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喜劇的☆マ☆テキテキ  作者: 村崎羯諦
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カイキテキ・マ・テキテキ 18

 少女と別れた後、俺はポケットに三つの種を入れたまま近所にあった花屋へと直行した。


そこで三つの黒いポリポットと少量の土を買い、その場で店員に手伝ってもらいながら、愛情込めてその三つの種をそれぞれの容器に植えた。別に少女の言うことを信じたわけではないが、それでも親父がこの種を俺に残していったことは事実だ。それならば、俺が親父への恩義を忘れないためにも、この種を責任もって育てることが俺にできる最大限の仕事なのだろう。


俺は店員にお礼を言い、その三つのポリポットをビニール袋に入れ、その場から立ち去る。そして、歩きながら俺は先ほど出会った、あの聖女のような少女について考えをめぐらせた。


 手渡された絹のハンカチや着ていた品の良い服装から察するに、あの顔立ちの整った美少女が比較的裕福な家庭の子女だということは明らかだった。今までの俺はそう言った上流階級の人間に対し、ステレオタイプで凝り固まった偏見と、自身の劣等感を裏返した憎悪を抱いていた。そして、その感情によって俺は今までの空き巣稼業を正当化してきたし、調子の良いときにはその仕事に誇りさえ感じることもあった。


 しかし、あの少女に出会いで、そんな俺の考えがいかに幼稚で、浅はかなものだったのかがわかった。目の敵にしていた類の人間から慰められ、俺の気持ちと偏見は大きく揺らいでいる。もしかしたらあの少女も、俺が空き巣を働いた高層マンションの一つに暮らしているのかもしてない。たとえ、少女の住む家に侵入したわけではないにしても、その可能性は今の俺にとってひどく恥ずかしく、情けないもののように思えてしまう。


 俺は今までなんてみっともないことをやってきたのだろうか。いや、それよりもむしろ、みっともないことだと頭の中で理解していながら、うだうだ言い訳を並び立て、いつまでたってもやめようとしてこなかった自分のふがいなさの方が心に突き刺さる。


 何がハードボイルドだ。俺は単に、自分にとって都合の良い言葉を適当に引っ張ってきただけじゃないか。


 俺はふと顔を上げ、真上へと登った太陽と、遠くの山に浮かぶ大きな入道雲を眺めた。そして、その真夏らしい風景と自分のちっぽけな存在を比べた瞬間、俺は心の中で、空き巣稼業からきっぱりと足を洗おうと決意した。


 人から物を盗むような卑しい仕事ではなく、きちんと汗を流し、人の役に立つような仕事で飯を食べるんだ。何回も考えては実現してこなかったその考えは、今回に限り、ずっしりと重みがあるように感じられた。そして、その重みこそが俺が心の隅で望み続けていたものだということに気が付く。


 きちんと今までの行いを悔い改め、新しい一歩を踏み出そう。そう考えた瞬間、俺の心に爽やかな風が吹いたような気がした。


 そして、新しい一歩を踏み出すために最初にやるべきことは決まっている。


 俺は親父が俺に残した最後の言葉を思い出した。「家族は大事に」という言葉。


 親父はもしかしたら、この俺の改心を見越したうえでその言葉を投げかけたのかもしれない。もちろんそんな根拠などないが、そのような考えは俺のこれからの行動の後押しをしてくれるように感じられた。


 俺が真っ先にやらなければならないこと。それは、妻に対する告白だ。


 リストラにあって以来、俺は自分の妻に対して、自分が職を失ったこと、そして空き巣をやって金を稼いでいることを隠し続けてきた。失職してからも、自分の安いプライドを守るため、前と同じような恰好で、毎朝同じ時間に出かける。そういった日々を繰り返し続けていた。


 きっと妻もそんな俺の行動に対し、うっすらと疑念を抱いているのだろう。しかし、お金は毎月手渡している以上、文句は言わないと決めているのだろうか、妻は決して俺の仕事に関する質問をしてくることはなかった。


 俺と妻の決して褒められたものではない冷めきった関係が、俺たちの間に見えない壁を作り上げ、お互いに本音を言い合えなくさせていることは明らかだった。それに関しては俺にも、そして妻にも責任はある。


 しかし、それを言い訳にして入れいつまでたっても物事は解決に向かわない。あっちが謝るまで、あっちが聞いてくるまで俺から何も話すことはない。それではやはりだめなんだ。俺は妻に対し、自分から、そして今すぐに、俺の秘密を打ち明けることを決めた。


 自分の携帯で、現在の時刻と曜日を確認する。よし。今日はスーパーでのパートもない日だし、今の時刻ならきっと家にいるはずだ。


 俺は進路を自分の家へと向け、足早に歩を進める。

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