002 帰還とイジメ
オレは目が覚めると、不思議な場所にいた。
地面があるようでなく。
空があるようでない。
そんな場所だ。
「久しぶり、暁悠汰くん。お疲れ様」
しばらくすると、視界に銀髪の青年が映り、オレに話しかけてきた。
「おう、久しぶりだな、愚図神」
オレはその顔を見て、開口一番にそう言い放った。
「ひどくないかい? これでも一応は神族のひとりなんだけど」
「知るか。お前が神なら、あの世界にお前が行けばよかっただろ」
「だから、言ったじゃないか。私はこの空間から出られないんだって」
「知るか。どんだけ、大変だったと思ってるんだ? ふざけたこと言ってると殺すぞ」
「今の君の実力だと、それができそうだから、怖いよ」
銀髪のイケメン神様は道化たようにそう言った。
「で、何の用なんだ? お前が出向くなんて。ニートのコミュ障で、他力本願な神様」
「……君って、そんなに口悪かったっけ?」
「知るか。とりあえず、用があるならさっさと済ませろ。オレは今、イラついているんだ。たぶん、わかってるよな。早くしてくれると助かる」
「そうかい。今回は、労いに来たんだよ。あの世界の崩壊は延長された。なくなるわけではないけれど、君のおかげだよ。あの<滅全の魔王>は人族だけではなく、すべてを滅ぼす存在だった。けれど、君が奴を葬ったおかげで、それはなくなった。ありがとう」
「ああ、どういたしまして。で、質問なんだが、この後、日本に戻れるんだよな」
神様は頭を軽く振って頷いた。
「その後の、現状とかどうなってるんだ?」
「その点については心配ご無用。まず、これから着く先は君が召喚されてから三時間後の同じ場所。外見は召喚される前に戻っているはず。能力とかについては、そのままってことになる」
「いや、それ心配ありありじゃないか」
あっちの世界での能力が使用可能ならば、少し不味いかもしれない。身体能力も根本的に底上げされているし、魔法が使えるということになる。
オレが使える魔法は<創造>だけだが、それでも強力な力であることには変わりがない。
「まぁ、いっか。別に困るものでもないし。困ったときに使えばいいし」
「じゃあ、そろそろ私は戻らないといけないからね。最後だけど、本当にありがとうね」
そう言って、神様は消えた。
それをきっかけにだんだんと意識が遠のき始めた。
「よし、それじゃ。帰るか」
オレは流れに身を任せ、意識を失った。
* * *
目を開けると写ったのは、美しい夕焼けだった。どうやらオレは寝転んでいるらしい。
あっちの世界の夕日もキレイだったことには変わりないが、如何せん血が常にあったため、あまりいい思い出はない。
顔を上げるとそこは懐かしき学校の屋上だった。他に誰の気配もなかったが、ようやくオレは日本に帰ることができたようだ。
フェンスから校庭を見れば、部活動をしている連中が切磋琢磨に練習していた。あっちの世界の殺し合いのための鍛錬と違って、ただただ体や技を磨くための練習はきれいだな、と思った。
「思い出した。確かここで昼飯を食っていた時に召喚されたんだったな」
はっきり言うとあっちではそんなことを思い出す余裕もなかった。今思い出しても突然の出来事だった。
無意識に体を探るが、あっちの世界で使っていた。装備やアイテムの一切はなく、学校の制服を着ていた。なくしたはずのスマートフォンはポケットに入っており、本当に何もなかったかのようだった。
だが、体はあっちの世界の時と変わらず、大幅に身体能力は高かった。
しばらく、感傷にひたっていると日もだんだんと落ちて行き、すっかり暗くなってしまった。
「……そろそろ、帰ろうかな……」
オレの家に。
そう言いかけた時に屋上に急いで登ってくる気配を感じた。その足取りは早く、足音も大きかった。相当、焦っているようだ。
オレは自然と隅の方に隠れ、気配を消した。
――ドンッ
扉は大きな音を立てて、勢いよく開かれた。
そこから入ってきたのは、気弱そうな短い長くも短くもの髪(確か、ボブという髪型)の少女だった。
(誰だったっけ?)
