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赤心

 教諭室から出てきたダグラスは、壁にもたれている少女に気づき、ほんの少しだけ唇に笑みを刷いた。

「……ホントなの……?」

エリスは声を抑えて尋ねる。ダグラスはちらっと教諭室に目を向け、移動するよう促した。

 昨日の朝、ダグラスと話した裏庭へ来た二人は、ひとけがないことを確認する。先に口を開いたのはダグラスだった。

「……担任が言うには、今朝、親父さんから連絡があったんだと。担任にいろいろ探りを入れてみたけど、何か知ってるふうではなかったけどね……」

「それ、信じるの?」

「まさか! あいつに何かあったことは間違いないんだ。けど……」

ダグラスは歯がゆそうに拳を木に叩きつけた。

相手は一学生がどうこうできるような存在ではない。ヘタに動いて万一、ダリューンの身が危険に晒されるようになっては元も子もないだろう。彼の苛立ちは、昨日の自分と同じものだ。

ダグラスをじっと見ていたエリスは、少し躊躇したものの、囁くように言った。

「ダグラス。昨日、私の兄が攫われたの――いいから聞いて。それで私、混乱して魔女が兄を攫ったんだと思いこんじゃって、もう一度城に行ったのよ……たまたまそこへ訪れた人が連れて行ってくれたんだけど……」

エリスは昨晩のことを淡々と少年に話してきかせた。驚愕を通り越して、呆れたような顔をしていたダグラスが口を開いたのは、エリスの話が終ってしばらく経ってからだった。

「君って………。いや、それより。魔女はこれが関連のあることだと思ってるんだろうか……?」

「わからない。でも、魔女に会わせてくれた子が言ったのよ。お願いしてみましょうって。……だから、兄とダリューンを助けてもらえるようお願いしてみる」

「じゃあ、俺も行く。俺も魔女に会わせてくれ!」

真剣な眼差しのダグラスを見据えながら、エリスは断固として首を振った。

「なぜ!?」

「……今、マークされてるのは私みたいなの――ずっと考えてたの。もし、兄が政府病院でよからぬことをやらされていたとして、それが露見するようなことになった場合……兄妹しか身寄りがないなら私を捕えてしまえば、ことは表にでなくてすむわ。……このことを話したのは、あなたがダリューンの親友だからよ。あなたは動かないほうが……」

「こらこら、君たち。早く帰りなさい。門が閉まってしまうよ」

突然、割って入った男の声に二人はぎくりとして振り返る。

いつの間にか、すぐ背後に立っていたのはクリーナーを片手に、用務員の作業服を着た長身の男だった――長い黒髪を後ろで束ねてはいるが、顔半分が隠れるほど伸ばし放題の前髪を見れば、相当な無精者だと知れる。

「あ、はい。帰ります」

「気をつけてお帰り」

そそくさと立ち去っていく少年少女を、用務員の男はにこにこと見送った。


 校門前に横付けされた高級車は嫌でも目につく。するすると窓が下がり、覗いたのは愛らしい金髪の少女。

「お姉ちゃま、こっちよ!」

「うあ……」

思わず声をあげたエリスを、ダグラスは怪訝そうに見やり、

「もしかして、アレに乗って帰るのか? 君、あの子が誰だか知ってるのか?」

「……ウルフっていう名前よ?」

返ってきた言葉に、ダグラスはやれやれと首を振った。

「知ってるよ。ウルフ・ブライトナー。ブライトナー 一族の後継者・次期総帥だよ」

「……だから?」

いま一つ状況が飲み込めていない少女に、ダグラスは少々苛立ったように言った。

「ブライトナーってのは、表裏双方の社会を牛耳ってる一族さ。一方では、ブライトナーは魔法使いの一族だとも言われてる」

「ふうん、そうなの。でも、そんなこと私には関係ないじゃない。確かに、魔女のもとへ連れてってくれたのはあの子よ。でも、私が力添えを頼むのは魔女であって、あの子の一族じゃないわ」

