006 転移と<魔術の魔王>
「<創世の勇者>………」
一同は何も話さず、一帯は静寂に包まれていた。
異世界の住民は二千年前に歴代最強の魔王<滅全の魔王>を討伐したという英雄の登場に。召喚された学生たちは状況がつかめずに呆然としていいた。
「あの、<創世の勇者>とは一体何なんですか?」
そんな静寂を壊したのはリアル主人公、栢木だった。
「……<創世の勇者>というのは、二千年前に破滅の限りを尽くした<滅全の魔王>という世界最強の力を持った魔王を単身で討伐した勇者です。
魔法の適性の一切がなく、唯一あったのは希少なものの使い勝手の悪い<創造>の魔法だけ。初期では歴代最弱とも言われた勇者ですが、力を磨き続けた彼の勇者は歴代最強の勇者と言われるまでの力を持っていたそうです」
改めて人の口から言われると照れるな。しかも、ちゃんとした事実で載っている。いろいろ美化されていると思ったが、たぶんシャルティアがそうしたんだろう。あいつ事実が曲げられた話が大っ嫌いだったからな。
「本当に、あなたが<創世の勇者>なのですか?」
「ああそうだ。と言っても信じないだろうからな。――【創造:<魔滅剣ガナーシャ>】」
オレは<創造>で伝説の魔剣<魔滅剣ガナーシャ>を作成した。もしオレの伝説があるならこの魔剣を知らないものはいないだろう。何せ、オレがよく使っていた剣の一つなのだから。
この剣は、魔に対する者に対して絶大な効力を発揮する魔剣で、複雑なのだがレプリカではないが本物でもない。ただ、本当に存在している剣だ。聖剣じゃない理由は知らん。
黒々しいオーラを放つ剣が手元に現れる。その光景に騎士ですら警戒を忘れ、ただ見とれていた。学生組のほうは初めて見る魔法に心を躍らせているようだった。
「これでどうだ?」
オレはその剣を掴み、肩に置いた。
だが、返答は返ってこず、ただただ息をのむ音しか聞こえなかった。
「<魔滅剣ガナーシャ>……。伝説の魔剣……。これさえあれば、魔王に勝てますねっ!!」
セネリアは、年相応の少女のようにはしゃいだ。オレの見立てでは十五歳から十八歳の間だとにらんでいる。
だが、彼女を始めとしてその他の騎士たちは何か勘違いしているようだ。
「いや無理だぞ。この<魔滅剣ガナーシャ>は魔のもの、つまりは魔法や魔力に対して効力を発揮する剣で魔族に対してはただの剣だぞ。魔族も基本は人族と変わらないからな」
そう、たぶんだがこの時代の人たちは「魔族=魔のもの」という方程式が出来上がっているのではないのだろうか?
残念ながらそんな方程式はない。魔族は人族よりも魔法に長けた種族というだけで基本的に何も変わらない。魔族は、魔法族というのが略された呼び方なのだから。
「あー、この時代はこんななのか。仕方ない。ちょっと待ってろ」
オレは流石に呆れた。差別がさらにひどくなっていることに。
まぁ、でも戦争を起こそうとしてやがる魔王には話をしてこなければな。
「――【創造:<転移魔法陣>】」
突如として、魔法陣がいくつも浮かび上がり、重なっていき地面に人が三人ほどは入れる細かい魔法陣が形成した。その魔法陣からはオレの魔力である蒼の色が輝いていた。
「じゃあ、オレは魔王とお話してくるからしばらくゆっくりして待ってろ。……ほら、京里。行くぞ」
「う、うん。……だ、だいじょうぶなの?」
京里はいきなりの展開で混乱しているようで、頭を必死に回しているようだった。
「何言ってんだ。オレはこの世界で最強なんだぞ。オレの近くが一番安全だ」
「わかった」
周りも怒涛の展開についていけてないようで、ぽかーんとしていたが、オレは構わず、魔王城に転移しようとした。
その光景にやっと再起動したセネリアが口を開いた。
「お待ちくださいっ! 危険ですっ!」
「大丈夫だ。待ってろ」
「まってー!! <創世の勇者>様っー!!」
そうして、オレは京里とともに魔王城に転移した。
残された学生をはじめとした全員は事態の把握ができていなかったようで、全員がぽつんとしてことが動くのを待っていた。
混乱でいっぱいな一同だったが、王城に案内され、料理をふるまわれたことでそのことは頭の片隅に消えていた。
* * *
相変わらず魔王城は暗い場所で、趣味もそこまでよくないが、王城のような長く、広い廊下のセンスだけはいいと思う。
ここには誰もいないようで幸いというべきか襲われることはなかった。幸いなのは警備の魔族のほうだが。
「ねぇ、兄ぃ。大丈夫なの?」
