016 魔王と威圧
ユウタたちが魔王城を訪れているころ、栢木たち、新勇者一行は各々の訓練に取り組んでいた。それは本当に様々で、ただ剣を振っている者もいれば、模擬戦を行う者もいて、魔法の理論の勉強などを各々で行っていた。
そんな中、勇者である栢木はファリックと模擬戦を行っていた。
剣線が奔ったと思えば、それは何も捉えておらず。だが、ステタ―スからして差があるファリックと栢木は持久戦で言えば、栢木のほうに分があった。
しかし、遥かな技量の差がある両者の間に持久戦は起こらなかった。そしてまた、栢木の剣が空を斬る。
「――はっ!!」
栢木はいったん距離を取り、軽く声を上げると体勢を低くして、また飛び込んだ。そして、上段からファリックに向かって剣が通る。
「まだ、――」
だが、ファリックはそれを受け流さず、体のばねや技量を使い真正面から受け止め、はね返す。流石にそれは予想していなかったようで栢木はそれに反応できず、はね飛ばされた。
「――甘いですね」
そして、次の瞬間にはファリックの剣先は栢木の喉元にあった。
「そうだね」
それを合図にファリックは剣を下ろした。この光景は幾度となく繰り返されてきているので、周りで自分の特訓をしている者たちは特に気にしている様子はなかった。
「判断はよかったのですが、予想外というのはいつでも起こりえます。それゆえに何時も予想外に惑わされてはいけませんよ」
「はい」
「じゃあ、今日はこのくらいにしておきましょうか。剣技というのは出鱈目に振っていれば、習得できるものでもありませんしね」
すでに日は傾いており、夕暮れ時の空色となっていた。何気ない一日であるが、勇者の栢木にとっては成長の連続であった。ファリックはそんな勇者というスペックに恐ろしさを感じていた。打ち合うたびに成長してくる相手というのは、戦闘を生業とする者にとって恐怖の象徴でもあるのだから。
そんな日常の一コマが過ぎていくとき、それは起こった。というか、予想外だった、というべきか。
突如として、栢木とファリックより少し離れた地点から魔力の波が生まれた。それは本当にかすかなもので、一般人からすれば何もないことだっただろう。だが、二人は方や勇者、方や聖騎士長であった。
それはだんだんと強くなっていき、魔力を感じられるものにとっては嵐の中にいるかのように感じられただろう。やがて、それは形を成していき、蒼の光を纏い始めた。爛々と光るそれは魔法陣で栢木はそれに見覚えがあった。
「これは……」
「いったい何なのでしょうか、リョウキ様」
「いや、たぶん、あいつの帰還だよ」
やがて、蒼は鬱陶しいほどに爛々と輝き、光をまき散らした。それは視界すべてを蒼の色で埋め尽くしていく。
その光の強さに二人は思わず、手で目を覆った。
もし、二人がその光を前にしてもそれを見つめることができたなら、わかっただろう。その蒼の光の発生源が複雑な魔法陣からだということに。
「なんだ? 何かミスがあったか」
光がおさまった時、そこには、好奇心を目に宿すゴスロリの服を着た紫苑の瞳と髪を持つ幼女とこの世界では特徴的な黒の瞳と髪を持つつり目が印象的な少女、黒のコートに黒の瞳と髪と黒ずくめな少年が立っていた。
少年は飄々としている雰囲気があるが、今回はそれが少し崩れ、焦っているようにも見えた。まぁ、実際はそんなこと彼にとっては些細なことなのだろうが。
「こんにちは、かな? 暁」
「なんだ、栢木がここにいるっていうことはちょっと到着地点がずれたか」
どこか惚けたことを言っているが、やはり雰囲気というか存在自体が飄々としていて、つかみづらい話し方だった。
「なんか俺の扱いが雑なような気がするけど、お疲れ様。で、そこの女の子は?」
栢木はそんな会話に少し慣れたので、自身の疑問をぶつけることにした。というか、ユウタたちは魔王城に行ってくるはずだ、と聞いていたのでそこにいるはずのない、というか何故いるのかという疑問しか出ない幼女がなんなのかと聞いたのだった。
その答えは当然、ユウタから語られるものだと思っていたのだが、その答えは本人によってもたらされた。よりによって、いつもの名乗り方で。
「妾を〝女の子〟とは、其方は目が余程悪いのであろう。ならば、妾の名を恐怖と絶望を持って知るがいい。我が名はリナキリット=ジーザオウキス。<魔術の魔王>にして、魔族を統べる者である」
その声は遠くまで響いた。そこは静寂が支配し、魔王という圧倒的な存在のオーラが漂い始める。なるほど、魔王特有の<魔王の覇気>というやつか、とユウタは眺めていた。というか、こうなることは予想していたのだろう。そして、同時にあきらめていたのだろう。
その声は王城全体に広がったようで、リナの持つ威圧感と強大な存在感に多くの騎士が集まった。その中には新勇者一行たちの姿も含まれていた。気付けば、全身武装の騎士たちに囲まれていた。
