「過去話② 友人N」
「過去話② 友人N」
高校時代の話だ。
当時、わたしには仲の良かった友人が何人かいたが、その中でも印象的な人物がNだ。
Nは同じ卓球部に所属していてた。身長が高く百九十程あった。そして、骨のラインが浮き出るほど細くガリガリだった。よく購買を利用していて、当時小遣いもなくゲームやラノベをお年玉を計画的に使っていたわたしは少し羨ましく思ったものだ。そのくせ同じように携帯ゲーム機のソフトを買っていたのもまた羨望を強くした。
部活の卓球の大会に参加した日のことだ。
個人戦が終わり、団体戦が始まるまで暇をしていたわたしはジュースを買いに行くことにした。
たまたまNがその場にいたので、Nにも何か買ってきてやろうかと訊いた。
「ああ、ほんならマッチ買うてきて」
マッチとは黄色い炭酸ジュースだ。
Nは五百円玉をわたしに手渡した。
「お前の分もそれで買うてええから」
「え? 要らんよ別に」
「ええから使えや」
言い争うのも面倒で適当に返事を返して、わたしは自販機に向かった。
N用のマッチと自分用のスポーツドリンクのゲータレードを買って帰った。
「ほい、マッチ。後釣な」
「ああ。……お前の分は使わんかったんか」
「別に要らんし、こっちから訊いて買ってきたっただけやし」
「お前、やっぱ偽善者やな」
えらい評価を受けた。
言葉こそひどいものだったが、Nは笑っていた。
「人の親切は黙って受け取っとけ」
Nからはよくお前は偽善者だと言われていた。
Nは糖尿病を患っていた。
学校内でインスリン注射をすることもあった。
また、血糖値が低下すると頭がぼうっとするようで、購買で販売されていた高カロリーなクッキー生地のパンでカロリー補充をしていた。
自分で立つのもやっとな時には、友人には多めにお金を渡して購買に買ってもらっていた。その時には好きなものを買っていいと告げていた。
わたしもその友人の一人で時には言葉に甘えて、自分も欲しいパンやジュースを買っていたこともある。
時には自分用のものを買わなかったことも少なからずある。そういう時にNから「偽善者」呼ばわりされていたように覚えている。
Nは一年に一度くらいの割合で、夜中の睡眠中に低血糖状態を引き起こして、そのまま入院した。復調して学校で会うと「本当に死にかけた」などと笑って言ったこともあった。
持病もなく、健康体なわたしにはNの意図を想像するしかできない。
Nはどこか善意と言うものを冷めた目で見ていたように思える。
低血糖の時に友人に買いもの依頼をする時に多めにお金を渡すのも、わたしに「偽善者」と言うのもそれが原因だと思う。
持病で時に生死の境を彷徨う彼はきっと多くの人にお世話になったのだろう。しかし、その中で彼は人の善意に冷めた感情を抱くようになった。
人の善意を信じていれば、わざわざ報酬を用意したりはしない。
報酬を時には断るわたしを「偽善」と断じるNの事を疎ましくは思わなかった。本当の善人なら毎回断るだろうとわたし自身思っていた。Nから偽善者と呼ばれても、わたしは否定しなかった。
ある日、Nから頼まれ購買でパンとジュースを買った。その時は特に自分のものは買わずに釣銭をNに返した。
「またか、偽善者」
やはりNは笑っていた。
「別に欲しいもんなかったからな」
嘘ではなかった。空腹もないし、ジュースも欲しくなかった。そもそも我らの母校にはウォーターサーバーがあるから、冷えた水はそこで飲めた。
「まあええやろ? 人の善意は受け取っとけ」
「勝手にしてろ」
「うん。勝手にするわ」
Nにはたまに断るだけで何を言うと思われただろう。
正直に言えばわたしはNから、自分の偽善性を言い当てられるのが心地良かった。
自分は打算的だ。空腹を感じればNにパンをおごってもらうし、ジュースだっておごってもらう。しかし、要らない時には断る。それはNや友人の心象をよくしてもらうためでもある。また自分自身がいいことをしていると、善行に酔いたかったのだ。
わたしはいい人に見られたいのだ。そんな本性をNは見抜いていたのだと思う。
だからわたしは楽だった。
Nの前では自分が善行をして酔っていることへの罪悪感を覚えずに済んだのだ。本当はそんなに善人でもない自分が、好きな時に善人の振りができるのが楽だった。
結局、Nとは高校卒業と共に疎遠になってしまった。元気にしているといいのだが、果てさてどうなのか。病状が悪化していなければ良いのだが。
今でも「偽善」と「善」について考えるとNを思い出す。
もし、今の自分がNと会えたなら伝えたいことがある。
偽善者だっていいじゃないか。偽善で誰かを救えるならそれでいいじゃないか。偽善で誰かの役に立てるならいいじゃないか。どんな偽善も許されないような世界はきっと優しくない。偽善だって認めてもらえるような世界でいて欲しい。
Nはどう応えるのだろうか。やっぱりまた笑って「お前は本当に偽善者だな」と言うのだろうか。
次回予告
「未定」