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 議員の子息が誘拐された事件はまたたくまに惑星全土に知れ渡った。ニュースはテイル議員の切々たる訴えを何度も放映し、誘拐犯への痛烈な批判を口にのぼせた。議員個人が行方を追っていた中で、ダリューンが政府病院付近で目撃されたこともそれとなく付け加えておく。

 テレビジョンには疲れたような様子のテイル議員と、ごく最近のダリューンの顔写真が流れ続ける――学校は寝耳に水の大事件に騒然となり、校長はじめ、教頭、担任が大慌てでテイル邸へ訪れた。無論、その姿も押しかけていた放送局のカメラにおさめられた。

 そして。


 窓もなく簡易テーブルと椅子がぽつんと置かれた殺風景な部屋。染みだらけの白衣を着た男は自堕落な格好で壁に取り付けられているスクリーンをぼんやりと眺めていたが、画面に現れた「顔」に引っ掛かりを覚える。どこかで見たな、と呟いて――思い切り椅子を蹴飛ばして立ち上がった。

「誘拐……? 議員の息子だと……っ!?」

画面に並ぶ顔を見れば嫌でも親子だとわかる。だが、あの青年と会った研究員の誰もがそのことに気づかなかった。当然だ。議員の顔など誰も覚えてはいない。

 「材料」だと思っていた。自分だけではない。他のメンバーだってそうだ。あの頭のおかしい気味の悪い老人が来てから、そういう「材料」がごろごろ入ってきた。だから――

 別口で運ばれてきた青年の使い道は指示待ちということで監禁していたのだ。それをソールンが食事係になったときに逃がしてしまい、青年の行方はわからない。今頃こういう騒ぎになるなら外へは出ていないのだ。おそらく、まだこの研究棟にいるはずだ。

議員が個人的な調査で政府病院付近での目撃情報を得ているのだとしたら……

「冗談じゃない……」

白衣の男は蒼白になった。そして、部屋を飛び出して行った。




 サマスターン通りでヤンと別れたトイは、ある古ぼけたビルへと入っていった。

エレベーターなど電気設備はあっても動きはしない。まっとうな者ならこんな場所にあるビルなど買おうとも借りようとも思わないだろう。ここは廃ビルのひとつだった。

薄暗い階段を昇っていき、二階の奥の部屋へと向かう。扉の脇に見張りが一人、彼を見つけると深々と一礼した。

 部屋には数人の男女が集まっていた。

「よう」

トイは軽く声をかける。

無言の返答が返ってくるが、トイは気にも留めなかった。

妖艶な雰囲気の女、片頬をゴーグルで覆った巨躯の男、右腕が義手の男、そして、どこか落ち着きのない若い男――この数人が今回、トイが個人的に仕事を振った面々だった。もっとも、若い男は自分から仕事をさせてほしいと要請してきたものだったのだが。

 トイは肩に引っ掛けていた鞄を埃の積もった机に放ると、その上へ腰掛けた。ポケットからタバコを出してゆっくりとふかしてから口を開く。

「――お疲れさん。お前たちにして欲しい仕事はここまでだ。あとぁ、自分で仕上げる。付き合ってもらった礼として言うが、このあとはすぐここを離れたほうがいいぜ。うんと、遠くにな」

飄々とした相貌に得体の知れない笑みが浮かぶ。女を含む三人は怪訝な色を目に浮かべたが何も言わず、小さく頷いた。

だが、若い男は納得できなかったらしい。不満を隠しもせず、仕事の途中で掴んだ情報を披露してみせた。

「あのガキを別口で攫ってあそこに放り込んだのはあんただろ、トイ? あんた、あの病院に恨みでもあんのかよ?」

「……若ぇの。詮索すんなよ。よけいな火の粉なんざかぶりたかねえだろう? 命は大事に使いな」

トイは人懐こい笑みを浮かべてたしなめた。他の三人は無表情にそのやりとりを眺めている。

 よくあることだ。この青年は組織でのし上がりたいのだ。誰でもが持つ欲望でもある。今回のこの仕事も、どこからか聞きつけトイに頼み込んでもらったものだろう。だが、若いからこそ知らない。組織としての仕事ではなく個人としての仕事を持ちかけてくるということは、一切の詮索、一切の個人的判断を持ち込むな、ということだ。ことに、「銀環」の主幹であるトイの仕事となれば、彼の手足となって動くということが絶対条件である。それができなければ、「トイの仕事」はできないのだ。

 言い募る若い男に辟易してきたのか、トイは口元には薄い笑みを浮かべたままではあったが、凍えるような声音で言った。

「坊主。最初に言ったはずだぜ。ちょいと大掛かりな茶番につきあってもらうってな。金取った後でぐだぐだ抜かすなんてなぁ、俺ぁそういうのは嫌いだ。そして、仕事を邪魔されるのはもっと嫌いだ」

