003 帰宅と思い出
オレが通っていた学校から徒歩二十分ほどにオレの家がある。住宅街にあるので、周りの風景にすっかり溶け込んでいて、目立つことの少ない家だった。
一軒家だけあって機能性は高いが、住んでいる人数に対して部屋が多すぎるのがうちの悩みだった。
「ただいま」
中に入ったが、家に誰の気配もなかった。更に言うと、久しぶりの家だったので、構造がすっぽりと頭から抜けていた。
そのまま、廊下を進み、リビングに出た。
召喚される前と何も変わらない。生活感の薄そうな部屋だった。特にものはなく、最低限必要なものが揃っているだけの質素な部屋で、不思議と心が休まるのを感じた。
そのまま、しばらくの間、家の中を見て回った。それをしたことでしばらく戻っていなかったこの家の構造を思い出した。
それから、リビングでくつろぎ、時刻が六時を迎えると帰宅する者がいた。
「ただいま〜」
「おかえり」
玄関からドアの閉まる音と間延びした声が聞こえた。この声を聞いて「ああ、帰ってきたんだな」とさらに実感する。
しばらくして、リビングに現れたのはつり目が特徴の可愛らしい少女だった。名前は暁京里。オレの妹である。
「あっ、居たんだ、兄ぃ。おかえり」
「おう、ただいま」
京里は、冷蔵庫からお茶を取り出してコップ二つに注いだ。オレの分と自分の分だろう。相変わらず気の利くやつだ。
シスコンというのは絶対にないが、三年ぶりの帰還に涙ぐんでしまいそうになった。
「はい、兄ぃ」
「ありがとな」
思わず、オレは京里の頭を撫でてしまった。長く、きめ細やかで綺麗な黒い髪に手はスッと通り、その手触りは上等な絹の様だった。
「ッ………!!」
急に頭を撫でられたことに驚いたようで京里はしばらく呆然として、顔を真っ赤にして後退った。つり目もあって睨まれると怖いが、それすらも久しぶりの家族の反応としては嬉しいものだった。
「兄ぃ、どうしたの? 何かあったの?」
京里はまだ顔を赤くしたまま、そう尋ねてきた。どうやら、そこまで怒っていないようで、オレは少し安心した。
「いや、何もなかったぞ」
「本当に? ……言いたくないならいいけど、困ったらいつでも言ってくれていいからね、兄ぃ」
オレの顔をじっと見て京里そう言った。どうやら、こいつに隠し事は出来きないらしい。昔からそうだったが、久しぶりなので忘れていた。
そう言えば、あっちでもオレは隠し事に向いてないと言われた記憶がある。
でも、まぁ、言っても信じないだろうし、オレを見る目が変わるのが想像しやすい。突然、「異世界に召喚されて勇者やってきました」と言っても可愛そうな目で見られるか、病院に連れて行かれるかだろう。
オレだってそうする。
「じゃあ、兄ぃ。私は晩ご飯作るからね。……何か食べたいものある?」
「……おまかせで頼む。お前の料理は何でも美味いからな」
「そういうのが一番困るんだよ〜。でも、わかった」
そう言った京里だが、その表情は笑みが浮かんでいて、まったく困っているようには見えなかった。
「ああ、頼むぞ」
「うんっ」
それから、京里の作った版ご飯を二人で食べた。久しぶりの京里の手料理は懐かしく、気がついたら涙が出ていた。それに気がついた京里は心配していたが「お前の料理が美味しすぎたんだよ」と言うと微笑みながら、放っておいてくれた。
その後も久しぶりの風呂は快適で思わず長風呂してしまったり、寝ぼけて部屋の場所を間違えて隣の京里の部屋に入って怒られたりしたが、無事に寝床につくことができた。
* * *
これは思い出だろう。
夢で思い出を見るというのはなかなかないが、不思議とそれがわかった。
あのときのオレは、思い出など気にせず、救う事だけに専念していたと思う。毎日、血で血を洗う戦場に降り立ち、ひたすらに敵を殺した。
精神が壊れていくのも気にせず、ひたすらに無理をしていた。そうしなければ、救えなかったからだ。
でも、そんなことをしても救えるのはたった一握りだけ。そのことで眠れないことも多かったと思う。
そんなときはいつもあいつが支えてくれた気がする。
そう言えば、あいつにお礼言ってなかったな。唐突に帰還されるとは思わなくて、ひとりで向かっていったんだっけ。
これ以上、こんな世界は見たくなかったから。
