015 魔王城と『平和』への反感
それからオレは観察に徹した。他の奴らは栢木のように凄まじい伸びがあるわけではなく、オレが相手をするレベルになかった。というか、まだ基礎を覚えている途中だった。だから、日々の訓練に顔を出してはそれを眺めていた。時に指摘したり、口を出したりしながら、回復の暇つぶしをしていた。
そんなこんなで召喚されてから一か月が経った。考えたよりも回復には時間がかかり、ようやく万全というべき状態になった。<起動:全回復>は体力及び魔力の回復を著しく下げるという副産物があるのが欠点だな。
魔力も完全に回復したので、<起動:全回復>の副産物効果の一切もなくなり、いつものように回復をするようになったので<転移魔法陣>を創ることができるようになったというわけだ。
「――【創造:<転移魔法陣>】」
蒼の魔力光が輝きだし、精密な魔法陣を浮かび上がらせる。目に見えた光景は一瞬で魔法陣が九つ現れ、それが三つずつ重なり合い一つの魔法陣を形成する。そして、計三つの魔法陣は地面に刻まれる。そこからは変わらず、蒼の光が漏れ出していた。
「――<起動:魔法隠蔽>」
さらに、懐から取り出した石に蒼の魔力を流す。するとその透き通って見える計四つの魔法陣が効果を発揮し、過剰な力を放出するそれは次の瞬間に砕け散った。だが、その効果は<転移魔法陣>に引き継がれた。
「よし、これで準備は万端」
「兄ぃ、それ、どこから取り出したの?」
オレが作業を終え、一息つくと間髪入れずに隣にいた京里から質問が飛んできた。
「そう言えば、まだ話していなかったな。結局あの後もなんやかんだで話をしてなかったしな。……前に重傷を負ったとき、というか、例の神族と戦っていた時にポケットにこれが入っているのに気が付いた」
話をいったん切り、手につけている何の変哲もないチェーン状のブレスレッドを京里に見せた。それは構造が非常に緻密で、ところどころに何らかの結晶があることから相当な高級品のように見えた。
「これはオレの自信作のひとつ<収納の腕輪>と言って、一定の量のものを収納しておけると言う便利道具だ。さらには、内部は時間停止の機能が付いているという最高の品。と言っても大量生産できるものでもないから、あったとしてもこれを合わせて二、三個くらいしかないだろうがな。
で、これの中には二千年前にオレがいれておいた物が入っていたんだ。容量も決められているから、多くの物があるわけじゃないが、<起動>系の刻印魔法アイテムとかポーションとかが入っている。だから、なんとかなったわけだ」
「へ、へぇ~。すごいんだねぇ~」
京里はいきなり口早に説明を始めたオレに戸惑っている様子で、これの凄さが理解できていないらしい。これは魔法が使えないオレが<無限倉庫>を使いたくて、一週間ほど不眠不休で創り上げた傑作なのだ。チートアイテム万歳である。というか、いざとなった時にと思って<起動>系のアイテムを詰め込んでおいてよかったと思う。
「一定以上の質の鉱石などに魔法陣を刻印して、魔力を流して誰でも使用できるようにする。これが刻印魔法だ。それを利用して使い捨てで魔法を使えるようにしたのが<起動>アイテムというわけだ」
「ということはあの<起動:全回復>ってやつも使い捨てで使えるっていうこと?」
「まぁな。ただし、ここにあるのも数が限られているからな。頻繁には使えない。創るにも魔力と時間が必要だから、量産はできないからな」
「それでも、すごいね。あんな回復術は誰も使えないと思うから数がなくても十分だよっ」
「ありがとな。まぁ、お喋りはこのくらいにして行くとするか」
「わかった」
オレは京里とともに再び魔王城へとつながる<転移魔法陣>に乗った。魔力を流し始めれば、蒼の輝きは増していき、光がオレたちを包むとその場に姿は残っていなかった。
