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ブライトナー〔一〕

 

 悠久にもひとしい命と強大な力を持つものから与えられる 【 力 】 は、己もまた不死の身となって久しい彼女でさえ、時折、こうして持て余す。

 かれを受け入れてしばらくは、この溢れてくる力をいかんともしがたく、何かにぶつけてしまいたい衝動に駆られて、必死に押さえ込もうと抗い、かえって疲労困憊することが続いた。

 いつだったろう? その力は、かれの「いのち」なのだと気がついたのは……?

 彼女は、その 「いのち」 をみすみす無駄にするわけにはいかなかった。

ふと思いついて、金属の粘土を手にする。そうして、彼女は心の赴くまま、かれのいのちの赴くままに、粘土を形作っていった。

己を介して溢れたかれの「いのち」は新たな器へと流れ込み――

 


 ペンタスの魔女は、焼成された銀色の小さな置物を手に取り、丹念に出来具合を調べたあと、にこりと笑った。

「さあ、できた。十三番目の……ん、弟だな。名前は毘羯羅――ビギャラだよ」

そして、やわらかく手で触れながら、

「飛んでごらん、ビギャラ」

囁いたとたん、小さな銀色のそれはまばゆい光を放ち、広い部屋を覆いつくすほどに膨れ上がると外へと飛び出した。

魔女は銀の置物を手にしたままテラスへ出ると、輝きながら嬉しそうに舞うドラゴンを見つめる。

「……ようございました。お疲れでございましょう。しばしお休みなさいませ」

ふいに傍らから男の低い声が届いた。魔女は半身とも言うべき黒衣の男へ微笑とともに頷く。それを確認してから、彼は上空を見上げて命を下した。


「城の守りを」


 瞬間、ペンタスが金と銀の光に包まれた。同時に巨大なものが飛び立つような羽音と風が一斉に空へと吹きあがり、乱舞するかのように交叉した。

光の帯を引きながら空を舞う、十三体のドラゴンたち――魔女の手によって器を与えられ、大いなる者のいのちを宿すものたち――は、やがて静々と塔の上、塀の上に舞い降りてとどまる。

それを見届けた魔女と黒衣の男は、部屋へと戻っていったのだった。




 「今日はお城へは入れないわ、オリヴィエ」

車中から魔女の城の塔が見え隠れするころ、少女がぽつりと呟いた。

「左様でございますか。では一旦、お屋敷に参りましょう」

運転していた老執事はそう言って車をターンさせる。

「え、入れないって、どうして?」

ひとり後部座席に座っていたエリスは不思議そうに問うた。

「何故だかは、わたくしは知らないの。でも、たまにあるの。今日はだれもお城に入れないわ」

ウルフは振り返ってエリスに告げた。

不可解には思うが、魔女の住まう城のこと――しかも、自分はかの人の厚意で身を寄せてもらっているのだ。とやかく言う権利はない。ただ、今日は資料を確認する作業はできないということだ。

あの資料をめくるたびに、兄の名前があったらと思うと恐怖に身が縮む。もっとも、資料を見たところで何をどうしていいのか皆目見当がつかないのが正直なところなのだが。わかってきたのは、相手は想像以上に巨大だということだけ。ダリューンの失踪で奇しくも共闘するかたちになったダグラスの存在はありがたいが、それでも敵は大きい。

兄を助けなければ――その思いが、彼女の竦む足を叱咤するのだ。


 少女たちを乗せた車は学園都市の住宅区域に入り、広大な敷地を持つ屋敷へと入っていった。

 ブライトナー家――現当主シヴァーン・ブライトナーを頂点に、裏社会に君臨する一族だといわれている。また、数ある魔法使い一族の筆頭と目されている家系である。かつてかれらの頂点に立っていた強大な存在が、次期筆頭にシヴァーン・ブライトナーを指名したことにより、ブライトナーはその地位に躍り上がった。だが、地位を強固にしたのはそれだけではない。魔法使いたちの間でいまや伝説ともなっているバルドイーン・ブライトナーの存在があったからである。

 一五〇年ほど前、この惑星に未知の怪物が出現したことがあった。その際、力をふるったのがバルドイーン・ブライトナーと、その弟・ディートハルト・ブライトナーだとされている。(シヴァーン・ブライトナーはディートハルトの息子である)政府軍は怪物が消し去られた後、のこのこと現れ、市民たちの失笑を買ったのだとか――エリスがダグラスから聞いたのはこんな話だった。

しかし。

(一五〇年って、普通生きてはいないわよね……? だいたい平均寿命は七〇歳なんだから)

それとも、ブライトナーや魔法使いといわれている人々は、もともと長寿の民族なのかもしれない。突出していたからこそ、魔法使いなどといわれているのかも……。

 そんなことを考えているうちに、車は屋敷の前に止まり、ドアが開かれた。

「おねえちゃま、どうぞ」

ウルフは嬉しそうにエリスの手を引いて屋敷へと案内する。

魔女の城ほどではないが、ブライトナーの屋敷もあきれるほど大きかった。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

玄関を入ると、ホールで大勢の使用人に出迎えられ、エリスはぎょっとして立ち止まる。

「ただいま。今日はわたくしのお客様がお見えなの。お茶の用意をして」

ウルフは鷹揚に頷き、使用人に指示を出す。すかさず、年配の女が深々と頭を下げて応じた。

(ひええ……)

かつて遭遇したこともない状況に、エリスは急に魔女の城が恋しくなった。あそこはしんと静まり返って不気味ではあるが、こんなに緊張することはない。

通された応接室は、富豪のそれらしく華美な意匠で施された調度品がずらりと並び、うかつに歩き回って壊しでもしたら恐ろしいことになりそうだ。天井も壁も床も、つつましい生活を送るエリスにとっては、正直、身の置き所がない部屋である。

「ごめんなさい、おねえちゃま。お部屋の用意ができるまで待ってね」

ウルフはお菓子をつまみながらエリスに言った。

「ありがとう……」

恐縮したような様子の彼女に、オリヴィエが微笑む。

「そんなに緊張なさらず、おくつろぎくださいませ。わたくしなどは、あのお城にいるほうが返って緊張いたしますが」

冗談めかして言った老執事の言葉に、エリスは笑みを漏らす。

確かに、こちらを窺っている何者かの存在を感じるあの城を心地いいと思うものは多くはないだろう。

(慣れてしまったのかしら……?)

そんなふうにも思える。

「お嬢様、お客様のお部屋がご用意できました」

若い使用人が静々と告げる。

「ありがとう。おねえちゃま、こっちよ!」

ウルフはぴょこんとソファから立ち上がると、エリスの手をとった。

「お嬢様。はしたのうございますよ」

執事の言に少女は首を竦めると、はあい、と返事をする。魔女がウルフを見習いレディだと称したのは、時折現れるこういった部分をいうのだろう。エリスにとっては、ほほえましいものであるのだが。

応接室から一旦ホールへ出て、上へと続く螺旋階段に足をかけたとき、

「おや。お嬢さんたち、おかえり」

聞いたことのある声に、エリスは顔をあげた。

「おじさま!」

ウルフは嬉しそうに階段を駆け上がり、その人に飛びついた。

「危ないよ、レディ。落ちたらどうするんだ」

「大丈夫よ。おじさまがつかんでくださるから!」

エリスはあっけにとられて目の前のやりとりを眺めていた。

小さな少女を抱え上げて笑っている年齢不詳の男――ぼさぼさの髪を無造作に束ね、前髪で隠された顔は――まぎれもなく、学園でみた用務員の男だった。

「やあ。またあったね、お嬢さん」

彼はにっこりと笑って手をあげた。




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