11 猫たち、潜入する
《三月八日木曜、晩》
暗い路地。
松明翳した男が、
「済まんな兄さん達、顔見せて貰えないかね? あ! いや失敬した、人違い」
「物々しいな。捕物けえ?」
「イヤなに、ゲルダン人の愚連隊が暴れて市民を殴ったとかでよぉ。んで、被害者の伯父さんが凄え剣幕。探し出したら酒手を弾むって話さ」
「最近殺伐としてるねぇ。じゃ、俺ッちには用ないな? 行くぜ」
「ああ兄さん達、済まねえ無粋したな」
「いや、そう言う仲じゃねえし」
「(警吏だったな。やべえ)」
「(言い訳用意してくれててヴィナさんマジ女神)」
松明の荒らくれ男ら数人、遠ざかる。
「ほらな、焼き討ちじゃなかったろ?」
「スパさん、どこまで情報持ってるんだ?」と、ニクラウス曹長。
「何も無ぇよ。ただの推理。夕方に賞金首六ッつ挙がったろ? ゲルダンの兵隊崩れは大概が軍隊時代の分隊編成を維持して群れてやがる。だから、首六ッつ獲れたなら、1個分隊十三人の残り半分は未だ泳いでるだろうってこと」
「なある。コンユラのボス狸が『町で一番怖いのは自分らだぞ』と凄んで新興のゲルダン連中を威嚇しがてら、自分とこの組織員に小遣い稼がせると」
走って来る足音。
「曹長!」
「ロベルティか?」
「今度は寺町の方が騒がしい」
「おいおい、ホントに騒がしいか?」
「いえ、言葉の綾です。結構な人数が要所要所に静かに立ってます」
「ほら見ろ、ただの警戒態勢だ。まだ気色ばむ事ぁねえ」
「スパさん、実は警視が寺町坂下に陣取ってる」
「あらま」
☆ ☆
陣取ってる坂下。
酔いの回った農民が尻餅。皿ひっくり返す。
「おいおいおっちゃん、飲み過ぎ燥ぎ過ぎだぜ」
「す、済まねえ」
「まあ多目に見てやれい。今朝まで野盗襲撃に脅えておったんじゃ」
「お、おう」と、猿がバツ悪そう。
必死で話題を変えようと記憶を辿る。
「そういえば『龍殺し』の一行に加わったナヨ銀ーーいや、えらく背の高いナヨナヨ銀髪美青年ーーなんだが、おれ今日の昼過ぎごろ見かけたぞ。中央広場で黒一色の高級箱馬車から降りて来た。特徴が極端も極端だから間違い無いと思うぜ」
「なんか目立つ人多いよね」
「俺って目立たず平凡だろ? 職業柄な」
「そんな服着て何言うにゃ」
もちろん猿の、ターバン巻いた東方三博士の舞台衣装のこと。
「それより、黒一色の高級箱馬車とは、一体何者のじゃ?」
「馬車の中に一瞬ちらっと見えたのは、黒髪を長く垂らした長身色白細マッチョ、えらく美形のお貴族様だな。年齢はまあ中年ってか壮年ってか、ダンディな口髭のちょいワル親父ふう」
「なんじゃと!」
「じいちゃん、心当たりあるの?」
「物真似役者でなくば、ガルデリ子爵その人じゃ」
「ガガッガガガガッ」
「お猿が壊れた」
「即断は禁物じゃ。なんせ真似しやすいでの」
「もしかして、月夜にクワハハハの人?」
「よう芝居小屋に掛かっとるのう」
「そういうの、西谷のひと怒んないのー?」
「ふむ・・谷の衆、怒るポイントが少しく町のもんと違う気がするのう」
「芸人が豪華箱馬車ン乗るかよ」
「冗談は扨ておき、御曹司押し除けて次期伯爵との下馬評も高い子爵殿のご登場か。代官所の捜査官がガルデリと接触したあと『龍殺し』一行に加わっとるとなると、次に気になるのは騎士団じゃ」
「あ、明日朝一番に約束してますうー。お名前が『アル・アサド』さま」
「ぶっ! 御大か」
「本物ですかね」
「本人が時おり気紛れで、頭にAL付けて名乗るのを知っとる者はそう多くないぞ」
