小さな僕の願い
キミの願いが叶うまで僕は死ねない。
キミの事が大好きだった。
ずっと側に居れると思っていたのに...
僕の為にそんなに泣かないで。
僕には1つだけ心残りがある...
それは...
キミの願いが叶うかどうかだ。
キミと出逢ったのは雨粒がたくさんの日だった。
いつもの公園はとても静かで、
雨音だけが響き...僕は1人だった。
僕に1本の傘を差し出して、優しく
にっこりと笑ってくれたね。
ピンク色の傘が雨雲を飛ばすぐらいに鮮やかで、
可愛らしくて...とても目に焼き付いていたのを覚えている。
そしてキミは、震えた僕をぎゅっと抱き締めてくれたね。
キミと僕はすぐ仲良くなった。
一緒に暮らす様になって、キミの事をたくさん知った。料理が上手な所、片付けが嫌いな所、
寂しがりやな所、甘えん坊な所...まだまだあるのだが...。
そんなキミが大好きだった。
何度も抱き締めて、キスもしてくれた。
毎日僕は、キミが帰って来るのを待っていた。
ソファで寝たり、時には窓からから見える空を
見ながら。
ガチャ、
「ただいま。」
とキミがドアを開けると、僕はすぐに駆け寄り
喜んだ。
そんな幸せな毎日を繰り返し...
5年が過ぎたある日、
キミは遅く帰って来る事が多くなった。
僕への愛情が無くなったわけではなかったが、
寂しかった。
帰ってきて、僕を抱き締めては...涙をたくさん流す事もあった。震えた体を僕も強く抱き締めた。
泣かないで、泣かないで...。
休みの日になると、
キミは僕を1人にして出掛ける事が多くなった。
また僕はキミを待つ。
幸せそうなキミも
悲しそうなキミも
どんなキミも僕は受け入れた。
ある日、
キミは泣きながら僕に話した。
「好きな人が居たんだけど、別れちゃったんだ。
遠距離恋愛なんて無理だった。」
「ほんとは別れたくなかった...。」
キミは僕をぎゅっと抱き締めた。キミの長い髪がくすぐったい...涙が頬に流れ落ちて濡れた。
僕は1人でベッドに居た。いつもの時間になってもキミは来ない様だった。だからキミを探しにソファに移動した。
目蓋が今にも落ちそうだった。
キミは机に向かって何かを書いている。
周りには散らかった紙くずがたくさん。
どうしたの?何が悲しいの?
そう思いながら...目蓋を閉じた。
朝の日差しがカーテンから
降り注いでくる。
パッと目を開けると...
キミは机で寝ていた。
机の上には四角い紙。
キミが出しているのを見た事があって、教えてくれた。たぶん「手紙」だ。
その「手紙」は
数日間、机の上に置き忘れたままだった。
僕は体が上手く動かなくなった事に気が付いた。歩くのにも少しよたよたする。
キミは心配して病院に連れて行ってくれた。
腕に針と長い管を付けられた。何かは分からないが...すぐ元気になれた。
ありがとう。
「今日は天気もいいし、散歩に行こうか?」
僕は嬉しくて
喜びを全身で表した。
嬉しい!楽しみ!
キミがドアを開け、準備をしている時...
僕は精一杯のチカラを出して、
あるモノをくわえて
外に飛び出した!
「えっ?!チョコ?」
キミの声に振り向く事もなく走る——。
こんなに走ったのは久しぶりだった。
眩しい日差しも
柔らかな風も
新緑の香りも
気持ちがいい。
僕は恋なんて知らない。
でも彼女の想いが...願いが叶って欲しい。
ただそれだけで
こんなにも走れるんだ!
赤い大きな箱が見えてきた。
思いっきり飛んでその口に
「手紙」をそっと入れた。
そのまま僕は、下に倒れ込んだ。
「チョコ!大丈夫?」
彼女に優しく抱えられる。
温かい...。
でも、息が荒い、苦しい。
僕はいつもの部屋のいつものソファに
寝かされた。
数日間、動けなかった。
キミは僕の為にたくさん涙を流してくれた。
そんなに泣かないで...。
キミの想いが...
キミの願いが...
キミの手紙が...
誰かに届くまで死ねない。
あぁ...目蓋が閉じそうだ。
キミの顔をずっと見てたいのに。
その時、ドアを叩く音が聞こえた。
意識がもうろうとする中で...
キミが誰かと話す声、
優しく、温かい空気...
幸せな匂いを感じた。
「ありがとう...良かったね。」
と僕は目蓋を閉じ...永遠の眠りについた。
終