18 所謂彼人、姿顕わす
時系列同時進行のアナザーストーリー
「ドラゴンスレイヤーの憂鬱」
が進行中です。
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同じ事件を別のパーティ視点から記述しています。
城の内郭本館主殿一階中央。
礼拝堂。
小さな常夜灯。
白漆喰の北壁仄かに明かり、聖像が影絵の如く纔かに浮かぶ。
聖像の立つ祭壇に向かって跪き闇の中ずっと何やら祈っている男がひとり。
「ああ、今度も何も出来ない儘なのでしょうか。あの時は子供らを逃がそうとして果たせず、今度は最初から間に合わず。呪いも発動してしまっている」
徐ろの白壁に聖像の影絵が動く。
「二度も間近に見て居た癖に何も解っておらぬとは」
男、驚いて後去る。
「立て膝で楽に座っておる癖に端然と跪拝に見せる要領、神に敬虔ならざる云為の奥底までも透けて見ゆる。中途半端な処世の術が本懐果たせぬ原因じゃ」
「容赦のなさ、変わりませんね。神様の真似ですか?」
「見当違いも大概にせよ。此処が抜け穴の出口じゃ」と、祭壇の上から。
「そんなところに! ずっと探したのに」
「観察力が貧弱じゃ」
「どうしても入り口が開かなかったから、通気口を探していたのです。日のあるうちは人目があるし、暗くなったら見えないし、弱り果てて」
「言い訳が多い」
と、まだ祭壇の上から、
「五体投地と取り繕うて寝ておらぬ丈まだ優しか」
「フォルツァ*の屋敷の近くで宝刀を抜いておられたのを見掛けました。貴女が手に入れたと知り急いで此処に来てみれば」 *註:書き言葉ではFortua
「其れも亦た見込み違いじゃ。西の空に丁度沈み行く宵月の光に翳して龍爪の反応を見たが芳しからず。案の定深夜の儀式も儘ならず。悉皆力が枯れておった」
「失敗したのですか」
「触媒が枯れておっては詮方無し。反対魔術の術式だけで弓をよっ引き絞れども矢弾が無いとは此の事じゃ」
「アヽ! 術者殺し」
☆ ☆
熒惑炯々と赤く西の空に傾く頃、黒衣の侍ふらりと席を立ち、皆も夫々床に就く。
薄掛けを借り絨毯に転がって寝物語を一頻り。お猿、もう先に寝ちゃったので女二人アウター脱いで気楽な格好。猫? あれ、ヒト種の女に性欲無いから員数外。ルキアさん亡夫との惚気話とか始める。サバサバした女だなあ。
「ふうん、探索者ギルドにいた人だったのかー」
どっかで顔合わせてたかも。
「優しい人なのはわかったけど、外見どんな感じの人だったの?」
「えーと、わたしが右肩と二の腕の力瘤の上に座れちゃう人」
「おっきいわね」
「にゃ・・」
猫、もう鼻しか動いてない。
「あの・・、内腿に着けてるそれ、小さいですよね」
「うん、隠して持つ用だもん」
「そんな小さいと実用にならなく・・ありません?」
「実用ってより縁起物なんだってさ」
「縁起物かあ・・」 彼女も眠そう。
その裡ち左右に寝息が聞こえ出す。
ネモ老人も寝申した。明日は寝坊をするまいぞーなんて考えてると眠くなる。
あれ? ルキアさん・・ネモさんいるのに平気で下着姿ンなってたな。そういうタイプだっけ? あたしは野郎どもと共同生活長いから平気だけどさ・・
ネモ・コルサ、何者だろう。「もう」恨みがないって、引っかかる。
Nemo・・ナナシ? Nemo Corsa… Caro..s Meno.. ・・
眠りに落ちる。
☆ ☆
内曲輪、主殿と脇殿の間に大屋根を架した集会広場。
主殿側の二階から、城主が集会に臨むテラスが張り出す。その周囲を警護役が移動する隠し通路が縦横に走る。その一つ、躙り口自り人影。また消え、やがて一階の列柱蔭から広場へと出て来る。二人は広場北の生垣を抜けて庭園へ。その先に別館。
「本当に『矢弾』の補給が利くのですか?」と、黒髪の女に訊く。
「明日には来る」
「届くのですか?」
「いや、持ち主が来る」
「貴女でも奪えぬ相手ですか?」
「いや、己れの譲渡を認めぬ剣なのじゃ」
「なんと我の強い宝剣!」
「是非もない、黒龍の爪じゃ」
