12 猫ら、乗り込む
《三月八日木曜、夜更》
探索者ギルド会館近隣。
東西大路からオルトロス街に入る辻の一本手前で南に折れると行き止まりの袋広場。日暮れまでは市内で三番目くらいの市が立って、特に酒類が豊富で割と殷賑うが今の時刻はひっそり・・ではない。がっちりした男数人遽かに現れ、突き当たりの商会に駆け込む。先頭の痩せた男が鍵で鉄格子を開け、一同裏の倉庫へ急ぐ。
間もなく男たち、樽やら木箱やら担いで出てくる。痩せた男、今度は裏木戸の鍵を開け一同狭い抜け道へ。抜けるとオルトロス街の広場だが、その一歩手前。厨房の勝手口だ。
「お待ちッ!」
「カッチケねえ! こんな時間によ」と、ギルド調理場親方。
「お得意さんは待たせねえ。それが商人の生きる道っす」
そう得意満面で言う酒類卸問屋の手代は胃弱で痩せていた。
厨房の向こうに、酒酌み交わす荒くれ共でごった返す大広間がちらと見える。大量の酒樽など担ぎ込んだ配達人に混じり、さりげなく木箱担いだ私服のスパ曹長とロベルティ警吏の姿。特に詮索もせず素直に帰っていく。裏木戸を抜け、袋広場まで戻り、手代が皆に臨時手当の小銭を配り、解散。
「あはは、お小遣い貰っちゃいましたね」
「行くぞ」と、曹長。
合鍵使って倉庫に戻り、非常階段を上へ。
屋根の一角、破風の蔭。奇跡的にギルドの中庭から広間の一部が丸見えになる絶好のスポットが有る。
「さぁて、今夜これから誰がどう動くかな?」
☆ ☆
カイウスの宿。
窓辺の黒髪兄、全開にした鎧戸の窓枠に背凭れ、両の爪先で反対側の窓枠に足拍子。右胸前で手拍子の様な仕草。右肘を肩の高さに上げたり、ちょっと微笑んで何時になく上機嫌。
「あの警部さん面白いな。もと密偵?」
弟ふたり寝台で大の字。
弓張の月が低く、広場西面の屋根上辺りに輝いている。
「(ん?)」と、弟のひとり片目を開ける。
「風だよ」と、兄。
弟、また目を閉じる。
☆ ☆
屋敷町。
「届けりゃ良いんだろ、ただ届けりゃ」
お猿が悲愴な決意を胸に瀟灑な邸宅の門を叩く。
空色の服の初老の執事。正確には、黒服の上に空色の膝丈上着。既にお猿の歯の根が合わない。手紙というか、白絹を渡し「それじゃ・・」と言いかけて言葉が止まる。
音だ。
奥から金属音のようで微妙に異なる、何か打つ音が長く長く響き、執事が徐に口を開く。
「旦那様がお会いします」
「(ひぇぇぇ)」
執事が踵を返す。膝まである黒いブーツの足音響かせ、奥へ。
途中で振り返り、「ささ」と、静かに促す。
眼光が鋭い。
意を決し随いて行く。
磨き上げた石床から、朱殷と茜紅の彩文絨毯へ。奥の部屋まで通されて、はたりと背後。
扉の閉じる音!
