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星火



 この部屋のドアを開くのはごく簡単だった。部屋の隅にあるボタンを押して、上階の研究員らしき者が下りてくるまえに闇の中に走り出せばいいだけである。

 だが、この大きな【鳥】を置き去りにして脱出することは、ダリューンにはできなくなっていた。このままずっと助けを待ってここにいるわけにいかないことはよく理解しているが、あの死臭しかない迷路のような闇の中に戻るのは……さすがに心が折れそうだったのだ。

ダリューンは書類が積み重なっている棚を探るのはあきらめ、【鳥】の傍へ戻ってきた。

「……僕はダリューン。きみはなんていうの?」

「ダリューン……」

【鳥】は首を傾げながら呟くと、思念ではなく 『音』 で伝えてきた。だが、それはとても言葉として言い表せるようなものではなかった。

「……え。ちょっと待って。シャラマンドゥーラみたいには表現できないわけ?」

「デキナイ シャラマンドゥーラ ハ カミ ノ ナマエ ダカラ ……フェニクランドル ハ コエ デシカ クベツ シナイ」

困惑したダリューンに【鳥】はそう伝えてくる。

「そうなのか…… うーん……人間の舌で表現できない音なんだな……どうしよう……」

強いて擬音語にすればこんな感じになる。


 りるぎゃきゃけぴききょ


 しばらく真剣な顔で考え込んでいたダリューンは、明るい表情で顔をあげた。

「よし。ピキにしよう! なんか可愛いカンジがするだろ?!」

「……ピキ…… カワイイ……?」

安直な名前をつけられた【鳥】は右に左に小首を傾げ、カワイイ、と呟きながら翼をぱさぱさ振るわせた。どうやら気に入ったらしい。その様子にダリューンは満足そうに笑うと、大欠伸をした。

「ああ、そうだ。歩き回ってて寝てなかったんだ……ごめん、ピキ。ちょっとだけ休ませて……それからどうするか考えよう……」

言いながら【鳥】の傍らに座り込む。

 暖かい。

 【鳥】の呼吸にあわせてやわらかな羽毛がかすかに揺れる。その羽毛からほんのりとぬくもりが伝わってくる。

人間でなくても、少々(ヽヽ)巨大でも、こうして生きていて意思を通わせられる者がそばにいてくれるということが、本当に有難かった。

 ダリューンは、覆いかぶさってくる強烈な眠気に抗う間もなく、深い眠りに沈み込んだ。




 フェニクランドルは()でしか区別しない


 【鳥】はそう言った。

フェニクランドル とは、彼らの種類のことだろうか?

一体、どんな惑星にこんな大きな鳥が棲んでいるんだろう?

 【鳥】は、驚いたことに非常に高い知性を持っていた。そしてきちんと単語を組み合わせ、言葉としてテレパシーを送ってくる。

それは群れで暮らす上で進化してきた、ということなのだろうか?

こんな高い知性を持っているのであれば、むしろ当然かもしれなかった。テレパシー能力が発達しているのなら、お互いそのほうが面倒がなくていいのかもしれない。

【鳥】同士でこんな言葉のやりとりが必要なのかはわからないが、そうなると発する 「声」 は不要となってくるはずで、この【鳥】たちはあまり 「鳴く」 ということをしないのかもしれない。確か、猫でも森で生息していたものはあまり声を発しないという。おそらく 「声」 が生死に繋がるから……捕食する側か、あるいは逆に、こんな大きな鳥を捕食するなにか更に巨大生物がいるとなると、それこそまるで怪獣の世界そのものだが――。

では個別するときに音を使う、というのはどういうことなのだろう?

雌雄で鳴き交わす……求愛行動のような?

 こんな大きな鳥が豊かな自然の中で群れで暮らしているなんて、それを目にすることができたらどんなに楽しいだろう!

 いまここに繋がれているピキは、この政府病院の連中に不幸にも捕まってしまったということなのだろう――おそらくは、実験材料のために。


(僕も、ピキもお前らの思い通りになんかなるものか!)