* * *
魔王城は遥か昔に魔族の手によって造られた強固な城である。魔法と鉱石によってかたどられたその城は雄大にして壮大。見る者すべてに畏怖と尊敬を集めさせる。
内部も外部と同じく、様々な魔法の品が飾られている。外敵を排除する自律式ゴーレム隊、侵入者を城内のどこまでも追いかける死霊鳥の群れ、通るものすべてを監視する絵に宿る邪精霊。その他にも様々なものがある。
そんな魔王城の最奥の間は、魔王の間である。そこにある玉座にはひとりの少女が佇んでいた。いや、正確に言えば、少し焦っているようにも見える。紫苑の瞳と長い髪を持つ幼い少女、その名はリナキリット=ジーザオウキス。現代の魔王、<魔術の魔王>その人である。
その前には数名の魔族がいた。その者たちは濃密な魔力を漂わせており、雰囲気は一触即発であった。その魔力は現在の勇者さえも劣る存在だと思わせるほどに濃密であった。
「其方らは妾の言うたことに、反旗を上げるということじゃな」
<魔術の魔王>は、まだ魔力の一切を纏ってはおらずあくまで自然体であった。だが、その雰囲気は立派な魔王、そのものであった。
「はい。我らは人族を滅ぼすための先兵。貴女様にお仕えするのもその多大な力を以て人族を滅ぼすためであります。それを行わないのなら、我らがお仕えする意味はありません」
「そうか。で、妾をどうする気か? まさか、其方らだけで倒そうという気か? どうやら、魔王の言葉を知らぬ小童どものようだな」
<魔術の魔王>の徴発を受けて、魔族は魔力を隠そうともしない。意識をすれば、一瞬で魔法が展開されるだろう。それほど濃密な気配だった。
「我らを侮辱するのですか、小娘。貴女の下についたのは個人では敵わなかったからです。ですが、我ら十数名の精鋭相手に渡り合えるとお思いで?」
「無論じゃな。やはり其方らは魔王のことを知らなすぎるな。魔王とは強欲と傲慢の権化。己の力を以て、常に己が道を突き進む。たとえ、其方ら、小童が何匹増えようと妾の敵ではないのじゃ」
次の瞬間、魔力が狂い始めた。いや、<魔術の魔王>が魔力を纏い始めたのだ。それは目の前にいる魔族のものすら、塵芥のように思わせるほどのものだった。その魔力は黒。それはまさしく魔王の力であった。
「さて、少し揉んでやるとしよう。なに、妾の前で無礼を働いたのじゃ。これでも甘いくらいなものじゃ」
「くっ。だが、魔王でも多勢に無勢だっ! お前ら、やるぞ」
それを合図に間の魔力は荒れ狂い始め、幾つもの魔法陣が形成していく。<魔術の魔王>は紅と黒の魔法陣を五十門。魔族たちは多種多様な魔法陣が膨大な数をもって間を埋め尽くした。
「うっかり、死なんようにな。――【灼熱魔炎地獄固定砲台】」
「一斉に、放てっー!!!」
「――【雷来帝始之時】ッ!」
「――【爆風雨想霊気】ッ!」
「――【白亜炎魔光】ッ!」
多数の声が響き渡り、それと同時に魔法陣より魔法が顕現する。<魔術の魔王>が放った黒炎はそれが単体で滅びの力を持っており、他の魔族が放った魔法は着弾と同時に競り負け、一直線に魔族らに向かった。
だが、それが届くことはなかった。
「――【創造:<戒めの鎖>】」
ひときわ、その声は響いた。魔力と魔法がせめぎ合う戦場であるというのにその声はまるでそれが自然の摂理であるというように響き渡った。それは<魔術の魔王>にも魔族たちにも聞こえた。
その瞬間、魔法はそれがもとからなかったかのように消滅した。そこに残ったのは紅の鎖だけ。それを見た<魔術の魔王>は唖然とし、体を震わせた。魔族たちはその光景に何が起こったのかわかっていないようで、呆然としていた。
「悪いな、取り込み中だったか? だが、武力でお話とは物騒すぎるぞ」
トン、トンと足音を立て扉から入ってきたのは、黒のコートを羽織った男だった。その髪と瞳もコートと同じ黒であり、表情は苦笑いだった。
