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ドラ猫の憂鬱  作者: 英泉
14/25

14 訳有り高僧朝から温故知新する

《三月九日金曜、朝》


エリツェブルの公文書館。

「座下*の光臨、無上の栄誉と存じまする。何なりとお申し付けくださいませ」と、館長。

                           *註:大司教への敬称

「なんのなんの、まだ只の内定だから他人行儀に呼ばんどくれ。それに書架の狭間で調べ物など学僧にゃ本職のようなもの。お構いのう」

「それではお茶など淹れて・・」

「ぼくらがやるのだ。ノルデンブロッホ公爵が『おまえらサイコー』と褒めてくれた淹れ方をひろーするのだ。おばさんにもごちする」

台所だいどこどこ? どこ?」「どこ?」 弟二人、館長を勝手の方に引っ張って行く。


「どれ、二十四年前の市警の捜査記録。拝見致そうかのう」

 書架より何巻か持ってくる。

「最初はこれか。『主の御歳数えて千と二十二年春三月、二日既朔金曜日およそ未の刻。北区五番街路上にて児童複数の拉致事件あり』・・と」

「『既朔』ってー?」

「真夜中に新月になってから日付が変わったんで、暦の上は二日じゃが『ついたち』みたいなもんな日じゃ」

「今度の誘拐も先週木曜の『ついたち』に始まったんだよ」

「暦どおりのこだわり再犯か・・臭うのう」

「黒魔術説濃厚だわね」

「十一歳をカシラに未成熟児童*ばかり狙っとるしのう。足が付かんよう住民登録の無い子供らを狙って失敗しとる様じゃが」      *註:binnen sinen jahren

「うっかり、市民の子供も一緒に拐っちゃったんだよねー」


「被害者はジャンカルロ・ボルサーー身元掴んどるのはこの子ひとりか・・『事件当時六歳、市政参事会理事マクシムス・ボルサ息女ソフィアの非嫡出子』・・他は『住所不定児童数人、実名不詳。被害者総数確認不能』・・と」

「あれ? じゃ、なんで被害者がみんな十二歳未満って判ったのー?」

「ふしゅしゅ、寺社筋には市警も知らんツテがあってな」

「お坊さま、いま悪者みたいに笑ったよー」

「同家が手配した調査人より『未成年者げぜれ数名が犯行に関与しており、箱馬車を使用して拉致』と聞込調査報告あった旨を同女から聴取。文書現存せず。調査人は故殺とされるも遺体所在不明・・」

「(おしょんで生き返っちゃったひとかな?)」

「加害者不明でお宮入りじゃ」

「それだけー?」

「調査担当、市警ルナール・ダ・ポルフィーリ警吏」

「だからお坊さま、それだけー?」


「次に、聖ルイザ寺院付属孤児院にて深夜ーー」

「そうじゃなくって、箱馬車! ガレッティ家の馬車だって記録は?」

「? 記録には無いのう」

「そっかー、これが伯爵家の箝口令か」


「キュリ嬢や、いろいろ知っちょるようじゃな」

「ボルサ家のひとと知り合いなんだよ」

「ふむ、ガレッティ家か。大手精肉店経営・牧畜業者・食肉加工業者。肉類流通加工業者ギルド長。市政参事会役員。町で五本の指に入る富豪じゃった」

「肉屋が誘拐って嫌な感じだね」 (ああ、それ言わないで黒髪兄さん!)


「同年四月の十三日、廃業・・じゃと?」

「綺麗さっぱり消滅したそーです」

「これか! 『三月末、長男メルクティウス・ガレティウス十八歳が深刻な知覚系の疾患に陥り、サンクタ・アロイシア施療院に収容』と。それから『四月十日、当主ベルナルドス・ガレティウス四十二歳、参事を辞職。二年後に病没』か。ガレッティ家さっぱり消滅で情報もさっぱりじゃの。どうやら此のメルクツィオ君が誘拐少年団のリーダーちゅうこと・・うっ!」

「どしたの?」

「四月十九日にポルフィーリ警吏が自宅で病没しとる」


「まじ! そこまでやる?」

「ううむ、市警もおいそれと手の出せない町の有力者に『天から謎の鉄槌が落ちた』なんちゅうのは、伯爵のお怒りに触れたっぽい雰囲気なんじゃがのう、警吏じゃったら箝口令布く伯爵の手先側じゃ。また別口が毒牙を剥いとったんじゃろか」

「でも飼い犬だって時に手を噛むよー。ましてや、異端審問騒ぎとなんとか、ヤバかったんでしょ? あたし生まれてない頃だから知らんけど」

 アサド師、頭掻きつつ、

「うーん・・儂、もろ教会方面の一方の当事者じゃからウラ事情まるまる知っとるんじゃ。実はそれ、なんの危険も無かった」

「へ?」

「あの時まさに北部でトリヴェロ派の異端審問が佳境ちゅうたら不謹慎じゃな、大詰め決裂大衝突じゃった。四月の頭には本格的な武力行使が始まった。大軍送り込んで力づくで制圧した後は、ゲリラ化した信徒に根切りの弾圧、弾圧、弾圧。儂ら反糾問主義派が審問所と決定的に険悪になったんは、あの時じゃ」

