009 起床と優しさ
目を覚ますとそこは豪華な一室だった。
「……知らない天井だ」
一度言ってみたかったセリフランキング二位を言うことができた。まぁ、言う必要などあっては欲しくないが。
「あ、兄ぃ。やっと起きたの?」
すこし目線をずらすと隣に京里が座っていた。その表情には安堵が浮かんでいた。どうやら、相当心配させてしまったようである。涙の跡が薄っすらと残っている。
視線を体の方に向けると服装がボロボロの制服からバスローブのようなものに変わっているようだった。
「ああ、おはよう」
「うん。おはよう、兄ぃ。でも、今はこんにちわ、だよ」
確かに窓から入ってくる日の光は朝日よりも強い。
京里の方を向けば、また涙ぐんでいるようだ。オレは静かに頭を撫でた。上半身はまだ起きられそうにないので若干届いていないが、撫でていることには変わりないだろう。
「うっ、グスっ。……兄ぃ〜!」
「ガハッ!」
そうすると、京里は安心したようで勢い良くオレに抱きついてきた、顔に。まず、上半身すら動かないほど体が痛いのでダメージが入り、もう高校生で成長している彼女の胸に抱かれるのは、窒息ものである。
結論、死ぬほど痛いし、苦しい。
普段の京里ならオレの状況に気がついただろうが、流石にこの状況では気が付かないようで、オレは静かに意識が薄れていくのを感じた。
(死ぬ!?)
まさか、本当の死に近づいたときの感覚を味わうのが妹の胸の中とは。
オレは急ぎ、京里の背中を大きく叩いた。
「痛っ。……あっ、ごめん、兄ぃ」
「ゴ、ガハッ。はぁ、はぁ、はぁ……」
ようやく、開放してもらえた。死を感じるとは、相当弱っているようだ。
「……京里、オレは何時間くらい寝ていた?」
「うーんと。三日くらい」
「そんなにか……」
まぁ、あの傷ならそうなるだろうし、<起動:全回復>を使ったわけだからな。このくらいが普通なのか。
「兄ぃ、それであのときどうやってなお――」
グゥーー。
「悪い。腹が減った」
京里が何かオレに質問しようとしたときにちょうど腹が鳴った。よく考えるとこっちには点滴がないわけだから、三日分のエネルギーが不足しているわけだ。当然、腹もなるだろう。
「わかった。ちょっと待っててね」
京里は不服そうだったが弱っている俺を見て食事を優先してくれたらしい。まぁ、怪我人(?)、病人(?)なんだから当然ではあるが。
しばらくすると出ていった京里が一人用の土鍋のようなものを持ってきた。土鍋と明言しないのは装飾が多く、色が白だったからだ。
香りからはそれほど重くないものだとわかる。
「はい」
オレの前まで来て、オレの上半身を起こした京里はその蓋を開けた。そこには湯気が立ち上り、いくつかの薬草のニオイと香ばしいような香りがした。湯気が晴れるとそこには、できたてのお粥があった。
「なんでお粥?」
思わずオレは口に出して言ってしまった。胃に優しいものを、というのはわかるが今は徹底的に栄養不足で栄養を欲しがっている。できれば、もっと肉や魚が良かった。
「えっ、もしかして嫌だった?」
だが、そんなことを言えるはずがない。すぐ目の前には木製のスプーンを持った京里がいるのである。こんな状況でそんなことを言えば、どうなるかなどわからない。
少なくともオレは言えない。
「いいや、大丈夫だ。いただくよ」
そうして、オレはかろうじて動く右手を京里の持つスプーンに伸ばした。が、それはしっかりと京里が握っていて、貧弱な今のオレの力では取ることができなかった。
「おい、渡してくれ。空腹なんだよ」
オレは力なく懇願したが、その首は冷酷にも左右に振られた。
「私が食べさせてあげるね、兄ぃ」
その京里の顔は笑っていた。しかし、オレはそれに若干の恐怖を感じた。
「いや、大丈夫だ。オレは一人で食える」
「いや、無理でしょ。ほら、スプーンすら持てない」
依然、スプーンは京里の手から微動だにしない。
くっ。このままではあ~んをされて、シスコン認定を受けてしまうっ! 幸い、周りに人はいないが、これはオレの尊厳にかかわる事態だ。
オレはさらに力を込める。が、京里も力を込めたため、やはり微動だにしなかった。
ステタ―ス上では九倍も違うのに、どうなっているんだ。
「……はー」
オレは力が抜けていくのを感じたため、力を込めるのをやめた。
すると京里は満面の笑みを浮かべ、スプーンに一口分のお粥をのせた。正直言って今の表情はもっと別のところで見せてほしかった。
「はい、あ~ん」
「……あ~ん」
そのお粥は口に含んだ瞬間にうまみが広がった。香りから分かっていたが、いくつかの薬草、それも体を回復させるのに向いているものばかり使われ、それをまとめ上げていたのは魚の煮汁だった。どの食材も味を壊すことなく、調和している。
さらに米の舌触りにも驚いた。二千年前のこの世界には米はあったが発展が乏しく、味も美味しくはなかった。それを知ったオレは生産を拡大化させるために色々なものを創った記憶がある。
それが二千年も経つとここまでいいものができるのか。
やわらかで、しかし、触感はしっかりと残っている。甘みも後に残り、炊き方もいいが、この米自体がよいものなのだろう。
オレは衝動に従い、かき込もうとした。が、体は言うことをよく聞かず、お粥は京里の手の中。
「京里っ! もっとよこせっ」
「わかったけど、急ぎすぎないでね。………こんな兄ぃ、初めて見た」
食欲に掻き立てられていたオレには京里の言った後半部分は聞こえなかったし、気にも留めなかった。ただ、このうまい飯が早く食いたいだけだった。
「それで、兄ぃ。何があったのか話してくれる?」
オレの食事が終わり、京里はそれを片付け終えた後、そう口を開いた。まぁ、予想はしていたから、考えておいたけどな。
本当なら、全員のいる場(国王とかクラスメイトとか)で話した方がいいのだろうが、自分の妹にそれまで隠し事はしておきたくないし、よく考えればこいつはいきなり異世界に飛ばされて、ストレスが溜まっているはずなのだ。誰かに支えてもらうか、甘えるかしなければ、そのうち壊れてしまうだろう。かつてのオレのように。
「もちろんだ。じゃあ、一番最初から話すか」
そのオレの言葉にわずかながら喜んでいるようだった。もしかしたら、話していなかったことが、ストレスに繋がっていたのかもしれない。
「……あれは、いきなりの出来事だった――」
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