010 昔話と壊れた勇者
僕は気が付けば、見たこともない場所にいた。
そこは薄暗く、石造りのようで僕は自分が寝転がっている状態だということが分かった。
見渡せば、そこはかなり広く、形容する言葉は思いつかないが、体育館ようだ。うまく言えているとは思わないが。
そして、視界に映ったのは西洋の騎士の格好をした人たちとドレスを着ていることからお姫様だろう少女と偉そうな格好のたぶん西洋の文官あたりの格好をした人たちがいた。
「えっと、こんにちは」
僕はとりあえず挨拶をした。どうみても外国人だということが分かったが、思わず日本語のまま話してしまった。
だが、それは相手の方に通じたようでお姫様だろう少女が一歩前に出て口を開いた。その少女は気の強そうな赤の瞳と髪を持った少女だった。
「こんにちは。わたしは<セネキリシトル王国第四王女>シャルティア=フォン=セネキリシトルです。……あなた様が彼の<滅全の魔王>を倒してくださる勇者様なのですか?」
「はい?」
思わず、口から無意識にそう出ていた。
いろいろとわからない単語がいっぱい出てきて、すでに頭の中は絶賛混乱中であった。
だが、そんな僕を置いて事態は進んでいった。
「よろしくお願いしますね、勇者様」
シャルティア姫は、急に僕の元へ駆け寄り、混乱中だった僕の右手を両手で包んだ。
その急な行動にとれる行動は硬直以外の何物もなかった。近くで見えた彼女の容姿はとても整っていることがわかり、赤の髪と双眸も色鮮やかなものだった。
だから、いたって普通の思春期真っ盛りの高校生の僕にとっては驚き以外にそれに集中することしかできなかった。
「さあ、行きましょう」
「はい」
そのまま、僕はシャルティア姫に連れられ、歩いていった。なぜかその手は彼女に握られたまま。
僕はそれから、己を鍛え始めた。
あの後に知ったことは少ない、ただこの世界が『グルーシェ』と呼ばれていること。僕自身が、最悪を作り出す<滅全の魔王>を討つために呼び出された勇者だということ。そして、魔法が存在する世界だということくらいだ。
まるでファンタジー小説に入り込んでしまったかのようだった。あまりそう言ったものは多くは読んでいないが、妹が読んでみてとうるさいのでいくつかなら読んだことがあった。
そして、この前、重大な事実が発覚した。
なんと僕は魔法の適性がないに等しいのだ。あこがれていた魔法だったが、どうやら使えないらしい。さらには、認められた勇者だけが使うことのできる聖剣<宿命剣ゼルドロージア>も扱うことができなかった。
それを聞いた周りの人々は、歴代最弱の勇者と僕を呼んだ。
正直、かなり腹が立った。そっちが呼び出しておいてその言い草はなんだ、と。声を大にして言いたかった。
けれど、そんなのは所詮負け惜しみ。言い訳に過ぎない。だって、その通りなのだから。
だから、自分自身を鍛えることにしたのだ。なんでも、この世界の人たちよりも何倍も僕は強いし、成長もよいらしい。なら、僕は魔法に頼らず、立ち向かえばいいじゃないか。そう考えたのだ。
それにひとつだけ僕にも使える魔法があった。それは<創造>という魔法である。どう考えても強そうな魔法なのだが、実際はあまり使い勝手がいいとはいえなかった。
まず、小石ですら創るのが大変だ。何度もやっていて分かったのはイメージが大切だということだ。だが、どんなに想像力を広げても創り上げるのは大変だった。
だが、不思議と僕にはこの魔法が合っているような気がした。
<創造>で小石を完璧に創り出せるようになったのは召喚されてから一か月が経った頃だった。その時には剣術もかじる程度にはできるようになっていた。
そして、それを境に僕は旅立つことにした。<滅全の魔王>の討伐という目的を建前に僕は世界を見てみることにした。
どうも、この世界の人族は魔族を口々に悪く言っているが、本当にそうなのだろうか? 大抵、ファンタジーものだと魔族は悪魔的なイメージが出てきているのだが、こちらの世界でそれが通用しているとは限らないのだ。
ある日、僕は書庫に籠って古代文献を漁っていた。この世界に来たときに貰った能力ですべての言語が理解できるようになっていたので、今では使われていない文字でも難なく読めた。
その時に偶然、発見した資料の中にこんな言葉が乗っていたのだ。
『魔族は魔にあらず。魔法に長けた魔法族である。魔族が生まれつき持つ角はその魔法力を高めるためにあり、決して悪魔などではない。いつからか始まった争いのなかでこのことだけは忘れてはいけない。魔族は人族と何ら変わりないことに』
本当に偶然だった。だが、これがきっかけで僕はこの世界の人族と魔族の生活をよく知ることにした。
その旅は、あいにく呼び出されたのが一人だったので、一人旅になるはずだったのだが……。
「よろしくお願いしますね、ユウタ様」
「ああ、よろしく、姫様」
何故か、第四王女のシャルティア姫が付いてくることになった。どうしてそんなことになったかは一切わからなかった。王様も承認しているようで、快く送り出してくれた。
いや、なんでだよっ!
