ」
「じゃ、御曹司にもお姫様にも縁あるわけだ」
「兄妹の争いになったら、どっちの味方に付くか見当がつかない。大姫様側かなぁ。殺気どころか此れから殺す相手にすら一切敵意を持たないって、俺たち剣士には相性の悪いタイプでさ、ある意味俺らにとっちゃ敵に回したら一番厭かも」
「その割にゃ普段から殺気ビンビン出ててヒゲが震える程だにゃ」
「だから戦闘始まる時に其れをフッと消されたならば、闇夜に突然蝋燭の灯消される様なものさ。怖いだろ?」
「クラウス様とかは反対に、気配なく移動してやって来ちゃあ、剣の間合いで『ぶわっ』と出すタイプですよねえ」
「俺ら剣士の多くはそっち系だな。打突に勢いが乗る」
「あたしが見た魔女様は、相手をぼんやりと追い込んで、なーんにもしないで自滅させた現場だったよ。怖かったー」
「うん、戦術なのか超常の力なのか、見分け付かない人だね」
「いやー、魔法戦かと思ったもんなー」
「猫殿の襟廻甲、良い品だね。派手なクラバットに隠れるし服飾にも見えて防具つけてる感がない。背後から頸サクッて被殺る対策にいい」
「斥候は気配消す術が上手の同業者に出会ってそれで死ぬの多いであります。でも魔女さんだと睨まれただけで死にそうにゃ」
「ははは」
「でも意外に優しいかもですよー。あたし、お薬とかも貰っちゃったし」
「きみは防刃ヘルベチカ帯だけか。おなか刺されて苦しいのは嫌ってこと?」
「まあ戦闘員じゃないけど物騒なとこ覗きに行く仕事だからねー、まぁそれなりの覚悟で日々暮らしてるって言うか」
「うら若い乙女にして殊勝な心掛けだな」
「乙女って、そこまで見えちゃった?」
「すまんな夜目が利くもんで・・イヤ防具ひとつの話でも、剣士ばかりで交んで居る時より面白い話が聞けるものだ」
よかった。話題変えてくれたー。このひと紳士。
「別館に蟠踞く南軍の者たち、何時迄も野戦の装備で柔軟性が無い。斯様じゃ孰れ困るだろうと言って遣りたいが交流が無い。と言うか露骨に避けられている。まあ爺様世代が色々やらかしたので無理も無いのだが、此方の猿殿くらい打ち解けて呉れる人が出てくれん物だろうか」
「あの、わたし素人目・・いえ素人小耳ですけど、西のお館様以下、怖いかたお揃いじゃありません?」
「お手向かいする剣士としちゃ、其の方が面白かろう」と舌をペロリ。
この人もそういう血筋だー。
☆ ☆
註
Proktophantasma:Phantom of Anus (en.)
ヘルベチカ帯:Helvetica balteum(lat.), =Swiss Belt(en.)




