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レイザールとメモリ

作者: 猫姫 花

この作品を読むにあたりの豆知識。


【書蟲:しょむし】白髪のとんがり耳。読書好きの頭から生まれる愛らしき存在。


 丸メガネをかけたお団子ヘアの


 可愛らしい少女がひとり、


 はたきを片手に本棚のほこりを払うのを


 いったん休んで、開いた窓の外を見に行った。


 新鮮な空気。


 柔らかな陽の光りと、


 うららかな小鳥たちのさえずりに溜息。



 明るい茶色の髪の毛は、上質な紅茶を思わせる。


 

 建物内のいっかくのさらにとある部屋の本棚の手入れ。


 頼まれた仕事はそれだけだったが、


 早朝から始まった掃除はまだ続きそうで、


 そしてもう日は高い位置までのぼっている。



 昼前の外の明かりにうっとりとして、


 木々の爽やかな木漏れ日つくりを聞いている。



 二階にあたるこの窓から、


 木登り中に木の枝にもたれたであろう少年を発見。


 同じ枝のハンモックには分厚い西洋書が寝かされている。


 昼寝に入っているのか


 目をつぶっているその少年は魔法使いの弟子のひとり。


 耳に魔法石のイヤリングをしているのが印象的な美男子だ。



「レイザール、危ないっ」


「ん?」



 みるみるうちに下に向かってしなっていくひび割れた木の枝。


 どうする時間もなくハンモックごと地面に落ちた数々の本。


 ウィーザードボードに乗ったレイザールが、ふよふよと浮上してきた。



「助かった、サンキュな」


「本は大丈夫なの?」


「うーん・・・拾わないとなぁ」



 頭をかいているレイザールの、腕の鱗を見つける。



「ねぇ、一緒に拾ってあげてもいいけど?」


「うん、何?」


「その腕の鱗、触ってみてもいいかな?」


「マジで?それでいいの?お礼?」


「変な意味はないから、大丈夫」


「なんで?変な意味を持ったらいいじゃないか」


「ううん」



 差し出した彼の腕には、確かにうっすらと鱗が一部に生えている。


 その美しい鱗にこわごわと触れると、案外と冷たいし、つるつるした感触だ。



「気にしてはがしてかかる日もあったけど、リアルに痛いのよ」


「レイザールは人魚と魔法使いのハーフなんだよね?」


「そうなのさ」



 ウィーザードボードに乗っけてもらって、


 レイザールに抱きつくような形で一階に降りる少女。



 レイザールが「君、お名前、なんだっけ?」と聞いてきた。


 地面に落ちた書籍を拾いながら、少女が応える。



「メモリ」



「俺、レイザール」


「知ってる。優良株だって皆言ってる」


「君は授業で見かけないけど、どこが必修科目?」


「あ、私は司書見習いです」


「ほーう、ほうほう。お昼食べた?」


「いえ、まだです」


「一緒に食べようよ~?」


「まだ仕事残ってるんです」


「だからって、お腹はすくでしょ」


「そうですねぇ。もうすぐお腹が鳴ると思います」



 間が出来てグゥ~と鳴ったお腹の音に対して、


 メモリが「ほら」と言った。


 大笑いするレイザールをよそに、二階の窓から誰かが顔を出した。



「こら~、なんでそうなってるのっ?」



 本を示し、先輩司書さんが


 片付けて上がって来なさいとふたりに言った。



 * * *



「あ。泥がついてるっ・・・怒られるんかね?」


「知りませんよ」


「今更だけど、ウィーザードボード使えばすぐにこの分厚い本は運べた」


「本当に、今更だ・・・いまさらだっ」



 積んだ本を両手に持ち、


 すでにさきほどの部屋へのドア前での会話だ。


 重要資料の庶務部屋の扉に、


「鍵穴が気を使え」とメモリが言う。


 するとその言葉でロックが外れて


 扉が意思を持っているかのように自動で開いた。


 中には先輩司書、メモリが


 「お姉さん」と呼んでいる女子がいる。


 タンクトップにサロペットロングスカートの彼女は、


 そろそろ臨月を迎える。


 

