風よ吹け
「がんばってー」
声が飛ぶ。
遠くの選手に聞こえるように、声が枯れるほど叫ぶ。
「きゃー」
歓声が上がる。
遠くの選手の小さな挙動に、鼓膜が破れそうなほどの甲高い声。
ぎゅうっと握った手すり。
沢山の人に押されるように、とてもじゃないけれど特等席ではない、ネットカーテンの後ろ側。
一緒に叫びたかった。
みんなが叫んでいるものだから、私が叫んだってばれないだろうって内心は思っていた。
でも声は出なかった。
瞬きすらも忘れたように、私は小さな姿を追う。
パソコン程度の距離に合わせた眼鏡はその顔を望遠鏡のようには見せてくれない。
ああ、オペラグラスでもあったなら。
そんなことできるはずもない。
「頑張って」の声一つ上げられない私が、周りと違う行動なんかできるはずもない。
めんどくさそうに服で汗を拭う姿。
メンバーにそれを笑われて、振り返り返事をする。
何を言っているかはわからない、その表情だってわからない。
膝に手を置き一休みしたその額からはきっと汗が滴り落ちた。
そうしたらほら、いつも使っているタオルで床を拭く。
遠くにいても、仕草でわかるその人。
「あきらー」
すぐ近くの人が名を呼んだ。
知り合いなのかな。手を振り返す。
私宛てではないのに、その視界に入ってしまいそうで俯いた。
みんなと一緒にその名を呼べたら。
みんなと一緒に頑張ってと声援を送れたら。
思っているのに、一度もできたことがない。
私のことなんか見られていないのに、私の声が届いてしまったらどうしようと思っている。
私なんかが応援しているのは恥ずかしいかなって思ってしまう。
きっとあの人は、みんなは、誰も――私のことなんか見てやしないのに。
風が吹く。
暗幕がなびく。
強い風に髪が乱れ、直すように両手で顔を覆う。
「頑張って」
小さな声は私にしか聞こえない。
もっと大きな声を出せたなら。
周りの歓声の一つに同化できたなら。
そうしたらきっと、もっと私は好きになれる。
脳内一枚絵『祈る様に一点を見つめる女の子』
選手は女の子で、だから服で雑に汗を拭う姿をメンバーに笑われているという話。