16 猫ら、北へ
「カズー?」 (※「1個小隊」の隠語)
「『龍殺し』の迎撃だと! たった四十名で」
「まあ、たった六名で行けってゴリ押しした中隊長心得殿に比べりゃ、7倍マシな指揮官がいるんだにゃ」
「あっちに行ったら合流させられて命がないから、散開して撤退しようって」
「散開して撤退?」
「解散して逃げようってこと。もう武器を捨てて、この町でまっとうに町人として生きる道を探そうって意味っす。ベルコーレ軍曹も彼らしいや」
「で、待ち伏せカズーはどの辺にゃ?」
「それはわかんねぇ、奇襲だから。つい先月まで東グェルディン正規軍だった精兵だそうだし、こんなご時世でなきゃ連隊長クラスだった指揮官が率いてるそうで、一筋縄じゃ行かない。でも任務が任務、『龍殺し』迎撃っすよ。しかもメカヅラが付いてて、それにクロカミが合流しそうっす。これは、もしかするとーー」
「もしかすると?」
「昨夜は『龍殺し』にメカヅラとクイントだったじゃないすか。防衛最強クイントを引っ込めて、よりによってクロカミに交代って、もろ攻撃寄りシフトでしょ。全面衝突織り込んだ布陣じゃないっすかね」
「ギルドの正職員が加わってるから、たぶん硬軟とり混ぜて行く気だぜ・・って、いま東ゲルダン正規軍『だった』って言ったにゃ? あそこ、また分裂してんの?」
「もう、どっしょも無いすね。いっそ伯爵が併合してくれた方が民衆は幸せないじゃないかって、ちょっと思ってたりして」
「おまえ、もしかしてこの町生まれ?」
「当たり、五歳までね。親父、亡命してきてせっかく準市民まで取ったのに、御本家の危機だとか言って辛酸舐めに帰国しちゃった。せめて妻子はこっちに置いてってくれりゃ良かったのにさ、はは」
「もしかして、おまえ市民に戻れるワンチャンあるにゃ」
「え?」
「ちょっとお使い頼まれてくれって」
すぐ横で、ちょっと年嵩の浮浪児ふうの少年が一部始終聞いている。誰も気付かない。
☆ ☆
応接の戸口。
ギルド協会の金庫番お姉さん揉み手でお見送り。
ちょっと呼び止められる。
「尾行さんも来てるみたいだしぃ、斥候ちゃんも気を付けて下さぁい。ぱんつ穿かない同好の士どうし、無事祈ってますぅ」
「あ、ども」って、それ趣味じゃないし、大体なんで知ってんのよ。
玄関で。
「じゃ、キュリ嬢ちゃんも気を付けての。此っちは、じき三度目来るからのう。ここで一旦お別れじゃ。まあ、また縁があるじゃろ」
「お坊さまも気を付けて。それと『今日は野宿が不吉、明日はお城が不吉』 当たる占いだそうです。お兄さんたちも気を付けてね」
あ、髪撫でられちゃった。
「はいやっほー」「ほー」手を振りながら後ろ向きにスキップして行く。器用だな。
こっちも釣られて手を振っちゃう。
「おーい、尻娘!」と、背後から猫。
「坊ちゃん単騎で奔った、追うにゃん」「えー!」
☆ ☆
北街道。箱馬車、一路北へ。行くなって言われても行っちゃうにゃ。
「なんでルキアさんも!」
「女は度胸です」
「はぁ・・」
「坊さんの読みどおり誘拐された子供たちがもう殺されちゃってるとしたら、ルッカ坊ちゃんの阻止したいモノは何にゃ?」と、御者台の猫。
「そりゃ、犯罪より悪い何かじゃねえの?」
「あれ、ですかねー」
「あれでしょう」
天窓から頭出した三人、これで話が通じてるかどうかは判らない。
「にゃっ」
「いるぜ」
「いるねー」
「います」
今度は通じている。斧鉾持った兵士十数人と騎馬武者一騎が検問ぽい配置。
十歩程の距離で停車すると、騎馬のひと寄ってくる。
