17 剣と魔法の世界が来る
時系列同時進行のアナザーストーリー
「ドラゴンスレイヤーの憂鬱」
が進行中です。
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同じ事件を別のパーティ視点から記述しています。
御城の門前街区。
背丈の倍近い石壁に囲まれた石造りの家・・の、ようなもの。
「村の地主が大家族で住むような館に見えるだろう? これは外からの見た目も然り、名前も御貸屋敷という代物だが、お察しどおり家じゃない。城に攻城塔とか衝車とかが近づき難いように作られたバリケードでね、民家に見せ掛けて沢山作ってあるんだ。町割りとか、めちゃくちゃだったろ。」
「驚いたなー。にせの町ですか」
「なんのなんの。御城に働きに来てる町人はこうして使えそうな場所を見つけ、作り込んで泊まり込んだり蔵や馬小屋に仕立てたり、それなりに便利に使ってる。ちゃんと家具まで持ち込んで別宅にしている者も少なくない。まあ本当に住み着いた気楽な独り者は俺くらいか」
星の瞬く夜空を見上げ、
「いろいろ惟うこと有って、月の明かりが消える迄と夜更かして居った折りだ。まあ明日があるからな。月は沈んだが、戦さ星が西に傾く迄くらい一寸呑もう。あるのは葡萄酒と干し腸詰くらいだが」
「お相伴に預かるにゃ」
「ささ、一献」
傾ける。
「御曹司の計らいで、お姫様一党は城内の内曲輪別館に迎えられてる。御当主病床由え朝は遅め、というか俺が出勤して皆が働き出すんだけどな」
「やっぱりネモの旦那が仕切ってんじゃねえか」
「明日起きたら一応まあ、中を仕切れる身分の人んとこ連れてってやる。だから今は俺の愚痴に付き合え」
「そっち方向かい」
「ご苦労は伝え聞いてるけどー。そんなに御家騒動深刻なの?」
「そりゃ家老が過労で死ぬくらいよ」
「俺らの同胞が火種持ち込んじまったんだろ。すまんです」と、猿が殊勝。
「そらぁ違うぞ。あんたらは被害者だ!」
「被害者?」」
「俺も親から聞いた話だし、其の親もエリツェブルの町人だから元々又聞きだがな。でも伯爵家の人とも西谷の人とも付き合いが出来た今だからこそ、俺は信じてる。これが本当の歴史だってな」
「旦那ツマミ少ないから酔うの早いにゃ」
「うー、なんか探して来る」
猫が一同から「話の腰折んな!」と蛸殴りにされる。
ネモさん戻って来て、堅パンとスープストック、冷えた野菜煮と塩漬け肉。
「これもどうだ」と、酢漬けの鰯。
「コルン無えの?」
「この盗賊野郎ども、ちょっと待ってろ」
情報聞く前にめちゃくちゃになって来た。
ネモさん、酒瓶持ってどんと座って、
「まあ聞け」
☆ ☆
其の頃、御城地下の奥深く。
地の底まで続くかのような方形の竪穴。巨大な井戸のように四面が石組み。螺旋階段が奥底へ奥底へと降りて行く。石壁沿いに方形だから螺旋ではないが。
最下層、祭壇のようなものが有る部屋。
ごてごてと飾られた四面の壁を白絹の幔幕が覆い、中央には奇妙な形の祭具を据えた卓が在る。銀の合子の周りに花弁様の突起。見る人が見れば、合子の隙間から燐光が漏れてその端が線香の煙の様に漂うのが見えただろう。その周囲を廻る。
黒衣の那の女。
紙燭を灯し掲げている。びっしり呪言の書き込まれた古い巻物の反古で作られたもの。緋色のインクで新しい呪言が書き込まれている。その不可解な摺足が禹歩と呼ばれることは、この地方の者は誰も知らない。
紙燭の燃える間に何か唱えながら十二周する。
徐ろに合子の蓋を取ると、其処に在ったのは子供の遊ぶ手鞠程もある、巨大な眼球だった。
覗き込む女。目と目が合う。
「其方を還えして遣れる術がわしに有るなら良かったのじゃが」
