カイキテキ・マ・テキテキ 17
そのように俺が身体全体で悲しみを発現させていると、ふとすぐそばに一人の少女が立ち止まったことに気が付く。
その少女は俺の視界の隅で、他の通行人と同じような憐れみの目で俺を見つめた後、ポケットからスマホを取り出し、それを俺の方へと向けた。上のカメラの横に赤い光が灯っていることから、おそらく大の大人がこうして大げさに泣き叫んでいる様子をビデオに収めていることが見て取れる。
撮るなら撮ればいい。俺はそんなことなど気にならないほど、強い悲しみに打ちひしがれているんだ!
一分ほど撮影を行った後、少女は満足げにスマホをポケットの中に戻す。そのまま他の奴らと同じように立ち去っていくのだろう、嗚咽を挙げながら、頭の隅っこでそのように俺は思った。しかし、その少女はもう一度憐みの目で俺を見つめた後、予想に反して俺の方へ近づいてきた。
少女は俺の目の前で立ち止まり、その場にしゃがみ込むと、優しい声で「どうされたんですか?」と声をかけてきた。
人のみじめな姿を撮影しておいて、よくもいけしゃあしゃあとそんなセリフが言えたもんだ。そう思った俺は抗議の目で睨み付けるつもりで、その少女の方へと顔を向けた。しかし、少女の顔を見た瞬間、俺の中に芽生え始めていた怒りはふっと音もなく消えた。
というのも、俺に歩み寄ってきたその少女は、まさに天使のように美しい顔立ちをしており、からかいの気持ちを一切含まない、聖女のように慈愛に満ちた目で俺を見つめていたからだった。
絹のようにきめの細やかな白い肌に、軽くウェーブのかかった栗色の髪の毛。さらに何より魅力的だったのは、人の内奥を見通してるかのように透き通った、深く澄んだ黒色の瞳だった。
本物の聖女だ。俺は本能的に目の前の少女をそう認識した。宗教とはまったく縁のない俺でさえ、神と救いを信じてしまうそうなほどの感激に包まれる。
俺はむせび泣きながら、今まさに現れた天使に、今までの出来事を告解のように洗いざらいぶちまけた。
おっさんとの摩訶不思議な出会い、深い絆で結ばれたおっさんとの友情、おっさんとの別れ、そして最後におっさんの正体。少女は嗚咽交じりにまくしたてた俺の話を、じっくりと辛抱強く聞いてくれた。特に、土にまみれたおっさんが裸で倒れていたなんて話など信じてくれるはずもないのに、少女は呆れ顔一つ浮かべることなく、俺の目をその澄んだ瞳で見つめ続けてくれた。
話を終えた俺は最後に、おっさんが消えた場所に落ちていた三つの植物の種を少女に差し出した。少女は俺の左手の上に乗っかった三つの種を真剣な表情で見つめる。
俺は少女に、これを一体どうしたらいいだろうかと尋ねた。すると、少女は少しだけ考えた後、「これを植えたら、またおっさんが生まれてくるかもしれませんね」と答えた。
俺はそのとんちんかんな言葉に一瞬だけ悲しみが薄れ、何をふざけたことを言っているんだとあきれ果てる。トマトじゃあるまいし、おっさんが植物から生まれてくるなんてありえないじゃないか。
しかし、俺はそこではっと気が付く。
そもそもおっさんが突然消えてなくなるなんて話だって信じてもらえるはずがない、少女だってこんなに真摯に向き合ってはくれているものの、心の隅では俺の正気を疑っているに違いない。
それにもかかわらず目の前の天使は、そんな荒唐無稽な俺の話をあえて信じたふりをして、そのような俺の話に合わせた返事をしてくれたんだ。
そのことを理解した瞬間、再び俺の目から涙があふれだす。生まれてこの方経験したことのないような人のやさしさに触れ、俺は土で汚れた両手で顔を覆い、もう一度むせび泣いた。少女はそんな俺の肩に優しく手を置き、顔を上げてくださいと語り掛けた。俺は涙を袖でぬぐい、再び少女の方へ顔を向ける。
少女の澄んだ瞳には、土と涙で滑稽に汚れ果てた俺の顔が映っていた。少女はそんな俺の顔をまじまじと見つめると、再びポケットからスマホを取り出し、パシャリと一枚だけ写真を撮る。
そして、スマホをポケットに直すのと同時に、レモン色の絹のハンカチを取り出した。少女はそのハンカチを俺の顔に当て、優しく顔に着いた汚れをふき取り始める。いつもの俺だったら、少女にこれほどまでに甲斐甲斐しく世話されてしまうことに強い反抗心や羞恥心を感じただろう。
しかし、少女がハンカチで俺の顔を拭く仕草は、そんなくだらないプライドなど微塵も感じさせないほどに自然で、かつ高尚めいていた。
目立った汚れを十分に拭い去ったあと、少女はそのハンカチを俺の手に握らせ、ふわりと優雅に立ち上がった。きっともうお暇しなければならないのだろう。俺はそのことを察知し、手渡されたハンカチをどうやって返したらいいのかと尋ねる。すると少女は気品の良い微笑みを浮かべながら、「差し上げます」とだけ答えた。そして、俺にもう一度あの聖女のような視線を送り、その場から去っていった。
俺は少女の後姿を見送りながら、再びむせび泣いた。この世も悪くない。反吐が出るような陳腐な言葉も、今なら心の底から信じることができる。
俺はあふれ出る涙を、少女からもらった絹のハンカチでぬぐう。ハンカチはなめらかな肌触りをしていて、そこらへんで売っているような安物ではなかった。
そして、きっと俺みたいな庶民とは縁のない、高級で品のある香水をつけているのだろう、ハンカチを顔に押し当てその匂いを嗅ぐと、少しだけ鼻につんとくる独特の香りがした。




