019 宣言と<安寧の始まり>
刻はすでに夕暮れを過ぎ、赤が差していた空には暗闇が蝕み始めていた。こんな言い方をすれば不吉に聞こえるが、これはただの比喩表現であって予言めいたものではない。
だが、一つ言い方があるとすれば、
――フラグ
ではあるかもしれない。
ある国では、家に戻る者が多くを占め。
ある国では、これからの賑わいに身を投じようと出歩く者が多くを占め。
ある国では、今日も今日とて戦乱が絶えず傷ついた者が多くを占め。
ある国では、種族を治める者に反旗を翻した者が占めていた。
前魔王が倒されてから497年。
世では今年を、星霜歴497年と呼ばれる。
これは前魔王を討伐した勇者の名をあてがって呼ばれている。つまりは<星霜の勇者>が魔王を討伐してから497年が経ったというわけであった。
そんな年のこちらに日本の常識を当てはめるのなら、夏。場所によっては違うだろうが、オートリージェ王国では季節で言えば、夏であった。
ここまで言ったことを言い直せば、
本日は、星霜歴497年の夏。
その日は後日、いや。それ以降の年から歴史的な日として残った。残念なことに月日としては残らなかったが、それでもこの年号は覚えられることとなった。
『――ッ』
そんな音が国に、町に、村に、集落に響き渡った。
かすかに聞こえる程度でそれは聞こえなかった者が大半だっただろう。耳を澄まして聞いていたとしても聞いた者はそろって首をかしげるしかなかっただろう。
「この音は何だ?」
と。
だが、それを聞いたことのあった数名。人数で上げれば、二十一名は。いや、正確には二十名がこの音の意味を理解できた。
それは音声を拡大する機器を使うときに、不意に漏れてしまう音だった。
かくして、
その音を理解した二十名は耳を凝らした。
「始まる」
と。
『これより、人族及び魔族のすべてにこの音を届ける』
その少年の声はあらゆる国のあらゆる場所。人族と魔族の領域全土に響き渡った。これを聞いた者たちはそろって困惑を示した。
『我は<創世の勇者>ユウタ=アカツキである』
どこか角ばった声は、しかし確かな自信をもって声を続けていた。
それを聞いたすべての者は困惑を隠せなかった。否、最初からそのままであった。二千年も前の人物、否。伝説の人物の名が何故語られたのか、と。
そして、その嘘のような話を信じる者は少なかった。
『同じく妾も魔族並びに人族にこの音を告げる』
続いて響いたのは先ほど聞こえた声よりも幼い少女の声だった。
『妾は<魔術の魔王>リナキリット=ジーザオウキスである』
この声もまた困惑を色濃くした。だが、一部の者、魔族の魔王に反旗を翻した者たちはこれを事実だと判断できた。
だが、困惑ばかりが募っていく民衆は手を止め、足を止め、やがて国は静寂に包まれた。
『この音を虚偽と信ずものらはそう信じていればいい。我は人の心まで強制はしない』
次々と聞こえてくる音にやがて人々は困惑以外の色を見せ始めていくが、やはり国は静まり返っていた。
『信じかろうがなかろうが、この言葉は事実と妾は断ずる』
少年と幼き少女の声が交互に聞こえ、それが言いようもなくこれから起こるであろう音に人々は耳を傾けた。
『本日を以て、我、<創世の勇者>と——』
先ほどよりも大きな少年――<創世の勇者>と自称する者の声が、国を跨ぎ、川を跨ぎ、山を跨いで響き渡る。
『妾、<魔術の魔王>の名のもとに——』
それに続くように幼き少女――<魔術の魔王>と自称する者の声が天地関係なく響く。
そして、その音は紡がれた。
『『人族と魔族の間に進言のない戦争行為の一切を禁ず』』
果たしてそれはなんだろうか、と。人々、否。人族と魔族の民は考えた。
魔族は滅ぼされてしかるべきだ、と。
人族を滅ぼすのが我々の役目だ、と。
それが常識。ルール。この世の摂理だ、と。人々は考えた。
いつから始まった誰も何も知らない。悠久の争いにおいてそれほどまでに互いの思想を固めあった現実は果たして、どうなった?
