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紛擾

 その老人の、ちぢれた蓬髪の下からは狂気にぎらつく目玉だけが覆面から覗いていた。

 周囲の騒ぎも彼にはまったく興味のないことのようだった。

「……私の手で、造るのだ……あの強大な……」

 熱に浮かされたように繰り返される呟きは、無論、研究者たちには意味不明である。そればかりか、彼が行っているその実験は【医学の発展】などという大義名分など端から存在していないかのようで、政府病院の研究員たちをして、常軌を逸していると戦慄させるほどのものだったのだ。


「……オルベック博士。研究の成果はいかがですかな?」

 副所長はにこやかな表情で研究材料に熱中している老人に近づく。その手元にあるおぞましいものを一瞬見やり、嫌悪感に眉がピクリと反応する。

 オルベックは顔も上げず、応えた。

「……普通の人間の細胞では実験にもたん。もっと強靭なものでなくては……お前たちが持ってきた材料の良い部分だけを取って様々な生物のすいと合わせてみたが、やはり全体的にバランスがとれん。何よりいびつだ」

 百人近い人間を切り刻んだ理由が『それ』である。

「……これでは、至高の存在が持つ能力を備えた新しい人類を誕生させることなどできん」

「…………」

 老人の言葉に、研究員たちはぞっとしたように思わず顔を見合わせた。

 この老人の頭の中は一体どうなっているのだろう?

 そして

 なぜ、こんなことになったのか……?



 オルベックを連れて来たのは研究所長だ。

 無論、研究員たちはその経緯は知らされていない。噂では、ある若い医者が彼の技量を活かせるのはここしかないと思い、所長に紹介したのだということらしかった。

 『新しい人類の創造』――

 当初、研究員たちもこの言葉に湧き上がったが、誰が用意したものか、大量に連れてこられた浮浪者たちが実験材料だと知って目を疑った。

 ――こんな多数の人間が一時に消えれば騒ぎになる――

 だが、浮浪者たちを集めてきた若い男は、へらへら笑いながらこう言った。

「なに。心配いりませんよ。ここんとこサタナに流入する人間には軍も手を焼いてますからね。入港チェックが厳しくなったって、密入は続いてますから」

 では、今回の件は軍部も暗黙の了解のもとなのか――研究員の一人がそう訊ねるのへ、若い男はにやりと笑って肩を竦めただけだった。



「……あんな爺をここへ入れなければ……」

 小さく、吐き出すような低い呟きが研究員の中から漏れる。

 ぎょっとしたように声のした方を見やる者が幾人かいたが、同意する者の方が多かった。

 彼らの視線の先で副所長がくるりとこちらを振り返る。

「さあ、君達。ぐずぐずしていないで地下へ行って少年を探してきたまえ」

「な、なぜ我々が……」

 思わず叫んだ研究員の胸元にレーザーライフルの銃口が向けられる。

「行きたまえ」

 副所長の鼠のような小さな目に、酷薄な光が浮かんだ。


 研究員たちを飲み込んだ地下室の扉の前にはライフルを構えた警備兵が見張りに立ち、その報告を受けた副所長は抑揚のない声で言った。

「五分後、毒ガスを充満させる。君達はガスマスク装着後に地下へ入り、研究員たちを【部屋】に放り込みたまえ。……速やかにやりたまえよ、生きて帰りたいなら」

「……了解」

 警備兵は軽く敬礼して走り去っていった。




「くそ……っ! あの鼠男……! 俺達をここで殺すつもりじゃないだろうな……?!」

 研究員の一人が毒づいた。

 だが、誰もそれに異を唱える者はない。

 あの男ならやるだろう。証拠だけでなく、関係のあるなし関わらず、その周辺に存在するものすべて抹消することに何の躊躇いも持つことなく――。

「議員のガキなど知ったことか! 別の出口から出よう。いつまでもこんな所にいられるか!」

 地下の闇の中――それでも何度か出入りしている彼らにはいくらか見当がつくらしい。

 研究員たちは壁伝いに足早に歩き始めた。

 その最後尾についていた研究員は、いきなり口を塞がれ、地下階段の脇に引きずり込まれた。

「……おっと、騒ぐんじゃねえよ。ちょっと聞きてえことがあるんだ」

 レーザーライフルを突きつけられ、「ひっ」と息を呑んだ研究員に、男が低く尋ねた。

「あんたぁ、ランディ・ソールンてぇ医者がどこにいるか知らねえかい?」



 ――ランディ・ソールンは外科手術の技量を買われて研究室に入ったのだ、と。

 そもそも病棟の医者が研究室へ異動することはまずない。

 同じ政府病院内とはいえ、まったく機関が異なる場所なのだ。

 それが何故か、ランディ・ソールンにおいては異例中の異例として決定したのである。研究員によると、ランディは病棟での勤務を強く希望したらしいが、どうやら聞きいれてはもらえなかったようだ。

