プロローグ
久しぶりに夢を見た。否、夢というよりは、眠っていた記憶が呼び覚まされたというべきだろうか。
それは、世界には夢と希望が溢れていて、何でもできるし、どこへでも行けると、信じて止まなかった小さな自分の記憶。
記憶の中での母は、いつものように僕を抱え込むように膝の上に座らせ、有名な冒険譚について描かれている本を読み聞かせてくれて、それを見ていた元冒険者だった父が、俺もこんな冒険をしたんだぞ、と僕の頭を撫でてくる。
そして母が絵本を読み終わってしばらくすると、家のドアがコンコンッと軽い音を響かせる。母がすぐにドアを開けると、飛び込んでくるのは、幼馴染である、リューとムンド、そしてファル達の顔だ。この三人は、毎朝決まった時間になると、家を訪れて僕を遊びの誘いに来る。両親もそのことをわかっているので、家族で朝に過ごす時間も、おのずと決まっているのだった。
いってきます、と両親に手を振りながら友人たちのほうへ僕はかけていく。と、そのとき。急に世界が闇に染まったかのような錯覚を覚えた。目の前にいるはずの友人の顔も、なぜだかぼやけて見え、表情が上手く読み取れない。途端に、得体のしれない不安と恐怖が僕を襲い、後ろ足に友人たちから一歩距離をとった後、両親がいるはずの後ろを振り返る。するとそこには……「うわあああっ!!」
僕は瞬時に目をぱっちりと見開き、寝ていた宿屋のベッドから飛び起きた。
少しして、今まで見ていたものが夢だと認識するころには、うるさいほど鳴っていた胸の動悸は収まり、平常心を取り戻していたが、こんどは、傍から見たら何と間抜けな格好なのかという羞恥心が襲ってくる。壁の薄い部屋なので、誰かに聞かれてでもいたら、強盗でも入ったのかと誤解される恐れもある。
窓から差し込む光から、夜は明けているとわかるものの、まだ早い時間だ。ここの宿の客は、大抵夜中まで飲んだくれて、酔っ払って帰ってくるので、一度眠ると簡単には起きないはずだが、念のためにと、そっとドアを開けて通路をのぞき込み、1秒……2秒……3秒……「よし、大丈夫そうかな」と、ため息を一つ。
部屋の中に戻り、真っ先に視界に入ったのは、ベッドの脇に立てかけてある、鞘に入った剣だ。それ以外に、小物や服の他には目立ったものがない殺風景な部屋。先程のような夢を見てしまったせいで眼が冴え切ってしまい、眠れそうになかったので、ベッドに腰をかけ、手持無沙汰に剣に手を伸ばした。
この剣は、とある事件で両親が亡くなった後に、父の友人だったという冒険者から、形見の一つとして受け取ったもので、父が生前、冒険者を引退する直前に、彼に譲り渡していたものだった。丁寧に扱われており、ほどほどの業物だったということもあって、状態もよく、父が使っていた頃から数十年経つはずだが、未だに現役だ。
しかも、その父の友人の冒険者は、僕が父の剣を使っていくと言ったら、わざわざ僕に合わせて鞘を仕立て直してくれ、さらに少しばかりの剣の稽古までつけてくれたので、今でもとても感謝している。彼と別れてから数年たつが、そのうちにまた会いたいものだと思う。
両親の死後、いろいろあって冒険者となり、メインウエポンとしてこの剣を使っていることもあって、両親のことを思い出さない日はなかったが、夢にまで見るのは久しぶりだった。
もうあれから十年近く経つのに、未だ吹っ切れてはいないのだろうかと、剣の手入れをしながら自問自答する。それは、陽が夜の闇を消し去り、最初の鐘が鳴るまで続けられたのだった。