008 謎の神族と強制転移
一方、魔力場が崩れたのを感じたのは新勇者たちも同じだった。
「うっ!」
「……なんなんだこれは」
多くの者が苦痛に顔を歪め、彼らと一緒にいたセネリアは気を失ってしまった。
まだ、彼らは魔力を扱うことはないのだが、<召喚>という魔力場をかき乱すような現象をその身をもって味わった彼らはすでに魔力をうっすらと感じることができていた。
方や、セネリアは<召喚の儀>を執り行った者ということから分かる通り。彼女は稀代の魔術師だったのだ。ただ、戦闘を行う魔法の訓練はしていないので、戦力としてはまだ低いが。
「亮喜、今のは、大聖堂の方からだったよ」
周りが落ち着いてからそう言ったのは、栢木亮喜の幼馴染である七ツ原椎名だった。彼女は職業:観察者。文字通り、常に周りを俯瞰し、いち早く情報を掴むことのできる者である。
「そうか、椎名。……とりあえず行ってみよう。暁兄妹のことかもしれない」
「わかったぜ、行こうか」
そうして、亮喜の言葉にいち早く反応したのは、職業:聖騎士の渡野内圭祐だった。誰が見ても体育会系の人間だったが、根性は人一倍あり、それに続いて優しさも持ち合わせた人だった。モテてはいたものの亮喜のそれに比べるほどでもないので、本人にモテている自覚はない。
どちらかというと職業:武闘家があっているように見えるのだが、何故か聖騎士であった。たぶん、にくか……守りに向いているからだろう。
そうして、新勇者一行もセネリア第二王女を加えて大聖堂に向かうのだった。
* * *
<転移魔法陣>にのり、大聖堂に向かって転移する途中に問題が発生した。本来ならば、転移中は意識を持つ必要はない。一瞬の出来事なので、問題が起こるわけがないからだ。
だが、オレは転移する最中は意識をしっかりと持っていた。前に転移中に邪魔が入り、気が付くと見知らぬ土地だったことがあったからだ。そのときは、転移した瞬間に魔物の群れに囲まれていたので、大変だった。
転移中はなかなか不思議な感覚で形容しがたいが、超高速で四方八方に動くエレベーターのようなものだ。
そこに突如、穴が開き始め、それを壊し始めたのだ。
(なんだ、これは? ……っていうより、ヤバい。京里が)
転移に身を任せている状態の京里はこのままだとわけのわからない土地に転移させられてしまう可能性があり、下手したら、次元の裂け目に飲み込まれ消滅してしまう危険性すらあった。
(くそっ。やり口が巧妙だ。オレ一人なら何とかなるが京里がいると流石に無理だ。……こうなったら)
オレはオレを包み込んでいたものを京里にすべて渡し、その何者かのもとへ向かった。少なくとも京里は無事だろう。
「なんかオレに用か?」
転移した場所は異質な場所で、きちんとした空間が成り立っていないように感じた。いたるところに歪みが生じ、視界は暗いものの認識はできた。そして、そこに何者かがいることも。
「ふむ、流石は、あやつが送った人間のことだけあるわい」
「あやつとか知らんが、お前のオーラ的に、神族だな」
目の前は、依然として靄がかかったように見えなかったが、何かの姿は見えた。それから発するオーラは強大で<滅全の魔王>にも劣らないオーラを放っていた。
「いかにも。腕だけではなく、頭まで回るか」
「どうも。あやつって、お前は神族だから、あの銀髪のことだろう」
「さよう。小僧、お前を呼びだしたのは、我の遊戯に勝手に参加した挙句、せっかくよい調子に進んでいた世界の均衡を壊しおったからだ。これは死罪でも免れぬぞ」
「……何言ってんだ? お前の遊戯だ? 知るか。この世界がオレを呼んだのが悪いし、神如きにオレを縛られてたまるか。
死罪といったな、オレに向かって。できるものならやってみやがれ。例え、神が相手でもオレが最強だ。力を与えたのが神だろうと、な」