「あー、いやいや其処許らに害意は無い。結構な車速で飛ばして来られたので、途中追い抜いた者の中に不審者は見掛けなかったか伺いたい而已。南から油断ならぬ戦力が接近しておるという通報があったので城兵の補助隊として哨戒しておる丈で、何がなんでも一戦交えて討ち攘うという体制でもない」
「もしやウニョーリの男爵様?」と、猿。
「それがしを見識りおられるか? 失礼ながら貴殿には見覚え御座らぬが」
「いえ紋所で察しましただけで。それより東の軍兵を率いて居られるご様子。小官は西の出なので、何卒波風立たぬようお執成を」
「国を捨て他領に仕官した者同士、西も東も存るまい。同郷須く扶け合う可しだ。それより其の急ぎ様、火急の報せか?」
「それについては小職から。市内は寺町の拠点に居った斥候兵であります。敵との交戦で拠点壊滅し上官は横死、下々の悲しさで報告先を存じません」にゃ
「それがし伯爵家の寄騎なれば、指揮系統が違う。御城に上がり、ラーテンロット家の筆頭奉公人ネモ・コルサを訪ねてその旨上奏して貰うのが宜かろう。それと斥候兵は立派な部隊員だ。軍属のように小職などと名乗らず、堂々と本官と自称されよ」
「男爵様もラーテンロットとは色々御座いましたでしょうに」と、猿。
「言うな。此れも巡り合わせだ。お互い強く生き延びようぞ」
「では我等は御城に。御武運を」
「其の方らも!」
「なんかチャラチャラした服着て顔もヌボッとしてんのに立派な人にゃん」
「早めに南ぃ見限って伯爵に帰順した切れ物だぜ。あの動乱の中で領主の座を守り切って、今度は東を離反した兵隊も手に入れたってわけか。間抜けた顔も武器だろう。ただなぁ・・」
「ただ、何よー?」
「さっきの話で、伯爵家が別働隊に召抱えた組と、ラトロ残党組は友軍ではあっても別系統と判ったにゃん。処刑人デキムスはラトロ組、坂上の隠れ家もそっち。ごゆうぎ坊ちゃん衆はラトロのブレーンかお財布か知らんけど、そっち組。となるとにゃ・・」
「やっぱり伯爵家の中では外様は『ちょっと死んでこい』的な作戦にホイっとラトロ組へ加勢に貸し出されちゃう扱いってことかなー」
「御武運を! だにゃ」
「さっきの貴族さんも『油断ならぬ戦力』って言ってましたが、オルトロス街の人たちそんなに強いんですの?」
「あたし、黒髪兄さんが一瞬で六人斬るとこ見たんだわー。あれと同じレベルの人が三人いるとしたら、さっきの彼ら、一瞬で総勢四十人の半分死ぬ計算になるね」
「流石にそこまで凄かぁナくね?」
斥候三人組、明らかに男爵らを心配していた。
☆ ☆
左様。這の街道を行く者で不審と言えば此の者を措きては他に無かる可し。否、不審の者は他にも有るが彼に比肩する者は無い。到底も人とは思えぬ長身、白熊毛頭獅子頭かと何ぞ彷彿とさす蓬髪、旅装に見えぬ其の様相は神事神楽か奉納舞。何か盛んに考え事悩み事でも抱えて居るか、ときに立ち留り、また歩き、果ては空など仰ぐ始末。庭先を散策するかの如き風情、とても夕暮れの街道を遠く行く者の姿でない。そもそも其の位置、先刻に駆け抜け去った箱馬車が見咎めて居らぬ訳がない。
「心配でつい見に来て仕舞ったが、余計な事だったでしょうか」
また長嘆息、心此処に無き様子。杉林へと差し掛かる。
☆ ☆
猫ら一同一路北へ。
日がとっぷり暮れて上弦の月が中天に輝く。月明かりの下、また一路北へ。
その月が夜半、西の空から山の端に沈もうとする。
東の空には赤いおお星が既に高い。
熒惑は兵乱の星である。
いつしか眼前に北嶺の黒い山塊が立披かる。その岩山を巨人の族が豪剣で断ち割ったかのような深い谷の、その入り口を巨石で塞ぐ無骨な城塞。伯爵の御城が闇の中に聳えていた。
「あのにゃあ・・こんな時刻、入れてくんなくにゃいか?」
『今日は野宿が不吉、明日はお城が不吉』
あたしたち、不吉に挟まれたあ?