 ダリューンは自分の 「声」 ではっと目を覚ました。

どのくらい眠ってしまったのか……天井近くの小さな窓からやわらかな陽の光が落ちている。しばらくぼんやりと眺めていたダリューンだったが、ふと身体を包むぬくもりに気づく。

「…………」

どうやら、知らない間にピキの翼の下にもぐりこんでしまったらしい。くすりと笑を洩らしたとき、がしゃんという大きな音がし、ダリューンは慌てて翼の中に引っ込んだ。

羽毛の隙間から覗いてみると、窓の少し下方に数メートル四方の 『穴』 があいていく。ピキはダリューンを気遣いながらゆっくりと立ち上がる。青年もそれにあわせ、【鳥】と一緒にずり下がった。

開いた四角い 『穴』 は扉らしい。人影が箱のようなものをひっくり返すと、部屋の中に何かが落ちてきた。そしてまた、『穴』はゆっくりと閉まっていった。

「……アソコカラ ピキ ハ オチタ」

食い入るように見つめるダリューンに【鳥】は言った。そして立ち上がると落ちてきたものをついばみはじめる。

そこではじめて、ダリューンは空腹感を覚えた。

「……たしか、ポケットに……」

ズボンのポケットを探ると、パックの中でぼろぼろになっているだろう固形食が一つ出てきた。あのとき逃がしてくれた医師が水の入ったボトルとこの一箱を持たせてくれたのだ。四つ入っていたそれは最後の一つになっている。水のボトルは、どこで失くしたのか思い出せなかった。

こぼさないように開けると、粉のようになったものが奇妙な形に固まっていた。

(……ずいぶん長い間歩いていたように思ったけど、そうでもないのかな……?)

いつ出られるかわからないこともあり、少しずつ食べていたが、あの闇の中にいると時間の感覚がわからなくなるのだ。這い上がってくる空虚な、精神を蝕むような寒気を振り払うように思考を切り替える。

 家の前で捕まったあと、目が覚めたらまるで独房のような部屋に転がっていた――そこでしばらく監禁されていたときは、食事を運んでくる者は毎日違っているようだった。そして……

(そうだ、部屋の鍵も渡されたんだった……)

ダリューンは反対側のポケットを探る。

手の平にすっぽりとおさまってしまう小さな鍵――あの医者が水や固形食と一緒に握らせてくれたものだ。おそらくダリューンがいた部屋のものだろう。

この地下にある部屋の大半は、こういう鍵を使った古典的な形式のようだった。

 理由はいくつか考えられる。

ハッカーのような人種の場合、機械で管理するにはリスクが大きすぎる。まかり間違えば、統御頭脳(システム)まで叩き潰される可能性もあった。または、システムに不足の事態が発生するなど……そして、おぞましいことだが、あの独房が用済みと判断したものを処理するような機能を有しているとしたら、そのために使用されるエネルギーは膨大なものになるだろう――。

 久々に熟睡したせいか、様々な考えが頭を占拠する。ぼろぼろの固形食をゆっくりと噛みながら考え込んでいるダリューンの目の前に、ぽとんと丸い木の実のようなものが落とされた。

顔をあげると、ピキが彼を覗き込むように見ていた。

「……ありがとう。ピキはもういいの?」

「タベタ」

青年の拳大のそれは、赤い鱗のような殻に覆われていた。(へた)の部分に爪を立てて割るようにするときれいにむけた。中からみずみずしい白い果実があらわれた。齧ってみると甘酸っぱく、豊かな果汁はからからに乾いていた喉に染みるようだった。

「おいしいね」

ピキに言うと、残っていたそれを嘴で押しやってくる。

「ありがとう。いまは一個で大丈夫だよ。それに、次にいつもらえるかわからないだろ?」

苦笑して言ったダリューンに、ピキは否と応えた。どうやら、三日置きくらいに果実が落とされるらしい。

 この病院の連中がどんなふうにこの【鳥】を扱ってきたのかはだいたいわかった。ピキが実験台に乗せられていないのが不幸中の幸いだろう。逃げるなら、奴らの手が及ばないうちに……一刻も早く……

 そこでふと、彼は我にかえって巨大な【鳥】を見つめた。

「……あのさ……。あの時、ドアの向こうの俺に声をかけてくれたのはなんで? こんな……人間にひどい目にあわされてて……その……あいつらの仲間だって思わなかったのかい?」

