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巌牆

 当初、仁と二人――単身ともいうが――で政府病院に行こうとした千早と一悶着あったのは言うまでもない。

 自分も連れて行くか、銀の竜を連れて行くか、さもなければ絶対に外に出さないと……それこそ決死の覚悟で言い募ったモールヴァルフに折れたのは千早の方だった。無論、仁の口添えがあったればこそだったのだが。

 いささか憮然とした面持ちで、ガブリエルの背に乗った千早を見送るモールヴァルフの傍らへ、不意に低い美声が笑い含みに落ちてきた。

「そんなに心配しなくても、千早殿は無事に帰って来るよ」

 空間から突如として現れた黒衣の男に驚いたふうもなく、モールヴァルフは冷ややかな一瞥を投げる。

「……そんなことは分かっている。私が気に入らないのは、わざわざ千早があのチビを迎えに行ったことだ」

 モールヴァルフの吐き出すような声音に、男は苦笑を返した。

「それは、仕方ないよ……。千早殿とウルフには、千早殿と仁にある絆と同じモノが存在してるからね」

「…………そんなことは、知っている……」

 ――とうに知っている事実だ、そんなことは。それでもこの腹立ちだけはいかんともしがたいのだ。

 脳裏を過ぎる数々の記憶……

 五十年前、オルベック――あの狂った医者によって実験材料にされかけた自分の前に現れたのは、千早とガブリエルだった。炎の中、金の光を纏い右手に黒い大刀だいとうを引っ提げた千早の姿は、今でも鮮明に覚えている……

 モールヴァルフの追想を知ってか知らずか、黒衣の男は楽しげな口調で言う。

「……下手すれば五十年前以上の大惨事になるかもね……なあ、竜皇子?」

「私の知ったことか。大惨事が嫌ならチビの血縁である貴様が迎えに行け、バルドイーン・ブライトナー。…………まあ……此度、政府病院とかいうあの悪巣が生き残ったとしても、いずれ私が粉塵に変えてやろう……二度と建設などできぬように」

 底冷えのするような声音で淡々と言い放ったモールヴァルフを、伝説の魔法使いとも言われている男は深い苦笑とともに見送った。

 そして、無論のこと、シヴァーンも手をこまねいているはずもなかったのだが。



     ***



 理事長室に集まっていた面々は爆発音に驚き、思わず窓の外へ目をやった。

 表門は砲撃によって破壊され、逃げ惑う人々を蹴散らすように軍の隊列が進攻を開始した。

「軍が入ってきます!」

「何だと……?!」

 浮足立ち、逃げ出そうとしていた者たちは、別の窓からきらりと光ったものへ反射的に目を向けた――その視線の先。

「…………っ! な、何だ、あれは……?!」

 輝く白金の光。

 一瞬、軍の戦闘機かと思ったが、風を叩くように羽ばたく飛行機などない。

 凄まじい速さでぐんぐん近づいてくるその姿をはっきりと視認したとき、彼らは唖然として立ち尽くした。

「ド、ドラゴン――?」

 想像上の生物。子供だましのファンタジー小説に出てくる巨大な怪物。この現実世界にそんなモノが存在するはずがない……そう、誰もが思っていた。

 だが今、彼らの目の前にその巨大な生物が現れている。

 銀色の竜は、研究棟のある地点で急降下した。

 その一瞬、竜の背に乗っていた人物の金色の光を放つ双眼が、窓から見ている者達を射抜く。

 度肝を抜かれたように立ち尽くす人々の中、

「……ま、魔女……」

「え……?」

 絞り出すような声に振り向くと、理事長が顔面蒼白となっていた。

 この惑星で【魔女】と呼ばれるのは唯一人しかいない。

 五十年前、この病院の研究棟を破壊した人物であることも、彼女の五十年前の姿も資料で《ヽヽヽ》知っていた。

 この場に居るほとんどの者は、当時十歳足らずの子供だった。そして、その事件があった時、この場に居る全員が他惑星で暮らしていた。

 だから。

 この惑星の極秘資料を見た時も鼻で笑った者がほとんどであり、魔女と呼ばれる存在も何代も受け継がれた呼称なのだろうと思っていた。百五十年前から若く美しい姿のまま生きているとか、まことしやかに噂されてはいるが、所詮はオカルト好きの者が広めているにすぎないと。

