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予言獣たちの憂鬱 〜明治時代に「愚人を惑わすもの」扱いされたので今さらもてはやされてももう遅い〜

作者: 夜月翠雨

 妖怪とは人間の都合の良いように創られた気の毒な生き物だ。

 妖怪の能力は人間が都合の良いように決め、その妖怪の名前をつけ、絵師が絵によって表すことで『妖怪』は誕生する。



「アマビエさんよぉ〜。また人間がお呼びだぜぇ〜」

 現在引っ張りだこであるアマビエに向かって、人面牛身の妖怪、(ぐだん)がにやにやと言う。

 件もアマビエと同じく、豊作や疫病の流行などを予言し、除災の方法を告げて消える『予言獣』に分類される妖怪だ。

 予言獣の中には、そのほかに神社姫やアマビコなどが存在している。件を含め、現在彼らは比較的アマビエよりは忙しくはないのだ。


「ほんとに人間は勝手ですよ。都合の良い時だけ僕らを頼るんですから」


 アマビエは嘴をさらに尖らせる。

 予言獣たちは、姿を写し、広めることで疫病などが収束するという言い伝えだが、人間が絵を描き、広めるだけでは当然、疫病が収まることはない。絵に描かれ、世間に広められた妖怪はその期待に応え、力を使わなくてはならない。


「そりゃあ、僕を誕生させてくれたのは人間ですよ? だからってこんなふうに良いように扱われるのはちょっとねぇ……」

「そうよねっ!」


 突然会話に入ってきたの神社姫だ。美しい女性の顔は不満げに眉を寄せ、竜の胴体はにょろにょろとアマビエの周りを回っている。

 

「いやいや、お前らはまだ良い方だぜぇ? だってお前らは無から創造された妖怪だろ? 俺なんて最初はただの牛の未熟児だったんだぜぇ? それを人間が気味悪がって妖怪に仕立て上げたんだよ。本当は俺も今頃天国にいただろうによぉ」


 件は前足を地面に叩きつけ、蹄を鳴らす。妖怪に仕立て上げられた可哀想な件は、母牛がいるであろう天国を想像し、ため息をつく。

 

 アマビエ、件、神社姫、アマビコの予言獣たちは年に一度こうして集まり、愚痴や他愛もない会話をするのだ。

 

「そういえばあれ覚えてます? えーっと、あれはたしか明治の初期くらいでしたかねー」

「もちろん。覚えてるわよ。あれは酷かったわねー」

 

 アマビエは明治時代初期を思い出す。コレラという疫病が流行り、人々は恐れた時期だ。そこで人々が頼ろうとしたのが、アマビエたち予言獣だった。

 玄関にはアマビエなどの絵が描かれた札を貼る人も多かった。アマビエはその期待に応えて、力を使って人々を助けるつもりだった。

 しかし、医療が発達し出した明治ではアマビエたちのことを「愚人を惑わすもの」として憲官は取り締まった。アマビエは自分が描かれた札が次々に破られていくのをみて、胸が痛くなったのを今でも覚えている。

