001 プロローグ
新作の投稿を始めていきます。
この作品は章が書き終わってから投稿をしようと思うので、不定期です。
とりあえず、すでに一章は仕上がっているので。
一日二回投稿。
朝と夜八時に上げていきます。
人は、自分が目の前の出来事に対して何もできないとき、あるひとつの感情に見舞われる。
――無力感。
それがその感情の名だ。
理不尽で不条理な出来事などこの世の中には数えきれないほどある。圧倒的な力の差。
それは、武力であったり、権力であったり、才能であったり。
数えるのもおこがましいほどにそれらは当然のように存在しているのである。
だが、そんな理不尽が目の前にあって、それが自分にとって大切なものであったとしたら、納得などできるはずもない。だが、それに対抗する力など最初からない。
だから、何もできずに失うことを容認し、それに対して無力感を味わうことになるのだ。
私もそんな人のひとりだ。
目の前を爛々と照らすのは、傍から見れば煌びやかなものだろう。ときどき吹く風は土煙と同時に紅く燃え上がる火の粉を運び、頬を撫でた風は熱いとも言えず、また暖かいとも言えない。
聞こえる音は、建物が焼ける音と戦果をあげた魔族の雄叫び。
そんな光景が引き起こっているのは、私の故郷であった。
大規模な火災だったのなら、まだよかったのかもしれない。町の住民は避難ができるし、たとえ焼け朽ちたとしてもまた再復興できたのだから。
だが、理不尽とはそんな生温いものではない。抵抗の許されない生か死か。それが迫った時、できる判断はこの二択しかない。また、力などない私たちにはなおさらというものであった。
町は火の海に飲み込まれ、住居などは焼け朽ちる。住民は侵攻してきた魔物の渦に呑まれ、生き延びたものなど数えるほどしかいない。
いや、言い直した方がいいかもしれない。
生き延びたのは私だけだ。
魔物の大量発生。スタンビートと呼ばれる現象は、ざらに起こることのあるものだった。だから、その対処も簡単とまではいかないものの比較的最小限の犠牲で済むことだった。
しかし、今回のものはまったく別ものだった。
魔族における領土侵攻。これが今回の出来事なのだろう。
魔物を率いて、町を蹂躙する。そこに希望など一切なく、ただただ死を待つだけ。魔族は残忍であり、敵対したものは必ず血祭りにあげるからだ。
そんな者たちの大規模な侵攻は、たとえ私の故郷が人口数千万人の超大規模都市であったとしても、戦力差は歴然であり、勝利など不可能。
それにそんな人数がいた都市だとしても、すでに生き残りは私しか残っていないのだ。
私は逃げる。
無力感に苛まれながら。
私は走る。
理不尽から逃れえるために。
私は求める。
救いを、希望を、力を。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
どれほど駆けただろうか。私はかなりの距離を離れた後、地面に倒れこんだ。町の業火はここにまで伝染しているようで少し焦げ臭いにおいが立ち上っていた。
胸は激しく疼き、足は感覚が残っていない。
こんなに走ったのは生まれて初めてなのではないだろうか。そんなどうでもいいことを思いつつ、空を見上げた。
すでに刻限をまわっている時で、空には点々と光輝く星々があった。まるで、先ほどあったことが嘘のような光景で、思わず息をのんだ。それは人々の営みなどくだらない、小さいといわれているような気がした。確かに、偉大で壮大な星々にとってはそんなことなのだろう。
だが、私にとっては違った。
すべての民の暮らしは、営みは暖かく、美しいもののはずだった。
「くそっ」
私はそんな光景に耐えきれなくなり、声を荒げた。いつもはこんな事は言わないのだが、精神的に口に出さいといけないほど弱っていたのだ。
そんな中、不意に私の肩に手が置かれた。
それに背筋が凍り、かすかに震えた。
もしかして、魔族に気が付かれたのかもしれない。そう考えてしまい、怖くて振り向く事ができなかった。
だが、それは魔族ではなかった。
「悪かったな、姫さん。もう少し早くオレが来ていれば、間に合っていたかもしれなかったのにな」
その声に覚えがあった私は勢いよく振り向いた。すでに震えはおさまっていた。
話したことはない。だが、その顔は知っていた。
黒い髪と黒い瞳という珍しい色の少年。その人は私達、人族にとって希望の象徴だった。
「<創世の勇者>ユウタ=アカツキ様……」
無意識のうちに声が出た。
「そうだ。悪かったな」
魔族を退けるために異世界より召喚された勇者で、その類稀なる<創造>という魔法の使い手から<創世の勇者>と呼ばれている。歴代最強の勇者。
都市を見ている表情はとても苦しそうだった。