「別件で忙しかったと」

「ちゅうか、方向性じゃな。実際、儂らの調書を勝手に持ってっちゃって『トリヴェロ派が遠く南部まで出かけて誘拐やらかしました』とかインチキ報告書作りおった。連中、この嶺南地方まで手ぇ出す気ゼロじゃったわ」

「それじゃ、伯爵は取越し苦労?」

「そもそも異端審問官は異端と異教の区別がハッキリしちょる。異教徒は税金払うと割と簡単に和解して、ニコニコ笑って晩餐のテーブル囲んだりしとるわ」

「じゃあさー」

「じゃあもポットも、審問所とは相性最悪なガルデリ家に伯爵家が接近していた折柄よ。神経質になるのが道理じゃ。ちうか北嶺の大司教座が審問所と険悪になったのがエルテスとガルデリ雪解けの始まりじゃった」

「ああ、そう言えば谷の者が何人か、大司教様に爵位戴いて北に移住したんだ」

あら、お兄さん珍しく会話に加わったよー

「トリヴェロ派弾圧の苛烈さで民心が離れ、一触即発まで行ったからのう」

「まあ、どんな犯罪だって内乱べろちびる*より良いよね」        *註:Bello Civili

 どっかで聞いたなー。「いかなる犯罪も戦争よりマシである」って、最後の護民官ドジエ・オヨヨの有名な演説だっけ?

「世俗諸侯に代理戦争なんぞ為せて始末った大司教座も、痛みを感じる可きじゃがのう」

「いや、可いんじゃないの? そういう時に死ぬのが徒食者のびりの仕事だから」

 お兄さんも変に達観してる。


「お茶淹れたのだ」「お菓子もいっぱいある。館長のばあちゃん甘いもの好き」

 館長さん、黒髪弟らのお茶でご満悦、自室で寛いじゃったらしい。

  「けいかくどおりっ」

 なんかポーズしてる。

「こりゃ良い香りじゃ。割と普通の茶葉なのに、ここまで馥郁と薫るとは」

「えっへん聞いて驚くのだ。とある北の宮廷で、お小姓に扮してひみつごえーしてたときに王宮のりょーりにんに纏わりついてお茶の極意を盗んだのだ」

「それってー、この王国じゃん」

「ばばあの秘蔵の菓子うまいぞ」「あくまで館長のばあちゃんと言い繕う」


                 ☆ ☆

 探索者ギルド大広間で猫が嘆息。

 ひどいことになってるにゃ。

 こいつら朝まで宴会やってたのか。潰れた連中が至る所・・床で寝てる。


 おいこら、ソファからズリ落ちて逆さ吊りで寝てるギルド長! その白絹のシャツ金貨何枚した? ソースだらけにゃん。ヘソ出てるし。いつもは髪油でカッチリ固めてる黒髪がズルンズルンだけど、頭から水ぶっ掛けられた? そういうことすんの、金庫番の菜の花色髪姐ぇちゃんだな。まあ、こういう間抜けヅラ晒すから怖がられないんだろけど。計算入ってる?

 あっちもだ、デブっちょ騎士。城門塔奪い合うときゃ敵衆一絡げ鏖殺みなごろすよな怪獣が、近所のおばちゃんとエールの樽奪い合ってら。今日もギルドは平和だにゃ。


 どんな求人出てっかにゃん? 何なに・・「死体いっぱい運んだ馬車の洗浄? 綺麗好き求む。鼻の利く能力者なら銀貨一銖上乗せ?」 うー、伍長さん達かぁ、なーもあみたゆす、そわかー。お星様になってください。


 向かいの店で朝飯でも食って、さっさとお猿と合流するか。と、玄関に出ると真正面から目鬘姐さんが来る。黒水晶かなんか? 銀の輪っかに嵌め込んだの左右に二つ、あんな風に鼻の上に乗っけてたら前が見えてないよな? 長い笞みたいに撓う杖で足元払うだけで急々つかつか、まっすぐ来るよ! 来る! と、思った刹那、なんか風が吹いてきたような水飛沫しぶきが飛んできたような、ぴりっとしたなんかが先に来て、次にふわっと、ちょっと、良い匂いのほんとの風圧がおれのヒゲを揺らしたにゃん。それが、姐さんが少し半身んなって横を擦れ違った瞬間。

 思わず立ち止まっちった。だって全身の毛が立ったんだもん。限りなく恐怖心に近いんだけど微妙に違うような、そう、落とし穴に落ちたんだけど浅くて躓かなかった時とか何か、ヒヤリとしたのが空振りだったみたいな。何だろう? わかんにゃい。