「差し入れ持って来たの。そっちの男子もおいで」


「嬉しいなぁ」


「頼みがあるのよ」


「そうきたか~、そうきたか~。とりあえずお腹がすいたぁ」



 塩漬けハムとフリルレタスとスライスタマネギのサンドイッチ。


 ラズベリーが生地に練ってあるドーナツ。


 レモン・モモ・グレープフルーツ・ブドウ味の缶チューハイ。



 * * *



 差し入れに心から感謝して腹も満ちたあたりで、先輩司書からの依頼がある。



「地下に行って、必要だって言われた書籍を持って来て欲しいの」



「ほ~・・・それって分厚いですか?」


「よく分からないのよね。多分、分厚い。それからひとりに任せるの心配」


「じゃあ、俺が付き添いますよ」


「話が早くていいわね~。ま・か・せ・た」



 席を立つ先輩司書がリストを示すと、ふたりがそれをのぞきこんだ。



「魔法石についての本ばかりですね」


「なんだか研究中なんだって」


「ほーう・・・図書地下ってここより本がありますよね?」


「そうね、普通は立ち入り禁止なの」


「書蟲さんたちのカテゴリーなのでは?」


「それがね・・・」


「ん?」


「普段ある所に、見当たらないらしくて・・・」


「うーわー・・・めんどくせぇ~」


「書蟲地図もないんですか?」


「だから、このリストよ」


「ん?」


「これって、書蟲地図?初めて見たっ。すげぇ。本のある場所示すやつでしょ?」


「そうなの。書蟲さんたち困ってるのよ、でも、ほら、私、お腹大きいし」


「分かる分かる。任せて下さい」


「うんうん。差し入れ持って来てよかった」


「俺が地図持っていてい~い?」


「本当に手伝ってくれるの?」


「うんうん」


「うん、じゃあ、お願いするね」


「オーケー」



 ――――

 ――――――――――



 建物は石造りで、地下は薄暗く妙に冷えている。


 用意されているのは魔法のかかった小舟で、自動操縦に近い。



「魔法石についての本、『不思議な鉱物の本』まで連れて行って?」



 メモリが言うと、小舟はゆっくりと進みだす。


 レイザールが「このまま本の所にいけるんじゃないの?」とぼやく。



「だったらそれはそれでいいじゃないですか」


「あ。トンネル、抜ける・・・」



 光の灯った地下水路の拓けた場所に、膨大な量の本が巨大な本棚に並ぶ。


 その光の灯りになのか、その本の量になのか、立ち眩みが起きたメモリ。



「おっと・・・」



 自然と彼女を支えたレイザールに、メモリが「ありがとう」と言う。


 本棚の壁の道が、本で茂っている。



「圧巻ですね」


「ここから探せ、って言ってるわけ?」


「そのようです」


「書蟲地図によると、まず・・・本棚のてっぺん道に、一冊あるね」


「こ、この高さのてっぺん・・・?」


「いい、いい、俺が行く」


「記念にのぼってみたいです」


「ええっ、意外・・・ウィーザードボードで運んであげるよ」



 怖くなるような高さをぐんぐんと上がっていく。


 茂みの花から特別な一輪を探し出す感じだ。



 本棚のてっぺんにも本が積まれていて、


 なかなか通れる小道がある。


 地図いわくその中に探し物のひとつめはあって、


 ふたりは「そこらへん」を探索。



「これじゃないかな?」


「あ、地図が点滅してるから、そうかも」



 積まれた本の、下から二番目から五番目まで。


 手汗をかきそうな高さでの、上部の本を周りに移す作業。


 そしてウィーザードボードまで、三冊の本を両手に持って移動。


 途中でよろけて転びそうになり、メモリは悲鳴を上げる。


 よろけた位置的に、転んだらまっさかさまに落ちる。


 その彼女を抱きとめて、ウィーザードボードで登場するレイザール。



 ―――――

 ―――――――――



 ふたつめの本は身丈ほども大きく、