「……勇者様、この都市にはもう、民は残っておりません。すべて魔族によって殺されました。……もう、救える民はいませんが、この都市をお救い下さい」
私はこの国の元王女として勇者に救いを求めた。この都市に……私の故郷に、魔族を残したくはなかったのだ。
その私の声を聞いて勇者様は苦い表情をしていた。
「………わかった。オレにはこんな事しかできないが。 【創造:<城壁結界>】」
<創世の勇者>様は、目の前に手を伸ばし、グッと空をつかんでそう呟いた。
その瞬間に都市は蒼の光を放つ、半透明な壁で覆われた。その光景は危機的状況にもかかわらず、幻想的なものだった。
私は称賛するのと同時に驚愕を覚えた。この巨大な都市をすべて覆うような超広範囲の結界をたった一人で創り出したからだ。普通、このくらいの範囲ならば精鋭を十人使っても足りないものなのだ。噂に聞いた通り、強すぎる。
「姫さんはここで待っていろ。その内、だれかが来るはずだからな。じゃあ、オレは行く」
そう言って、<創世の勇者>様は飛び降りって行った。
「――【創造:<戒めの鎖>】」
そんな声が、遠くで聞こえた。
* * *
魔族の魔術王国ガーシャネーゼの侵攻があってから、二年の月日が経った。今日も戦いの絶えない日々だ。こんな世界に長いこといると気が狂いそうになるが、オレは自分に与えられた役割をしっかりとこなしていた。
魔術王国ガーシャネーゼはとても住める状態ではなく、崩壊し、そのままにされた。努力が無駄になってしまった結果だが、そんなことは些細なことだ。
人が一人も救えていないのだから。
オレは、三年前この世界にやってきた。名前は暁悠汰。あっちで言うところの高校一年生だった。もう三年が経過しているから、大学一年生がいいところだな。
勇者としてこの世界に呼ばれた時から、長いこと戦いに身を置いた。実際何回も死にかけた。それでも、平和な世界にできるのならば、と剣を振り続けた。
ずっと、戦いが続き、平和のへの字さえ見えない、血で血を争う戦いの日々。そんな世界が嫌でオレはずっと戦い続けてきた。
最初の頃は帰りたいがために一生懸命だった。でも、今は違う。三年間こっちに居て気が付いた。みんな生きるのに必死なのだと。すぐ目の前に死があるからこそ、戦いに身を置くのだと。
そんな世界。黙ってみていられるか?
助けてと言われ、目の前で見過ごせるか?
オレは無理だった。こんな最悪な世界をすこしでも良くしてやりたいと思った。だから、オレは一層に力を磨いた。
今では、召喚された時に持っていた<創造>の魔法で、稀代の使い手と呼ばれ、ついた二つ名は<創世の勇者>。この魔法を傍から見ると世界すら創り出してしまうかのように見えるらしい。
最初は、扱いが難しくて歴代最弱の勇者って言われていたけれど、今じゃ、真逆の評価だ。
そんなオレの日々だったが、今日で終止符が打たれる。
* * *
オレはある場所に向かって進む。長い廊下を駆けて、ある部屋へと向かった。進む廊下は細部まで装飾されており、紅いカーペットもかなり高価なものだと言うことが分かる。
暗い廊下では視界が悪く、いたるところから魔法による攻撃が飛んでくる。
「絶対に通すなっ‼」
「魔王様のもとには行かせないっ‼」
「「「「「――【熱炎地獄滅減砲】」」」」」
「「「「「――【来風帝失滅暴風】」」」」」
全方向からオレ一人に向かって、火と風の最上級魔法に似た魔法が撃たれる。聞いたことがない魔法名ではあったが、魔法の発動兆候で似ているということが分かった。
たぶんだが、魔王が考え出したのだろうな。
「悪いが、通させてもらう。――【創造:<戒めの鎖>】」
四方八方から紅い鎖が飛び出し、魔法のふれた瞬間に、その魔法は跡形もなく消え去った。
「あれに触れてはダメだっ。魔力が切れるまで拘束されるぞっ」
「よく知っているな」
だが、オレは気にすることもなく、最奥の部屋へたどり着き、その大きな扉を勢いよく開け放った。
その部屋はとても広く、宮殿や神殿の広間と言っていいほどの大きさだった。その内装は特に何もなく、強いて言うならば、黒が基調とされていたことくらいだった。だが、そんな部屋に目につくものがあった。
それは玉座だった。そして、その上には一人の男が座っていた。
「よく来たな<創世の勇者>。我を殺しに来たのであろう。喜んでその死合を受けようぞ」
黒衣を纏い、さらに纏うは圧倒的な力の気配。そう、彼こそが魔王。魔族を統べる者にして世界最強の実力を持つ者。
あまりのオーラにオレはすこし、身が震えるのを感じた。
魔王は、空間に手を入れ、そこから漆黒の剣を取り出した。その剣は黒いオーラを飛ばし、気の弱い者なら一瞬で意識を飛ばしているだろうほどの存在感だった。いや、消し飛ぶが正解に近いだろうか。