宝剣を執る。
長い長い儀式が始まる。
☆ ☆
ネモの家。
「伯爵家とガルデリの戦いは百年越しだった。先代伯爵が、初めて手打ちを進めた・・か知らんが、初めて西谷のガルデリから嫁を迎えた。彼のその妻子を暗殺したのは、先代と幼い頃から仲の良かった実の弟だったとさ。それでまた新しい骨肉の応酬が増えた。それ程に両家は根深い仇敵だったのよ」
「地獄ですね」
「すまんな、地獄になったのは南のゲルダンだ。先代が犯人を実弟と名指しして血の報復を始めたら、横から殺された嫁の実家が掻っ攫った。西谷ゃ凄まじい速さで弟一族を皆殺しした。で、その弟の嫁の実家がゲルダン王族だったんだよ。何が起ったと思う?」
「つまり、弟の妻子が実家に逃げちゃったんですねー?」
「そうよ。それでまあ西谷も、最初は大人しく引き渡し要求したんだよ。油炒めして殺したいから宜しくねっ! てさ」
「どこが大人しいにゃ」
「そう言われて、誰が引き渡すってかよ」と、猿。
「それで大虐殺?」
「そう。伝説の大虐殺が始まった。ゲルダン人の半分が焼き殺されたとかは流石に嘘だろ。俺が生まれた頃の話だ」
「まあ尾鰭ですわねー、ヌイグルミとか・・」
「いや、それは本当だ。ゲルダン国王一家七人の生皮剥いで作ったヌイグルミを絞首刑にするお祭りなら、俺が子供の頃はまだ毎年やってた」
もう猫と猿は黙り込んじゃって酒飲んでるんで、女二人が相手してる。
「でも、町じゃガルデリの人と普通に付き合って暮らしてますよー」
「怒らせねえからだよ」
「でも、約束したことは死んでも守るとか、彼らのこと私ら市民は結構好きですよ」
「嫌いになった奴はみんな死ぬからだよ」
「身も蓋もねぇにゃ」
聞いてたかー
「お家騒動がどっちに決着しようと、今後の領主様はみんな多かれ少なかれガルデリの血ぃ引いてるから付き合い方知っとけってことだ。これは分かってないとな」
「お家騒動の末、どうなんですか?」
「やばいな」
「甥御さん派が優勢なんでしょ?」
「伯爵の妹の子だ。父方は西谷の本宗家で正真正銘の男系嫡流だ。力の差は歴然。この御城に詰めてる者以外はみんな甥御擁立派と思っていい。問題は肝心の御当主よ。伯爵本人の態度がはっきりしない」
「迷っておいでなのですわね」
「南部人だもんねー」
「そういう単純な問題でもない。劣勢側は追いつめちゃいけない。爆発するからな。武闘派の典型みたいな伯爵の一番苦手な局面なんだよ。迷ってるのは、多分そっち関係だ」
「爆発したら危険なわけ?」
「安全なわけねえだろ。先代が妻子殺されたときの爆発じゃ報復合戦で南どなりの某国が死ぬ思いしたじゃないか。しかし伯爵の妹夫婦が殺されたときは爆発しなかった。暗殺に暗殺で返したからだ」
「物騒に代わりゃしねえすよ」
「って、甥御さんのご両親がー? 暗殺?」
「先々代になるか・・西谷の当主存命中に嫡男と嫁が暗殺された。そんとき当主の孫、つまり伯爵の甥御は未だ乳飲子だったから、西谷の跡目第一順位は殺された嫡男の妹、息子は第二なんだよ。連中は戦闘部族の血筋だからな。跡目は当主が死んだとき軍の指揮執れる者が優先だ。結局、先々代が亡くなって跡とったのは長女こと後の伯爵夫人。御曹司のおっ母さんだよ。あそこは女も普通に戦場へ出るからな。」
「あー、それでややこしくなったんだ」
「王国の慣習どおり男系絶対なら伯爵夫人は只の中継ぎ摂政で、甥御が成人したら仮の当主から退くだろ。だがガルデリにゃ相続権で男女の差が余りない。更にややこしいことに伯爵夫人が亡くなったとき跡目候補の二人とも未成年よ」
「どこまでも泥沼なんですね」