「またしても突然じゃな、<創世の勇者>」
彼こそ、魔族の中で魔王よりも恐れられる存在、<創世の勇者>ユウタ=アカツキその人であった。
「まぁな。そっちこそ、魔王っていう職業は大変そうだな。だが、こんな雑魚どもで鬱憤晴らししても相手が死んじまうぞ」
「そうじゃな。お、そちもいたのか、えっと名前は、何じゃったかの……」
その会話はとても戦場だった場所でのものではなく、平和的なものだった。その間では魔族たちが紅の鎖に拘束されているが、戦場に身を置くものは常に自然体でなければならないのだろう。それを感じさせた。
「あ、はい。私は暁京里、ケイリ=アカツキです」
そう答えたのはつり目が特徴的な容姿の整った少女だった。未だ、その現状について行けていないようだが、落ち着いて返答していた。一度、会ったことがあるからなせる技なのだろう。
「わかった、覚えておこう。で、何ようじゃ」
「いや、話をしに来ただけだ。込み入った話だから部外者はご遠慮いただきたいんだが……」
そこでユウタはいったん話を切り、拘束されている魔族たちを見つめた。その視線は明らかに興味を持っておらず、一切の感情の波が見て取れなかった。と言っても、それが彼の通常なのだが。
「そ奴らは妾に反旗を上げた愚か者共じゃ。処分してくれても良いぞ」
「そうか。でも、命を軽く扱いすぎだ。この前提案した『平和』はそんな物騒な世界じゃないんだぞ。まぁ、いらんなら捨てておく」
それを合図に紅の鎖は魔族を締め上げたまま宙に浮いた。そして、そのまま魔族を窓らしき場所から捨てた。遠心力を利用した美しい投げ。人型ではないが綺麗な放物線を描いて魔族は外へ飛んで行った。
魔族はいきなりの開放に戸惑いながらも現実をきちんと把握したようだ。崖の下へと落ちていく中、魔法の発動があったようだが、魔王城へとは戻ってこれはしないだろう。
「で、話とは何なのじゃ?」
<魔術の魔王>はそんな光景にも目をくれず、玉座にふんぞり返るように座り直した。彼女にとって<創世の勇者>は警戒に値しないのだろう。例え、敵対したとしても刹那のうちに負ける予測がついているからだ。要は、無駄なのである。
「まずは現状報告としようか。お前に敵対する魔族も出てきたこととか、な」
「そのまえにひとついいかの?」
「なんだ」
「その黒のコートは何じゃ?」
<魔術の魔王>はユウタを指してそう問いた。その質問にユウタは自分の姿を見つめ、そして、先ほどよりも暗い眼をして<魔術の魔王>を見据えた。
「変か?」
「似合ってはおるが、妾が聞きたいのはその性能じゃ。あいにくと<鑑定>は持っておらんが、そのコートの性能くらいはわかる。だが、難解すぎてようわからん。教えてくれっ」
その声は落胆ではなく、純粋な好奇心によるものだった。その返答にユウタは元気を取り戻し、京里は後ろで頷いていた。
実は、この黒のコートはこの魔王の間に入る前にユウタが魔法の撃ち合いを確認したときに突如<収納の腕輪>から取り出し、羽織ったものなので、京里もよくは知らなかったのだ。
「これはな、<自在の黒衣>というオレの自信作のひとつでな。いろいろな効果を持っているコートだ。黒衣の形を任意で変えることができる<変形自在>、外部からの魔法攻撃から守る<魔力分解>、着用者の体感温度を一定に保つ<快適温度>、<魔法陣展開速度上昇>、一時的に空を飛ぶことができる<飛行>、着用者の気配を消したり、大きくしたりする<気配操作>、それと<自動修復>と<鋼鉄化>の計八つの能力を持っている。
なにやら、ここで魔法の激しい反応があったから、念のために着ておいたというわけだ」
「それはすごいなっ。それほどの効果を持つ魔道具など見たことがないぞっ」
