014 わだかまりと新勇者の特訓
目を覚ますと当然のように京里が視界に入った。だが、いつものような元気はない。というか、オレのベッドを枕にして寝ている。外を見れば、すでに夜も更けていた。明かりはなく、かすかに光っている星々の明かりだけが部屋を照らしていた。
何日寝ていたかわからないが、<起動:全回復>は理論上的には、一瞬で体を正常な状態に創り変えるものだった。そのせいで、体調が戻るのは相当時間がかかる。体力もいまいち足りていないが、魔力で補っているので体を動かすのに支障はない。ただ、戦闘となると不安が残る。
だが、効果は流石だ。流石、オレの自信作である。
「おっこいしょ」
オレは京里を起こさないようにそっと起き上がった。
「………むにゃむにゃ」
一瞬、京里を起こしてしまったのか、と思ったが、ただの寝言のようだ。だが、その顔には少し陰があった。余程、オレのことが心配だったのだろう。前のように涙の痕跡はないが、やはり心労は相当なものだろう。
そんな京里の頭をそっと撫でた。そうするとその表情から陰が消え、心なしか幸せそうな表情になった。
「心配をかけた。すまなかったな」
オレは京里が聞こえていないとわかっていながら、小さな声でそう呟いた。
それから、オレはベッドを抜け出し城内を見て回ることにした。服装はそのままバスローブだったので、<創造>で私服に似たものを用意してそれを着込んだ。
王城内はやはり暗く、壁あるかすかな光を灯すランタンがたまに置いてあるくらいだった。だが、それを補うほど星が強く輝いていた。
純粋に綺麗だと思った。まず、あの科学の発展しすぎた日本では見ることのできない光景だろう。たまにはこうやって夜空を見上げるのもいいかもしれないな。
だからだろう。自然と中庭へと足は動いた。特に場所を知っているわけではないが、日常的に魔力の流れを感じていると生物の把握や地理の把握が簡単に行えるようになってくるのだ。だから、家などの構造も目隠しをしていてもわかる。
中庭はここが王城というだけあって綺麗な場所だった。いや、この夜空と合わせれば幻想的とも言える。そこに映える草木は丁寧に手入れがされており、大部分を占める大きな池もまた、夜空の星々を映している。
オレはそこで何も考えることなく、じっと座っていた。
誰かがいる。
そう気が付いたのは、オレがこの中庭に来て二時間が経った頃だった。すでに刻は遅く、王都も寝静まっている時間だった。正確な時間はわからないが、深夜だということは空がますます暗くなっていくことからわかった。
だから、誰かがここに来ることはないと思っていた。オレはただ一人になりたかったからここに来ただけなのだ。
「隠れてないで出てこいよ」
オレは夜空を見たまま、そう声を上げた。誰かはいるものの敵意も害意もないようなので、とりあえず聞いてみることにしたのだ。
そして、しばらくすると暗闇から少女が出てきた。月光で顕になったその髪は金色で小さな王冠をかぶっている。服装はネグリジェの上に白い上衣のようなものを羽織っていた。
「なんだ。確か、ここの姫さんだよな」
「ええ、そうです。名前はセネリアと言います。前にも言いましたが」
その口調はどこか憎たらしげだが、やはり敵意や害意はなかった。
「すまんな。名前を覚えるのが得意じゃなくてな。……で、なにか、オレに用か?」
「いえ、ただ姿をお見かけ致しましたので。体調のほどはいかがでしょう」
「まぁまぁ、だな。だが、姫さんのような少女がこんな夜中に王城を歩き回るのも如何なものかと思うぞ」
ここには一応だが、男がたくさんいるのだ。特に新勇者一行はこいつに目をつけている奴もいるみたいだしな。
「たしかにそうですわね。ですが、何だか眠れなくて」
「そうか。ほどほどにして寝ておけ。明日には色々なことを説明してやる」
「そうですか」
だが、セネリアは返答とは裏腹に、こちらに歩いてきてオレの横に並んで立った。仕方ないので、オレと同様の椅子を創り出してやった。
いきなりの事にセネリアは驚いている様子だったが「ありがとうございます」と言うとそれに座った。
「ユウタさま、少し話をしましょう」
「んー。まぁ、構わない」
「ありがとうございます。……早速ですが、あなたはこの世界を平和にしたいと聞きました」