「ハッハ。小僧、お前には道化の才能があるようじゃのう。我に勝つ? 戯言もいいところじゃのう。わかった。小僧、お前の罪は我の遊戯を邪魔したことだ」
「おい、愚図神。お前の罪はオレを指図し、愚弄したことだ」
「消えろ。――【存在消滅】」
「死ね。――【創造:<戒めの鎖>・<鳳凰剣リュウセイ>】」
オレの周りを渦巻くように紅の鎖が舞い始め、手には紅と蒼と翠と金の色を纏う両刃の剣が出現する。
それを合図にオレと謎の神族との戦いは始まったのだが。
「ほれ、ほれ。さっきの姿勢はどうした? 我を殺すのではないのか?」
「グハッ!!」
神の実態はなく、あらゆるものを断ち切る<鳳凰剣リュウセイ>をもってしても触れることは敵わなかった。
飛んでくる【存在消滅】も<戒めの鎖>にて相殺するも、弾幕が多く、かすり傷を作り始めた。【存在消滅】は当たった個所から体を侵食していき、消していく。かろうじて、四肢に当たっていないが、当たるのも時間の問題だった。
「どうした? ほれ、もっと頑張って足掻け。そして、死ぬがいい」
真っ黒な球体の弾幕はさらに数を増す。
(くそっ。どうすればいい? かつてのアイテムがあれば何とかなるが、こんなチートの塊にこれだけじゃ無理だ)
<戒めの鎖>で防ぎ、漏れたものを<鳳凰剣リュウセイ>にて切り捨てる。防戦一方で、常時体を動かさないといけず、思考も完全には回らない。
<戒めの鎖>は魔力を分解するが、迎え撃つは【存在消滅】の弾幕であり、<戒めの鎖>は当たる先から消えていく。そのために、常に創造し続けていた。そのため、魔力も相当消費している。
どんどん弾幕が強くなり、さらに疲労が蓄積していく。対応するにも動きが激しくなり、制服が邪魔になってくる。とは言っても、すでに制服はボロボロなのだが。
(何かっ! 何か、起死回生の一手はっ!)
「ほれ、足掻くだけしかできぬ、小僧。さきの無礼はどう償うのじゃ? それとも、なにか? 勝てもせずに無謀にも神に挑んだのか?」
神の言葉に返答する余裕はオレにはなかった。体の欠損もひどくなっていき、気力で対処するのが精いっぱいだったからだ。
「なんだ、もう限界なのか? 失望したわい。もう終われ。――【根源否定】」
その言葉と同時に全方向からオレを飲み込むように「黒」が集まってきた。流石にこれは回避できないようだ。
だが、これに絶対の自信があるようで、【存在消滅】の弾幕は一切なかった。
「はぁー。まったく、まだなんもしてないじゃねぇーか。
だが、なぁ神。よく聞いておけ、オレは最強で、いつでも「あきらめる」という言葉は存在しない。
――<起動:強制転移>。
だから、今度、お前を殺してやるよ」
その瞬間に、オレの手にあった宝石は強く輝き、オレは空間から投げ出られ、もとの軌道に戻った。
「……まさか、我から逃れるとはな。面白そうなやつじゃ」
* * *
オレは何とか神のいた空間から逃れ、転移する予定だった大聖堂に転移した。たぶん、強制転移をしたせいだろう。魔力場が安定していない。
「あー、もう、無理」
そして、オレはその場に倒れ込んだ。もう、立つことすら精一杯で、身体の欠損もひどい。最後の奴には当たらなかったが、弾幕を防いでいるときに左手に当たってしまい、左腕は完全に欠損していた。その他にも細々とした部分が欠損しているが、このままではどの道死んでしまうので些細なものだ。
「えっ、兄ぃ……。どうしたの!? 大丈夫!?」
京里は無事だったようで、オレに駆け寄ってくる。
それをオレは迎えようとするが、あいにくと体は動かなかった。
「まったく、だいじょうぶ、じゃない。おまえは、治癒術士、だったな。オレを、うごける、ように、してくれ」
「どうやってっ! 教えてっ、どうやってやるのっ!!」
