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潜入

 ――何故、あんたがここに……?


 ランディの問いに応える気がないのか、それとも声が届かなかったのか……トイは無言で彼をいずこかへ移動させ、床へ落とすとそのまま姿を消してしまった。

 きつく拘束されていた両手足は若干ゆるめられてはいたが、自由に動かすことはできなかった。


 ――エリスは無事なのだろうか? 大人しくしていてくれればいいのだが……

 あの子がオルベックに掴まることが、何より恐ろしい。


 ――何故、あんな狂った老人がここへ……?


 そこまで考えて、ランディはふと違和感を覚えた。


 ――そもそも何故、自分はこの病院へ召致されたのか


 無論、いくつか候補はあった。

 金銭的・時間的な余裕が欲しかったからここを選んだのだ。だが、現実はどうだ。まったく機関の異なる研究所へなかば強制的に組み込まれ、挙句はこのざまだ。


 『へえ、研究所へ異動? 珍しいこともあるもんだね。あそこは病院とは別機関なんだけど……ソールン、知り合いでもいたのかい?』


 夜勤で一緒になった医師はそう不思議そうに訊いてきたが、無論、研究所に知り合いなどいない。

 外科手術の技量を見込んで……などと言われたが、果たしてそうだろうか?

 今から思えば、他星系の小さな惑星で医者をしていた自分が、なんの伝手もなくいきなりこの惑星の政府病院から召致を受けたことからしておかしな事だったのだ。

 考えられるのは、父と自分が入っていた組織――【医学会】から情報が回ったということだが、あれはあの星系だけのものだったのではないのか……?

 組織の内情といえば、医学の発展のためなどという大義名分のもと、今の政府病院の研究所と似たり寄ったりだったが。

 両親が亡くなったあと、振り払うようにして脱会したはずの組織から、身を隠すようにして転々としてきた。いくつかの星系を経て、やっと辿り着いたのだ。ここに。

 それなのに……



「……坊ちゃんは、医者になるのかい」

 昔、通信機のメンテナンスに来ていたトイがおもむろにこう訊いてきたことがあった。

 そうだ、と応えた自分に、彼は少し眉根を寄せ、低く言った。

「そうかい……だけど、親父さんと同じ医者組織には、入らない方がいいんじゃねえかな」

「……何故?」

「噂じゃ、あんまロクでもねえって聞くからな……」

 その言い種にムッとして反論したランディに、だが、トイは肩を竦めただけでそれ以上なにも言わなかった。

 その夜、父親に憤然としてそのことを話したのだが……

「……私も、トイと同意見だよ、ランディ。お前はやめておくといい」

 父親の応えに驚いたランディは理由を尋ねたが、詳しい内容を聞くことはできなかった。ただ、トイはそういった裏社会の事情に精通しているのだと……。

 結局そんな会話があったことなど忘れ、数年後、医師免許を取得したランディは自分の意志でその組織に入ったのである。



 【医学会】はこの惑星の政府病院と根が繋がっているということなのだろうか?

 その内情を洩らされないようにするために自分を捕えたと……?

 それにしては手が込み過ぎてはいないだろうか?

 そして、この時期、トイが現れたのは偶然なのか……?

(……わからない……)

 ランディは深く吐息した。

 今さら悔やんだところでどうしようもない。自分がこうなったのは自分の落ち度だ。

 それでも、エリスだけは何としても守りたいと思う。

 あの子だけは【医学会】にも研究所にも、渡すわけにはいかないのだ、絶対に――!








 大混乱をきたしている中、もみくちゃにされながらもダグラスとエリスは病院内へ転がり込んだ。

「大丈夫か、エリス……?」

「う、うん。なんとか」

 ダグラスに頷き返し、ちらりと騒動を見遣る――無論、二人に気づく者はなく、これ幸いと彼らは何食わぬ顔でそっとその場を離れていった。


 病棟には入らず、ぐるりと回り込むように歩いていた二人は、辺りに誰もいないことを確認して一旦ベンチに腰を下ろす。

「……入口は、いくつかあるのね……外から開くのかしら……?」

 モールヴァルフから渡された地図を見ながら呟く。

 病院と研究所を繋ぐ地下通路と外から入れる扉が一箇所、他に小さな出入り口が三か所あるようだ。

 兄がいる部屋に一番近い出入り口だと、ここからちょうど反対側になる。

 いずれにしても、まずこの病院の敷地から研究所へ侵入を果たさなくてはならないのだ。


 ――生きて還る準備を整えてから行け


 トイの言葉が蘇る。

 自分は兄を、ダグラスは親友を助け出すことが最優先事項だ。

 エリスはダグラスに別行動を提案してみた。だが、彼は断固として首を縦に振らなかった。

(……ダリューンは軍が見つけてくれるかもしれないのに……)