「? その通りだが、誰から聞いたんだ?」
こちらの世界に改めて来てまだ少ししか経っていないし、話したとしても京里くらいだ。だが、京里のことだ。オレのことは詳しくは言っていないはずだ。オレの口から言うと分かっていたからな。
「<ガーシャネーゼ魔術女王国>のハーミナスさまのお話です。その反応はお間違いないということで?」
「ああ、そうだ。というより二千年前に滅ぼされたはずの国の名前ということは、やっぱりエナーデが祖女王か?」
確か、オレが助けた最後の生き残りだった。たぶんそいつは建て直したのだろう。もともと王族の血筋だったらしいからな。
「やはり知っていましたか。さすがは<創世の勇者>です。……彼の女王に言われました『<創世の勇者>の協力がなければ、この世界の安寧は不可能だ』と。あなたの望む『平和』という夢物語が本当にこの世界の安寧に繋がるのですか? というより、それが可能なのですか?」
気になることが幾つも出てきた。だってまるでエナーデが、オレの再召喚を予測していたような言い方だったからだ。だが、今は置いておこう。
「……二つ。まず、『平和』にする。これは確定事項であって、オレが存在する限りこれを回避することはない。
そして、安寧をお前らは知っているのか? 言葉が間違っているんじゃないか? お前らの考えはいつでもこうだ『魔族さえいなくなればいい』。間違ってないだろ」
「ええ。その通りです。確かに、魔族には生活があるのかもしれません。ですが、何人も殺されました。このわだかまりを抱えてともに歩むなど、それこそ不可能なのです」
オレの言葉に気に触る部分があったのだろう。セネリアは先程よりも口調を強くして訴えかけてきた。
「確かにな。オレも復讐をやめろ、なんて言うつもりは毛頭ない。人には心がある。それを曲げろなんて言わない。だが、本当にそれでいいのか? 一人の王族として、復讐を優先し、民の安寧を疎かにする。それで安寧につながるとでも言いたいのか?」
「民のための復讐ですっ。醜くても構わない。どんな手段を使っても返さないといけないほどの恨みがずっと溜まっているのですっ」
「民のためと、言い訳にするな。それがお前の心だ。確かに、お前の復讐心の始まりはそう言った民の恨み、親族を殺された恨みなのだろう。それは仕方ないことだ。それが自然だ。だがな、一国の王女として民のためにと、民の安寧を疎かにしているのは間違いのないことだ。それは否定できない。
オレが言いたいのはそうやって『魔族を滅ぼすこと』を考えているのがいけないのだ。本当に魔族がいなくなれば、安寧は戻るのか? 復讐は果たされるのか? 答えは否だ。
魔族を滅ぼせば、次は他の種族を滅ぼそうとするだろう。エルフやドワーフ、獣人。必ず争う。そして、終わらない争いを続ける。……はっきり言ってクソ喰らえ、だ。そんな世界にするくらいなら、いっそオレが滅ぼしてやる」
流石にここまで言われると何も言い返せないようで、セネリアは俯いたままじっとしていた。
「だから、オレは『平和』を目指した。魔族も人族も争いはあっても時にはお互いを助け合える関係にしたいと思っている。
見てみようと思わないか? 魔族も人族も関係なく手を取り合って生活を送っていく。そうすれば、技術も発展していく。
オレはそんな世界が見たかった。だから、誰に何を言われようとも『平和』にする」
そう言い切ったオレの目の前には反論ができずに俯くままのセネリアが座っているだけだった。だが、月光は陰っていき、さほどまわりは明るくなくなってきていた。
やがて、セネリアは静かに口を開いた。
「………そうですか。私も憎悪に狂っているわけではありません。それが正しいことということもわかっています。私もそんな世界を見たい、と思っていると思います。
未だ魔族に対しての憎悪は消えません。相手が意思を持っていたとしても。それでも憎悪は消えません。
どうしたらいいのでしょうか? 私にはわかりません」
「知るか。お前にはお前の、オレにはオレの、考え方がある。それくらい自分で決めろ」
オレはそれだけ言ってその場を立ち去った。
夜に支配された庭にあったのは、輝く金の髪の少女と少女が座る椅子だけだった。
* * *
