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短編集

おふくろの味

作者: 巫 夏希



「……うん。明日の朝そっちに帰るからさ」


 わたしはスマートフォンで、祖母に連絡を取っていた。

 明日帰る、と言っておきながらあまり片付けられていない部屋を横目に、わたしは祖母といつ帰るか事前の連絡を取っていたわけだ。


「新幹線? チケットなんて当日買えば間に合うよ。大丈夫、大丈夫」

『……何か食べたいものは無いかい?』


 祖母の言葉を聞いて、わたしはゆっくりと頷いて、答えた。

 いつも言っているのだけどなあ、なんてことはわたしは言い返さなかった。


「……ポテトサラダが食べたい」

『……ほんと、うちの子供も孫も、みんなそれが好きなんだから』


 照れ隠しに笑いながら、祖母はそう言って、


『分かった。準備しておくから。家を出たら電話をちょうだい。あと、昼ご飯は食べるの?』

「うーん、たぶん間に合わないから駅弁か何かで済ませるよ。夕飯だけ用意しておいて」

『分かった。気をつけてね』

「うん。ありがと」


 そう言ってわたしは電話を切った。




 新幹線に乗り込む時の一番の醍醐味は何だろうか?

 それについて、わたしは駅弁だと答える。景色を眺めながらの駅弁は格別だ。たとえそれが冷めた駅弁であったとしても、景色を見ながらゆるりとリクライニングシートで食べる駅弁は良いものだと思う。

 今わたしの目の前にあるのは味噌カツの弁当だ。味噌カツが一つの間仕切りにどかっと置かれている。付け合わせにはポテトサラダと大根の桜漬け。別に悪いとは言わないけれど、ポテトサラダはマッシュポテトに近い食感だし、大根の桜漬けはしんなりしているので、どちらかというと味覚のリセットにはなるけど食感のリセットにはほど遠い。

 じゃあ、なぜこれを選択したかというと、それしか無かった――と言うしか無い。何せ激混みだったわけだし、人混みと行列が嫌いだったわたしは、静岡茶のペットボトルとその弁当を購入することしか出来なかったというわけ。

 肝心の味噌カツはどうかというとこれもまた微妙。味付けは悪くないけど何だろうね、この及第点をこなすために作りました、って感じ。これで千円なんだからいい仕事をしていると思う。……たぶん目線が厳しくなるのは、わたしが同業種だからかもしれないけれど。

 早々に食べ終えてわたしはゴミを袋に詰め替える。ちょうどそのタイミングでグリーン車のパーサーがやってきて、ゴミを回収していった。それにしても仕事が早い。監視しているんじゃ無いか、ってくらい。さすがにそれはないだろうけれど。

 さて、食事を終えてしまったらやることはほぼ無いといってもいい。景色を眺めながら音楽を楽しむことにしよう。そう思ってわたしはスマートフォンにイヤホンを接続するのだった。




 東京駅に到着するのを理解したのは、アナウンスを聞いたちょうどそのタイミングだった。食事をするとどうも眠くなる。

 降りる準備を進めて、わたしは新幹線がホームに到着するのを待った。

 ここからさらに新幹線と電車を乗り継いで二時間弱かかるのだから、田舎というのは面倒なものだと思う。けれど車を持ったところでわたしの住んでいるところではあまり使うことが無いから致し方ないことではあるのだけれど。

 ま、それくらい仕方ないよね。飛行機でも運行していれば何とかなるのだろうけれど、わたしの住んでいる場所は空港まで車で二時間はかかるし、そもそも名古屋から飛行機は出ていない。

 だから結局の所、実家までの最短ルートは電車でしかないということになる。免許でも取っていれば車という選択肢もあるのかもしれないけれど、そもそも車は持っていないし。

 そういうわけで、今のわたしは電車を利用して帰省しているわけだけれど――。

 東京駅の東北新幹線ホームは、わたしの予想通り、人でごった返していた。自由席だから時間を変えても乗れないことはないのだけれど、わたしの降りる駅は一時間に一本しか新幹線が止まらない。これがせめて宇都宮駅だったら良かったのだろうけれど。需要がないから致し方ないとは言え、もっと本数を増やしても良いのではないか、と思う今日この頃だったりする。

 まあ、東北新幹線の混み具合は相変わらず、と言ったところだろうか。きっと立ちっぱなしなのは間違いないだろう。予想通り、だ。

 程なくして新幹線のホームに折り返しの電車がやってくる。わたしは降りる乗客を待って、そのまま乗り込んでいった。




 そんなこんなで、わたしが実家の最寄り駅に到着したのは、それから一時間半後のことだった。関東地方では数少ない単線のローカル線の駅ともなると、降りる若い人はわたしだけだった。

 そこについては別に何も感じないけれど、やっぱり若い人は減っているのかなあ。わたしがここを出て行ったのは、もう五年くらい昔の話になるけれど、その頃から駅前の商店街はとっくにシャッター商店街と化していたわけだし。