トイの酷薄な光を宿した目が若い男を見据え、掌におさまるほどの小型レーザー銃のトリガーを、いたって無造作に引いた。

男は眉間を打ち抜かれ、驚愕を顔に貼り付けたまま床に転がった。

「……下水にでも捨てとけ。こいつの取り分は始末料としてお前ら二人で分けろ」

見張りとして戸口に立っていた男二人にそう指示すると、トイは部屋から出て行った。

「……バカな子ね」

トイが消えてしばらくしてから苦笑交じりの低い女の声がした。無論、声をかけた相手はもう片付けられてそこにはいない。

「茶番だからこそ失敗は許されないのよ……」

この茶番を成すために費やされた時間と労力を、あの若い男は知らない。経過と結果を完璧なものにするために、トイは下拵えには手を抜かない。それが組織の仕事であろうと、個人の茶番であろうとだ。トイという男はそういう仕事をする男だった。

どんな下らない仕事だろうが完璧にこなすからこそ、確実な報酬と信用も得られる。トイに個人的な仕事の手を頼まれるということは、それだけのものを勝ち取ってきたということだ。だからこそ、彼らは組織の中でも一目置かれる存在でいられるのだ。

「アタシだって、あのひとが何をやらかす気なのかわくわくしちゃうものねえ……でもま、仕方ないわ。邪魔だから退けと言われたのだから、せいぜい遠くへ引くとしましょうか。イイ子にしてないと、仕事させてもらえなくなるもの」

どこか狂気じみた恍惚とした表情の女は、うっすらと笑うと手をひらひらさせてドアの向こうに消えた。

それが合図のように残っていた者たちもひっそりと姿を消していった。

薄暗い部屋の中、くろぐろとした血だまりだけがとり残された。






 幸い、まだピキを実験に連れて行こうという動きはないらしく、ピキとダリューンがいる部屋は妙なのどかさがあった。

「……もうちょっとだ……」

ダリューンは鼻の頭と額に浮かび上がった汗を袖でぬぐいながら呟く。

ピキは大人しく鎖に繋がれた足を伸ばしている。青年は【鳥】を繋いでいる枷の螺子を外そうとしていた。

鎖を断ち切るには大掛かりな道具が必要だが、当然そんなものはここには無い。持っていた鍵を螺子の溝にあて、なるべく溝をつぶさないように慎重に力を加えていく。

少しずつゆるんでくる螺子を見て、気持ちが逸る。

(焦るな、焦るな‥‥)

そのとき、頭上でギイッっという音が響き、びくりと肩を震わせたダリューンの手から鍵が飛び出していった。

(やばっ!)

チャリンという甲高い音をさせて床に転がった鍵を、彼は咄嗟に手を伸ばして掴む。開けられた扉から陽光が差し込んでくる。そこへぬっと現れた影に思わず振り仰ぐと逆光の人影が見えた。

慌てて身を隠すがもう遅い。

(見つかった!)

すぐさま上から白衣の連中が降りてくるだろう。もう少しでピキの枷が外せるというのに! 鍵などあとで拾えばよかったのに!

襲い掛かる悔恨と恐怖で心臓が激しく脈打つ。

だが――

戸口からはいつものようにピキの餌が落ちてきただけだった。そして何事もなかったかのように閉められていった。

(なぜだ……? 見つからなかったのか?)

否――そんなはずはない。

束の間、呆然としたものの、ダリューンは勢いよく身体を起こすとピキに駆け寄った。

「ピキは食べてて! ひょっとしたらあいつらが来るかもしれない。その前にこいつだけは外しとかないと!」

「……アリガトウ」

どのくらい時間が残されているのかわからない。扉を閉めたあとで報告されるかもしれない。

ダリューンは全神経をピキの足枷に集中させ、螺子を外しにかかった。


 貨物車(トラック)の後ろで政府病院の裏門が閉じられていく。それをサイドミラーで確認しながら徐々にスピードをあげていった。

 なぜだか、今日は見張り役のだらけた研究員がいなかった。研究員ひとり居なくなったところで何ら問題にしないのか、それとも気づいていないのか……。

外の警備員たちも何ら変わった様子はないが、研究員が消えた理由など知れている。

(報告もせず逃げやがったわけか……)

作業帽の下でトイは嗤った。

明日にはこの病院に軍が入るだろう。誘拐させた青年はどこかで見つかるだろうとは思ったが、なんとまあ、あの巨大な鳥と一緒にいたとは。

「食うものに困らなくてよかったなあ、坊主」

くつくつと笑う声を聞くものはいない。

いびつに歪んだ小さな金属……繋がれた鳥……

「なるほど……。よしよし。がんばれよ、坊主」

仕事を任せた連中はとうにここから居なくなっているだろう。物好きが居残って命を失ったとしても、それは彼の責任ではない。

「……仕上げにとりかかろうか」

瞳を炯々と輝かせ、愉しげに呟いた。




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