反射的に音の方を瞬く間ほど振り返り、不図また前に向き直ると、眼前には執事でなく長い黒髪長身の男。しとけなく同じ様な服を着ていても、存在感でそれと判る。主人だ。あの箱馬車にいた人だ。人だかどうか知らないが。だって存在感があれなのに、来たとき気配ないんだもの。
手に、俺の持って来た白絹を持って居る。
読む。
「お前の秘密を知っている・・」
「(ひぇぇぇぇぇ! 旦那、なに書いてくれちゃったんだよぉぉぉ)」
お猿は気が遠くなる。
幸か不幸か、気は失わなかった。いや、不幸だった。
使用人達の休憩室。
「面白いお召し物でしたのになあ」と執事が、
「ま、お気に召さるな。旦那様に拝謁する方には希有しう没い。当家にて洗濯して置きますれば、明後日以降取りに参られよ。仮に当家使用人の服をお貸し致す。返却に際して洗濯等は不要」と、慰める。
猿、黒服を借り勝手口より辞去する。膝の辺り摘んで絡げ、
「ちきしょう、足なげえな」
執事、見送りながら「那様云う服が市警の備品に有るとは、這れ亦た意外」
☆ ☆
スパダネーロ家の女中姿でギルド連合会館に潜入したクリス。
第七会議室に近づく。
「にゃ」
物陰に猫。無事合流。
「あの会議室の位置、よく見るにゃ。通路の行き止まり一番奥で階段踊場のすぐ上。あちらから妙に見通しいい場所にある。たぶん見張り用の隠し窓があって近づく者を監視する仕掛けがあるにゃ」
「なんか特別の会議室?」
「偸み聞きする者が来てないか見たり、出入りするとき姿見られないか気を付けたり、そゆことの出来る部屋っぽい。おれ、猫だから姿見られたら一発で潜入バレるけど、おまえは尻出してにゃいから怪しまれずに近づける」
うんと頷いて、名家の侍女よろしく背筋伸ばし、控室に向かう。
ノック。返事がない。
「は・い・り、ますよー」
控室というか、次の間を通って会議室に行く造り。奥でガヤガヤ。
「なるほどー」隠し窓の一つから覗くと、遠くで猫がひょこっと顔出したのが見える。
会議室ご利用の皆さん。せっかくの小細工、生かしてないなあ
手招きしたので猫が来る。
「ねえ、うんこ猫?」 クリス、問う。
「もし、あたしがお女中の格好でペロっと尻出してたら、怪しい女中じゃなくて、おかしい女中だと思われると、そう思わなかった?」
「おれ、猫だからニンゲンの機微はわからないにゃ」
逃げやがりました。
「服装ちゃんとしてれば大丈夫と思う?」
察した猫が口あんぐり。「おま・・」
クリス、奥の会議室ノックしちゃう。
「坊っちゃま!」と、息咳切った演技で入室。
「ははは、ルカの野郎に、また追っ手が来やがったぜ」と、中の一人が。
「今度も入れ違い。よっ、残念だったなあ」
ぜんぜん怪しまれなかった。じいちゃんの次男坊、逃亡常習犯らしい。
「ほんと集団行動できねえ奴! いつヒョッコリ戻ってくるか、俺らも読めねえよ」
「坊っちゃまがた、意地悪しないで教えてくださいまし」
「はっははは」と一同哄笑。
スパダネーロ家のお仕着せで勝手にぜんぶ察しちゃってくれちゃってて便利っ。
「どうせまた、あの若後家んとこだ」
「え! 坊っちゃまって、そういう趣味だったんですか?」
「まあ俺らそれぞれ皆、ちょっとばかりな」
「マッテオっ!」
「ははは」 何か笑って誤魔化してる。
マッテオと呼ばれた男が複雑な表情しながら、
「織物問屋街で廃業したボルサ家に行ってみな。あそこじゃなきゃ、俺は他は知らない」
丁重に礼をして辞去。
☆ ☆
連合会の脇に停めた箱馬車。屋根にぽそんと猫が降りて来る。
御者台の猿が振り向く。
玄関から楚々と出てきた女中が、途中から派手にスカート捲って走って来る。
「なんて格好するにゃ」
「いや、こういうアイデンティティ求められてる気がして」
ほとんど下半身丸出しで箱馬車に飛び込むクリス。天窓からは猫。
「お前、パンツ無いの忘れんにゃよ」
「時間が惜しい!」と、大胡座。
馬車、走り出す。
織物問屋の大店が並ぶ一角にボルサ家。看板は外し表玄関も板が打ち付けられているが人手に渡ったり差押え食らってたりの様子は無い。奥にうっすら灯火も見える。
勝手口を叩く。
五十路手前か入ったか位の女主人が戸口に現れ、スパダネーロ家のお仕着せを見て全て察したかのように、無言で奥に通される。黒衣のお猿が従者よろしき澄まし顔で続く。
「(制服便利すぎ!)」
勧められるが侭に着席して女主人と相い対する。
十分まだ現役、結構な美人さんだけど「若後家」とは別人だよねー?