少女の返答に、ダグラスは今度こそ絶句した。じゃあね、と言って車のほうへ駆けていくエリスを半ば呆然と見送っていたダグラスだったが。

「待ってくれ! やっぱり俺も行く!」



 車に乗り込むのにエリスとダグラスの間でひと悶着あったのだが、ウルフの 「おなかすいたー」 の一声が、決着をつけてしまった。

 城門で来訪を告げると門は自動的に開き、車を入れたあとはまたぴったりと閉じた。

「……あの門、やっぱり魔法なのか……?」

振り返って呟いたダグラスに、ウルフがくすくす笑う。

「あれは機械よ。……でも、たまにそうでないときもあるの」

理解に苦しむような返答をされ、少年は思わずエリスに目を向ける。彼女は知らない、というように首を振ってみせた。

巨大な玄関扉をノックすると、美貌の青年ではなく、女の声がどこからか響いた。

『おかえり、ウルフ。昨日の部屋へおいで』

「はい、魔女様」

ウルフは元気よく返事をし、エリスとダグラスを案内する。城の中は、やはり暗く、ひんやりとしていた。

ふと、足を止めたエリスはホールを振り返る。

「ソールン?」

「あ、いえ。何でもないの……」

昨日もだった――

誰かに見られているような気がした。それは決して友好的とは言えないが、悪意あるものでもない――訪れた者がどのような存在なのか、観察するような、何ものかの視線だった。

使用人の一人もいないと思っていたが、自分が見えてないだけで、ここにはいろんなモノが住んでいるのかもしれない。

(魔女の城だものね……)

「魔女様、ウルフです。入ってもよろしいですか?」

幼い声に、扉の向こうから承諾の声が返る。そして、扉をあけると豪勢な晩餐が整えられていた。

「わあ!」

思わず声に出したのは、何もウルフだけではない。十代の彼らはみな食べざかりなのである。

ダグラスは自分の立場を思い出したらしい。背筋をしゃんとのばし、優等生らしい挨拶で魔女に頭を下げた。

「うん。君のことも覚えてるよ。ま、とりあえず堅苦しい話はあとにして、冷めないうちに召し上がれ」

魔女のエキゾチックな美貌に微笑が浮かびあがり、ダグラスは少し顔を赤らめると素直に椅子に座った。続いて、出遅れたとばかりにウルフが魔女の前に飛び出すと、スカートをつまんで可愛らしいお辞儀をした。

「ただいま戻りました、魔女様」

「おかえり。君もお腹すいたろう? 食べなさい」

「はい」

役目を果たしたように満足げな顔で椅子に座るウルフを見送り、何となく自分も挨拶せねばならないような気になったエリスは、ぎこちなく頭を下げた。

「あの……また、お邪魔します……」

魔女はくすくす笑い出し、少年少女たちをテーブルにつけると自分はソファに戻っていった。エリスが何気なく魔女の動きを見つめていると、またしても、彼女の後ろに黒い影が揺らめくのが見えた。

(……あの影、何だろう……? 黒くて、何だかこわい……)

聞くにきけず、エリスは黙々と料理をたいらげていった。

魔女の後ろにいる影を詮索するより、自分には最第一にしなければならないことがあるのだ。気を引き締めていかなければ――。

 エリスたちがデザートに取り掛かる頃には、小さなレディはいち早く食事を終えて魔女の隣を陣取ると、

「魔女様、今日は黒皇子様はお出かけなんですか? だったら! お姉ちゃまはお友達と一緒に寝るから、ウルフは魔女様と寝てもいいですか?」

「ぶっ!!」

エリスとダグラスは同時にフルーツゼリーを吹き出した。

「ね、寝ません!」

「俺は話がすんだら帰りますからっ!」

魔女はウルフと、顔を真っ赤にしている少年少女とを交互に見遣り、ごく淡々と告げた。

「ウルフ? 私はヴァルと一緒に寝てるわけではないよ。でも、そうだな。今日は一緒に寝ようか」

「はい! じゃあ、オリヴィエに言ってきます!」

ウルフは、それはそれは嬉しそうに笑うと、ぴょんとソファを飛び降りて部屋を飛び出して行った。

「見習レディだから、不作法は許してやって?」

呆気にとられて少女を見送っていたエリスとダグラスに、魔女は笑い含みに言うと、二人を誘うように手招きした。

応接テーブルにあったのは、今朝エリスが家から持ってきたものである。

「うわ、古い機種だな! 何年ものだ?」

ダグラスが思わず口にしてしまったほど、エリスの家の通信機は古いものだった。

「三十年くらいは使ってるんじゃないかしら。私がもの心ついたころにはうちにあったもの、これ」

「物持ちがいいんだな……普通、十年くらいで壊れるけどな」

「え、そうなの? 故障したときはいつも修理してくれる人がいてね、その人がやってくれるとすぐ治っちゃったから……でも、もうこれも終わりだね………あの……」

エリスは威儀をただすと、まっすぐ女を見つめ、深々と頭を下げた。

「厚かましいことだとは思ってます。だけど、私には方法がないんです。どうか、力を貸してください! 私にできることは何でもします。お願いします! 私には家族は、兄しかないんです!」

