共に生き、共に逝く
焼かれるような夏の日差しで、失っていた意識を取り戻す。
線路の上を走っていた筈が、気が付けば俺は神社の前に横たわっていた。小学生だった頃に訪れた、例の神社だ。ハッとなって咄嗟に身構えたが、鳥居の奥の敷地内にナミやモモの姿は無い。荷物はすぐ横に転がっていた。
「夢……じゃないよな」
携帯の充電が切れていたので、多分その筈だ。駅で過ごした間の記憶も、朧気ではあるが確かに残っている。けれど証拠があるかと聞かれれば、無い。
狐につままれたような気分だった。
※
ここからどうしようと悩んだ挙げ句、取り敢えず実家に足を運んでみた。連絡も寄越さず突如として帰省した息子を、母は驚きながらも笑顔で出迎えてくれた。
「あっらまぁ拓也。どうしたのいきなり」
「んー……いや、なんか、不意に帰ってきたくなってさ」
そんな感じで適当に誤魔化した。駅での出来事はさすがに言えない。
ちょうどスイカを貰ったから、切ってくるわね。そう呟いて母親が台所へと消える。俺は荷物を玄関に降ろすと、裏口からサンダルを履いて庭に出た。
小学校の入学祝いに植えた、ソメイヨシノの木の下に。俺の膝くらいの高さの石が、ポツンと一つ佇んでいる。
モモの墓だ。膝を付き、途中のコンビニで狩ってきた好物の桃ジュースをお供えする。犬なのに、俺より飲み物を選ぶやつだった。
手を合わせ、瞼を降ろす。駅では落ち着いてお礼が言えなかった。だからせめて、ここで。
「……守ってくれてありがとな」
ありったけの感謝を乗せたその言葉は、果たして彼女に届いただろうか。
届いていたと信じたい。
俺が小さく頭を垂れれば、応えるように柔らかい風が吹き、頭上の木の葉をサラサラと揺らしていった。
そして……。
「合掌する相手が違うんじゃないか?」
「っ!?」
嘲笑混じりの声が振ってくる。慌てて俺が顔を上げれば、モモの墓石を踏み付けるようにして、着飾ったナミがそこに立っていた。
背筋が一瞬で凍り付く。反射的に逃げようと腰を浮かすが、今回ばかりはナミの方が早かった。するすると伸びてきた黒髪に全身を縛り上げられ、俺の手足から完全に自由が奪われる。
ならばと大声を上げようとした直後、片手で素早く口を塞がれた。
「騒ぐな。家族を危険に晒したくはあるまい?」
恍惚とした表情で容赦無い脅しをかけてくる。身体から力が抜けていった。
「ぐっ……。お前、どうして……」
「ここにいるのかって? 簡単さ、黄泉戸喫だよ。“無事にこの世へ帰りたいなら、あの世の食べ物を口にしてはいけない”――有名な禁忌だ。だけど君は迂闊なことに、向こうで私が出した食べ物を口にした。つまり、君の御魂は既に私の世界にある。おかげで追跡も容易だったよ」
人差し指を口元に当て、チッチッチと舌を鳴らして続けた。
「逃げられるとでも思ったのか? 神を侮るだなんて、いけない子だな拓也は」
「……モモは」
「うん?」
「あの子は、どうなって」
「……ああ。あの疎ましい雌犬のことか。ほれ」
ナミが何かを地面に投げた。見覚えしかない、モモに付けていたあの首輪だ。べっとりと血で汚れている。
「一応、警告はしたのだぞ。だが一向に退こうとしなかった故、致し方なく潰した」
「ナミっ……! お前――!」
怒りに任せて彼女を睨み付ける。だが、出来るのはそれだけだ。必死にナミから逃れようと藻掻くが、純粋な力で人間が神に敵う筈もない。細い腕が蛇のごとく絡みつき、俺の身体を包み込むように抱き締めた。
「さあ、これで邪魔者はいなくなったな」
視界が闇に飲み込まれていく。
薄れ行く意識の中で俺が最後に感じたものは、頬に落とされた柔らかい何かの感触と、嬉しさの滲み出た声色で放たれたナミの囁きだった。
「共に逝こうか、私の愛しい人」