「勘繰られて致し方のない程に、当家がお坊ちゃまから援助を頂いているのは事実でございます。が、娘は断じてルカ様の愛人ではございません。別れろ切れろとお使いが見える日が来るとの覚悟は致して居りましたが、当家、誇りに懸けまして手切金など頂戴する謂れは有りません」
ああ、もう問わず語りだよ。
「いろいろと仔細伺いたいのは山々ですが、今は時間がございません。お訪ねした理由は他でも無い、ルッカ坊っちゃまに身の危険が迫っておりますれば急ぎ護衛と合流するようにお伝えに参った次第です」
「え!」
「まったく別件でございます」と、クリス畳み掛ける。
と、奥の扉勢いよく開き
「お兄ちゃんに! 身の危険!」
若い娘が飛び込んで来る。
「わたくし! 違いますわ!」と、女主人。
疑ってないってば。
「娘は昔から何くれと当家のお力になって下さるルカ様を、幼い頃から兄のようにお慕い申し上げて居るだけです! 誓って異母妹とかでは!」
だーかーら、疑ってないってば。
「すいまーせん優先順位ありましてー、とにかく坊っちゃまはどちらに?」
「出かけちゃいました」と、娘。あたしと同年輩くらいに見えるけど若後家ですか。あたし人生周回遅れか?
「性急ねえ坊ちゃまだぜ」 猿が溜息。
「絶対の自信とは言わないけど、行先の心当たりなら有ります! お兄ちゃんの身の危険というなら是非もない。案内するわ!」
はきはきした娘だ。
「お願いしますわ」と、崩壊しかけたお女中ふうを取り繕う。
とにかく行動。
「近くです!」
表の馬車を見て、
「歩いたほうが近いです!」
猫も御者台を跳び下りて、四人で裏路地を急ぐ。
☆ ☆
織物問屋ギルドの倉庫立ち並ぶ周り、物々しい雰囲気。「誰だッ!」
誰何される。
「わたしよ!」
「ああ、ボルサのお嬢。今んとこ異常無しだ」
徒弟衆、手に手に棒切れ握り締め、
「来るなら来いだ」
「スパダの兄さまは!」
「職人どもの様子窺いに行くって」
「あー、性急ねえ坊ちゃまだぜ」 猿また溜息。
「戻って馬車がいいです! こんな時刻ですし!」
「娘さん、道々でいいから状況説明してよ・・ろし下さいまし」
「織物生産者ギルドの徒弟衆が殴り込みに来るって、お兄さまの急報で! 皆で自警してるんです。織物業界は問屋ギルドが流通握って強気の商売してるもので、生産者ギルドの職人に何是と恨み買ってて」
「剣呑剣呑」 お猿、芝居っけ沢山に外方向く。
「根深いんです。わたし子供の頃、織物問屋ギルド長してた祖父が何者かに殺されて、一人娘だった母が店を継いだけど上手く行かず、今の有様です」
「婿養子とか取らなかったんですかい?」
「死んだ兄とわたし、二人も未婚の子を為していては叶いませんでした」
「わ、悪い」と、お猿が下を向く。
「わたし相続権なくて、ボルサの家もじき終わりです」
四人の歩く速度がた落ち。
「下手人はもしかして?」
「もしかしなくても生産者ギルドのあの人です・・絶対」
「根深い・・よね。・・すわね」
「父が・・織物生産者ギルド長の息子で・・その」「(うわっ、うわっ)」
とうとう立ち止って俯いてしまう。
「祖父は殺され、父は行方不明。結婚に反対した祖父を父が手にかけ逐電したという噂が変な方向から意図的に流され、皆が下手人だと確信してる人はお咎め無い処か、親方株手に入れて暢々と出世。ボルサの家業は傾き、わたしは日蔭の身分」
遂に声を殺して泣き出す。
なんとか馬車に乗せる。
「職人街だよな」と、猫が御者台に。
泪拭って眦決したボルサのお嬢、
「泣いておっても埒ゃ明きません」
あ、強い女。