あの世界での出来事がまるで走馬灯のように流れていった。走馬灯という現象を味わったことがあるから言えることだ。
ある時は、人族を救うために魔族を殺し。
ある時は、魔族を守るために人族を殺した。
そんなどっちの味方だかわからないオレには味方なんてあいつ以外いなかった。そう考えてみるとあいつには返しきれないほどの恩があると思う。
名前は忘れたがどっかの第何王女のくせに国を出てオレについてきた。
まぁ、<創造>以外の魔法が使えなかったオレにとってはあいつの得意な治癒魔法はとても助かった。
オレの精神が壊れかけたときもそばにいてくれたな。
ごめんな。お前の世界を救えなくて。
歴代最弱の勇者っていうのは、あながち間違っていなかったのかも知れない。平和にしてやろうと頑張ったが、所詮、オレは歴代最弱の勇者だったのだ。最後の方は、歴代最強の勇者って言われていたけど、それは間違いだな。
何か思い出というよりも、懺悔のような気がする。
でも、後悔はそれだけだ。これからはちゃんと平和なこっちの世界で生きていくから、何かオレだけで悪いけど。
いろいろ、ありがとな、シャルティア。
その言葉を最後にオレの意識が途絶えた。
* * *
意識が覚醒した時には、日が昇り始めていた。時刻的には五時半くらいだろうか。今まで目覚まし時計というものがなかったので、かけ忘れていたが、寝坊するようなことにはならなかった。
階下に降り、洗面所で顔を洗い終え、リビングに入るとすでに登校準備を終えた京里がキッチンで朝食を作っていた。
そう言えば、ここに来るまで忘れていたが、こいつも同じ高校で同級生なのだ。
双子ではなく、オレが五月。京里が三月の終期の生まれなので、ぎりぎり同級生というわけだ。
そう考えると、親は非常に頑張ったんだなぁと思う。まぁ、とりとめのないどうでもいい話だが。
オレは帰宅部で、京里は陸上部なので、京里は朝練があり早く起きてこうやって毎日朝食と弁当を作ってくれるのだ。
「おはよう。朝から早いことだな」
「おはよ~、兄ぃ。いつものことじゃん」
そのいつもはかなり久しぶりなのでオレは覚えていなかったわけだが、それでもしばらくすれば慣れるだろう。
まだ、オレにとっては早い時間だが朝食を終え、京里は朝練に行った。
これで、この家の住人はオレ一人だ。
実は、この家には両親が住んでいない。
なんてことはない。父親は写真撮影を仕事としていて、海外や国内を転々としているため、家に帰ってくることは稀なのだ。
母親は仕事の出張で今は北海道に住んでいたはずだ。確か、ファッション系の大手の会社の重要な役職だ、とか言っていた気がするが、オレはその手には疎いのでわからなかった。
とりあえず、オレは誰の目もないので、確認を始めた。昨日は感傷にふけっていて確認できなかったので、この世界でも元の力が使えるのかは知っておきたかったのだ。
オレはすっと手を伸ばし、頭の中で念じた。
すると、何もない場所に突如として光が集まり始め、幾何学模様の魔法陣を形成すると一瞬で光の粒子になり、その場所には一脚の椅子があった。
その椅子は木製の椅子で見た目だけでも相当に堀が深いことが分かった。細部にまで模様が彫られ、芸術品としても価値を感じさせる一品だった。
その椅子の発生は時間にしておおよそゼロコンマ二秒。一般人が見ても何が起こったのかはわからないだろう。
「とりあえずは成功だな。……魔王を倒してレベルが上がったからか、少し構築が早かったな」
これがオレの唯一使える魔法、<創造>。
磨きに磨き続けた結果、細部まで形の整ったものを作れるようになった。
この魔法の特徴は、何もない場所から作り出せる、ということだった。普通に考えれば、最強の魔法ではあるが、素人がやってもこの魔法は使えないだろう。
まず、必要な魔力量が他に比べて多すぎるし、オレのようにそのものを一から作っていくということを知らないと中途半端なものしかできない。攻撃力などは皆無の生産系の代表だった。ゆえに、オレは最初、歴代最弱の勇者と呼ばれていたのだ。
まぁ、オレにはこの魔法が一番合っていたのだがな。
そうして、オレは<創造>で一振りの剣を創り出し、時間になるまで庭で振っていた。
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