「飄々としたとこ、じいちゃんと良い勝負でしたよー」
「役者揃い過ぎじゃ。どっかに騎士団一個連隊とか潜んどらんだろうな」
「お坊さま、ギルド向かいの宿にいます。もう寝るって」
「独りでか!」
「んー、たぶん黒髪三兄弟がガードに付いたかな」
「ギルド、惜しげもなく最強カード切って来よったな」
「旦那、なんでそんな偉いお人が独りで来てんの?」
「知るかえ。昔から軍紀そっちのけの命令違反常習者、独断専行先陣一騎駆けで敵将首わさわさ獲って来るからおいそれと処罰もできぬ横紙破りの問題児、とんでもない豪傑騎士じゃったらしいが、今は昔。年寄りの冷や水、わしより年上じゃぞ」
「それが後々に騎士団長さん?」
「それがじゃ聞いて驚け。部下率いたら率いたで此また常勝。誰も文句言えず、行き着く処まで出世したらしい」
「はあ」
「まともな人間足りてなくねえ?」
「ふん、こんな事件、まともな者は避けて通るわい
「もう御曹司包囲網、着々と来てるわねー」
「伯爵さんって、息子差し置いて甥に家督譲ったりしますかね?」
お猿が眉根に八の字寄せる。
「それも知るかえ下馬評は下馬評。人の心なぞ知らん。ただ一般論なら猿どんお主、女に口先で『あなたの子よ』と言われた嬰児と、実母の産屋から出て来た実妹の産んだ実子では、どっちが確実に血縁と思うかの?」
「まあ、お貴族さまのダーティな世界、身近に知って人罷めて、猿になりたい俺だけどな」
「御曹司劣勢だにゃ」
「しかし、悪いばかりでもない。もしこれが騎士団の背後にいるエルテス大司教座とガルデリの接近に繋がるなら、異端審問官筋の介入には強力な防衛陣が張られることになる。さすれば後は、内なる粛清から逃げる手立てに集中できようて」
「放蕩息子のルッカさんね」
「嬢ちゃん『魔術師』始末した現場に居合わせて生還しとるじゃろ、わしへの伝言付きで。うちの倅、見逃しは無理でも若干あと回しとか、してくれんかのぉ」
「じいさん、物事甘くみたら辛い目に遭うにゃ」
「そうじゃの」
「旦那ぁ、客?」と、猿が指差す。
窓の外に若い男。
「旦那様、お屋敷にプロキシモ家のお使いが見えて、ルカ様の着替えを明日明け六つのうちにギルド連合会館の第七会議室に届けるようにと。その、聞き出しましたのですが、お使いは元御遊戯衆八家を回ってます」
深い溜息。
「行き違いじゃ。プロスペロー・S・プロキシモは悪童どもの出世頭、ちょっと前まで市庁舎にて参事会で同席しとった。連中、隣の連合会館で待機しとったわけか」
「ギルドって?」
「いや、ギルド違い。嬢ちゃんらの馴染みはオルトロス街の『協会』で、こっちは中央区にある商工ギルド『連合会』じゃ。
「潜入するにゃ」
「猫どん無理じゃ。守衛が市民しか通さん」
「屋根から行くし」
「あたし市民ですよー?」
「うむ、上と下から攻めるのは良い作戦じゃが、嬢ちゃんに今時分夜道を行かすのは躊躇われるのう」
「旦那ぁ、また客?」と、猿が指差す先に渋い顔の男。
「てっきり仮本部でも設営して陣頭指揮を執っておられるのかと思い、来てみれば、飲み会でしたか」
「あ、ニクラウス君。いいとこ来たのう」
☆ ☆
曹長が卓に両肘突いて頭を抱えている。
「まさかアサド師がお忍びで」
「まあ『ベナンチオ座下が来た』と言われるよりマシと思って諦めぃ」
こそっと「どう言う意味にゃ?」
こそっと「来たのが首席じゃなくって第二席だったぶん幸運だったと思え!