当たり前である。魔王と名乗るものが突如現れたのだ。その近くに<創世の勇者>がいたとしても、彼は中立の立場を示したのだから、囲まれるのは当然だった。
「貴様、今、魔王と名乗ったな。よくも敵地で堂々といられるものだな」
ファリックは今までの恭しい態度ではなく、まさに仇敵に向ける口調でそう言い放った。すでに見た目で侮ってはいない。それは本人から発せられる威圧感が真実だと告げていたからだ。
「ふん、小童どもが幾らいようと妾には敵わん。おとなしく絶望せよ、人族が」
リナの言葉は、やはり魔王のもので今の世界の現状を物語っていた。いくら戦争が嫌いでも憎しみしかない敵に心を許すことなどできないのだから。
「何を言う、魔王。いくら力を持っていても多勢に無勢。貴様一人ではどうにもできない。我が同朋の贐として滅びるが――」
そこでファリックは言葉を切った。それは攻撃の合図を告げたため、ではなく、恐怖を感じ取ったからだ。それは魔王ではなく、その隣、<創世の勇者>ユウタ=アカツキが発しているものだった。
それは怒気でも殺気でもなく、ただの威圧。だが、それは魔王の発している覇気など消し飛ばしてしまうかのようなものだった。高々、ひとりの威圧に囲んでいた騎士団の士気はすでに皆無となり、恐怖に身を震わす者が大半を占めていた。膝をついていないのはひとえに騎士としての矜持だろう。
圧倒的という言葉すら生ぬるい威圧を発しながら、ユウタは少し手を上にあげ、握りしめる。その行為がどんなものか分かる者はこの時点ではいなかったが、それはすぐに分かった。
――ドコン
「――ッッ!!」
その拳は真っ直ぐと下に降りていき、魔王の頭にぶつけられた。それを食らった本人はいきなりのことだったこととその威力によって悶絶していた。それが行われると同時に威圧は解かれた。
「お前は馬鹿なのか? いや、阿呆だな。これまでの関係を考えてあんなに大声で、声高々に、自分は魔王です、って名乗るやつがいるか! ……オレも問題を起こすとは思っていたが、まさか初っ端からだとは思ってなかったよ。正直、お前にはお仕置きが必要なようだな。というか、現状を把握することもできない無能なようだ。よし、お前には一段落着いたら心が折れるまで特訓してやるよ。感謝しやがれ、阿呆ロリ」
このとき、これを見た者は立場をはっきりと理解した。「ああ、<創世の勇者>のほうがよっぽど魔王だ」と。
「痛いのじゃ!! 普通に名乗っただけなのに、どうして妾が悪くなのじゃ!?」
「はぁー。魔王と言うのは幼女でも魔王なのか。……お前、協力するって言ったよな。『休戦協定』結ぶとか言っていたよな。なのに、来てさっそく喧嘩を売るとは、良い度胸だな。なら、その喧嘩、オレが買ってやる。ほら、さっさとしろ」
ユウタは呆れぎみに言った。その瞬間、闘気が発せられる。それは先のように周りに発するのではなく、リナ単体にあてられた。その密度は何倍にも膨れ上がり、いくら魔王でも抗いきれるほどの威圧にリナは体を震わせながら、口を開くのもやっと、といった様子でかすかに、
「すまな、かった、のじゃ」
と呟いた。
「わかったならいいが、もう少し考えて動け」
そのユウタの声と同時に威圧は解かれた。解放されたリナは意識はあるものの力が入らないほど恐怖したのかその場に膝をついた。
「済まないな。迷惑を掛けたようだ。下がっていいぞ」
「……お前たち、下がれ」
そんなファリックの声を合図に騎士団は解散した。といっても、魔王の近くを警戒しないわけがなく、大半の騎士が距離を取っただけだった。
「さてと、ファリック。王様と新勇者一行に話がある。要件を通してきてくれ」
「はい、かしこまりました」
ファリックはユウタとの彼我の差を考えて戦う気も起きないのか、従順に従った。だが、その表情に陰りはなく、魔王を連れてきたことについての困惑しかないようだった。
ファリックが離れていき、その場にはユウタとリナ、京里とその他訓練に来ていた何人かが残っていた。
そんな中、京里はいきなりすぎる展開の連続で困惑していたが、ようやく落ち着いたのを確認すると大きくため息を吐いて、ユウタに向き合った。その表情は何とも言えないものだった。少なくとも呆れが入っているのは確かだった。
「兄ぃ、やり方。一応、魔王でもそんな幼い女の子にそんな言っても」
「そうなのじゃっ!!」
京里の非難にリナは一も二もなく、賛同の意を示した。というか、やられた本人だから当たり前の話だろう。普通なら、周りも同じことを思うのだが、周りのユウタを見る目はそうではなく、何というか畏敬とでも言うのだろうか。そんな目だった。どうやら、彼らはこの幼女が魔王だということを彼我の実力の差で理解したらしい。
ユウタは彼らの成長の度合いが良いことをすごいなぁ、と現実逃避気味に考えた。
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