 ――その五十年前と寸分違わぬ女の姿が……

「魔女って、ペ、ペンタスの……?!」

「まさか……?! ほんとに居たのか……?!」


 五十年前、魔女の怒りを買ったのはオルベックという名の若い医者だった。

 彼女の養い子である幼い子供を攫い、人体実験しようとしたのだ。

 その怒りと報復は凄まじく、政府病院の病棟を除いて破壊されたのだと……


 なぜ、今、ここに魔女が現れた……?

 軍の立ち入り捜査は議員の息子が攫われたからだが、彼女は絶対いち政治家に対して肩入れするようなことはしなかった。

 ならば彼女の怒りを買った要因が別にあるということだ。


「け、研究所長……オルベックという者は……」

 それに思い至った一人がオルベックについて問い質そうと振り向く。だが、既に研究所所長の姿はどこにもなかった。

「逃げたのか……っ!」

 誰かの声に、人々は申し合わせたように蒼白になる。

 そして、我先と脱兎のごとく理事長室から飛び出して行き、ただ一人、理事長だけが案山子のように呆然と立ち竦んでいるだけだった。





 何とかもう一つの扉を見つけ出し、細長い通路を抜けて階段を駆け上っていたエリスとダグラスの耳に二度目の爆発音が届いた。

「――?!」

 軍が突入を開始したのか……?

 ドアを押し開けるようにして廊下へと飛び出した二人の目を眩しい光が射抜く。

 瞬いて何とか目を慣らし、方向を確認しようとした彼らの目に飛び込んで来たのは破壊された建物と白金の光だった。

「な、なに……?!」

 陽光とは明らかに違う輝きにエリスは目を凝らす。

「…………マジかよ……」

 ダグラスが唖然としたように呟いた。

 破壊され、土煙が上がる中にそそり立つ銀色のドラゴン――その背の翼が大きく開かれ、薄い銀の幕を作った。

「……っ!」

 思わず駆け出したエリスの目に映ったのは、飛び立つドラゴンの背で反射した黄金の光だった。

 それを深々と一礼して見送るのはウルフの執事、オリヴィエ。

「オリヴィエさん! ウルフちゃんは……」

 エリスの問いに、老執事はにこりと笑って「ただいまお帰りになりました」と上空に目を遣る。

「……よかった……魔女が助けてくれたのね……」

 ほっと息を吐き、憚るように小声で言った少女に、オリヴィエは、おや、という表情かおを向けて穏やかに微笑んだ。

「ご心配をおかけしてしまったようで、申し訳ございません。……お兄様とお友達は見つかりましたか?」

「いえ、まだ……」

 エリスの応えが言い終わらぬうち、オリヴィエは持っていたレーザーライフルを一挙動で構え、撃ち放つ。

「……っ?!」

 あまりの早業に仰天する少年少女の目の前、扉を壊された部屋から逃げだそうとしていた警備兵の一人が悲鳴をあげてひっくり返った。彼の足があった場所にたったいま穿たれた溝がシューシューと音をたてている。

「……では、僭越ながら、わたくしもお手伝いさせていただきます」

 何事もなかったかのようにオリヴィエはライフルをおろし、穏やかに微笑んだ。

「え……でも、ウルフちゃんは……」

「旦那様の元へお送りしていただけることになりましたので、大丈夫でございますよ。……さ、お早く。間もなく軍が入って来るでしょう」

「は、はい……!」

 オリヴィエとエリスの会話を聞きながら、ダグラスは複雑そうな顔をしていた。

 銃器の扱いや狙いの正確さ、反射神経……

(……このじーさん、やっぱただの執事じゃなかったんだ……)

 確かに、あのブライトナー次期総帥の執事など、普通の人間ではとうてい務まりはしないだろう。

「ダグラス、急いで!」

「あ、ああ」

 呼ばれて、ダグラスは慌てて駆け出した。


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