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断雲


 修理の終わった古い通信機を元の場所に置こうとしたエリスに、技術屋の男は苦笑しながら言う。

「またぞろ荒らされて挙句ゴミに出されたんじゃ、浮かばれねえ。そいつはことが落ち着くまで隣の魔女さんに預かっといてもらいな」

それもそうかと思い直し、エリスは再び城の中へ持って入った。

 そして、彼女が家に戻ったときには、トイは急な仕事が入ったというメモを残して消えていたのだった。


置いていかれたような寂しさを感じていたエリスだったが、自分に関わったことでトイにまで危険が及ぶ可能性に思い至り、これでよかったのだと思うことにした。

 昨晩、この家でトイと話をしていたせいか、ずいぶん気持ちが落ち着いていることに気づく。

 兄がどうしているのかまったく手がかりはなく、同時期に行方不明のダリューンの情報も入ってこない。政府病院の怖気をふるうようなリストも、結局のところ何なのか確かなことはよくわからない……。

城に出入りしている自分とダグラスも、とりあえずは何事もないかのように通学している。

 政府病院に乗り込むつもりだと言ったエリスに、トイは苦笑した。だが、止めはしなかった。そのかわりこう言ったのだ。

 どんな場合でも(コト)に打って出るのなら、確実に生きて帰る準備を整えてから行くものだと。そして、目的を見失うな、と。

 エリスの目的は兄を無事に助け出すことだ。政府病院が何をしているのかなどということは、取り巻いている状況であって彼女一人でどうこうできる問題ではない。腹立たしい現状であったとしても、それに意識を奪われていてはならないのだ。

「……よし」

呟いて立ち上がったエリスは、おもむろに掃除をはじめた。




 教室に入ると甘酸っぱいフルーツの香りがした。

目ざとくエリスを見つけた友人の一人が笑って手招きする。

「いい匂いね」

見れば、クラスメイトの女の子の机に大きな赤い実が山盛りになっている。見たことのないものだ。

「今日ね、通りでこれを積んだ貨物車(トラック)に出くわしたの。箱を抱えてたおじさんが手をすべらせちゃって、転がったやつ拾ったらお礼にって。珍しい果物だから、みんなでどうぞってたくさんくれたの」

それでこの山盛りか。なんとまあ、気前のいいことだ。余り物だったのだろうか、などとぼんやり思っていると、彼女は貨物車(トラック)の運転手から聞いた果物の説明を始めていた。

「……でね、こうやって蔕のとこに爪をたてて少し力を入れると……ほら、ぱかってとれちゃうの。ドラゴンサイクパインとかいう名前で、病院に持っていくんだって」

「え? 病院?」

「うん。週に二、三回は病院に入ってるんだってさ」

「……入院患者に配ってるとか……?」

「さあ? かもね。政府病院だし、お金ありそうだもんね。……あっ、おはよー、ダグラス! いいものあるよー」

エリスの問いに応えてから、彼女は教室に入ってきた青年に手をあげた。つられるようにそちらへ向くと、ダグラスは軽く手をあげて挨拶した。

エリスは手の中の赤い実をまじまじと見つめる。

政府病院に……? 何のために……? 

クラスメイトの話を反芻しながら、言われたとおりに殻を割ってみた。したたるような果汁と艶やかな乳白色の実が、硬く赤い鱗のような殻と対照的だ。

「……あ、美味しい」

「なるほど、そうやって割るのか」

間近に声がして、エリスは飛び上がった。

「び、びっくりした! ……おどかさないでよ」

振り仰いだ先に見知った顔があり、いくぶん力が抜ける。

ダグラスは果実を割りながら、器用に片方の眉をひょいとあげてみせた。

「……朝からぼけっとしてるとコケるぜ、エリス。お、美味いなこれ」

エリスは曖昧に頷いてから、ダグラスとクラスメイトたちの賑やかな会話を耳にしつつドラゴンサイクパインに齧りついた。


 校舎の裏庭の一画――自然とそこが二人の相談場所となってしまったようだ――エリスが果実の行き先と、昨日トイと話したことを簡単に説明すると、ダグラスはなんともいえない顔をした。

「……準備って、どうするつもりだよ?」

「うん……そうなのよ……。入るだけならなんとかなるけど、兄と一緒に生きて帰るとなると……病院の構造とかわからないと動けないし、何より、兄の居場所がわからないのよね…………ちょっと、考えついたの言っていい?」