京里はおびえているようで、オレの腕にしがみつきながら歩いていた。まぁ、確かに趣味はよくない。骸骨が飾ってあったりもするから、見慣れていないと怖いものなのだろう。
「言ったろ。この世界の最強はオレだ。知りもしないやつらのところに預けてくるよりはよっぽど安全だ。しかも、オレと戦った魔王は歴代最強だったが、今回違う。
どんな奴が出てくるのかは知らんが、しょうもないことには変わらんし、オレはこの世界を平和にすることが目標なんだ。そのためには魔王を躾けてやらないといけないんだ」
この世界において魔王は平和にするために必要な存在だ。何せ、魔族をまとめ上げるもので魔族最強の者だからな。平和というのは、人族においても魔族においてもわだかまりなく互いに認め合わなければならないのだ。
「う、うんっ。………兄ぃ、いつもよりかっこいい」
「ん? なんか言ったか?」
「な、なんでもない」
「そうか。そう言っているうちに着いたぞ」
気が付けば、目の前に巨大な門があった。その門は本当に大きく、かつて戦ったサイクロプス(一つ目の巨人。十メートル近くの身長がある)でも、通ることができるほどの大きさだった。
「それっ」
オレはそれを思い切り蹴飛ばした。
だが、不幸なことにその門は鍵が閉まっていたようで開かなかった。しかし、結果としては通ることができるようになった。
何故なら、その門は跡形もなく吹き飛んだからだった。
「………」
「………」
これには流石のオレも驚いた。代々、魔王城の最終部屋の象徴だった門はもっと頑丈だったと思っていたが、そうではなかったらしい。
「何事なのじゃっ!?」
そうすると奥から声が聞こえた。まだ、幼い少女の声のようで、オレはすこし気を悪くした。幼女を脅かすにしては大げさすぎるし、修理大変だよな。
「あー、すまん。軽く蹴ったら、壊れちまった。ほんと悪かったな。今直すから」
そうして、オレは京里を連れて中に入り<創造>を使って覚えている限り、門を再現して作り始め、およそ三十秒で創り終えた。オレ的には前のよりもうまくできたと思う。
「な、な……」
目の前まで来ていた幼女はその光景に驚いているようで、かすかに口を動かしていたが呆然としていた。
その幼女は、ゴスロリの服装だったが、紫苑の瞳と長い髪がそれとマッチしていて、変ではなかった。むしろ、似合っていた。魔族特有の角は二本角で短く、髪に隠れてしまう程度だった。というか、注視しなければあることにすら気が付かないだろう。
「すまんな、驚かせて。えっと、オレは魔王に会いに来たんだが、知らないか?」
とりあえず、そこにはその幼女以外はいなかったので魔王の居場所を尋ねてみることにした。
「……はっ。……何のようじゃ、人族」
さっきの言葉は聞こえず、ようやく再起動を果たしたようだ。心なしか警戒されているのが心に来る。オレはこんな幼女にも好かれないのか。
…………いや、たぶんオレが人族だからだろう。そうに決まっている。
「えっと、魔王の居場所を知っているか?」
実は心の傷を負ったが、それをなるべく表に出さないようにして尋ねなおした。京里は気が付いたようで、かなり小さな声で「兄ぃ、大丈夫だよ。私がいるから、ね」と言っていた。オレの心はさらに傷ついた。
「な、妾を知らぬのかっ! 妾はリナキリット=ジーザオウキス。歴代最強の魔王<滅全の魔王>の子孫にして<魔術の魔王>ぞ。力なき人族よ、妾の前に跪け」
その瞬間、魔王固有の特殊技能:<魔王の覇気>が襲った。これは相手の力をそぐための威圧として使われるが、それを工夫して自分よりも弱い者に言うことを聞かせるように改良してあった。
その証拠に京里は何とかレジストしているが、それも時間の問題のように感じた。
もちろん、オレは即座にレジストできた。
「京里、自分を強く持て。そうすれば、レジストできる」
「うん……」
そう言って、京里は集中し始め、その直後にはレジストできたようだ。
「な、おぬしら。さては勇者か? 妾の【言霊】を前に抵抗できるものなど、そう多くはいないからな。次は本気で行くぞ」
そう言うと幼女魔王は、魔力を編み始めた。どんどん魔法陣が形成していき、五十門ほどの赤い光を放つ大きめの魔法陣ができるのに二秒とかからなかった。
「おい、待てって。まだ、なんもしてないぞっ。オレたちは対話を求めるっ!」
「問答無用じゃー!!」
オレの抵抗は儚く散り、魔法陣は大きく光を放ち始めた。魔法発動の兆候である。
「いっけーっ! ――【灼熱魔炎地獄固定砲台】」