「お、俺も……俺も親友を助けたいんです! 力を貸してください!」

必死に嘆願する少年少女を見つめていた魔女が口を開きかけたとき、何か巨大なものの羽音がしたかと思うと、テラスの扉が勢いよく開かれ黒い風が飛び込んできた。

仰天してそちらを振り返ると、風を身に纏ったように黒髪をなびかせているモールヴァルフが立っていた。

「おかえり、ヴァル。御苦労さま」

身に纏わりついていた風が消え失せると、美貌の青年は魔女の足もとに跪いてその手に接吻を落とした。

「ただいま戻りました、我が主。これを」

「うん。ありがとう。よくやってくれたね。少し休むといい」

魔女は包みを受け取り、微笑みながらモールヴァルフを労ったが、青年はひとつ首を振ると、当然のことのように彼女の後ろに控えた。

「……さて。君たちに一つ言っておかねばならない。ペンタスの魔女にできることは限られている。いや、正確に言うと、動けないんだよ。理由は……君なら知ってるね?」

魔女は淡々と話し始め、ダグラスに目を向けた。少年は頷く。

「はい。政治家は、その……すべてではないにせよ、貴女(あなた)の力を利用したがっているから……。貴女が表立って動けば、保たれていた均衡が崩れてしまう」

「そのとおりだよ。だから、君たちにしてやれることといったら、ヴァルに頼んで情報を集めてもらうことくらいだ」

そう言って彼女はテーブルの上に先ほどの包みをのせる。

エリスとダグラスが顔をあげると、モールヴァルフが無表情に言った。

「政府病院が何をしているか、知りたければ読んでみろ。お前たちの友人だという子供も、無関係ではなさそうだが……尤も、関係しているのは父親のほうだと思うがな……それから、小娘。その通信機、見させてもらった。データは消去されていたようだ」

「み、見させてって、どうやって……?」

これは切り替えモジュールを繋げてやらねば電気エネルギーを通せないほど古いものだ。その本体のコードが切られている以上、分解してメモリを取り出さねば確認できないはずなのである。だが、見たところ通信機はそのままで、いじられた形跡もない。

「触れば見える。……だが、もう一つ奥にチップが見えた。特殊なブロックがかけられているようだからな。私には解読できなかった」

「チップ? なんですか、それ……?」

「知らん」

にべもなく返され、肩を落としたエリスだったが、とりあえず目の前の書類から目を通すことにした。

「ダグラス、手伝って」

「うん」

二人はソファに座りこみ、厚いファイルを手分けして確認し始めた。



 給仕ロボットに二人をまかせた魔女は自室へと歩いていく。その後ろをモーヴァルフがついていた。

「……動けないとか言って、どうせ動くんでしょう、あなたは」

「どうかな。【ペンタスの魔女】は動けないが、【千早】なら動けるぞ? それはともかく、原因が私なら、とばっちりを受けたのはあの子たちのほうだろう? ……なんだな。誘拐された子を救出する星の下に生まれたのかな、私は」

「またそんな楽しそうな顔をして! まだそうと決まったわけじゃない。無関係かもしれない」

美しい顔をしかめたモールヴァルフの頭を、魔女―― 千早はわしゃわしゃとかき回した。

「心配するな。お前を迎えに行ったときだって大丈夫だったろう?」

モールヴァルフはぐっと詰まり、ひどくおぼつかないような顔で女を見つめた。

「それは、あのとき俺はまだ子供で………千早は俺を心配させるようなことばかりする……。「お願い」をきくのはいつも俺だし」

「おや、それは悪かったね。じゃあ、お前の「お願い」はなに?」

珍しく愚痴らしいことを言った青年に、目をぱちくりさせた女はちょっと小首を傾げてみせた。モールヴァルフは顔を寄せ、彼女の耳元で何か囁いた。途端、千早の目が大きく開かれる。

「デート? ……たまに可愛いことを言うね、お前は。もちろん、いいとも」

「たまに? それはおかしい。いつも可愛くしているのに」

その言葉に大きく吹き出した女は、楽しげに笑いながら自室へとはいって行ったのだった。






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