しゃがんで頬杖ついていたエリスは、ちらりとダグラスを見上げる。が、青年は彼女が何を思いついたのかわかったらしく、嫌な顔をした。

「言うな。どうせ、例の貨物車(トラック)に入り込もうとかいうんだろ」

「……やっぱ無理かな」

「……まあ、調べてみないことにはわからないけどな……。ひょっとしたらダリューンと一緒にいることも考えられる」

ダグラスの言葉に、一応は頷く。だが、エリスには彼らが一緒にいることはまずないだろうと思われた。

兄とダリューンは立場が違うし、そもそも兄が誘拐された理由は、政府病院にとって何らかの不利益が関わっているだろうからだ。しかし、ダリューンは違うはずだ。モールヴァルフはダリューンも政府病院の研究に何らかの関わりがあるようだとは言ったが、それにしては誘拐の目的が曖昧すぎないか……?

そこまで考えて、エリスは改めて首を傾げた。

「……ねえ、ダグラス。ダリューンは結局のところ誰に(ヽヽ)誘拐されたの? 犯行声明とか身代金要求とか、あったのかしら? ……なんだか、不自然すぎない……?」

エリスの何気ない問いに、ダグラスは少しだけ驚いたような顔をしたが、応えるようにしっかりと頷いた。




 レイダスホールディングカンパニーはある裏組織のカヴァーだった。それも、幾多の星系にまたがる巨大な闇組織である。構成員は定かではない。巨大な網目のように広がるそれらは、表裏の顔を併せ持つ――一般企業としての顔と、上層部にいる一握りの闇組織の人間と――。

無論、そんな図式は古今で珍しいものではない。

ゆえに、どんな惑星政府にも巧妙に入り込んでいるようだった。このサタナにも……。

 ただ、この惑星に限っていえば、ブライトナーという不可思議な組織が存在しているせいか、闇組織の介入は極端に少ないのである。

ブライトナーも表裏の顔を持っているため、念のために調べてはみたが、表の小企業にいたるまで闇組織との接触がなかった。ある意味、神懸り的な組織力である。

 テイルはダリューンの捜索を続けながら、なぜ犯人が接触してこないのかがわからなかった。こんな小さな惑星の一政治家の子供を誘拐して何をしようというのか……。

 身代金目当てかとも思ったが、むしろそれならブライトナーの幼い次期総帥を狙うだろう。だが、急成長をしていたカヴァー会社からホーンを使ってダリューンに脅しをかけさせ、姿を消す。同時にダリューンを誘拐して音沙汰も無しとは支離滅裂だろう。

 どう動くべきなのか、思案するテイルのもとへ、ホーンが駆け込んできた。

「政府病院だ、テイル! ダリューンはそこに監禁されてる!」

「なに……?」




 いつものように貨物車(トラック)を政府病院の裏口から入れ、指定の場所まで徐行する。

表側は本物の病棟が高くそびえ、入院患者も外来患者もいる。忙しそうな看護婦や医者がカルテを抱えて小走りに急ぐ姿が見られるが、ある区間を過ぎると様相は一変した。

 大きな鉄格子の門の前に数名の警備員が立っており、身分証明書を提示するよう求められる。無論、荷台の荷物も細かにチェックされる。

「……ドラゴンサイクパイン、本日は十箱……ん? 運転手!」

「へえ」

「一箱足らんぞ」

「ああ! 一箱は船で腐っちまったんでさ。本社から連絡入ってませんでしたか。すんません、九箱で勘定してくだせえ」

貨物車の運転手は、頭をかきながらペコペコと謝る。

「む。仕方ない。本日は九箱だな。行ってよし」

「へえ。ありがとうございます」

ようやく開いた鉄門扉の中へと車を乗り入れる。高い塀にぐるりを囲まれた中庭は芝が広がり、ぽつりぽつりと警備員の姿が見える。

そして、窓のない病棟がぬらりとそそり立っていた。

 前方に大きな手動式の合金扉が見えてくる。白衣を着た男が億劫そうに貨物車(トラック)に合図した。

「車を反転させろ!」

運転手は 「へえ」 と言って、ハンドルを切る。

「……さて……年寄りは腰が重くていけねえ……このぶんじゃ、お嬢たちのほうが早いかもしれねえなあ……」

作業帽の下で苦笑するように小さく呟いた男の言葉は、無論、白衣の男の耳には届かなかった。








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