まぁ、そのことに疑問を持つ余裕はそこまではなかった。
旅を始めて、三か月が経った。
この前初めて人を殺した。相手は盗賊で、シャルティア姫が襲われ、手加減できるほど戦闘慣れしていなかった僕は誤って殺してしまった。シャルティア姫もそこまでは弱くなかったが、所詮王女で、いきなり襲われるのは恐怖を感じたようだった。
心が決まっていなかったから、よりショックは大きかった。正直、怖かった。というか、心が折れかけた。
だが、そんな弱音を吐いている暇はなかった。
そのすぐ近くから、煙が出ていていたのを見つけたからだった。そして、その方角からは、かすかに鉄の香りがした。
「くそがっーーー!!!」
その町は業火に焼かれ、逃げ散っていく住民はそこを襲った魔族の隊によって殺されていった。それに僕は立ち向かい、今までの経験を最大限生かしながらもやけくそ気味に魔族を屠っていった。
そのころには<創造>である程度、切れ味のいい剣を創り出せるようになっていたので、武器は無限だった。ただし、耐久力という点では欠陥品だが。
それをできるようになるために剣の作り方を教わったのはいい思い出である。
――グシュ
「うおぉぉぉ」
――ザシュ
「はぁぁぁああぁぁ」
――バシャ
僕は狂ったように斬り続けた。何が正しいかわからず、でも、目の前の人々を助けるために。
斬って、斬って。
殺して、殺して。
ただ僕は襲い掛かってきた悪を斬り捨てた。
そして、気付けば、魔族の隊は全滅していた。
業火が舞う中でただただ僕はその場に立ち尽くした。
そして、考えた。
守るために殺す。それがこの世界の唯一の正義。それが決して良いものだと限らなくとも守りたいがためには殺す。
それで本当にいいのだろうか?
殺して、殺して、殺して。
そこに一体何が残るというのだろうか?
何も残ってはいないんじゃないだろうか?
だから、この世界の正義は間違っているんじゃないだろうか?
殺すだけが守ることではないんじゃないだろうか?
だって、日本は平和だった。争いはあっても汚いところはあっても、こんな日常的に血で血を洗う戦場ではなかったはずだ。こんな場所より何倍もましである。
人の営みを見てきた。人族も魔族も何ら変わりなく、ささやかな日々を送っていた。だけど、何故、こんなにも理不尽が多いのだろうか?
この人たちが悪いことをしたのだろうか?
いや違う。ただ、こうなってしまっただけだ。
誰も悪くはないし、誰にでも非があるのだ。
正義と悪。どちらも相反する存在で、その理を見れば同じものなのだ。だから、僕にはそれが良いことだったのかわからなかった。
最初はただ帰りたかっただけだった。でも今は違う。
それがようやく理解できた。だけど、ひとつだけ気になることがあった。
どうしてこんな目に合わないといけないのだろうか?