 家に着くと、祖父が草木に水をあげていた。駐車場の周りにはたくさんの植木鉢が置かれており、色とりどりの花を咲かせている。一度、家庭菜園でもやればいいのに、と勧めたことがあるが、面倒だから嫌だと一蹴されたのを、ふと思い出した。


「お、やっとついたか。……飯は?」


 祖父がわたしに気付いて、声を掛ける。

「食べてくるよ、って言ったじゃない。忘れたの?」

「八十を超えりゃ、忘れることもあるさ」

「それもそうよね」


 玄関を開けて、私は声を出す。


「ただいま」

「おかえり」


 ばたばたと音を立てて、祖母が家の奥からやってきた。


「遠かったでしょう。やっぱり」

「そりゃ、名古屋から茨城じゃねえ。四時間くらいかな」

「新幹線、混んでた?」

「そりゃまあ、それなりに。帰省の時期だもんね」


 そんな会話を交わしながら、わたしは部屋に入る。

 五年前までわたしが過ごしていた部屋。今は誰も使っていないけれど、定期的に清掃がされているのだろう。中の様子は昔とまったく変わっていなかった。


「叔母さんにお土産買ったの?」


 祖母が部屋に入って開口一番そう言ったので、わたしは手に持っている紙袋を上に上げて、


「この通り」


 と笑みを浮かべる。それなりに高いものを買っていかないと、親戚は納得しちゃくれない。偏食の家庭にも困ったものだよね。まあ、お世話になっていたわけだし、それに関してあんまり表向きに文句を言うつもりはないのだけれど。


「とりあえず、お土産置いてきちゃいなさい。急がないと、オヤツの時間になっちゃうから」


 時計を見ると、午後二時を回っていた。


「うん。それもそうだね」


 そう言ってわたしは荷物を置くと、直ぐにまた家を出て行くのだった。




 夕食。

 メインディッシュは豚の生姜焼きだった。そして、その隣にはわたしの所望していたポテトサラダがどっさりと載せられていた。

 普通、ポテトサラダといえば一口程度おまけにセッティングされるのが普通だと思う。しかし我が家はメインディッシュに負けず劣らずの量を投入してくる。これはみんなポテトサラダが好きだからであって、現にわたしの父の妹――伯母さんにあたるかな――は、実家に帰るとポテトサラダをつまみに酒を飲む程だ。わたしも徐々に人のことを言えなくなるのかもしれないけれど、それだから結婚出来ないんじゃ……。ま、そんなこと本人に言えるわけがないのだけれど。


「いただきます!」


 両手を合わせて、勢いよく箸を手に取ると、そのままポテトサラダをつまみ、口に入れた。

 口の中に広がるのは、芋の味と、マヨネーズのまろやかな味。にんじんはゆでてはいるものの、ある程度食感を残しているのも我が家の味付けだ。マヨネーズなんて一回作るごとに一つは使い切るって言っているし、相当マヨネーズは使っていると思う。たまにジャガイモがないときは芋がサツマイモに変わるときもあって、それもまた美味しいのだけれど、でもやっぱりポテトサラダといえばジャガイモという感じはするし、それは誰だって言えることだと思う。

 祖母曰く、前に作っていた余りが残っていたそうで、わたしが帰るまでには新しくポテトサラダを作っておくとのこと。つまり、持ち帰りが出来ると言うこと! やっぱり、そこが魅力的よね。最悪クール宅急便という手もあるのだけれど、ポテトサラダは芋とマヨネーズというコンビで作られているものだから、あまり日を跨いで保存することが出来ない。もって二日か三日ほどだと思う。つまり、仮にポテトサラダをクール宅急便で送ると、届いたその日のうちに食べなくてはならないということになってしまうので、はっきり言ってそれは難しい。冷凍にすると、それはそれで味気がなくなってしまうからね。


「ほんと、うちの息子も娘も孫も、みんなポテトサラダが好きよね。……作るのも大変だけど、やっぱり美味しそうに食べてくれるのを見ると、作って良かったと思うわ。まったくうちのお父さんときたら何一つ感情を変えることなく食べるものだから……」

「……悪かったな」


 祖父はそう言うと、一口大に切られた肉を無造作に口の中に放り込むのだった。




 後日談。

 というか、今回のオチ。

 三日後にわたしは名古屋に帰ることになったのだけれど、それに併せて祖母がポテトサラダを作ってくれた。それもパウチ一つ分に詰めてくれて、保冷剤も追加。なんと有難いことか。これでしばらく生きていられる。いや、冗談抜きで。

 そうして帰りの新幹線、わたしは東京駅で購入しておいた崎陽軒のシウマイ弁当を食べながら、明日の仕事へ向けて気合いを入れるのであった。

 次はいつ帰れるだろうか、なんて不安が入り交じっていたけれど、鞄の中に入っているポテトサラダを食べれば、そんな不安も少しはかき消されそうだ。わたしはそう思って、シウマイ弁当に入っている最後のシウマイを口に入れた。


終わり



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