<魔術の魔王>は容姿そのままに目を輝かせた。それはどう見ても幼い子供にしか見えなかった。ユウタはそれが嬉しかったようでかすかに笑っているように見えた。
「でも、何でコートなの? 形が変えられるんでしょ」
そこに京里から的確な指摘が入った。確かに、見た目形が変えられるのならコート形態の必要はない。なんならパーカーにでも何でもなれてしまうからだ。
その指摘にユウタは笑みを消し、視線をそらして。
「守備範囲が増えるからだ」
と答えた。
先ほどまでの雰囲気が嘘のように消え去っている。まぁ、魔王と勇者の関係はこういうものなのかもしれない。
「……まず、魔族への攻撃は皆無となったはずだ。というか、オレが思い切り脅しておいたから、しばらくは大丈夫だろう。
そのうえで人族及び魔族間に『休戦協定』を結びたい。これはオレ<創世の勇者>と<魔族の魔王>の名のもとに結盟する。破った者はオレらで打ちのめす、っていう抑止力だ。どうだ、考えてくれないか?」
ユウタがそう言うと<魔術の魔王>はすこし考えこんだ。だが、決意はすでに決まっているようで答えはすぐに返ってきた。
「うむ、それについては妾も喜んで賛同しよう。妾は戦争が嫌いなのじゃ。それよりも魔法の研究のほうが余程有意義というものじゃな。
だが、問題が一つ。妾はまだ魔王の期間が短い。そのために、魔族の反乱が後を絶たんのじゃ。確かに、魔王は魔族最強の存在。それは間違っておらん。だが、何人かなら、大勢ならば、と勘違いしてここにやってきては妾に打ちのめされていく。簡単に言えば、妾は魔族の権力がまだまだ低いということじゃな」
「なら、簡単だな。実力差を見せつければいい。だから、その問題はクリアだ。じゃあ、『休戦協定』はオレの方で進めておく。
あと一つ協力を願いに来たんだが。……実は、新勇者たちが帰還をお望みでな。というか、魔王を討伐しない勇者っていうのは不必要だからな、精々魔物を狩るくらいしか使い道がない。で、それを調べるために協力して欲しい」
「別に構わんのじゃが……妾は何をすればいいのじゃ?」
「ああ、とりあえず、オレらと一緒にオートリージェ王国の王宮に来て欲しい。一応、失礼のないようにはするが、何かやられたら、王宮吹っ飛ばしても文句は言わないつもりだ。その他の奴に危害を加えたら、容赦はしないがな」
<魔術の魔王>は苦い顔をしながらも、あるひとつの可能性に気が付いた。それは彼女にとっては自分が魔王であるということよりも興味があることだった。
「美味な紅茶はあるのか? 美味な菓子もあるのか?」
「ああ、もちろん。というか、協力してもらう側にそれくらいはしないと駄目だろう」
「おお、行くのじゃっ!! 絶対行く。今すぐ行くのじゃ」
彼女は無類の紅茶好きであり、甘党だったのである。魔族の国にも菓子というのは当然存在する。だが、それは何というか、雑で、味を引き出すということがほとんどなかったのだ。だから、紅茶や菓子にしても全体的に品質が悪い。だが、なかなか手に入らない人族の菓子は魔族にとって貴重品のひとつであるのだ。当然のように、彼女の大好物でもあったのだ。
「わかった。それじゃあ、リナキリット。……長いなぁ、リナと呼ぶぞ」
ユウタの問いかけに<魔術の魔王>リナキリット=ジーザオウキス、通称リナは首肯した。
「じゃあ、行こうか、リナ。京里も行くぞ」
「うん」
「――【創造:<転移魔法陣>】、<起動:魔法隠蔽>」
三人の足元に蒼の色を持つ魔法陣が現れていく。それを見たリナは見た目に反して、研究者のような目つきでしっかりと観察していた。
さらに、ユウタの手元にあった透き通った鉱石も光を放ち、砕け散った。
その次の瞬間には蒼の輝きが増していき、それが収まると三人の姿は消えていた。
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