「それはもしや、七年前の龍退治?」
「然り、町に腰を落ち着けて久しい那の男の脇差じゃ」
「なんと心命喪って身は刀へと為り果てて未だ傲岸不遜とはさすが黒龍」
「それ褒めとるのかお主」
「若しや凶獣デキムスを討って奪った時からの、狙って居った筋ですか?」
「否じゃ否! 彼様迄に弊れて居ったとは思い及びもせなんだぞ。待兼たりし龍爪を漸う手にし雀躍三尺、宵待ち兼ねて弓張月高く日暮れに掲ぐれば春は弥生の西の空、弥弥其の失猶ほ稍稍の山の端の明かり宛如らに」
「どんよりなすった訳ですね」
「あれは徹た」
「待って下さい此地は暗い。同じ速さで歩けない」
転ぶ。
男、もう座り込んで了う。
「父親は油断のならぬ奴なのに、油断の絶えぬ男よの」
「僕の事なんかより、龍退治の御仁ですよ! 反対魔術が使えるのですか」
「力技なら気も世を蓋う。精妙さではお呼びでない。見受けたところ其んな御仁」
「それ、駄目じゃないですか」
「だからお主は解っておらぬ。坊っちゃまの術は未起動じゃ。二度見て今だ解らんか。天地と日月歳星の力で弦を引き絞り弩機に仕掛けた術式は月満ちた夜に起動して発して正鵠失わず朔に必中の箭を放つ。因りて反対魔術には構築は無用解体而已。いま九日月の夜半過ぎ。十五夜の夜に翼も満月、弓弦噛んだ牙が開く。いま解体に過てば機は即刻に箭を発つ。ナニ難しい事は無い。弓弦を切れば良いことよ。其れも夫れ、龍爪に力有らばこそ」
「では、其の古い宝刀には?」
「最早や力ぞ無かりける」
「龍退治の御仁なら?」
「只だ来てチョン突き為れば可い」
「どうする、どうする? どうする?」と、近づく人影。
「だからチョンと切れば良いと! クラウス、どうした?」
「いや、如何もせぬ。少し飲んだ。城外でコルナブー卿*ネモの許に面白い連中が来ていてな。蛭に尻粘膜から血を吸われ悟りを開いた娘とか」
*註:Seigneur de Cornabue
「豈夫、那のまま沼にでも」
「知り合いか?」
「袖擦り合うた縁じゃが」
「あと、キャメル何やらの未亡人」
「え! まさか織物問屋の若い寡婦の? 城下に来てるのですか?」と、男。
「真偽は知らねど若い娘。確かに後家とか名宣ったぞ」
「クラウス・・言わずもがなじゃが南の街道。異変・・気付いておるな?」
「勿論だ。月が沈んで夜が更けて、化け物が出て忽然と小隊ひとつ掻き消えた」
「其方とわし、二人で出来よう? 同じことが」
「我等で事に当たるなら殲滅自体は出来ようが、四十人が一斉に断末魔には喘ぐまい」
「やはり出たかの」
「出た」
「わしと其方、二人懸りで遅れを取る、左様な相手が来た訳か」
「何者ですかな」
「化け物でなく、お主が戦りたい相手は剣士であろ」
「誰ぞ好き敵、心算有るか?」
「昨夜一人、町で。 惣領様の若い頃に似た気配が有った」
「成る程其れは楽しみだ」
「化け物は?」
「要らん」
「やよ! スパダの小僧にも仕事が出来た。小娘連れて町へ帰れ」
「! 戦さの禍根を絶たずには!」
「お主が居ても役に立たん」
「そんなー」と、悄然。
☆ ☆
エリツェの町の東の空に太白が輝く。
続いて辰ぼしが顔を出す。
北門からは都合二度木戸抜けないと出られない。東門には跳ね橋がある。
開門時刻前に「ちょっと通して」と言い易いのは、通用口的な現在も色濃く性格を残す西門なのだ。もちろん建前上不可な話である。
「すいませんねえ」
じき不寝番の明ける門衛に大徳利ひとつ差入れる。
市警と門衛局は軋轢が絶えないが、市警で中途採用のスパラフシィル曹長に限っては門衛にも好意的な知り合いが多かった。
「(そういう人脈を伝えるのも、下手な捜査より大事な仕事なんだよな)」
などと、人に聞こえぬよう、ぶつぶつ愚痴る。
西門から出て北街道に行くのは、結構迂遠だ。
「しっかたねぇしぃぃ! 行くぜ、ロベルティ」
馬に笞を当てる。
太白金星が輝いていた。
☆ ☆
《三月十日土曜、朝》
屋内にもさらさらと曙光差し来たり、猫が目敏く目を覚ます。
毎度のとおり尻娘、尻ぃ出して寝て御座る。