一層赤く輝いた魔法陣から紅く黒い炎が一斉に砲撃された。その威力は尋常なものではなく、新しく創り直した門にかすり傷を残すような威力だった(威力が弱いのではなく、門が硬すぎるだけだ。例え、歴代最強の魔王でも壊すことが不可能なほどの硬度を持っているのだ。世界を滅ぼせる魔王でもこれだけは破壊できないほどの硬さである)。
確かにこんな術式は記憶になく、魔法陣をとっても精密で無駄の少ない構造になっている。ああ、これが<魔術の魔王>か。
「話を聞けって。……京里、オレの腕につかまっていろ。――【創造:<戒めの鎖>】」
オレは<創造>で十八番の拘束用の鎖を創り出した。
それを見ていた京里は駄目だと思ったようで、目をぎゅっと瞑っていた。オレは対照的に自然体でいた。
<戒めの鎖>はオレたちを守るように展開し、それに向かって致死級の灼熱の魔法は迫る。これが普通の勇者なら、即死で終わっていただろうが、あいにくとオレは<創世の勇者>だった。
直後、魔法が<戒めの鎖>に衝突し、消えた。
魔法は跡形もなく消え、本当に起こったのかさえ分からなかった。音もなく、それが自然であるかのように消え去ったのだ。
「悪いな。オレに魔法は効かない。……この<戒めの鎖>はな、触れたものの魔力を吸収し、分解する。だから、魔法なんてもんはオレには効かない」
「な、まさかっ!?」
「だから、お前の負けだな。――【創造:<戒めの鎖>・<確約の鎖>】」
鮮やかな紅と蒼の鎖が魔王に向かって伸びていき、彼女を拘束した。
「かたや、魔力の吸収と分解。かたや、物理無効化の鎖。これがお前には解けないだろ」
「ぬ、なっ。解けぬっ!」
<戒めの鎖>は物理に対してはただの鎖だが、魔法に対しての耐性は異常で。<確約の鎖>はそれとは全く逆の能力を持つ。これを逃れられたのは<滅全の魔王>しかいない。
「まさか、お前みたいな幼女が今期の魔王だとはな。……でもな、話がしたいという相手にいきなりあれはないだろう。オレじゃなきゃ塵すら残っていないぞ」
「……それは、悪かったのじゃ。謝るからこの鎖をはずしてほしいのじゃ」
魔王は外見が幼女であるが油断はあまりよくない。だが、なんか鎖で縛られているのは絵面的には犯罪な気がする。京里もこそこそとだが「兄ぃ、それはいけない気がする……」と言っている。
「わかったのならいいぞ」
オレもそれには全面的には同意だったので<戒めの鎖>と<確約の鎖>を解除した。
魔王は拘束を解かれるとほっとしたように息をついて、手をグーパーしている。
「……はっ。油断したな、勇者っ! ――【灼熱魔炎地獄固定砲台】」
魔王はオレたちから距離を取り、手を上にかざした。それによって魔力が集まる。
だんだんとそれはさきの魔法陣を描いていくが……
「うっ!」
それが魔法陣を形成する前に魔王は苦痛に顔を歪め、力を失い倒れた。形成しかけていた魔法陣はただの魔力に分散した。
「……兄ぃ、大丈夫なの、あれ」
一連を見ていた京里は魔王を指さしそう言った。まぁ、間抜けだったからな。京里にはわからなかったろうが。
「あれはな、魔力切れで気絶しただけだ。こっちでも魔力の研究はされていたんだがな、魔力についての多くはわかっていないらしい。まぁ、二千年前の話だが。でも、魔力は体力と一緒で枯渇すれば体が勝手にそれ以上使わないようにセーブするんだ。それがあの状態。<魔術の魔王>というにはお粗末な奴だな」
「それは否定できない」
京里はようやく緊張が解けたようで、普通に会話するようになった。だが、いつもの状態にはまだ遠い。まぁ、いきなり魔王城だ。緊張しなければおかしいだろう。かく言うオレも最初は緊張したものだ。
「ちょっと絵面的にアレだが、魔力を回復されたら厄介だから<戒めの鎖>で縛っておくか」
「確かに。……っていうか兄ぃ、気が付いていたなら止めればよかったんじゃない。兄ぃは最強なんでしょ」
いきなり京里が言うようになった。貶されたようだ。オレのメンタル値はガクンと下がった。
「……一応、他にもあるが、拘束用の方が圧倒的に手っ取り早いし、武器を使ったら、あいつの血を見ることになるんだぞ。オレはいいが、お前はよくないだろ」
オレはより丈夫な<戒めの鎖>を作成しながら弁明した。だが、いつもより心なしか元気が入らなかった。魔王よりも京里のほうが強いようだ。
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