口ごもるような問いに、ピキはぱちりと瞬きすると小首を傾げながら応えた。

「ダリューン ハ スコシ シャラマンドゥーラ ノ ニオイ ガ シタ」





 「おねえちゃま、おはようーっ!」

響き渡った甲高い声に、エリスは飛び起きた。

「へ? え?」

寝ぼけたままあたりを見回すと、リビングのドアが勢いよく開けられ、輝く金髪をなびかせて小さな女の子が立っていた。

「あれ、ウルフちゃん……?」

「おじさまが、おねえちゃまはお(うち)に帰ったって仰ったから、お迎えに来たのよ?」

床に散らばっているものを身軽に避けながら、ウルフはエリスの元へ駆け寄った。

「え……あの……えっと」

エリスは混乱した思考をまとめようと、額をこすった。

「なんだなんだ? おや、こりゃまた可愛らしいお客さんだな」

キッチンのほうからエプロンをつけたトイがおたまを持って現れ、振り返ったエリスは唖然と口をあけた。

「まあ、どなたかいらっしゃったとは存じませんでした。おはようございます。……どちらのおじいさま?」

ウルフはかわいらしく丁寧にお辞儀して挨拶すると、小首を傾げた。

おじい(ヽヽヽ)はショックだなあ……まあ、こんな(ちっ)ちぇえ嬢ちゃんから見れば、(じじい)に見えてもしょうがないか」

トイはからから笑って、まだポカンとしているエリスにおたまを振ってみせた。

「お嬢、起きたか? もうすぐ朝飯だぞ」

「う、うん、ありがとう、トイおじさん……びっくりしちゃった。おじさんがエプロンなんてしてるから」

「ん? 料理はエプロンが仕事着だろ?」

職人らしい応えに、エリスはくすくす笑いながら洗面所に向かった。


 食卓に並んだのはささやかながら温かい朝食だった。味付けもうまく、トイは器用になんでもこなすらしい。

食事は終えてきたらしいウルフはミルクティーをもらって、ちょこんとソファに座っている。

「ウルフちゃん、このひとはね、トイおじさんといって昔からうちの通信機とか照明とかのメンテナンスをしてくれてた人なの」

「よろしくな、小さい嬢ちゃん」

人懐こい笑みを浮かべ、ひょいと手をあげたトイに、ウルフもにっこりと笑いかえす。

「よろしくお願いします、トイおじちゃま。……あ、そうだわ。あのね、おねえちゃま。今日はお城に入れそうなの」


 朝食を終え表に出ると、執事のオリヴィエが待っていた。ウルフが乗ってきた高級車はペンタスの城の門前に移動している。

「お待たせ、オリヴィエ。さ、城に行きましょう」

恭しく一礼した執事は、小さな主人の後ろについていく。エリスの後ろから着いてきていたトイが感嘆したように呟いた。

「あのウルフちゃんてのは、すごいお嬢なんだなあ」

「そうみたい」

 ペンタスの城の巨大な門が彼らを睥睨する。

噂には聞いていたとはいえ、初めて目にしたトイなどは、その巨大さにぽかんと上を見上げていた。

「ちょっと、お待ちになっててね。訊いてみるから」

「え? 嬢ちゃんじゃあの呼び鈴には手が届かねえだろう?」

不思議そうな顔をしたトイに、ウルフは 「違うんですの」 と笑うと、ちょこちょこと門柱のほうへ行き、上へ向かって言った。

「おはよう、タモン! 今日は一人お客様がいらっしゃるの。あの方も入れるかしら?」

ウルフがトイのほうを振り返った瞬間、彼はびくんと肩を震わせた。

「タモン……?」

「あ……あのね、ここ、普通の人には見えないんだけど、ドラゴンがお城を守っているんですって」

「ドラゴン……?」

エリスの困惑気味の説明に、トイはますます目を見開いた。門柱の下ではウルフが何もない上に向かってなにかやり取りしている。そして、

「……ごめんなさい、トイおじちゃま。今日はダメなんですって」

申し訳なさそうに言った。

「あ? ああ、気にしないでおくんな。……じゃあ、お嬢、面倒だが通信機を持ってきてくれるかい。家で修理しよう」

「うん。ありがとう、おじさん。ごめんなさい。じゃあ、私、ちょっと魔女に挨拶してくるね。すぐ戻ってくるから!」

「おう。行って来な。家で待ってるよ」

にこりと笑ったトイに、エリスは「行ってきます」と手を振って門の向こうへ入っていく。

 彼らが城へ入ってしばらく、トイは門柱の上を眺めていたが、やはり何も見えなかった。







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