此娘這んなで能く生娘だにゃと呟きながら、猫が薄掛け掛けて遣る。
若後家もお猿も行儀良いのににゃあと見回すと、親父の姿が無い。
気配を感じて前庭を覗くと、見識らぬ若侍が抜刀の稽古。
風切る音でも手練れと理解る黒衣の若者、歳の頃なら二十か其処いら。
「起床たか」
長靴の踵を鳴らして緑廊下の板敷甲板に上がって来ると、昨夜の宴の跡なる肘掛け椅子の一つに勝手知ったる様子で掛け、黒い膝丈上衣の襟元を左手で飄揚つかせ乍ら卓の下を探って居る。手の甲で額拭うと黒貂か何かの毛皮の鉢巻と見紛う小さな縁無し帽が脱げて落ちるが、三尺可りも有る緒が左二の腕にひと巻きして居れば、脇下にぶらり懸かる。
「起床たは未だ自分だけであります」にゃ
「今朝朝まだき若様がネモを火急にお召しとて、呼びに来たらば客が居る。『起きたら城まで案内すと約して泊めた者共也』と彼奴が重ねて申す故『約束ならば是非も無し俺が代わる』と請合って先に行かせたのだが彼の娘、何度掛けても尻を出す。詮方ないので庭に居た」
「ご迷惑おかけしました」にゃ
「おはよッ・・ござま・す」
お猿が起きてきた。順調にガルデリさんに慣れて来てる自分を褒めてやりたがってると顔に書いてあるにゃ。惣領様と魔女さんの次が昨夜のお侍さん、今朝は紳士なお兄さん。順調にリハビリ出来てそだぜ。
「お早うございます」と、ルキアさんも起きて来て、童顔に似合わぬ胸を胴衣に押し込み編上紐を締めながら挨拶。
「ああ、お早う。身支度には木蓋の大甕の水で可いが、飲むのは棚の小樽から」
自分は卓の下から瓶入りの梅酢味鉱泉水なんぞ見付けて手酌。
若侍殿もネモ家には馴染みの様子にゃん。
「西グェルディンの地誌兵站部に在籍しておりました暗号名『猿』でございます」
「元傭兵探索方の『猫』であります」にゃ
「そして、わたしが『太棹*大好き後家』でございます」(昨日と微妙に違うぜ?)
註*:胴に猫の皮を張る楽器
「バートだ」と、若侍が名乗って、
「猫殿よ! 後家の彼女と相性が好いのか如何か気に掛かる」
フランクな青年にゃん。意味わかんないけど。
「お待たせしちゃって失敬至極であります。寝坊すけ娘の尻つついて起こして来るにゃ」
「鎌輪ぬよ。 昨夜遅かったんだろ。寝かしといてやれば?」
あれ? ガルデリのお侍って皆んなこんな鷹揚にゃ? イメージ違うぜ。
「其れが南のお姫さん未明頃から容体悪化。ネモは今頃医術者の手配やら何やらに大童。行っても邪魔になるたけだ。町の拠点の陥落ならば朝一番に伝えて居よう。けれど肝心の聞く側の連中右往左往中、何か着手してるとも到底じゃないが思えんね」
「自分らの報告を待たれてるかも知れないであります」にゃ
「正直なとこ手を打つと称して俺らに丸投げをされても困惑するだけだ。今まで町の衆らとは友好的にやってると聞かされて来て急に是れだ。『なんで喧嘩が始まってるのか』から、きっちり納得させて貰わんと。いや、君らを責めてるんじゃないよ」
「まさか、若様の側近の皆様にも報告が上がってないのでありますか!」
カマかけちゃうにゃ。
「俺たちが『側近』なのかは措くとして、だいたい見当は付いてるさ。町の方であんたらに金やら何やら出してる那の怪しげな連中の思惑たらに振り回され、危ない橋の一つ二つ迂闊り渡っちまったんだろ。それで市民の逆鱗に触れたとか、所詮そんな処だろ?」
「申し上げます」と、お猿。
「もう有り体に! 自分は西王国の残党、猫はフリーの傭兵です。ラーテンロット家に忠誠薄き者の言う事と割り引いてお聞きください。市民だけではありません。エルテスの修道騎士団にプフスの代官所、軒並み敵に回しております。それに誠に申し上げにくいのですがーー」
「ガルデリ谷もだろ?」
「聞いちゃったよ。西のお館様に謁見して、イヤわかるけどさ。(ぷふふ)イヤ実際、何人もいるから気にしないで。お・も・ら・し、した人・・」
「お漏らし言うなぁぁ」
あ、臀部見霊者・・起きてきたにゃ。
☆ ☆
註
臀部見霊者:Proktophantasmist, Anus Ghostbuster