そのまま部屋に戻り、夜が明けるのを待った。部屋では京里があの格好のままで寝ていたので、ベッドに寝かせてやった。流石にあの体勢だと体を痛めてしまうだろうからな。というより体力回復には楽な姿勢が一番だ。
しばらくして空も明るくなり始め、京里も目を覚ました。若干寝不足そうだが習慣というのはなかなか抜けないようだ。
それから朝をきちんと迎えた新勇者一行を集め、説明を行うために食堂へ赴いた。そこには夜中会ったセネリアや国王の姿があった。普通に驚いたが、どうもオレは伝説上の人物であるので、一国の国王でも自ら赴くのが礼儀らしい。オレにはよくわからないが、あっちがそう言っているのならそれでいいので、とりあえず進めることにした。
「いろいろあって情報の共有が遅れたな。まず、<ガーシャネーゼ魔術女王国女王>から聞いているらしいが、オレの目的は『平和』だ。詳しく言えば『人族と魔族の争いを最小限にし、いずれは和平を結んで共に手を取り合って生きていく世界を創ること』だ」
「それは聞き及んでおります。我々もまだ整理の付いていないことでございますが、それは後の話でいいと思います」
オレが言葉を切るとセネリアがそう言った。まぁ、別に聞こうと思って言ったわけじゃない。
「じゃあ、オレが<魔術の魔王>と会って話をしてきたときのことからだ。結論から言うとあいつは争いを好んでいるわけではなさそうだ。非常に勝手なことだが、人族から仕掛ければオレがあっちの味方になるという約束をしてきた。まぁ所謂、中立の立場ってわけだ」
「なんですとっ!!」
「ほんとのことだ。オレが望んでいるのは『平和』であって『どちらかが滅んだ世界』というわけではない。一応、新勇者一行の面倒は見るからどちらかというとこっちに居ることが多いと思うが、あくまで中立の立場だ。あと、オレの実力をなめている奴は地獄を見るだろう」
オレの言葉に一同は沈黙した。そして、聞かずとも全員が驚いている様子だということがわかった。王族たちからすれば「強力な味方が出来た」と思っていたようだが、オレは二千年前からあくまで中立の立場だった。まぁ、これだけの年月が経ってしまえば知っている者もいないだろうが。
「……まぁ、そんなことはどうでもいい。それよりも今後の話だ」
オレの声に全員が現実に戻ってきた。流石に今日決めておかないと困ることになりそうだからな。
「まず、新勇者一行の帰路作成を行おう。オレは魔王を連れてくるから少し実験をしよう。それでいいよな?」
栢木たちは〝新勇者一行〟という呼び方が気になったようで顔をしかめているものが多かったが、オレが帰還の協力をするということで喜んでいるようだ。
「次に、あくまでオレの考えで未定ではあるが、魔族と人族の『休戦協定』を出したいと思う。もちろん、オレはこの世界の王様でも何もないが、まだちょっとした権力ぐらいはあるだろうからな」
その場にいる全員が目をむいた。王様なんかは若干震えているようだ。まぁ、いきなりすぎたか。とはいえ、まだ今の時代のことをよく知らない。二千年前より酷ければ、オレもいきなりは無理だと思うが。それを考慮して未定だ。
「とりあえずはこんなものだ。オレが回復するまで<転移魔法陣>は創れないからな。ということで新勇者一行の特訓を手伝ってやろう。魔法はダメでも武術はほぼ全部大丈夫だからな。戦わないにしても体を鍛えておいて損はないからな」
オレの会話のペースについていけていないようで全員が、空返事だった。というか、オレは王様と話すのが苦手なんだよなぁ。一応、普通の高校だったオレは威厳のある人と会話するのには向いていないのだ。だからこそ、こういう時はマイペースで行くのがいいのだ。
* * *
場所は変わり、闘技場にやって来た。ずいぶんと立派な建物で、地球で言うところのコロッセオの完成版のような場所だった。どうやら、いろいろな結界が張ってあるようで<物理結界>、<魔法結界>、<衝撃吸収結界>と観客席や外延部に攻撃の余波が及ばないようにしてあった。結界もなかなかのものでどうやら魔力を流すだけで発動するものらしかった。
少し観察しただけで分かったのはこのくらいだった。たぶん、ここを避難所にすれば結構な場所になると思う。残念なのは、内側にしか効力がないことだ。まぁ、少しいじれば避難所になるだろうが。
