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番外編 ハロウィンという奈落

作者: AKARI

 今日は10月31日。ハロウィンの日です。


 私にとっては何の変哲(へんてつ)もない普通の金曜日です。今まで宗教などに関心を全く持っていなかった人達が、たちまちハロウィンという宗教行事に目を向ける日です。


 時間はお昼休み。無機質な勉強机の上にたちまち色とりどりの弁当箱や食べ物が並び、あっという間にそれは豪華なダイニングテーブルになりました。心なしか今日は、いつもの三倍以上のお菓子が四方八方に飛び交っているように感じます。


 教室中に甘い匂いが漂い、今日のこの時間は、昼食というよりもパーティのように感じました。私も仲のいい友達からチョコやクッキーを頂き、今日の食後のデザートが難なく手に入りました。もちろんお菓子は好きなので、大歓迎です。


「トリックオアトリート。」


 私がお菓子を持っていることに気づいた彼が、笑いながら私にお菓子を強請(ねだ)ってきました。その姿はまるで、ご飯を欲しがる猫のようで、可愛いのです。


 私は、持ってきていたお菓子の一部を彼に渡しました。


「ありがと! これお返しだよ。」


 彼はすでにお菓子を持っていたのに、わざわざ私から受け取っていたのでしょうか。なんだか嬉しくなりました。私からのお菓子が欲しかったのかなと、勝手な都合の良い解釈を頭の中でした私は、だらしなく顔が緩んでしまっていたと思います。


 彼がくれた猫の形をしたプレーンのクッキーは、どうやら手作りらしく、可愛らしい紫の包装に包まれていました。


 なんだかもったいなくて、すぐに食べることができませんでした。しかし、なにも言わずに鞄にしまっては、彼が落ち込むのではないでしょうか。


「ありがとう。家で大事に食べるね。」


「今食べても良かったのに。」


 そういった彼は、食べかけの昼食に身を向けました。もらった猫クッキーは、割れないように大切に鞄の一番上に仕舞(しま)いました。


 放課後の教室では昼の二次会が開かれ、後に予定のない方達が机をくっつけてパーティを楽しんでいます。


 私はクラスを後にして、帰ろうとしていました。靴を履き替えたあたりで、彼が後ろから呼びかけてきます。


「そのクッキーを食べ終えたら、いつもの窓を開けておいて。それじゃ後でね。」


 そう言うと、彼は走って学校を後にしました。彼と私にしか分からない暗号のようにも感じた別れの言葉が、帰路に立つ私の足どりを軽くするのでした。


 街で一番大きなアーケードでは、様々な仮装をした人たちでごった返していました。まるで、百鬼夜行の列に(まぎ)れてしまったように感じるその列は、ゆっくりと一方方向に向かって進んでいます。


 やっとのことで幽霊達の群れから逃れ家に着き、いつもよりもしっかりと体を洗った私は、楽しみにしていたクッキーの封を開けました。


 袋で見えなかった裏側には、白いチョコレートがコーティングされていて、光沢がありました。まるで、いつか見た銀色の猫のようです。


 右耳をひとかじりすると、優しい甘さが口の中いっぱいに広がります。さくっと美味しい音が鳴り、しっとりとした舌触りのいい食感が、私をたちまち笑顔にするのでした。


 あっという間に食べ終えた私は、彼との約束の通り、いつもの窓を開けました。今日の月は綺麗な三日月の形をしています。秋の()んだ空気の中、広がる星座を転々と眺めていると、下から彼の声がしました。


「今そっちに行くよ。」


 軽々飛んできた彼は、白い猫耳と尻尾(しっぽ)を生やし、黒いマントに身を包んでいました。目元だけを隠す白いマスクを着けた彼。いつもは可愛い彼が今日は、凛々(りり)しく見えました。どうやって動かしているのかは分かりませんが、その白い猫の仮装は、それぞれが本当に生きているようにふわふわと動いています。


「その服一体どうしたの。その格好も。ハロウィンの仮装? 」


「もちろん。今日は仮装をする日なんだろ? それじゃ行こうか。君も着替えて。」


 彼が手のひらで私の目を隠し、指をぱちんっと一度鳴らしました。


「見てごらん。気に入ったらいいのだけど。」


 姿見(すがたみ)の鏡を見ると、黒い猫耳を生やし、白いドレスを着た私が立っていました。綺麗なレースで装飾されたそれは、よく見ると所々に小さな宝石が散りばめられ、月の光に当たって(きら)めいています。猫耳はどうやっているのか、つけている感覚がありませんでした。


 彼と手を繋ぐと、たちまち私たちは山よりも高い位置までふわふわと浮いていきます。ゆっくりと夜の街の空へ歩き始める私は、他とは違う特別なハロウィンを満喫していました。いつもより少し近い空は、私たちを青白く照らし、まるで本当にお化けになってしまったかのようです。


 空を見ても輝く星が見え、足元を見ても様々な色に光る街並みが見えます。私たちしか見ることのできないこの景色を私は忘れることのないように、私は脳内のビデオを回します。


「こんな楽しいハロウィン初めて!ありがとう!」


 照れているのか、少し顔を赤らめながら微笑む彼と、しばらくの間、眼下(がんか)に広がる街を眺めながら夜の散歩をしていました。


 すっかり夜も更けたようです。街の明かりは(まば)らになり、賑やかな音もいつのまにか小さくなっていました。ゆっくりと降下すると、開けっ放しの窓が見えてきました。時刻はもうすぐ12時になろうかというところです。


「ハッピーハロウィン。また来週の月曜日にね。」


 そう呟く彼がマントを(ひるがえ)したかと思うと、その姿は夢のように消えていました。


 スマホを見ると、時計がまたゼロから進みだしています。日付は11月1日になっていました。鏡を見るとそこにはいつものパジャマを着た私が一人立っていました。


 次に学校に行くと、クラスは普段の日常に戻っていました。各々楽しいハロウィンの夜を過ごしたようで、様々な話が聞こえてきます。もちろん皆には、私の31日の夜のことは話していません。


 今でも机の中には、紫色の袋が仕舞(しま)ってあります。きっとこれから毎年私は、今年のハロウィンの夜を思い出すことでしょう。


 貴方にもきっと、楽しい特別なハロウィンの夜が訪れますように。悪戯(いたずら)には呉々(くれぐれ)もお気をつけくださいね。

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