ってさー」
「車裂きの刑じゃなかったから縛り首の判決を喜べ、的なヤツだにゃ」
「誰だぇ、そいつら?」
「ここらの教区の大司教兼任してる大修道院長が出家前は王弟殿下ってタマで、その腹心がいま町の宿で寝てんの」
「一体この町で何が始まったんでぇ?」
「ちなみに明日朝、あたしその腹心さんのお伴する約束」
「はぁ、もう誰が出ても驚かねぇよ」
「んでは、ガルデリ子爵閣下に手紙を届けて貰えるかのう」
「ぶわはっはははっぷ」
お猿が派手にエールを吹いた。
「んねえ、じいちゃん。国王『へーか』に王弟『でんか』でしょ。子爵様は『かっか』でいいの?」
「そこんとこ複雑でややこしく微妙でようわからん。わし貴族でないからな。伯爵は本来が国王直属の書記官で、地方に国王の名代として派遣されてるうち土着した貴族じゃ。宮廷の役人じゃったから伝統的に『閣下』と呼ぶが、ここの伯爵は王国に帰順した旧帝国の藩臣じゃ。諸侯格で召抱えられたから『殿下』になる。ところが外様大名じゃと爵位を一段下げて差をつけて『伯爵』。じゃから大公様とかの前で伯を『殿下』と呼んだら大公の機嫌が悪うなる」
「なんやそれ」
「王家初代様が挙兵した時の盟友や股肱と新参者の間で軋轢があって、名目的に中途半端な差をつけたんで色々と捩れて可訝な事になっとる訳じゃ」
「わっかんないわー」
「ガルデリ子爵はもっとややこしい。二十年ちょっと前までは、あっちも諸侯格の旗を賜わった伯爵じゃった。めったらややこしい紆余曲折があって、今のガルデリ子爵は伯の妹の子。伯父殿に敬意を払って『副グラーフ』と名乗っとるから子爵vis-conteなんじゃ」
「わけわからん」
「わからんから、手紙には『かあん様』と書いとく」
「じいちゃん何それ?」
「知らんわ。地元のお祭りで谷のもんがそう呼んどる」
懐中より白絹の端切と矢立取出し、
「悠久の天地が生めるところ、太陽と月が置けるところの広大無辺なる『かあん』様に敬白つかまつる、っと」
「じいちゃん、なに書いてるの?」
「秘策じゃ」
それから従僕に手招きして、何やら耳打ち。
ニクラウス曹長、とても不安げな顔。
尻娘ことクリス、ふと農民たちが静かなのに気付く。さすがに皆な酔い潰れたかと思い見回すと、いない。床で寝たかと下を見ると、皆平伏し面を上げている。
「はへぇ! 門の守護聖女ヴァルヴァラ*様の像じゃ。ありがたや」
低い位置から酔っ払い皆が手をあわせ、クリスのスカートの中を拝んでいた。
彼女の絶叫が響く。
☆ ☆
カイウスの宿。
屋根の上。
遠くの松明の灯り、南へ。
「終わった感じだね」と黒髪兄、見回す。
「もう見えないな。もともと敵意じゃなくて興味だったし、おっと!」
伏せて置いた角杯。下が平らでないので滑り落ちそうになり、押さえる。
幾分無理な前傾姿勢のまま、
「北西の人・・移動した? 西区に、どうやって?」
城市拡張で後から付け足された、北区と寺町の間の旧城壁は、今はもう名残の土手しか無いが、西区との間はしっかり残っているし、日没閉門後は大木戸も閉まるはず。
「誰だろう?」
☆ ☆
カイウスの宿、アサド師の泊まる室の、向かいの一室。
踏み台のようなベンチに背中合わせの黒髪弟ふたり。尺二寸程の釘か鎹のようなものを数本くるくると、お手玉のように投げて遊んでいる。市場で大道芸にしたら見物料の稼げそうな腕前。
「悲劇、起こったね」「起こった」
今夜は人死にが出たが、そのことではなかった。
開いた窓辺に、いつの間にか、兄。
「お前ら。御屋敷町の強い人と云えば?」
「惣領」「惣領。ほんとの方の」
「町に来てた?」
「べっていだ」「かくれが。ひまだから」
「暇で退屈だったんで、街の騒ぎを覗きに顔出した解けだね」
「いもーと留守で、ひま」「おくがたなのだ」
☆ ☆
スパダネーロ家の紋付着た女中、実は尻娘クリスを送ってニクラウス曹長、商工ギルド連合会館へ。
伊達眼鏡かけたクリス、守衛と押し問答。
「聞いてないとか言われても、こっちは確かに聞いたんですう! プロスペロー様のお使いだって方から、すぐすぐすぐ届けろって言われたんですう! 急かされたんですう!」
「おい、俺もう帰るからな」と、曹長面倒臭そうに。
尻娘のゴネ勝ち。男が入館する気なしと聞いて安心したのか、
「じゃ、第七会議室の控室に差し入れたら、さっさと帰るんだぞ」と。守衛。
館内に入って了えば此っ地のもの。尻娘ペロっと舌を出す。突然振り返って、
「尻娘いうな」 ・・誰に言った?
その頃、屋根の上には猫の姿。
人とは思えぬ身の軽さでキャットウォークへ。
いや、猫だから。
☆ ☆
《註》
天地が生めるところ、太陽と月が置けるところ:
「天地所生、日月所置匈奴大單于、敬問漢皇帝、無恙?」
「日出處天子致書日没處天子、無恙?」
聖ヴァルヴァラ:Santa Valvaella, Valva-lla ネット検索なさらぬように