 結局、何がそうさせたのか、ランディは研究室で勤務することになったのだが……あの狂った老人が加わったことで、彼は研究室を出たいと申し出たのである。

 無論、そうでなくともいかがわしい実験を行っている場所だ。それが「新しい人類の創造」などというバカげた妄想を掲げ、同じ人間を切り刻むようになった――それを外へ洩らされては困るのである。

 そして、あの大量の浮浪者たちと同時期に連れて来られたのがダリューン・テイルだった。

 何故あの少年が連れてこられたのかはわからない。ただ、あの少年もおぞましい実験を目にしてしまった。為に監禁され、あろうことかランディは少年を逃がしたのだ。

「……あんな、地下で逃がしたところで今頃はどこかでミイラになってるだろうさ……勝手知ったるおれたちでさえ、出入り口を誤ることがある」

 どこか疲れたような口調で言った研究員に、警備兵の男は軽く笑った。

「……へえ。隠し扉みたいなもんかい」

「まあな……」

 研究員は何を思ったのか、警備兵に数か所の出入り口を教えたのである。

「いいのかい、そんなことを俺に教えて」

「べつに。好きにしろよ……はあ……なんか、もう疲れちまった」

 ふん、と鼻で笑って壁に寄り掛かった研究員は目を閉じてしまった。

 男はにやりと笑い、持っていたガスマスクを放ってやった。

「……じゃ、お返しに、こいつをやるよ。使うも使わないのも、お前さんの好きにしな」



 警備兵の男は足早に進み、教えられた部屋の扉を蹴り飛ばした。

 壁際に倒れ込んでいる青年へつかつかと歩み寄る。

 男はライフルの先で小突く様にして、彼――ランディを上向かせた。

 青年の瞼が震えるように開き、緑の目がのぞく。

「……よう、久しぶりだな、坊ちゃん」

 その声――そしてその男の相貌に焦点があったとき、ランディは驚愕に目を見開いた。

「……っ! トイ……!」






 政府病院の表門には病院内へ押し入ろうとする野次馬と取材クルー、それを何とか押し戻そうとする病院の警備員たちの怒声と罵声が響き渡っている。

 当然、この騒ぎに見舞いに来た者たちも締め出されてるのか、花束など見舞いの品を手にしつつ、困惑したように立ち往生していた。

 エリスとダグラスはその群衆に交じりながら軍の到着を待っていた。

「こんな状態じゃ、怪しいって言ってるようなもんだけどな……。……っ! エリス!」

 ダグラスが呟き、傍らの少女に注意を促す。

 彼の視線を追った先に、軍のランドカーが轟音とともに近づいて来るのが見えた。

「…………」

 エリスの唇がきりりと引き結ばれる。


 ――お前の兄がいる部屋はここだ


 モールヴァルフがそう言って、一枚の見取り図を渡してくれたのはつい先刻のこと。

 図書館という図書館を探し回って政府病院再建時の見取り図をやっとのことで手に入れたエリスとダグラスだったが、肝心の研究棟地下の図面は存在していなかった。

 上階の造りから廊下や部屋の並びなどを目測していた二人には、モールヴァルフからもたらされた地下図面は願ってもない幸運だった。

「ありがとうございます! ……でも、どうして兄がここにいると……?」

 エリスの疑問へは、冷たい一瞥が返ってきただけだったが。


 ランドカーから武装した数十人の兵たちが駆け下りてくる。

 司令官らしき男が声を張り上げ、門を開けるよう要請した。警備員と軍の方で押し問答があったようだが、軍は武力行使に踏み切ったのか、閉ざされた病院の門へ発砲したのである。

「……驚いたな。軍が政府病院へ発砲するなんて……」

 ダグラスの呟きに不思議そうな顔をしたエリスだったが、

「それって……軍も一枚岩じゃないってこと……?」

 その言葉に、ダグラスは悪戯が成功した悪童のような顔でにやりと笑ってみせた。

「……っ」

「前へ進め!」

 怒号のような司令官の声が響き渡り、次いで、門の前に群がっていた群衆が蹴散らされる。

 はっとしたようにそちらへ注意を向けたダグラスが小さく、鋭く言った。

「行くぞ、エリス!」

「ん!」

 エリスは頷き、ダグラスが差し出した手をしっかりと握り返す。

 二人はその騒ぎのただ中へと突っ込んでいった。


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