「悪いが、今日は<滅全の魔王>に話があって来た」
「なに? 我と対話を望むと? 戯け。目の前にいる存在は何ぞ? 其方の敵であるぞ。そして、我から見ても其方は敵である。
剣には剣を。魔法には魔法を。それが、この世を生きるすべである。それが、この<滅全の魔王>を前にして、対話だと? 道化るのもいい加減にせいっ‼」
言葉と同時に圧倒的なほどの威圧がのしかかる。重力が何倍にもなったように感じ、流石のオレでも一瞬の硬直は免れなかった。
「オレはふざけてなどいない。オレは<創世の勇者>として<滅全の魔王>に話しをしに来た」
「ほう、言うてみ。我に何を聞かする?」
「………魔王、オレは『平和』が欲しい。こんな理不尽ばかりがある世界など見ていられない。いつでもどこでも、今この時でさえも、魔族と人族は絶え間なく争っている。そんな世界、オレは認めない。
オレは知っている。人族の小さな営みを。
オレは知っている。魔族の同族を思いやる優しさを。
オレは知っている。どの種族も守るために剣を振るうことを。
こんな暖かい世界なのに、争いのせいで、それはいつも踏みつぶされていく。そんな理不尽ばかりが跋扈するこの世界をオレは認めない。
魔王、お前も知っているのだろう。人族も魔族も同じく、強く、優しい存在だ。だから、争いなどやめるべきだ」
オレは思っていることを全部言った。この世界は理不尽すぎる。あんなに守るために必死だった人々は、気が付けば死んでいた。
オレはそんな世界はもう見たくないのだ。いつも吐き気がするのだ。
魔族の生活もオレは見たことがあった。人族と何も変わりはなかった。何も。普通の家庭で。子供はすくすくと育ち。男女は愛を育む。
そんな平和だったのに、お互いにそれを壊し合う。
オレはこの世界に来て、何人も殺した。もう、数えきれないくらいに。魔族も人族も。
魔族と人族の違いなんて、ほとんど何もないのに。
「フ、ハ、ハーハハハッハ。面白いな、<創世の勇者>。気に入ったぞ」
突然、魔王は声を荒げて笑い始めた。
オレは心の奥底に怒りが沸くのを感じた。
「すまぬ。笑ったことは詫びよう。其方は優しい。だが、所詮はこの世界の者ではない異界の者。そんな戯言では世界は変わらんよ」
魔王は、即座に謝罪を述べた。これにはオレも驚きだった。
「お前も知らないだろう。オレの世界のことは。話してやるよ、オレの世界の話を。そうしたら、考えてくれるか?」
「ふむ、なかなかどうして、興がのせられるな。いいだろう、話せ」
オレはそれから地球のことを話した。
昔話をしているような、そんな感覚だった。オレは知らないうちに寂しいと感じる故郷のことを長い間。話していた。
途中、魔王の幹部たちが部屋に入ってきたが、魔王がそれを止めた。
オレはさらに話し続けた。
この世界の住民からしたら、それは御伽噺のようだっただろう。争いもなく、平和で、みんなが自由に暮らしていける世界。
それから、長い時間話続け。ようやく、話し終えた。
「そうか。それが其方のいた世界か。……だがな、<創世の勇者>。もう、そんな夢のような世界はこの世界では実現不可能だ。我を始めとし、たくさんの同胞が憎しみを持っている。
無論、それぞれが違う者だということはわかっている。だがな、人族に討たれた者を思うと憎悪の念がとどまることを知らぬ。そこにいる我の僕達も少なからず憎しみを抱いているのだ。
其方は優しすぎたのだ、<創世の勇者>。……我が同朋達のために、安らかに眠れ」
「……やっぱり、か。オレはこの世界を変えたかったのだがな。何をやってもこの有様か」
「<創世の勇者>よ。死ぬがいい。我らが勝利のために。――【消滅】」
魔王を中心にして、幾つもの漆黒の球体が現れる。鑑定眼はないが、あの魔法に触れた瞬間に死ぬことは兆候的にわかった。
すでに、背後には魔王の幹部たちが戦闘状態で並んでいた。
「こうなることは薄々気がついていたよ。だって、お前は<滅全の魔王>だからな。……だがな、一つ忘れるな。お前ではなく、オレが最強だ」
「戯けが。戯言もいいがげんにしろ。我は最強にして、人族を葬り去る者。魔王グリセリッド=ジーザオウキスなるぞ」
その威圧感が、存在感が何倍にも膨れ上がるのを感じた。
震えが止まらない。
「――【創造:<戒めの鎖>・<確約の鎖>・<魔滅剣ガナーシャ>】」
だが、オレは戦うと決めたんだ。理由なんてどうでもいい、オレがこの世界に『平和』が欲しいから。
争いしかないこの世界にも優しさがあると知ったから。
だから、オレは。
「勝てるとは思うな、せいぜい足掻いてみろ。もう一度言ってやる。最強はオレだ」
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