どうやら、瀕死の状態のオレに京里は動揺しているようだ。嬉しいがあいにくとオレは死にたくはない。
「おちつけ。たすけたい、と、こころの、おくそこから、おもえ。そして、ラビ・ネリサ・リア、といえ」
すると、京里は深呼吸をし、表情は真剣なものになった。さきほどの焦り方からは考えつかない豹変ぶりである。
やがて、京里は穏やかな声で紡ぎ始めた。
「――【万天之光輝為癒】」
淡い水色の光がオレを包み、癒し始めた。その魔法はオレの記憶にあった最高峰の治癒魔法。一か八かだったが、流石は京里である。器用な妹だ。
だが、その光はオレの欠損を治すことはなかった。傍から見てもその欠損は命にかかわるもので、それを見た京里の表情は絶望に染まった。魔力がほとんどなくなっているだろうに、気絶もせず、オレを見つめて静かに涙を流している。
そんな京里に、オレは上半身を起こし、京里の頭を撫でた。それを境に京里の涙腺は崩壊したようで、表情は歪み、嗚咽を零し始めた。
「おいおい、何を泣いているんだ? 悪いが、オレの葬式はもっと後だ。――<起動:全回復>」
オレの手にあった石が大きく輝き、緑の光がオレを覆った。
そして、次の瞬間にはオレの体の欠損は消え、元通り健康な体に戻った。
「な、にが?」
京里は何が起こったのか、わからないようで依然、涙を流し続けたまま呆然としていた。
そんな器用なことをしている京里の頭をまた撫でた。
「驚かせて悪かったな。身体を動かせないとこれは使えなかったんだよ」
そう言って、オレは手にあった崩れ去った石を京里に見せた。
その石だったものはすでに塵になっており、姿かたちもわかることはなかった。
「えっと。………兄ぃっ!!」
京里はようやく再起動を果たし、オレの胸元に飛び込んできた。その表情には安堵が浮かんでおり、涙は相変わらず流していたが、それはうれし涙だということが分かった。
* * *
「どうやって治したの、兄ぃ?」
場所は変わらず、味気ない大聖堂だった。その場には、オレと京里、その他クラスメイトたちや国王、王女、数名の貴族、騎士たちがいた。
いきなり、この大勢がなだれ込んできたときには驚いた。なんでも、強制転移の魔力場の崩壊が原因で集まってきたらしい。
あっちもあっちでボロボロの(服のみ)オレと泣いている京里に何事か、と驚いたらしい。
そうして、今の状況だということだ。
何も知らない大勢と状況を見ていた京里、そしてすべてを知っているオレ。カオスである。
「……最初から話そうか」
京里の潤んだ瞳にそっちを優先しようとしたが、流石にその他大勢の視線が多く、強すぎた。よってオレは体力がぎりぎりで睡眠欲に襲われながらも、説明を開始した。
「まず、この世界に召喚された。で、オレは妹の京里をつれて、魔王城に行ってきた。そこで、外見幼女の<魔術の魔王>に会ってお話をしてきた。
そのあと、帰ってこようとして何者かに<転移>に介入された。で、京里はここに送ってオレはそいつに会いに行った。
そしたら、そいつは神族で、殺されそうになったから殺そうとしたが、装備が貧弱で無理だった。で、何とか逃れたけど、死ぬ寸前で、今は完全回復した。オーケー?」
「「「「「どこがオーケーだよっ!!!」」」」」
その場の全員の声がそろった。見事である。そして、ナイスツッコみ。
オレを見る視線のすべてが痛い。特に、オレの胸元から見上げるようにしてみている京里の視線はレーザーが出ているのではないかというほど痛い。
「……あー、無理。オレそろそろ、ギブ」
限界が来ていたオレはそれに身を任せ、気を失った。流石に化物並みのステタ―スでも死にかければ、疲れもする。
――腹減った。
それが気を失う前のオレの思ったことだった。
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