実に簡単。それは1+1=2よりも簡単で。生きるために殺すことが必要なほどには簡単なことだった。
――困惑
ただ、それだけ。
『『魔族と人族の一切の妨害行為を禁ず』』
――直接的にも間接的にも争うな、と。
理解を超え、困惑のみが残る中、その音は明瞭に響き渡る。
『これを侵した者。すなわち、我らの敵である』
――破ってもいいが、自分たちが、『力の象徴』が敵に回るぞ、と。
それが事実か否かは誰もわからなかった。だが、それを聞いた人々はあることだけは断言できた。
すなわち、
——―絶対にろくでもないことになる、と。
それだけは総じてすべての者が理解できた。
『以上を以て――』
誰もが理解できない中でその声は淡々と続く。
『すべての民草の――』
<魔術の魔王>の声が響く。
『――平和を願う』
<創世の勇者>の声が響いた。
その音が最後だったのか、それからは音が途絶えた。だが、音が途絶えたのはそれだけではなく、国の、街の、村々の音も消え去った。
ただ、一か所だけを除いて。
ある国のはずれ。荒れ果てた荒野が広がり、見渡す範囲には人の住む場所はなかった。それは当然であった。何故、作物も育たない不毛の地に住まう者がいるのだろう。
そんな場所にも当然のように音は響いた。それは本来ならば、意味がなかったかもしれない。だが、今は意味が少なくともないとは言えなかった。
荒野に広がるは人々の群れ、否。人族と魔族の軍勢だった。
人々はこの本来なら起こるはずだった戦争を前により困惑の色を濃く示した。
――何を言っているんだ、と。
自ら戦地に赴き、家族を、友人を、ひいては国を守るためにここへ集まった人々にとってそれは何を言っているのかすらわからなかった。
戦闘を禁じる。なるほど、それならばどちらも危機に陥らず、危害を加えることはない。それはまさに夢物語だ、と。
だが、そんなことは不可能だ、と。ここにいる人々は断じた。
たった一人の思想からですら大戦は引き起こされる。ゆえに、戦争のない世の中を創ることなど不可能なのだ。
そして、それが証明されるかのように魔族の軍勢は人族に向かい歩を進めていく。それに合わせ人族の軍勢も隊列を組み直し、歩を進める。
ああ、やはりそんな世の中は創れないのだ。<創世の勇者>を自称しても、仮に本人だったとしても世の摂理までは創りかえることはできない。
と。人々が考えたとき。それは起こった。
雨が降り始めた。だが、それは水ではない。こう形容したところでわからないだろうが人々はその光景を見たとき、そう思ったのだ。
月光でかすかに照らされ、見えたそれは確かに雨であった。
なに、簡単な話であった。
――槍が降ってきている。
それは誰に刺さるでもなく、まるでそこが境界線だと言い張るように両軍の間に降り注いだ。数は不明。少なくとも千を超える数だということは人々が理解できた。
『だから、言ったよな。破れば、オレらが敵に回るって』
その音、否。声は未だ戦争の始まらない戦場に響き渡った。その声は少年のもので、それは先ほど聞こえた音の声だった。
その声の発生源へと人々は視線を向ける。それが自然と摂理であるかのように。
それは夜の闇に同化しながらも宙に佇んでいた。黒のコートを纏い、背後にある満月に照らされながら、それはそれが当然のように人々を見下していた。
『さっさと帰れ。オレは言ったはずだ。人族と魔族の間に進言のない戦争行為の一切を禁ず、と』
それはその言葉がすでにこの世の理であるかのように語った。
『オレらに喧嘩を売って死ぬか、帰って幸せを探すか。どっちかしかお前らに選択肢はない』
――パチン
それは指を鳴らした。
その瞬間、多数の剣が何もなかった宙に現れた。その数は数えることができなかったが少なくとも千の剣だった。
――パチン
再び、その音は響く。
そして、さらに剣が増える。
『オレに勝てると思うな。少なくともお前らが想像している∞倍よりは強いと思え』
剣の雨がひとたび降れば、全壊で済まない被害を受けることは容易に想像できた。
『さて、それで。オレに敵う奴はいるのかな』
そこにいた者たちは種族関係なく、絶望の色を見せた。
無理だ、勝てるわけがない。まず、攻撃すらまともに届かない。それに誰が勝てるというのだろう。
『いない。なら、帰れ』
結局、その戦争は戦争にもならずに終結した。
<創世の勇者>と<魔術の魔王>の宣言によって。
この出来事は後に歴史の分岐点として語られる。
血で血を争う戦乱の中、ただ『平和』のため奔走する最弱と呼ばれた勇者は、果たして。
二千年という長き年月を経て、それは果たされた。
——<創世の勇者>を自称する者の手によって。
星霜歴497年、夏。
のちに、<安寧の始まり>と呼ばれたその日は。
だが、〝星霜歴〟という呼び名は変わらなかった。
それは、歴史の転換点として語られる厄災の始まりを告げ。
否、実際はもうすでに始まっていたのかもしれない。
これで一章は終了となります。
まぁ、実際には人物紹介を挟みますが。
あと、もしかしたら番外編などを上げるかもしれません。
もし希望する方がいるなら挟もうと思うので感想で送ってください。
感想評価などあればお願いします。