「ユウタ様?」
気が付けば、シャルティア姫が少し離れたところで僕を見ていた。その僕を見る目は心なしか、怯えているようだった。
僕は自分の姿を見た。着ていた防御力の皆無な布の洋服は返り血で真っ赤に汚れ、いたるところに傷がついていた。その個所は斬られているようで、深いところも浅いところもあった。普通こんな格好の奴がいれば、怯えるだろうな。
「なぁ、シャルティア姫。オレは決めたよ。この世界を平和にしてやる。これはオレの欲望だ。自分勝手で済まないが、オレはこの世界を変えてやる」
自然と口調は荒くなっていった。自分でも心のどこかしらが壊れているのは感じていたが、すんなりと出た「オレ」という一人称は、それが自分にあっていると思った。
「オレは強くなってやる、絶対に。魔王だとか、王様だとか、知らん。オレはオレのやり方でこの世界を平和にしていやる」
オレは笑っている自分に気が付いていた。だが、それを知らん振りをした。
シャルティア姫は、壊れかけたオレに怯えているようだった。
残ったのは、あたりに散るは赤の水とそこにたたずみ静かに笑う壊れた勇者とそれを見て悲しげにうつむく赤い髪の少女の姿だけだった。
それから、八か月後。
魔術王国ガーシャネーゼに魔族による大規模侵攻が行われた。だが、それとは別に魔族で人族を滅ぼす計画が進行していた。
所謂、大陸間弾道ミサイルのような魔法を作り出した魔王がそれを人族の領域へと無差別に放とうとしていたのである。威力は絶大で、その地形すら変えてしまうほどの威力を持っており、打ち込まれたのならひとたまりもなかった。
そこでオレは単独で魔族の<大規模殲滅固定砲魔法>を止めるため、発射予定場所に向かった。その情報は魔族上層でしか扱われていなかったため、手に入れるのに苦労した。
「第一魔法陣、形成せよっ」
その場所ではすでに魔法の行使が始まっていた。
それらの魔法陣は空中に展開された。紅と黒の混ざった暗く鮮やかな光を放つそれらはまるで闇夜を照らす太陽のようであった。太陽にしては暗い光だったが、それが何千と展開されれば、同じようなものだろう。
正直その光景が綺麗だとオレは思った。ただ、それが放たれれば大勢の人が死ぬとわかっていると見惚れるほどではなかった。
「第二及び第五までの魔法陣、形成せよっ」
さらにその上に魔法陣が重なり、それぞれが一つの魔法陣となった。
あと、一歩で発動段階に入るだろうがオレがそれを許すはずがなかった。
「――【創造:<戒めの鎖>】」
蒼い魔法陣が一瞬で至るところに出現し、そこから紅の鎖が四方八方を飛ぶ。それが魔法陣に触れれば一瞬で分解され、魔族に触れれば魔力のすべてを吸収する。
この鎖はオレが会得した一種の極地である。創造したものに特殊な効果を付与する。魔剣などはまだ創造できないが、拘束用によく鎖を使っていたオレにとってこの<創造>は扱いやすいものだった。
付与された効果は「魔力の吸収と分解」。
魔法の使えないオレの八つ当たりのようなものであり、魔術師に対してはとても有効な手段である。
「何者だっ!?」
そうして、すべての魔法陣を分解し、すべての魔族を拘束し終わったときに一人の魔族が声を上げた。先程、魔法陣の構築を指揮していた奴だ。
「すまんな、それはちょっと危険すぎるからな。ちょっと、壊させてもらった」
オレは纏っていたローブのフードを外し、堂々と前に出ていった。
するとそれを見た魔族たちは絶句していた。というよりも信じたくないようだった。
「オレは、ユウタ=アカツキという者だ」
「なっ。……<創世の勇者>………。ありえない……」
「何かそう呼ばれているらしいが、その通りだ。……で、お前たちは二つの選択肢がある。もう、戦闘に参加しないということを確約してこのまま帰るか、ここでオレに殺されるか、だ」
オレは指を見えるように二本立てた。二つしかないというアピールである。
その指を、オレの顔を、魔族全員が凝視した。中には明らかに殺気を放っている奴もいる。だが、オレは自然体でいた。そのくらいで気分を害するようなら勇者なんてやっていられない。
「………」
あたりはさっきとは違い、静まり返っていた。聞こえるのは鎖が擦れる音だけ。オレは静かに返答を待った。
「この命はすでに魔王様のもの。これしきの任務すら遂行できないのなら死んだほうがいい。だが、私の部下たちは解放してほしい」
しばらくして、魔族を指揮していた男が口を開いた。
「わかった。で、他に死にたい奴はいるか?」
「な、解放しろといったではないかっ!?」
さっきの男が声を荒げてそう言った。
どうやら、何か勘違いをしているようだ。