 半開きの状態でオブジェと化していた。


 それをレイザールのウィーザードボードに倒し乗せる苦難の作業。



 いちいち本は小舟に乗せなければ地図が更新されないが、


 リストにチェックマークが入るので達成感はある。



 近くにいたローブ姿のメガネをかけた老人が言った。



「ああ、これな、見えにくくて大きさを変えたんだった」



 杖をふるわれ、大きさが普通サイズになる本。


 それを小舟に乗せるレイザール。


 メモリは老人を気にしている様子だ。



「メガネの度数が・・・」


「もう、先に行こう」



 レイザールのその強引にも思える言葉で手を引かれ、小舟に乗るメモリ。



 ―――――

 ――――――――



 みっつめの探し物は、本椅子と化した書籍の中のどこかにある。


 地図が示す場所に、読書中の書蟲がいた。


 長い白髪のとんがり耳で、背丈が通常成人分あるのがここらへんの書蟲の特徴。


 そしてその「普通」が、探し物をむずかしくしていた。


 書蟲の服の胸ポケットの中に、小さな書蟲がいて読書をしている。



「これだなぁ~・・・ちいさいなぁ・・・」


「ん?何か御用ですか?」


「魔法石についての本を探しています」


「ああ、確かポケットの中にありますよ~・・・あ、ほらほら、はい」



 リストに発見した時用のチェックマークが表示される。



「借りても?」


「どうぞ、どうぞ」



 ―――――

 ――――――――――



 本を積んだ小舟に乗り、よっつめの探し物。


 そこは地下水に沈んだ場所。


 近くにいた読書中の人魚に話しかけてみるが、返事がない。


 レイザールが人魚語を使うと、「ん?」と顔をあげ、耳栓を取った。



「なんて?」


「魔法石についての本、ってここらにあるかい?」


「知らないわ~。手伝う気もない~」


「ああ、どうも、ね」



 再び耳栓をはじめる人魚が、あ、と何かを思い出したらしく声を上げた。


 こちらに向かって言う。



「ねぇ、素晴らしい本だと思ったから、並びを変えたんだったわ」


「はぁっ?」


「ごめーん・・・記憶が遠い。地下水の本棚の方に移したのは思い出したけど」


「それで、探すの手伝ってくれたり・・・」



 完全に耳栓をして再び読書に戻る人魚。



「俺が泳ぐよ」



 地図を持って船から水中へ潜るレイザール。


 木製の机の上に宝箱があって、


 どうやら地図が示すに本はその中だ。


 いったん水面に戻ってきたレイザールが、鍵が必要だ、とメモリに言う。



「その鍵、司書の類しか使えないんです」


「じゃあ、泳げる?」


「私、泳げなーい・・・」



 少しの間があって、しょげているメモリにレイザールが言った。



「人魚の口づけは、水中で息ができるようになる。俺は人魚でもある」


「き、キス・・・?」



「ずっと前から君のこと好きだった・・・


 名前も今日以前、知ってたけど、きっかけ作り。


 それはごめん・・・


 もしよかったらだけど・・・


 君のファーストキスをもらいたい」



 動揺に動きが停止したメモリが、


 しばらくあとレイザールに肩をゆさぶられる。



「あ、はい・・・いいですよ」


「え、いいの?」


「はい」



 レイザールが熱烈なキスを贈って、そして抱き寄せるまま水中へ。


 

 件の宝箱の鍵は、ヒモを通してメモリの首にかかっている。


 胸元に光るその鍵をにぎり、ヒモを首からはずすメモリ。


 そのヒモの微妙な長さのせいで、


 メガネをいったんはずして胸元に折りたたんでかけたが、


 髪型が崩れて水中に毛先が広がった。



 それを気にしないようにして、メモリは宝箱の鍵穴に鍵を入れて回す。


 するとそこには、


 鉱物のはえた魔法石についての本が入っていた。


 題名は、『不思議な鉱物の本』・・・


 リストにチェックマークがついた。


 