 おれは深呼吸して気を取り直し、カイウスの店で朝食とったにゃん。


 げ! じじいから貰った金貨とか、ぜんぶキュリ娘に預けたまんまだった。


                 ☆ ☆

「えっへん粗茶うまいか?」

「ばばあが婿に隠れて食ってた焼き菓子も食うのだ」


「四月十九日に病死したポルフィーリ警吏なんじゃが、四月十三日に捜査先から戻って急に体調不良を訴えて早退、寝込んでちょうど七日目に死去。医師所見は『悪性の腸のカタル』じゃと。ふむ、菓子もうまいのう。聖なる胡麻味か」

「どこ捜査してたの?」

 ぼりぼり「ボルサ家じゃ」

「えー!」

「正確には参事・織物流通業者ギルド長マッシモ・ボルサの扼殺死体が発見された西区流通会館と周辺の聞き込みの帰りじゃな。ギルド長が自分とこのギルド会館でなく、自分の店でもなく、はたまた取引先でもない公共施設に泊まり込んで、閉館後の夜に誰と会っとったやら。歩いて自宅に帰れる場所になんで外泊してたやら。すべて謎のまま捜査は終わった」

「そん時の聞き込み先は?」

「西区流通会館に近所の倉庫街の従業員溜まり場や路上生活者、スぺス=プロキシモ家にボルサ家じゃ。プロキシモ・ガルデリーニ警吏が追跡調査しとる」

「プロキシモ!」

「スペスの方は両替商の家名、警吏の方は名前いみなだから偶然だね」と、黒髪兄。

「どっちもどっかで聞いたなー」


「カルロ・メノッティって名前、どっかに出てこない?」

「んーと、あるある。『織物職人カロルス・メノティウス。織物生産者ギルド長カロルマヌス・メノティウス嫡男。三月三日、ガレティウス家にて同家嫡男メルクティウス他数人を殴打して市警が緊急逮捕。贖罪金二十両即納で保釈』じゃと」

「そのひと、その後はー?」

『ガレティウス家側と和解成立のため前科付か』

「それだけ?」

「ちょっと待つが良い」


「お坊様、手際いいね。書記官とか経験者?」と、黒髪兄。

「ほっほほ、修道院は役所とか宮廷とかに文官のバイト派遣して結構稼いどってな。そのまま大臣になって戻ってこん者もおる。斯く言う儂ゃ、王太子府で顔じゃったぞい。おっと、これか! 『同年三月中旬以降の所在不明』じゃと。連合会は後年、カルマン親方死去に伴いメノッティ家を廃業と裁定しとる。『同家元番頭のマリウス・フォルトゥアが親方株を購入』とあるな」

「あっ、それ多分きのう死んだなー」

「そう? なら昨夜の死者十三人のうち西区の一名かな」

「お兄さん何故そゆこと知ってっるの?」

「勘かな」「勘だね」 なぜか弟が答える。

「キュリ嬢ちゃんも何故知っとるんじゃね?」

「そりゃ、勘よねー」


「そうか。ボルサ家のジャンカルロくんは、マックスさんの孫だけど、メノッティさんのカルマンさんの孫でカルロさんの息子なんだね」

「お兄さーん、それって・・」

 あたしらトスキニア訛りで喋るから、帝国語の書き言葉でいうマキシムスさんをマッシモさんって発音するけど、お兄さん北部ふうにマックスって言った。弟ちゃんたち北部鈍りぜんぜん無いよねー?

「勘かな」と、本人涼しい顔。

「いや、そりゃ世間じゃ推理てうもんじゃろ」


「はー?」

「天から雷電が降って飛んじまうガレッティ家に、メノッティ家のカルロさん怒鳴り込んどる。ボルサ家のジャンカルロ坊が誘拐された翌日にな。坊やのお父さん、誰じゃ?」

「うむむむうー」

「調べてた警吏に一服盛ったんは誰じゃと思う? 事情通の嬢ちゃん、ブロキシモ家の名前に聞き覚えあるんじゃないかの?」

「うむむむ、プロキシモ家ー」

「そう。代々参事の座におる両替商の富豪じゃ」

「んー・・と。伯爵家御曹司のおゆうぎ衆とかいうトリマキやってた町の有力者のお坊ちゃん連中が誘拐事件起こして伯爵さんがもみ消して、でもお咎めなしとは行かなかった。何人か消されて、いま生き残ってんのが六、七人かな。見た目、親の跡目継ぐ線消えて四十づら下げた金持ち不良中年団って感じ。そん中で唯一、上手く立ち回っていま町の大物として生き残ってんのがプロキシモの現当主。連中のまとめ役っぽい。顔見た事ないけど油断ならない印象かなー」


「キュリ嬢ちゃん儂のこと知って近づいて来たと思うたから思い切り誘って了うたが、支障なかったかな?」

「いえマジ知らなかったれす。騎士団の密偵さんとかかなーって程度。開けてびっくり。とりあえず、こっちの身元は仲間の諒解もらうまで詮索措いといてください。当面はただ単に味方っぽい奴くらいの認識で宜しく」

「宜しくのう」

「よろしくのー」「しくのー」 黒髪弟ら、横から乗る。兄の目が笑ってる。


「それでは礼儀じゃ。先ず此ちらから話そう。当面話して良さそうな所までのう」

 老人の笑顔が悪戯っぽい。


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