「話で聞いてもワケわからんだろ。ガルデリ子爵家ってのは今ふたつ有るのよ。ガルデリ伯爵時代に分家して甥御のお父つあんが当主してたのと、ガルデリ伯爵家が格下げになったのと」
「何それ、訳わかんないー」
「お貴族様の家計はまるでスパゲッティだねぇ」
「西谷の連中ぁ名前も王国の爵位もあんまり気にしない。大事なのは血筋の上で惣領様かどうかだ。んでその血筋を証明するのが実力だったりするわけだな」
「それで甥御さん圧倒的優勢ってわけですかー」
「伯爵としちゃ両方の本宗家を統一して、より強力な地方政権を作りてえのさ。でもそれは、自分の息子を次期当主にしても、妹の子を自分の後継に据えても、どっちにしろ叶うんだ。息子が西谷を掌握できりゃの話だがな」
「それ、領内での人望が甥っ子が圧倒的なわけだからにゃあにゃあ」
「んなわけで伯爵、甥御にゃ上の娘を嫁がせてる」
「ずいぶん近親婚ねー。教会それ許すの?」
「教会の偉いさんを上の娘の後見人に迎えてる。そういう政略に抜かりがないのが貴族様さ」
「じゃ、もう甥っ子一択じゃねえか」
「そこで問題は、伯爵夫人がガルデリから嫁いで来るとき、あっち選り抜きの連中を側近に連れて来てることさ」
「御曹司の周りには、かなりの強豪がいるってことですか」
「西谷のお姫が若いみそらで死ぬときに、遺児を頼んだ股肱だよ。そいつらが世代交代して『せがれや、くれぐれも坊っちゃまを』とか遺言残された連中が今の御曹司派だ。根深さが増してる」
「それが御曹司廃嫡とかになれば・・」
「どう爆発するか、まあ想像してみるんだな」
「伯爵が人喰い鬼を十匹飼ってるって噂は?」
「これだにゃ」
☆ ☆
「術は完璧に再現したつもりだったんじゃがのう」
黒髪の女、宝刀を掲げて見る。
純銀の鍔に柄頭、二尺に満たぬ刀身は何かの骨。
「なぜ効かぬ」
何度も試したろうに苛ついた様子は見えない。性格なのだろう。
「かけるしか ない あたらしいのに」
「其れしか無いかの」
「あすには くる」
背後の闇から、浮浪児風の少年が慰める。
☆ ☆
ネモ稍や酩酊し、
「御曹司は良く言えば学者っぽいというか、政治的に動けるお人じゃないらしい。お姫が如才なく脇を支えて、それで盛り返すかと思った矢先に病に倒れなすった。とことん不運が追って来る。俺はもう恨みも忿りも無い。ただお二人が見てて悲しい」
「でも加害者なのでしょ?」
「それはそうだ。突き放した積もりでいても、人の感情は目の前の人に寄り添ってしまうんだなあ。雇い主だし」
「そうだよなあ、俺たちの雇い主だし」(って忘れんなよな、嬢ちゃん)
いっけね。でもルキアさんよく黙ってるわねー。
「最近思うんだが、人は豚を殺して食ってるだろ?」と、腸詰を齧り
「これ言うと『殺された人を豚だと卑しめて』って言われるだろうが、豚は卑しいから殺して食ってもいいのか?」
「美味いから食うんにゃ」
「なあ、ややこしくなるから黙ろうぜ」
「御曹司は母親の命を救うために二十四年前に二十四人の子供を殺した。まあ本人の意思じゃなかったみたいだが、結果はそういうことだ」
「そんなに多かったっけー?」
「しっ! 腰折らないで」
「呪われた魔術を使わなかったら、難産で死にそうだった母親は助からねえで、娘が一人産まれなかった。伯爵令嬢だ。いま、町の孤児院のパトロネスしてらあ。あのお姫さんが生まれてなかったら、生きられなかった子供はたぶん二十四人より多いだろうよ」
「なんか深い話になって来たにゃ」
「因果はそうやって巡って行くんだ。お月様は欠けたあと、また満ちる。だから復讐は良くねえ。違うかい? なあゲルダンの兄ちゃんよ」
「いや、俺に話振られる意味わかんねえって。ははは」
☆ ☆