「いや、オレが聞いたのは『今後一切の戦闘行為に参加しない』か『今ここでオレに殺される』かだ。そこに命令の余地はない。
あと言っておくが、戦闘行為の禁止は絶対だぞ。口約束ではなく、<制約の書>に誓ってもらう。これは書いてある内容を束縛し、それを犯せば償いとして命を頂く。だから、決めろ」
オレは全員の前に<創造>で<制約の書>を創り出した。これも極地に至った末に出来たものである。
「悪魔めっ!!」
「知るか。最初に攻撃しようとしたお前らが悪い。恨むなら魔王でも恨んでおけ」
オレはそろそろうるさく感じていたので、指揮官の男の首を刎ねた。
次の瞬間には血が吹き出て避けなかったオレに降り注いだ。纏うローブは赤く染まる。
「で、どっちにする? 死を選べば死を。生を選べば生をくれてやる」
オレ自身は気が付かなかったが、鮮血で体を濡らし、生殺与奪を握られているものからすれば、その姿は十分に悪魔や死神に見えた。
それから、数秒もかからず全員が<制約の書>に調印した。
それを確認したオレはすぐに鎖を解いた。だが、あいにくと馬鹿はいるようで数名が一斉に襲いかかってきた。襲いかかってこなかった奴は、頭は回るようだ。
それをオレはすべて紙一重で躱す。
「言ったよな。戦闘行為は禁止だ。それを犯した際の代金は自分の命だと」
そう口から発した瞬間に襲いかかってきた魔族全員は倒れ、死んだ。厳密には戦闘行為ではなかったが、襲いかかるのも十分戦闘行為だとオレは思っているので、そうなっただけだ。
「お前らには生をくれてやったんだから、しっかりと生きろよ」
そう言って背を向け、歩き始めたオレを襲ってくるものはいなかった。
オレは転移魔法が使えなかったのでシャルティア姫がいる近くの王城に走って向かっていった。一直線に向かって間を挟むのは森だったが、そこも難なく通り抜けた。
「ユウタ様っ」
王城につくと門の前でシャルティア姫が待っていた。服装は冒険者が着るようなラフなもので王城にいたにもかかわらずドレス姿ではなかった。だが、不思議と感じる上品さから普通の冒険者ではないのはすぐにわかることだった。
「どうしたんだ? なにか問題か?」
そのままならぬ焦り方にオレは身構えた。魔術王国ガーシャネーゼには、多くの精鋭たちが向かっているので安心はあるのだが、もし問題があったとしたらそれである。
「……実は先程、魔術王国ガーシャネーゼに向かっていた精鋭たちとの連絡が途絶えました。恐らくは、全滅したと思われるそうです。
さらに<無言の災禍>が出陣している可能性があります。というより奴がいなければこんな短時間に精鋭たちが全滅するはずがないのです」
その報告にオレは悲鳴を上げそうになった。はっきり言って最悪の状況である。精鋭たちが全滅したということは、魔術王国ガーシャネーゼに援軍はない。言ってしまえば、魔族の侵攻は成功したと言ってもいい。魔術王国と言っても魔族の大規模侵攻には対処できない。
さらに<滅全の魔王>の右腕でありその魔王の次に実力を持つ<無言の災禍>が出陣しているのだ。勝ち目などないにも等しい。
「ということは、ライゼンやアルク、メリッサたちも」
「はい……。死亡したと思われます」
オレは頬を伝って涙が流れ落ちるのを感じた。久しぶりでその感情が一瞬理解出来なかったが、涙が止まることはなかった。
「ま、さか。ほん、とうに」
ライデン、アルク、メリッサはオレとシャルティア姫と短いながらも一緒に旅をした間柄だった。彼らには相当感謝していて、オレの数少ない友人だった。
こっちに来てから四ヶ月程で壊れてしまったオレは頼ることを忘れ、ひとりで突っ走った。シャルティア姫はついてきたが、オレはそれも見ずにただただ前しか見ていなかった。その目的はひたすらに強くなることに向いていて周りなど見ていなかった。
そんなオレに当然、ついてくるもの皆無だった。そもそも勇者というチート持ちに能力に差がありすぎたため、ついていけるものも少なかったというのもあるが。
だが、そんなときに合同で<暴虐の赤竜>を討伐に向かったのが彼らのパーティーだったのだ。本来ならオレが(オレとシャルティア姫は一応パーティーである)一人で受けて、一人で討伐したのだが、ライゼンの妹さんが不幸にも<暴虐の赤竜>に襲われなくなってしまい、その復讐がしたいとのことだったので、合同討伐に向かった。
オレにも妹がいるし、復讐したいという気持ちは痛いほどわかったので、オレも許可したのだった。
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