 そのうち、アマビエはほとんどの人々に忘れられ、絵に描かれることもなくなり、今までぐーたら生活を送ってきたというわけだ。


 それなのに最近、人間の中ではアマビエブームらしいではないか。次々とアマビエの姿が写された商品が誕生している。

 当然、アマビエはこんな現状をみても「今さらもう遅い」となるわけだ。


「あの時は本当に悲しくて涙で髪が濡れたのをよく覚えています」

「いや、お前の髪が濡れてるのは元からだろ? そういう設定で作られたんだからよぉ」


 すかさず件がつっこみを入れると、アマビエは「冗句ですよ〜」と言いながら、件の(もも)のあたりを帯びれでぺしっと叩く。

 腿が少し濡れた件は少し嫌そうに濡れた箇所を見ていた。


「なんにしても僕だって力を使うのは疲れるんですよ。最近はまったく使ってなかったし。だから今さら頼られたって絶対僕は力を使いませんよ!」


 アマビエが息巻いているその時だった。


「いやぁー。遅れてすみませんっすー。ちょっと茶菓子を買うのにてまどったんすよー」


 遅れてやってきたのは、けむくじゃらの三本足の妖怪、アマビコだ。アマビコは二本の足で歩き、一本の足は折り曲げ、袋をぶら下げている。

  アマビエはアマビコの登場に嬉しそうに目を輝かせる。


「兄さん!」


 アマビエはアマビコから派生した妖怪だったので、アマビエとアマビコはお互いを兄弟のように思っていた。


「今回の茶菓子はなんとっ! アマビエちゃんの形をかたどった練り切りっす」


 アマビコは全員の前に練り切りを丁寧に置いていく。


「あら、かわいい」


 そう言って神社姫は、練り切りにかぶりつく。


「人間が作る甘味はうまぁい! まぁそれだけが奴らの唯一の利点だわなぁ」


 件は餡子のなめらかで上品な舌触りに、舌鼓を打つ。件は見かけによらず、甘いものが大好きなのだ。


「ちょっ、僕の顔なんですからそんな躊躇なくかぶりつかないでくださいよ」


 アマビエは少々複雑な表情で、自分の顔の練り切りをみつめている。

 そんなアマビエを見て、アマビコはアマビエの頭を撫でる。


「人間ってのは、もう妖怪の存在なんて信じちゃあいないんすよ。それでもなお、こうやってアマビエちゃんの姿を写すのはどうしてだかわかります?」


 アマビエはわからなかったので首を横に振る。アマビコはそんなアマビエに諭すように言う。


「アマビエちゃんは今、人間たちの象徴なんすよ。疫病なんかに負けないぞっていう。人間は昔は、自分らにただ助けを求めるだけだった。でも今はどうです?」

「自分たちでウイルスの姿を見て、特効薬を作ろうとしています」

「そうっす。人間は成長したんすよ。だからアマビエちゃんも力は使わなくてもいいから、目標の象徴になるくらい許してやったらどうっすか?」


 アマビコの猿顔がにっこりと笑う。この笑顔を見るとつられてアマビエも笑ってしまった。


「それにしてもどうしてアマビエちゃんだけ人間たちの間であんなに流行っているのかしら。このなかだと私が一番古株だし、力もあるのに」


 神社姫は件の周りをうねうねと動いている。その表情は、どこか不満げでもある。

 神社姫の動きを見て件は少し嫌そうな目をする。


「そりゃアマビエは可愛いけどよぉ、ババアはキメーからだろぉ」


 件がにやにやしながら言うと、神社姫はババアという言葉に反応して、件の首に自分の身体を巻きつける。


「ちょっと失礼ねっ!」

「苦しいって。離せよ、ババアっ!」


 そんな二匹のやりとりを見て、アマビエとアマビコは顔を見合わせて苦笑した。


 アマビエは思った。

 人間たちは確かに身勝手だ。都合の良い時だけ自分を頼ろうとする。でも、人間たちも自分たちでなんとかしようと努力している。もしかしたら、その努力の過程の中で自分たちも誕生したのかもしれない。僕ら妖怪は、人間の成長過程での副産物なのだ。そう考えるとなんだか人間も身勝手だが、憎めない存在なのだと。

 人間のために力を使ってやろうとは思わないが、疫病が収束するように願ってやるくらいはいいかもしれない。


 そこでアマビエはあることを思いついた。


「みんなでお互いの姿を描きあいっこしましょうよ。人間たちに頑張れっていうエールを込めて」

「いいっすね! それ」 


 アマビコはアマビエの言葉にとても嬉しそうな反応をする。

 件を締めていた神社姫もその案に賛成する。

 件は最初は嫌そうな顔をしていたが、三匹に説得されるとなんだかんだ言って、筆を持ち始めてやる気になった。


 そうして予言獣たちはお互いの姿を描きあった。人間へのエールを込めて。


 

 そして描き終わると、予言獣たちはまた他愛のない会話で盛り上がるのだった。


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