「ダグラス……」

「え?」

「あの……ありがと……」

 唐突なエリスの礼に、ダグラスは一瞬きょとんとしたが、微かに頬を赤らめ 「べつに……俺もダリューンは助けたいし……」 などとぶつぶつ呟いた。そして、視線の先にある人影に気づく。

「……エリス、あれ……」

 ダグラスが注意を促す。示された先――木々の向こうに大小の人影が見えた。

「えっ、ウルフちゃん……?!」

 仰天してエリスが立ち上がる。

 老執事と小さな金髪の少女が病棟の裏戸口の中へ消えた。

 なぜあの子がこんなところへ……?

 呆気にとられていた二人だったが、ダグラスが眉根を寄せて言った。

「あの子、ここに来るとヤバイんじゃないか……?」

「え……?」

「この状況でブライトナー次期総帥がこんなとこへ入って、万一病院の奴らに掴まってみろ……」

 事情がよく呑み込めていないらしい少女に、ダグラスは簡単に説明する。

 ブライトナー一族とは表裏の社会を仕切っている強力な一族である。その影響力は計り知れず、ペンタスの魔女と同じくその力を欲しがる者は後を絶たないのだ。それは惑星政府にしたところで同様――そうでなくとも政府病院の存亡が掛かっている今、こんなところへ入り込んで捕まれば、交渉材料として使われかねないのである。

「……まあ、次期総帥と言われていたところで、冷徹なブライトナー現総帥が曾孫のために動くとは思えないけど……もし動くとしたら、ブライトナー一族と政府軍の全面抗争になる……かもな」

「まさか……」

 エリスは半信半疑で笑いかけたが、ダグラスのほうはいたって真面目に首を振った。

「エリス……君はブライトナーの怖さを知らない……前に言ったろ? あれは魔法使いの一族だって」

「……比喩じゃないの……?」

「違う」

 断固とした彼の返答に、エリスは蒼白になった。

 ウルフが何故ここに来たのかはわからないが、彼女に何かあれば大変なことが起こることは理解できた。

 以前、ブライ・ブライトが懸念を口にしたことがあったが、それはエリスの想像以上に、ウルフは常に危険に晒されているということだ。

「ダグラス、追っかけよう! ウルフちゃんは家に帰さないと!」

 駆け出しながら言うエリスに、

「兄さんはいいのか?」

 心配そうな顔をしたダグラスだったが、それへは苦笑が返ってきた。

「ウルフちゃんの身の上より、兄さんのほうがまだマシかもしれないわ。……まがりなりにも、ここの医者なんだもの」

 ――無事でいてくれればの話だけど、という内心は呑みこんでおく。

 二人はウルフとその執事が入って行った病院の裏口から飛び込んだ。

 院内は騒然としており、誰もが表の騒動に気を取られているようだ。

「こっちだ、エリス」

 ダグラスはざっと辺りを確認したあと、さっさと歩き出す。どうやら地図は頭に叩き込んでしまったらしい。

 そうして地下への階段を下りている時、階下でバタンと扉が閉まる音がした。

「――っ!」

 エリスとダグラスは慌てて駆け下りる。

 彼らの前に現れたのは危険区域と表示された扉と、その奥にひっそりとたたずむ幅の狭い扉だった。

 そろりと近づいたエリスのつま先に何かがコツンと当たる。

 小さなキーホルダーのようなものが落ちており、彼女はそれを拾い上げた。

「……何かしら……あっ!」

 それを見たエリスは息を呑んだ。

 ダグラスが彼女の手元を覗き込む――それには【研究員 ランディ・ソールン】と刻印されていた。


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