表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/21

異心

 「……ですから、私は彼を招き入れたのです。今後の医学界に大きな貢献をしていただけるであろうと……。それが、よりにもよって将来有望な少年までをも実験対象と考えていたとは、夢にも思いませんでした……。あの時、若い医者の懇願を聞き、彼を招き入れたことは、私の落ち度です……」

 研究所所長は心痛を滲ませた口調でそう語る。そして、オルベックがいかがわしい実験に着手したことを知ったとき、その若い医者に連絡をとろうとしたがすでに行方不明になっていたことも……。

 それは政府病院……というより研究所を陥れようとする者の仕業だったのではないか――研究所所長が遠まわしにそう呟くと、人々がざわりとした。

「……それは、ありえぬことではない……」

 理事長の苦々し気な声がざわめきを鎮める。

 実際のところ、過去何度もそういうことはあったのだ。そのたびにあらゆる手段でそれをもみ消してきたことも事実だ。

 だが、今回に限っては……

 重苦しい沈黙が支配する中、慌ただしい足音が近づいてきた。

「た、大変です! 軍が……軍が発砲して病院内に踏み込んで来ましたっ!」

 叫びながら、秘書の一人が駆け込んで来る。

「何だと……!?」

 政府病院理事長以下、主だった面々はありえない状況に驚愕して立ち上がった。

 折しも研究所所長を呼び出し、状況確認を行っていたさなかである。

 だが、彼らは充分時間稼ぎができると思っていた。研究所で研究開発されているものの一部は、軍へ供給されている【兵器】だからだ。一議員が政府病院の立ち入り捜査を軍へ要請したからといって、そうやすやすと動くことはあるまいと――

 それがだ。

 愕然と佇むなか、だが、研究所所長は不思議なほど静かな声で言った。

「心配ございません。軍が研究棟へ踏み込んで来たとしても、何も問題はないでしょう」

「……?」

 怪訝そうな顔をした人々に、研究所長は笑ってみせる。

「今回のことは全て、あの狂った老人が仕組んだことです。……我々の知らぬところで……」


 ――そして件の少年が運よく生き延びていたとしても、この世から去っているだろう……今頃は……。






 「お嬢様、旦那様のお言いつけを破っては……」

 ブライトナー家令嬢の執事であるオリヴィエは、小さな主が起こそうとしている問題行動について苦言を呈した。

 この小さな少女についているのは『ブライトナー次期総帥』という恐ろしいまでの肩書である。それはブライトナー一族にとどまらず、『魔法使いという種族』の総帥ということだ。普通であれば、屋敷の奥深くで大切に扱われ、時の至るまで決して危険な目にはあうことなく過ごしているはずである。

 だが、現ブライトナー総帥であるシヴァーンはウルフにそれを求める事はなかった――それは、とりもなおさず、この幼い少女が何者であるかを知っているからに他ならないのだが。

 ウルフは小さな手をぎゅっと握りしめ、決然とした表情で老執事を見上げた。

「わかっているわ、オリヴィエ。でも、わたくしだって魔女様やおねえちゃまの力になりたいの! ……おねえちゃまにはお医者様のお兄様しかいらっしゃらないのよ……あの時、ものすごく悲しそうに泣いてらっしゃったの……。魔女様がお城からお出でになれないのはわかっているわ。それに、曽祖父様おじいさまも……曽祖父様が助けて下さらないなら、わたくしが助けるの……!」

 オリヴィエは束の間の沈黙のあと、静かに目を閉じ、言った。

「…………お嬢様のお心は承知いたしました。それでは私もお供いたします」

「オリヴィエ……!」

 ウルフは目を輝かせ、嬉しそうに笑った。


 花束を持ったウルフとオリヴィエは政府病院の裏門から入ろうとしたが、案の定、ここにも政府病院の警備兵が立ち塞がっていた。

「お兄様のお見舞いに来たの。入れてくださいな」

 ウルフは可愛らしく警備兵にお願いする。

 困ったような顔をした二人の兵は、ウルフとオリヴィエを交互に見やり、首を振った。

「今日は軍が入ることになっている。申し訳ないが、明日出直していただきたい」

「……困りましたね……明日は坊ちゃまの手術なのです。難しい手術になりますから、明日では……」

 オリヴィエは少女に憚るように低く、言外に「時間がないのだ」と告げる。

 顔を見合わせた警備兵は、さっとあたりに目を配り、二人を通した。

「ありがとう、おじちゃまたち」

「感謝します」

 少女は嬉しそうに笑い、オリヴィエは丁寧に一礼すると、病棟へ向かった。

 オリヴィエは病棟の奥にそそり立つ建造物をちらりと見遣る。

 おそらくは、あれが研究棟――無論、彼はそこがどのような場所かは知っている。病院という隠れ蓑の裏で、政府軍へ『恐ろしい兵器』を供給することで成り立っていることも。


 表の騒動に気を取られているせいか、病棟の裏口には誰もおらず、二人はすんなりと入り込んだ。出入り口に設置された監視カメラを避け、死角を選んで移動する。

「……ねえ、オリヴィエ……」

「し。……研究棟へはおそらく、一度外へ出なければ行けないでしょう」

 ウルフを制止するよう片手を上げ、オリヴィエは低く小さな声で言った。

 子供の声は高く、良く透る。万一、誰かに気づかれれば危ういことになる。

 ざっと位置関係を反芻したオリヴィエは、さりげなく胸元の銃を確認して少女をいざなうように歩き出す。

 病棟から研究棟へつながる通路は見つからないだろう。別機関として存在しているなら尚更……。知っているのは週に二回別の門から貨物車トラックが入る事。それ以外に出入りできるような場所はない。

(……地下……)

 ざわめきが遠く聞こえてくるが、こちらにはナースの一人さえおらず、オリヴィエとウルフは非常階段の方へするりと入り込んだ。

 壁に貼られた案内版には、関係者立ち入り禁止の文字と、放射性物質による危険区域であると示されている。

「…………」

 その扉に手を掛けた時だった。

「よしな。危険区域だって書いてあんだろう?」

 ふいに掛かった声に、オリヴィエは反射的に胸元に手を入れ、ウルフを庇うように振り返る。

「……動くなよ」

 だが、相手は既にレーザーライフルの銃口をこちらに向けて立っていた。

(いつの間に……?!)

 オリヴィエは冷たい汗を感じながら、相手を凝視する。まったく気配を感じなかった――こんな間近に居て、この自分が気付かなかったとは……!

「……トイおじちゃま……?」

 ウルフが驚いたように呟く。

「……また会ったな、お嬢ちゃん。……飛んで火にいる夏の虫ってな、こういうことだな……」

 警備兵に扮したトイは、にやりと笑ってみせ――そして、二人を連行して地下扉の向こうへ消えた。






 「――――っ!」

 ペンタスの魔女ははっとして顔を上げた。

 ウルフ……?!

「……御前……」

 仁が微かに眉根を寄せ、囁くように声をかける。

 少年少女が軍突入の機に乗じて政府病院への侵入を試みたのは知っていた。

 シヴァーンから、きつくあの少女の問題に首を突っ込むなと言われていたはずだが……だからこそ、納得がいかなかったのだろう。

 昔からそうだ。あの子は……

 ふ、と魔女の唇が笑みを刷く。

「……あの子を迎えに行くよ、仁」

 半身である主の表情かおを見遣り、仁は微笑んだ。

「御意」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