オレはその顔に見覚えがあるような気がし、記憶を探ったが、如何せん三年の月日は長いもので思い出せなかった。
すると、階下から複数人が登ってくる気配を感じた。
(何だ何だ? 帰ってきて早々、何のイベントだよ)
気配が近づいて来て、ようやく五人のギャルというべき女子が、屋上にやってきた。それを見ていた少女は怯えているように見えた。
「なんで逃げんの、朝比奈さん? うちらは朝比奈さんに話があっただけなんですけど」
登ってきて早々、代表格と思わしきギャルが口を開いた。こんな口調の人物はあの世界にはいなかったので、帰ってきたんだなと実感した。変なところでするものだ。
(朝比奈……朝比奈か! 同じクラスだったな。たぶん)
オレは名前を聞いて思い出すことができた。だが、親しいわけでもなかったので下の名前は忘れていた。
「……ごめんなさい」
「いや、何謝ってんだし。ねぇ、朝比奈さん。うちらはなんで逃げたかって聞いてんだけど」
後ろにいたギャルたちもそれに賛同するかのように声を上げていた。
それに合わせて、朝比奈の方に向かってゆっくりと進んでいった。朝比奈はそれに応じて後退していく。
「ねぇ、朝比奈さん。どうしてなのかな?」
(これはリンチとかイジメとかいうやつか。面倒なことになったな)
帰還早々にリンチもしくはイジメ現場に居合わせるとか、運の悪さは計り知れないな。
そう考えている内にギャルたちは朝比奈に迫っていっている。
(………あっ、そうだ)
そこでオレは奇策を思いつき、完全に気配を消して、屋上から階下へ降りた。そこにいた全員は気付かなかったようだ。まぁ、気づけないようにしているのだが。というか、気が付けたらすごい。
一階下についたときに、オレは振り返って、来た道をわざとらしく足音を立てながら、気配を消さずに屋上に登った。
「えっ、誰?」
ギャル系女子たちは思わずと言ったふうに声を上げていた。
「お前らこんなところで何やってんだ?」
「はっ? あんたこそなんでここにいるの?」
体勢はそのままで嫌味ったらしい言い方だ。
「……聞いてはみたが、どう見てもイジメの現場だよな」
「ふん、だから? あんたの残念な頭にはそのように見えてるの?」
ギャルがオレに向かって罵倒する。なんと軽い罵倒だろうか。あっちの世界ではもっと酷いことを沢山言われたぞ。
「別に、お前らがどうこうしてもオレは一向に構わない」
その言葉に朝比奈は愕然とし、ギャルたちは安堵したかのように見えた。だが、それは次の瞬間には全く違うものとなった。
「………だがな。オレが存在している場所でイジメとかくだらないことをするのなら、覚えておけよ」
その言葉に軽く殺気を込めて言い放った。
見れば、ギャルたちは全員へたりこんでおり、心ここにあらずの状態で何度も頷いていた。さっき、オレに悪態をついた女子もその一人だ。
実は、本人は軽くの殺気だが平和な日本に暮らしている者たちからすれば十分強いものだった。それこそ、喉元に剣先を突き刺されているのを錯覚するくらいには。
「面倒だからさっさと消えろ」
口調を強めて言うとギャルたちは急いで階段を降っていった。
「……さて、大丈夫か?」
全員が去ったのを確認したあと、オレはへたり込んでいた朝比奈に声を掛けた。
「はい。大丈夫です。……助けて頂いてありがとうございます」
朝比奈はようやく気を取り戻したようで、勢いよく立ち上がり、頭を下げた。
「別に気にするな。じゃあ、オレは行くからな。さっさと帰りな」
オレはそのまま階段に向かい、そのまま久しぶりの自宅に帰った。
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