☆ ☆
見れば城門に続く馬車道は幾度か鍵の手に折れ曲がり、道沿いは石壁で四角に囲った家やら倉やら馬小屋やら、二間足らずの小路が縦横。遠見の利かない乱雑な町割りで城下町と云うには余りに小さく、ただ城内から食み出た居住区らしきが雑然と在る。訳知りの者なら攻城兵器が城門に近づくのを嫌がらせして居る丈けと気付くが、斥候三人も織物問屋のお嬢も知る由なし。
ただ猿の一人のみ、感覚的に「なんだかイヤ〜な城だなあ」と思う。攻める者への悪意を嗅ぎ取って居るのだ。
「ここで軒先借りれば野宿にならないから不吉じゃないよー」
「キュリーさんって、けっこう迷信深いんですね」
「いやー、すっごくリアルな夢見でさ」
「傭兵はわりと縁起担ぐにゃん」
などと話していると、家の一つからカンテラ提げた初老の男が現れる。
「御城に用事かね?」
☆ ☆
「そりゃあ難儀だったな」と、男。
石壁の、襟の打ち合わせの様な入り口から招き入れられると大きな軒先に椅子と卓。夜も更けるのに庭先で物思いに耽っていた様子。カンテラと見えたものを卓に置いて透し白磁の火舎を外すと、なんと把手の付いた小さな手焙りだった。
「まぁ! 何とも洒落た物ですわねえ」と、織物問屋のお嬢が興味津々。
男、中から灯ったラッシュ芯を何本か取り出し、卓の左右に造り付けた鉄製の鉤の手の台座に懸ける。月の沈んだ闇の中、卓上に男の呑んでいた黄金色の葡萄酒の少し残った切子の青硝子杯が浮かび上がる。
「ほんの数日で壊滅にゃん。一番強いリーダーを最初に狩るなんて、恐ろしい敵に狙われたぜ。そこから指揮系統に乱れを突かれて個別撃破だ。資金協力者の紳士まで殺られたのを見て、末端からは脱走者続出」
「俺は民間人だから戦術とか解らんが、実はこっちでもお姫様が難産になるらしく、下手すると下手するんだ。猛犬みたいなお侍供は自在に使い熟すわ政略にゃ目端が利くわ、若い身空で大した女傑だと思っておったが、そのカリスマひとり倒れたら周りにゃ右往左往する小物しか居らん。こっちも、その指揮なんとか崩壊って奴だ」
「どっちも大変ねー」
「だが、裏方ぁ仕切ってると聞くネモの旦那に、何と今夜のうちに会えたたぁ不幸中の倖いでしたぜ」
「仕切ってなんぞ居るもんかい。便利に使われてるだけさ。雇われて一年かそこいらの新参だぜ発言力も無い。だが後に残った者はといえば、何ンも出来ない忠義者と金ちょろまかす以外能の無い不忠者。打てそうな策といえば、御曹司んとこに控えた西の谷の侍衆に睨み利かせて貰うくらいか」
「西の谷てぇのは・・」
「ははは、西谷の話はゲルダンの兄さんにゃ薬が効きすぎるか。あのデキムスが俯いたまま顔も上げられなかった相手だからな。まあデキムスも元々が、謙虚で無口な奴ではあったが」
「なんかイメージ違うわー。もっと傍若無人な人かと思った」
「あいつ見た目が怖いから。そのぶん遠慮がちな奴だったよ。まあプロ意識が染み付いてて残忍は残忍この上なかったけどな。ガキの頃からそう仕込まれてた只の実直な男さ。哀しいもんだ」
「イメージ違うにゃあ」
「優しいとこもあったんだぜ。こないだ殺しを命じた部下が、いたいけな子供らを見逃したらしい。それを責めなかった。その部下に知られないよう、別の殺し屋を行かせてた」
「ちっとも優しくねぇにゃん」
「そんな話、誰から聞くんですかい?」
「その殺し屋からだよ」
「旦那も顔が広いね」
「お給金渡す係なだけさ。金勘定しながら無駄話して色々耳に入る」
「それは事情通にもなりますわね」
「しかし死んだか、あいつがなぁ! やっぱり西谷派だろうな。あ、西谷派ってのは甥御擁立派のことだ。あっちの谷の城にいるから」
「御家騒動・・深刻なんですかー」
「俺にゃ関係ないさ雇われ町人風情だからな。野次馬してる余裕大ありだ。どれ、醜聞酒肴に一杯やるか?」
「(やった)」
☆ ☆
註
ぼるひ:Borch, =Burg
ラッシュ:rush, 灯芯草。獣脂等を塗って蝋燭の代用とする