「左様、復讐は負の連鎖。恨みが増えて人が減る。しかし然うして其れはそれ。意味ある因果の巡りだろう」
「(わっ! 突然の参加者来たー)」大きな人影。
「(最近おれホントに駄目だにゃ。ヒトの接近に気付かないの多すぎ)」
「(この感じ・・気配なかった所に人が突然現れて凄え存在感振り撒くの、またかよ)」
三人黙って四人目が、
「今晩は。夜風がずいぶん暖かくなりましたわね」
人影、近づいて来て、
「良い夜だ。月の沈んだ夜更けには化け物が出る事がある。つい散策を仕度くなる」
わかんない人来たよー。
「クラウス様もお飲みになりますかい?」
「上機嫌のようだな。邪魔でないなら相伴に与ろう」
「お侍様お初の御目文字恐縮。南で斥候兵だった小者で『猿』とお呼び下さいやし」
口髭のお侍は黒づくめ、あのお屋敷の執事さんと色違いだ。へっへー、あすこの旦那様見て来た俺だよ。もう慣れてんだ。ちびってないぜ危なかったけど。
「猫でありますにゃ」
「し・・で、臀部見霊者でーす」
「(この流れ、どうしましょう)・・太棹後家殺しです」
「ふむ、間諜部隊はそのように暗号名で名乗るのか」
これで怒んねぇのかガルデリのお侍!
「見覚えのない気配を聞いて城からふらり出てきたが、思わぬ酒に得到いた」と、侍。
「お武家様、後学のために。気配ってのは見るもんですかね、聞くもんですかね?」
「人による。身共の家系は皆がみな最初は音が頭に響き、次に何かが見えると言う。いま某も左様である」
「クラウス様は北部人のようなお名前ですのね」
「谷には外で交誼を結んだ友と息の名を贈り合う習慣がある。父が陣借りで北国を転戦しておった頃の名残りだ」
「小官の故郷も北国であります。寒いのでこの通り毛だらけにゃ」
「面白い奴だ。身共の父の戦友にも探索方并参与附属の猫殿が居られてな、手槍の遣い手で在られた。父の弔問に見えて一別以来だがご健勝であろうか。愉快な方だった。思い出して仕舞うたぞ」
「猫の寿命は人より短いであります」にゃ
「そうか、もう鬼籍に入って居られるかな。トリヴェロ戦役の頃だった。非道を為したる悪代官の寝首チョンチョン掻いたとか、過ぎし戦の手柄話を面白おかしく話しては、居並ぶ谷の子供らが眠りを忘れたものだった」
「それ、面白いんですかい?」
なんか思ったより話しやすい人にゃん。
「トリヴェロ戦役の頃ってお侍さま、落ち着いた風格だから、もっとお年召されてるかと思いました。亡くなった兄よりお若いくらいかしら」
「剣士が遍歴する時は、ちと老け造り位が宜い。若く見えては舐められる」
「御城詰めのお侍様はみんな累代家臣の方かと思ってましたー」
「ガルデリに主君も家臣も有りはせん。我等は本家の惣領に従うだけの事である」
「(突っ込み過ぎんにゃよ)」
「自分、いちど惣領様へ拝顔の栄に浴し、その威風に竦みました」
ああ、お猿が突っ込んじゃった。
☆ ☆
「まさに凛々たる威風、名族の惣領様とは斯くなるやと思うより先に体が跪きました」
お猿、言っちゃったにゃん。駟も及ばずと固唾吞む。
「其れは『本当の惣領の方』だな、と言うと仲間が怒るが」と、クラウス殿。
「怒りますよねー」
「うむ、怒る。伯爵夫人が逝かれる時に、遺児を頼むと言い遺したと。約束して了ったならば仕方がない。親のした約束に子は縛られる。末代迄も縛られる。親ならずして撃剣の師匠から御役目引き継いだ身共は其処まで縛られぬ。其れにーー」
「それに?」
「幼い娘を残して去ぬる夫人の臨終の一言が、娘を気遣う言葉に非ず上の倅の地位承継の議とは到底も思われぬ。遺児を頼むと言い遺せるは必定姫御の件ならん」
ルキアさん、ポンと膝を叩いて
「後家殺しッ」