ここにいるのは、オレと京里、新勇者一行とセネリア。そして、このオートリージェ王国の聖騎士長ファリック=ラドナーという金髪碧眼のイケメンだ。なんでも、イケメン聖騎士長さんが新勇者一行の特訓をしていたらしい。
「ファリック、こいつらには何を教えてやったんだ?」
「はい、リョウキ様方の職業を見て、それにあった技術をお教えいたしました」
そう言って、ファリックは紙をオレに渡してくる。そこには誰がどのメニューをやるかなど、たくさんのことが書いてあった。紙と言っても、何枚もまとめてあり、個人個人の伸びしろなどが詳細に書いてあった。
イケメンだけでなく、しっかりとした実力も兼ね備えていて、几帳面でもある。これは栢木に並ぶ、逸材かもしれない。オレは特別優遇された者に恨みを持つことはなかった。だから、イケメンでも気にしたことがなかった。だが、この時初めてイケメンに恐怖を覚えた。
正直言って、オレはここにいる全員の名前を知らない。なんとかなるにはなるが、ここまでの観察眼を持つとは相当である。
「あ、ありがとう……」
整った顔が怖かった。
「ま、まずは栢木からだ」
オレはそれを感じさせないように特訓を始めることにした。まだ、回復しきってなくともそれは戦闘においてであって、まだ特訓を始めたばかりの元学生の相手するくらいには造作もないことだ。
「わかった。で、俺はなにをすればいいんだ、暁」
「とりあえず、剣術を伸ばしてやろう。まだ、お前がどんなできか、知らないからな。一回、手合わせをしてからだ。ファリック、お前は他の奴を頼む。京里は魔力操作を覚えろ。この前やったように魔力を手繰り寄せるんだ」
そう指示し、二本の木剣を創り出し、栢木に投げ渡した。魔力が相当少なくなっているようだが、このくらいならばなんてことない。
「さあ、構えろ。そして、ボロボロのオレを倒してみろ」
「もちろんさ」
それを合図に栢木は飛び込んできた。たった数日でここまで伸びるのだから、勇者のスペックは恐ろしい。すでにそこらの剣士なら倒して見せるのではないだろうか。だが、まだ、脇が甘い。いや、ここまで来ていることをほめるべきなのだろうか?
十メートルほど開けていたのだか、一気に距離が詰められた。しかも動きは単調ではなく、左右に若干のズレを見せることで、翻弄しようとしている。いやはや、勇者は恐ろしいな。魔王の気持ちがわかった気がする。
そこから、木剣を振り下ろす。なかなかの威力がこもっている。すでに重心移動すら自在に操って、威力を底上げしている。
それをオレは木剣でいなす。ほんの少し角度をかえて、威力を真下に流した。そして、栢木に隙が生まれる。完全に横っ腹が開いてしまっている。
それに気が付いた栢木は思いっきり地面を蹴り、オレから距離をとった。その脚力は凄まじく、あっという間にもとの距離に戻った。
「いまので、いけると思ったんだけど」
「まだまだ、だな。威力はいいがそれはただ剣を振り回しているだけ。剣術とは言えない。あと、踏み込みも甘い。隙を見せすぎだ」
「手厳しいね。……じゃあ、いくよ。………えっ?」
栢木は闘志を高めたまま、急に何の抵抗もなく地面に倒れた。それを見ていた者はわけがわからないといった様子で唖然としていた。唯一わかっているのはファリックくらいだろう。
「調子にのるな。隙をみせたら死だと思え。この短期間でここまでの成長はたいしたものだが、まだまだだ。もう少し、ファリックに基礎を習ったほうがいい」
栢木は立とうとしているが、一切力が入らないようで、ただ地面に突っ伏しているだけだった。
「なに、を?」
「お前が隙を見せたとき、お前の両手両足に二十発ずつ叩き込んだだけだ。筋はいいが、まだ経験や基礎が圧倒的に足りてない。ファリックならその点は大丈夫だと思うからな。頑張れよ」
栢木はそれを聞いて押し黙った。表情は見えないが、相変わらず闘志はあるようだ。流石は勇者、心も強いな。
栢木は未だに立ち上がろうともがいているが、神経に直接攻撃を何発も受けたのだ。流石の勇者でもこれには耐えられないだろう。
「じゃあ、次は誰にする?」
オレの言葉を聞いて黙っていた全員が一斉に後ろへ下がっていった。当然のように返事はなかった。
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