 水中から脱し、小舟に戻ると、レイザールがハイタッチをうながした。


 それに応え、少し笑うメモリ。



「海賊王になった気分です。素敵すぎるでしょう、この装丁っ」


「本のことばっかり、だぁ」



 ――――――

 ――――――――――



 疲れたふたりが自動操縦の魔法の小舟で少し仮眠をとる。


 気づけば歴代の先輩司書が数人待っていて、


 よくやった、とほめてもらえた。


 

「はい、今日最後の課題。


 せいようしょけいきを庶務室に探しに行ってごらん?


 夜の七時半までに、着替えておいで」



 顔を見合わせるメモリとレイザール。


 ふたりで話し合いをして、とりあえず着替えることに。


 先輩たちの言いつけに、


 ふたりは地図に現れないその本を探しに行った。


 廊下で合流。



「リストにないし、地図にも表示されない・・・?」


「啓記・・・?」


「聞いたことがないです。なんだろう?」



 重要資料庶務室の扉の前に立ち、


「鍵穴よ気を使え」と言うメモリ。


 同伴したレイザールが、


 急にうしろから抱きついて前に進むのをうながした。



「え、え、え?」


「メモリ、お誕生日おめでとーうっ」



 暗かった部屋に電気が急につき、クラッカーがいくつもなる。


 金色と銀色のスターシャワーがまかれて飛び散った。


 『ハッピーバースディ』の文字風船が飾られている。



「・・・私の誕生日っ?今日?忘れてたっ」


「なにそれ」


「放してよ、レイザール、ひとまえじゃ恥ずかしいです」


「やっぱり、脈ありなんだ?両想い?」と先輩司書のひとり。


「そう言えば西洋書啓記って・・・?」


「また本の話だ・・・」とレイザール。



「おめでとう、メモリ。お姉さん特製、西洋書啓記よ」



 お姉さんが示したのは、主役席。


 そしてそこには、分厚い西洋書が置かれている。



「近くで見ても・・・?」


「うんうん、食べてもいいわよ」



 司書ばっかりの集まりなのでなんとなく小さく笑いが起こる。



 席についたメモリは「あっ」と声をあげた。


 先輩司書さんが、ナイフとフォークを手渡しした。



「まさかこれって・・・西洋書風のケーキですかっ?」



「「あったり~」」と複数人。



「マジでっ?そんなに本が好きなのっ?」


 とレイザールが信じがたそうに言う。



「一度、食べてみたかったんです・・・はぁ~・・・夢が・・・叶う・・・」



「まず、題名の所、食べちゃいなよ」と先輩司書さん。


「これって、チョコプレートっ?チョコ文字っ?」


「題名は『おめでとう』。具体内容は誕生日について」



 メモリは嬉しさに泣き出し、


 そして呆れたレイザールがナイフでケーキを切った。


 そのまま泣いているメモリの口に運び、


 メモリに「美味しいだろうに」と言う。



 メモリはほおばったケーキをまだ口に残し、何かを言っている。


 お姉さんが、なんて?とレイザールに聞く。



 レイザールが少し笑う。



「自分のタイミングで切りたかった、って」



 まだもぐもぐとしている口で何かを言っているメモリ。


 それを聞き取って、レイザールが二度見。



「それは、自分で言えよっ」



 飲み込み、はぁと息をつくメモリ。



「なんかいいことあったの?」とお姉さん。



「私、レイザール君との話合いで、


 今日からお付き合いをすることになりましたっ」



「「おめーでとーっ」」



 にっと、笑って見せるレイザール。



「先に言っておいた」


「なるほど~」



 キスを促す顔をして一段と近づいたレイザールに、


 メモリは自分からキスをした。


 



 -おわり-

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